43.下賜されし拘束具
「勇者の教育ってどんなことをされるのですか」
オレはわくわくしながらムリホ王女に聞いてみた。
何しろ教育を受ければ勇者なのだ。
勇者になれるのだ!勇者である!チート魔王の素質万歳!
…うん?今のは何かがおかしい。あれ?
「気になるか。じゃがその前にやることがあるぞ」
彼女はにやりと嗤った。
「え?」
オレの背筋に冷たいものが走る。
「おぬしはまだあの魔物の領域を作り上げた疑いが完全には晴れておらぬ」
「…そうなんですか…」
ということは疑いが晴れない限り勇者の教育を受けられないに違いない。
「じゃからおぬしには手始めに魔物の領域の攻略を手伝ってもらうぞ」
彼女の邪悪な笑みが怖い。
「手伝うと言われてもどうすればいいんでしょう?ワタシは支援系魔法だけしか使えないのですけど…」
そうなのである。
オレはゴブリンですら急所攻撃をしない限り倒せないという、か弱いシスターなのである。
「何、わらわの全力の銃撃を見事に防いだのじゃ。狙撃を防御するなどわけないじゃろう」
確かにオレの防御魔法はムリホ王女の銃弾を防ぎきれたのだ。
でも狙撃とは?
「狙撃?」
「うむ。一キロメートル先からわらわを狙撃してきおったのじゃ。コリスはそれにやられたのじゃ」
オレの疑問にムリホ王女は悔しげに語った。
あ、オレ死んだ。
一キロメートル先から人体にあの大きさの穴が開けられる狙撃とかオレ死んだ。
「…ちなみにおぬしが治療する前に、コリスは自力である程度治しておったんじゃぞ?」
彼女は恐ろしい事実を付け加えた。
そういえばあの時、心臓を治したとか言ってた。傷口もある程度ふさいでいたのだろう。
オレが撃たれたら間違いなく即死だ。
「そういえば相手はあれだけの狙撃が出来る魔法を使いおるのじゃ。一キロメートル手前でのカラロム召喚じゃと、いざ戦うときにわらわの魔力が心もとないか」
ムリホ王女は腕を組んで考え始めた。
オレは彼女の思考を邪魔しないように黙って様子をうかがう。
「そうじゃな。近づくまでに数発撃たれるじゃろうが、今度はもっと近づいてから召喚を行うことにしようぞ」
そしてオレの防御魔法頼みな案を提示してきた。
「…ワタシの魔力がもたなかったらどうするんですか」
オレの責任は重大である。
魔力切れ対策はして欲しいところである。
「もたせよ。何、カラロムさえ召喚出来れば休んでよい」
なんということでしょう。ムリホ王女は無茶な要求をしてきたのです。
「わたくしはその、理論なら何とか教えられるのですが、実技はちょっと」
コリス司祭はそう言って困った顔をした。
魔物の領域の攻略への協力をするのに鞭ばかりでは敵わない。
試しに飴が欲しいと言ってみたところ、オレの要求は無事に通った。
その飴とは、もっと強力な回復魔法を使えるように教育してもらうことだった。
さすがにコリス司祭並みとはいかないだろうが、狙撃で撃たれた際にすぐ動ける程度までは治せる回復力が欲しかったのである。保身である。
今はムリホ王女が休憩をしに席を外していた。
コリス司祭がどれだけ高位の司祭かは分からないが、彼女自身に威圧感はない。
だからオレはリラックスして会話に参加が出来ていた。
「ああ、実技というとあれですな」
セラエ司教様はコリス司祭の言うことを理解したようだ。
「ここでも行えますか?」
コリス司祭の質問に司教様は頷いた。
「アレラにはまだ辛いと思って行っていなかったが、行おうと思えば何とかなる。領主様に献体の用意をお願いしておこう」
何を行うというのだろうか。
オレに辛いということは嫌な予感がする。
「ではお願いしてもよろしいでしょうか」
「分かった。私が責任を持って行おう」
そう了承するも、司教様は苦い顔をしていた。
「あの、実技って何ですか?献体って聞こえたんですけど…」
不安に思ったオレは聞いてみた。
「ああ、より効果的な回復魔法を行うには人体の構造を知らねばならない。つまり人体解剖を行うのだよ」
司教様がさらっと恐ろしいことを言ってきた。
「解剖…ひっ」
「安心しなさい。まずはしっかりと座学から始め、解剖も動物から始めるからね」
「ひゃい…」
食料確保に浮かれて魔物の解体を嬉々として行うアレラの身体とは裏腹に、カエルの解剖ですら空太という精神には辛いのだ。
果たしてオレの空太という精神は耐えられるのか今から不安で堪らなかった。
「折角貴族街に入れたのだし何処に行こうかしら」
ムリホ王女による人質扱いから解放されたエレヌさんは少し浮かれていた。
「エレヌさん!助けてください」
すると、司教様との会話の後で休憩に行っていたはずのコリス司祭が駆け戻ってきて、エレヌさんの後ろに隠れてしまった。
これはエレヌさんに受難の予感がする。
「どうされ…!?」
エレヌさんがコリス司祭を見て顔色を変えた。
コリス司祭のストレートヘアが滅茶苦茶に乱れていたのだ。
「せっかくわらわが髪を整えてやろうと言っておるのに何故逃げるのじゃ」
そこに恐怖の権化たるムリホ王女が両手にクシを持って入室してきた。
「お、王女様…」
エレヌさんがムリホ王女の殺気に打ち震えていた。
「おお、おぬし良いところに」
「ご勘弁願います…」
ムリホ王女がエレヌさんの方を向いた。
エレヌさんはヘビに睨まれたカエル状態になってしまった。
エレヌさんご愁傷様です。
「ようアレラ」
エレヌさんが放心する中、ソルフさんが入室してきてオレに気づくと手を上げて挨拶してくれた。
「あっ。ソルフさん達は何をされていたんですか?」
続いて入ってきたチレハさんがやれやれとばかりに両腕を振って答えてくれる。
「めっちゃ強い死に損ないに弄ばれてたよー」
強いのに死に損ないとかわけが分からないが、一人思い当たる人がいた。
「ああ、ニレバ司祭ですか」
オレは部屋の奥まで歩いてきたチレハさんの方を向いて苦笑する。
「アレラや。王女様の全力の銃撃を防いだと聞いたぞ」
その時オレの背後、扉の方から声を掛けられた。
「あ」
オレはその声の主をよく知っている。
思わず息が漏れた。
「儂にも見せてくれぬかの」
ゆっくりと振り返ったオレの目に映ったニレバ司祭は、いい笑顔だった。
「ご、ごめんなさい」
なのでオレは縮こまって謝った。
「素直でよろしい。なので見せてもらおうかの」
「勘弁ねが、うひゃあ」
それでも許されなかったようだ。
オレは言葉をさえぎられ彼女に抱え上げられてしまった。
「成仏するんだよー」
手を振って和やかにしているチレハさんにニレバ司祭が近寄る。
「お主もじゃ」
「耳が!耳が伸びちゃいますー」
そしてオレを抱え上げた方と反対の腕でチレハさんを引きずる。
「お、何やら面白そうじゃな」
その様子に気づいたムリホ王女が顔を上げた。
「…行ってらっしゃいませ」
見送るエレヌさんの髪は悲惨なことになっていた。
「ではわらわの銃の威力をまずは見せたいのじゃが、良い的はないかの?」
ムリホ王女がそう言いながら銃を取り出した。
「それでしたら、儂の防御魔法に是非撃ち込んでもらいたい」
そう言ってニレバ司祭が腕に力を入れる。
フンッと言う掛け声と共にニレバ司祭の防御魔法が展開された。
相変わらずよく分からない展開方法だが、小さいながらも四枚の円盤を展開させているのはいつ見ても感心してしまう。
「しかし町中で銃弾が突き抜けてしまうとちと不味いの」
そう言ってムリホ王女は悩み始めた。
「何、このように少し上の方に撃てば大丈夫でしょう」
そう答えてニレバ司祭が防御魔法を浮かせて宙に並べた。
「それなら良いかの。では銃身を展開するからその先端に並べてみい」
ムリホ王女がそう言いながら風の銃身を展開させた。
やはり長いと感じてしまう。
アリレハ村の村長が展開していた銃身は二メートル程だったが、ムリホ王女の展開する銃身は五十メートル程もある。
あまりにも長い銃身にニレバ司祭は銃口の真下まで歩いていって防御魔法を展開し直した。
おそらく彼女は魔法効果範囲の外縁で発生する魔法出力の減衰を出来るだけ減らそうと考えたのだろう。
「準備出来ましたぞ」
ニレバ司祭が声を張り上げる。
彼女の防御魔法の円盤は銃口の真ん前に四枚が重なるかたちで並んでいた。
「んむ。いくぞ」
ムリホ王女の掛け声と共に銃声が響き渡った。
ニレバ司祭の防御魔法はあっさりと貫通されて霧散してしまった。
「これは!素晴らしい威力ですぞ!」
ニレバ司祭が感動のあまり近くの木を殴り始めた。あ、木が折れた。
「じゃあ次はアレラじゃな」
ムリホ王女がそう言って嗤った。
「無理です!ワタシは防御魔法をあまり離れたところに展開出来ません!」
もちろんオレは拒絶した。
オレの防御魔法は手から数メートル離れると制御しきれずに崩れてしまうのだ。
「そうか」
ムリホ王女は納得してくれたらしい。
「じゃあおぬしを撃つからちゃんと防ぐが良いぞ」
そう言って彼女は再び風の銃身を展開した。水平に。
「死にます!」
オレは断固拒否した。
目の前に銃口を突きつけられるとか二度とされたくない。
「まあそう言わずに、この老骨に格好良い弟子の姿を見せて欲しいの」
ニレバ司祭まで死の宣告をしてくる。
「わたしも見てみたいなー」
チレハさんにとっては他人事の見世物なのだろう。いや待てよ。
「分かりました。銃口を突きつけられるのは怖いので、チレハさんがワタシの前に立ってもらえませんか」
オレの意趣返しにチレハさんが真っ青になった。
「それは良い考えじゃ!さあチレハよ。立つが良い」
ムリホ王女の死刑宣告に逆らえず、チレハさんは銃口の真ん前という死刑台に立たされた。
といっても、オレも彼女の後ろに立つのだから一蓮托生である。
そして銃声が響き渡った。
オレの防御魔法は耐えきったが、チレハさんの下半身は耐えきれなかった。
こうして漏らし姫の称号を持つ者がまた一人増えたのだった。
…翌日、ムリホ王女と筋肉ダルマもといキルガ男爵が商談を行っていた。
オレにとっては久しぶりに会う人だ。
相変わらず商人らしからぬ筋肉にオレは懐かしさを覚えていた。
「狙撃を防御せよとは言ったが万全を期すに越したことはないからの」
オレの隣にいるムリホ王女はオレの方を向いて微笑んだ。
「じゃから魔法使い用の武器を持て。司教に頼んで商人を呼んでもらったのじゃ」
そして商人を呼んだ理由を説明してくれた。
司教様が呼ぶ商人と言えば当然聖王教会のお抱えである筋肉ダルマなのだ。
どうりで彼が目の前にいるわけである。
筋肉ダルマが一通りロッドやワンドやステッキを見せたところで、ムリホ王女は悩んでいる様子だった。
「ふむ。この間のわらわとのアレラの戦い方じゃと、杖と言うよりも…」
「どう考えても落としてしまいます」
オレはあの転げ回った戦闘を思い返してムリホ王女の言葉を継いだ。
「そうなりますと、わたくしのように指輪でしょうか?」
ムリホ王女を挟んでオレと反対側に座っていたコリス司祭が指にはめた指輪をみせてくれた。
その指輪は一センチメートルほどのビー玉もとい聖玉がついていた。
「いやコリス、それはダメじゃ。こやつの転がり方だと指を折りかねん」
ムリホ王女の言う通りかもしれない。
オレの白魚のような指では転がった時に怪我をしてしまうだろう。
すみません白魚は誇張でした、白チョークです。
「でしたら…ブレスレットでしょうか」
オレがおかしなことを考えている一方でコリス司祭は真剣に考えてくれていた。
「そうじゃの。ブレスレットはないかの?」
ムリホ王女もその考えに同意すると、筋肉ダルマに聞く。
「それならばこちらは如何でしょう。二つの聖玉を連結して用いることで一つの聖玉を用いたブレスレットの三倍もの魔法補助の効果を発揮しております」
それを聞いた筋肉ダルマはさっきまで並べていた実用感がある武器とは違い、宝飾品としても凄く価値がありそうなブレスレットを取り出した。
というか今なんか聖玉が二つとか恐ろしい言葉が聞こえたような…。
「そう言えばシールドの展開は両手で行っていたの。更なる出力の増強も考えると…そうじゃ、もう一つ無いかの?」
ムリホ王女にとってこの程度のブレスレットは普通の品なのだろうか。
どうやらこの高級品をオレの両手に着けさせる気らしい。
「ございます」
和やかに筋肉ダルマがもう一つ同じブレスレットを取り出した。
「これいくらするんですか…聖玉って凄く高いですよね」
堪らずオレは声を上げた。
「安心するが良い。普通の兵士でも買うことが出来るぞ」
そう言って嗤う王女はオレを安心させる気がないようだ。
「相当無理をすれば買えるとは思いますが、このブレスレット一個だけで一般的な兵士の年俸三年分くらいはあるかと思います」
コリス司祭が冷静に推測した金額を教えてくれた。
そして肯定するように筋肉ダルマが頷いた。
「うわあ…ブレスレットが手錠に見えてきました」
これを受け取った瞬間からオレはムリホ王女に逆らえなくなる。
このブレスレットの金額分はただ働きをさせてくる彼女の姿が手に取るように分かってしまった。
「奇遇じゃな。わらわもこれが手枷に見えておるぞ」
そう言って同意してくるムリホ王女の顔を、オレは見たくない。
「足枷の方がよいのかえ?ほれ、さっさと手に取らぬか」
そう言葉を続けるムリホ王女は、いい笑顔だ。
「お手柔らかにお願いします…」
オレに拒否権はなかったのだった。
こんばんは。
エレヌさんが哀れで仕方ありません。
なお主人公が哀れなのは仕様です。
2019年11月17日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。




