44.魔物の領域攻略会議
結局オレは両手首に手枷もといブレスレットをはめさせられた。
このブレスレットによりオレの支援系魔法の能力は飛躍的に向上した。
とはいえブレスレットの魔法補助を受けたオレの支援系魔法を、ぶっつけ本番で使うわけにもいかない。
だからオレは今、防御魔法の特訓をさせられていた。
特訓方法は、安定して展開させられるまで練習…などという生易しいものではなく、エレヌさんパーティからの攻撃を防ぎきるというものだった。
これはブレスレットを使った状態での防御魔法の使い方を検討することと、オレの魔力切れまでの時間を調べることの両方の目的があった。
そんな目的での攻撃なはずだったのだが、エレヌさん達は本気で攻撃し始めた。
曰く、全て防御されてしまうので打ち破りたくなってきたらしい。
彼女達は中堅冒険者なだけに戦闘狂だったのだ。
しかしチレハさんだけは少し様子が違っていた。
漏らし姫の称号がよほどお気に召さなかったようで、彼女は今も両手に持った短剣をこれ程までかと振り回しオレに対する恨みを込めた一撃を入れてきていた。
そしてこの特訓にエレヌさんのパーティ以外にも乱入もとい参加する人がいた。
まずはニレバ司祭。
言わずと知れた戦闘狂である彼女は嬉々として防御魔法を回り込み、オレに直接攻撃を仕掛けてくる。普通に死ぬから!やめて!
そして…オレが油断した瞬間にムリホ王女が狙撃してくるのだ。
一歩間違えれば死、の特訓なのだった。
だがこれほど無茶な特訓を行えるだけの理由はあった。
決してオレの防御魔法がほとんどの攻撃を防ぎきれるという理由ではない。
理由はコリス司祭にあったのだ。
つまり、オレが即死しない限り彼女の回復魔法で治せるという理由だったのだ。
実際、何回かムリホ王女の手によりオレは撃ち抜かれた。
虫の息となったオレに回復魔法による自己回復の特訓まで命じるムリホ王女のスパルタは、天井知らずであった。いっそコロシテ。
「お帰りをお待ちしておりました、ムリホ王女」
オレ達を出迎えた青年は、茶色の瞳を優しげに細めて微笑んだ。
耳を覆う程度に伸びた金色の髪はこの戦地である砦にも関わらず綺麗に整えられていた。
そして簡素なデザインながらも上等な生地と分かる服から、かなり高位の貴族であると容易にうかがい知れた。
そう、数日間にわたって行われたオレの特訓は終わりを告げたのだ。
オレ達は魔物の領域から防衛する最前線の砦に到着したのである。
「ちと事情があっての。ケラム王子、待たせたな」
同じく微笑んだムリホ王女が彼の名前を呼んだ。
やはり服装通りだった。
ムリホ王女とコリス司祭に挟まれたオレは彼に手が届く程の位置に立たされていた。
二人の王族とスキンシップ出来そうとか何それチート魔王すぎて怖い。
違った、チート勇者すぎて怖い。
「いえ、滅相もないことです。お二方が無事快復されて何よりです」
ケラム王子はムリホ王女とコリス司祭を交互に見やり嬉しそうに微笑む。
ここに来る道中に聞いていたが、彼は二人が大怪我したのを見送って砦に残っていたのだ。
伝令により状況は伝えられていても心配で堪らなかったのだろう。
「そしてそちらの方が…」
オレの出番が来てしまった。
ケラム王子がオレを見てきた。
「うむ。今回の攻略の要、防御魔法の使い手じゃ。ほれ、自己紹介せい」
そう言いつつムリホ王女はオレを一押しした。
よろめいたらケラム王子の胸に飛び込みそうな距離だ。むしろ緊張で倒れ込みそうである。
「シスター・アレラと申します。よろしくお願い致します」
オレは何とかカーテシーをして無難に挨拶を終えた。
「連絡を受けた時はまさかと思いましたが、本当にその通りの容姿なのですね」
ケラム王子はそう言いながらオレを頭からつま先までじっくりと観察している。
邪王の冥護を受けたオレを目の当たりにして、彼は驚いている様子だった。
「そうじゃろ。将来の事を考えたら処分してもよかったのじゃが、どうにも今回の主犯とは違うようじゃからの。有用なので連れてきた次第じゃ」
ムリホ王女はそう言って胸を張るが、捉え方によってはオレを何時殺しても構わないということになる。
流石に攻略の要であるオレを捨て駒にはしないだろうけど。多分。おそらく。
「妹より幼い少女を矢面に立たせるのは心苦しいのですが…」
ケラム王子は、子供を心配そうに見つめるイケメンという若い女性の心を一撃で射止められるレベルの攻撃を繰り出してきた。
むしろイケメンな王子というだけで、何をしても無差別攻撃が出来そうだ。
だが空太という少年の心を持つオレには効かないのだ。残念だったなイケメン。
「その点は安心せい。わらわより年下とはいえ、妹君よりは年上じゃぞ」
同じくその攻撃が効いていないムリホ王女は普通に受け答えをしていた。
その会話に出てくる王子の妹君とはよほど幼い王女ということなのだろうか。
「どういうことでしょうか」
ケラム王子は怪訝そうな顔をしている。
「ほれアレラ、おぬしの年齢を王子に言うてみい」
「…十二歳です」
ムリホ王女がオレに促して来たので、女性に年齢を聞くのは失礼です、などと冗談も言えずオレは素直に年齢を教えた。
「はい?この容姿で?」
ケラム王子の目は点になっていた。
悪かったですね。どうせ発育不良のちんちくりんですよ。
「そうじゃ。妹君は確か十一歳じゃろ?十分年上じゃ」
あっさりとその王女の年齢を言ってしまうムリホ王女は、口が軽い女である。
「まあ、未成年という点では王女も変わらないのですが…」
ケラム王子の言う通り、ムリホ王女も確かに少女と呼べる容姿だ。
決して彼女の胸のサイズからの推測ではない。
というか年齢と胸のサイズについて考えるのは自爆になるのでやめよう。
「あの、聞いていいのか分からないですけど、王女様は…?」
だがオレはついうっかり疑問を垂れ流してしまった。
「なんじゃ?十三歳じゃぞ?」
そしてあっさり答えるムリホ王女は正直者である。
「ついでにそこのコリスは十八歳じゃ」
「姫様!ばらさないでください!」
さらにあっさりコリス司祭の年齢まで言ってしまうムリホ王女はやっぱり口が軽い女と言った方がしっくりくるのかもしれない。
コリス司祭、可哀相に。
「ははは。そうですね、私は十六歳です」
一人だけ答えないわけにもいかないのか、ケラム王子も年齢を教えてくれた。
「残念じゃったなコリス。年下は好みではなかったのじゃろ?」
そう言って嗤いながらムリホ王女はコリス司祭を見やる。
どうやらコリス司祭の年齢をばらしたのは意図的だったようだ。
「姫様…もうおやめください…」
先程のケラム王子のイケメン攻撃をまともに食らっていたらしいコリス司祭は、泣きそうな顔で俯いてしまった。
…会議室に移動したオレ達は、魔物の領域を攻略する作戦会議に参加していた。
攻略の総指揮官はケラム王子である。
ケラム王子の隣には今回参加する騎士達を束ねる指揮官が座っていて、反対側の隣はなんとオレである。さらにオレの隣にムリホ王女が座っていた。
そして下士官の騎士達と向かい合っている。そう、指揮官側の席なのだ。
つまりオレは二人の王族に挟まれて上座に座らされているのである。
時々オレを見て嗤うムリホ王女は明らかに楽しんでいる。
オレを彼女自身よりも上座に座らせたのは絶対わざとだ。ドS姫だ。
現に騎士達の視線はオレに集中している。見世物である。
小さなシスターが珍しいのだろう、きっとそうだろう。
ただの元村娘がこんなところに座っていてごめんなさい。
ちなみに今回参加する百余名の騎士達は、全員軽装に見える装備をしている。
これは機動性を重視した装備であり、鉄などの普通の金属よりも防御に優れた魔物の皮などを使った装備とのことである。
もちろんかなり高級な装備なので、王族に随行する程に重要な任務を受けた騎士しか着用出来ないとのことである。
現に砦を守る騎士達は金属鎧だし、一般の兵士に至っては普通の革鎧である。
そういう点ではムリホ王女の後ろに控えて護衛する銀色の騎士だけ浮いていた。
だがムリホ王女に言わせると彼は鎧好きの変態なのだそうだ。
変態呼ばわりされても反論しない彼はもの凄く紳士である。
なお脱いだら筋肉らしい。鎧の大きさからして細マッチョなのだろう。
将来はアレラ好みのダンディな騎士になるかもしれない、じゅるり。落ち着けアレラ。
…作戦内容は魔王候補に占拠された町に四方向から攻め込むものだった。
まずケラム王子率いる本隊が正面から町に攻め入る。
この時にケラム王子及びムリホ王女が本隊の先頭に立ち狙撃のおとりとなる。
もちろんオレの防御魔法で彼らを守り切らなければならない。
魔物達には銃が一挺しかないので狙撃手は一人しかいない。
本隊はその唯一の狙撃手にこちらの射程範囲まで接近して銃撃により応戦する。
何故こちらが更に接近して魔法で応戦しないのかというと、オレの防御魔法に制約があるからだ。
ブレスレットの魔法補助と特訓の成果により、オレの防御魔法は少しの間だけこちらからの攻撃を透過することが可能となっていた。
ただし透過状態を長く維持しようとすると防御魔法全体が霧散してしまうのだ。
もちろん防御魔法の再展開にあまり時間は掛からない。
しかし常時透過が出来ているように見せかけることにより相手に心理的圧力を与えるのと、不意の攻撃を防ぐために防御魔法を切らさない必要があったのだ。
だからオレは透過のタイミングを指示してもらうことになっていたのである。
さて、銃撃戦が始まり次第ムリホ王女が火の聖霊様であるカラロムを召喚する。
また、銃撃戦を合図に別動隊は町の残る三方向から攻め込む。
元々この地域でオーガ以上に強い魔物はゴブリンキングくらいである。今回参加する騎士ならば十分に勝てる相手だった。
ただし普通の騎士は魔王候補の支配系魔法で無力化されてしまいかねない。
魔王候補が狡猾な場合、罠にはめられた別動隊が無力化される恐れがあった。
しかし狙撃手さえ抑えてしまえば別動隊の危険は減るのだ。
何故なら潜入偵察のクエストを受けた冒険者達から、魔物の領域には魔王候補ないし高位魔族と思しき存在は町の中にいる一体のみ、と報告されていたのだ。
そしてその姿は人型だったため、狙撃手こそ魔王候補と考えられるのだ。
それでも作戦直前に新たな高位魔族が現れている可能性がある。
そのため別動隊は攻め込みながら、今も町の中で潜伏している冒険者達と接触して最新の情報を入手する。
もし新たな高位魔族の存在が確認されていた場合はカラロムが召喚されるまで、危険ではあるが別動隊はおとりとして時間を稼ぐこととなっていた。
そして狙撃手を魔王候補ではなく新たな高位魔族が担当していた場合は、魔王候補に比べて銃の威力が低いと想定している。
結果、銃撃戦を早く制することで別動隊が魔王候補と接敵する危険を減らそうと考えているのだった。
もし狙撃手が狙撃以外の行動を取った場合、隠れるなら追わない。
近接戦を挑んでくる場合もオレの防御魔法で防ぎきる点では、狙撃されるのと何ら変わらない。
何やら他にも細々とした想定案が出されていたがよく分からない。
一つだけ言えることは。
カラロムさえ召喚すれば、魔族など何体いても蹴散らしてしまえるのだ。
「後方から突撃するおぬし達にはコリスを同行させよう」
本隊と反対側から攻め入る別動隊は、町の構造上一番孤立しやすい配置だった。
それを考慮したムリホ王女の独断により、今回参加する中で最高位の回復魔法使いであるコリス司祭が彼らに同行することと決まった。
「何、コリスは心臓を一突きされても死なぬ女じゃ。好きに使え」
「その紹介のされ方はちょっとあんまりでは…」
とんでもないことを言うムリホ王女に思わずオレは突っ込みを入れる。
あらぬ方向に好きにしてもいい、とか捉えてもおかしくない発言だ。
オレでさえその発想に至るだけに、騎士達の中には赤面している人もいた。
とにかく、あらぬ方向に注目されているコリス司祭が可哀相である。
「そうですよ!わたくしの回復魔法でも心臓を貫かれたら流石に死にます!」
あれ?コリス司祭はそっちに反応するんですか。
「おぬし。嘘はいかんぞ、嘘は」
すかさずムリホ王女がコリス司祭に突っ込みを入れた。
ケラム王子もそれを聞いて苦笑している。
そうですよね、コリス司祭が心臓を撃ち抜かれたところを見たんですよね。
「…認めてしまうと、人ではなくなりそうで…」
コリス司祭はうなだれていた。
「ああそうじゃった。おぬし達」
騎士達を見回してムリホ王女は嗤った。
「こう見えてもコリスは公爵令嬢じゃ。手を出すとどうなるかは言わずとも分かるじゃろ?」
騎士達の顔が強張った。
公爵令嬢と知ってオレの顔も強張っていた。
この作戦にムリホ王女の敗退は考慮されていない。
そもそもムリホ王女が負けてしまえば全軍が魔王候補に蹂躙されかねないのだ。
勝利か全滅という二択しかない戦いなのである。
会議が終わって騎士達が解散する頃になって、おつむがぽんこつなオレは配られた紙と作戦掲示板を何度も見返してようやく作戦内容を理解した。
理解したつもりだがまだ抜けがあるだろう。
しかし恐ろしいことだけは理解してしまった。
狙撃をオレが防御するということは、オレが魔王候補と対峙するということに他ならない。
ムリホ王女はカラロムの召喚のために魔力を温存する必要がある。
つまりカラロムが召喚されるまでは、オレに魔王候補と戦えということなのだ。
オレに。防御しか出来ないオレに!か弱いシスターに!
こんばんは。
作者のぽんこつなおつむはぽんこつな攻略作戦を捻り出しました。
そしてムリホ王女の年齢が判明しました。まだ成長中ですね!
2019年11月17日、追記
改行位置を変更致しました。
サブタイトルの『魔王の領域』を『魔物の領域』に変更致しました。
その他には誤記修正以外に本文の変更はございません。