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40.王女との邂逅

「すみません、そこまでしか治せなくて」


 オレは目の前の男に謝った。


「いや、構わない。あの状況だと命の危険すらあったんだ。本当に感謝している」


 彼はそう言って肘のところまでしかない上腕を撫でる。


「それにここまで再生してもらえたしな。これだけあればバランスも取りやすい」


 彼の言う通り、オレはその片腕を吹き飛ばされた冒険者に回復魔法を掛けたのだが、結局腕を治しきれなかったのだ。

 肩口に残っていた上腕を伸ばすように再生するところまでは何とかなった。

 だが肘の構造が分からずオレは肘周りを再生出来なかったのだ。


 分断された手の入った包みが今も彼の膝の上に置かれている。

 肘さえ再生出来れば繋がったというのに。


 包みを見るオレの視線に気づいて彼は苦笑した。

 彼だって未練があるのだ。

 だから分断された手を処分することが出来ないのだろう。


「そうだな。だが俺は腕よりも相棒を治してもらえたのが嬉しかったんだ」


 彼のその言葉にオレは顔を上げた。

 男が後ろを向く。

 彼の後ろにはあの胸に穴が開いていた冒険者が立っていた。


 シャツは替えたのだろう。

 肌は見えないが穴の開いた革鎧が痛々しかったので、すぐに分かった。

 ちなみに二人とも名前を聞いた気がするが覚えていない。

 オレのおつむのぽんこつ具合は今も絶好調である。


「それで治療費はいくらくらいなんだ?」


 男の言葉にオレは慌てる。


「そんな!取りません!」


 あわあわと両手を左右に振るオレの肩を後ろからエレヌさんが抑えた。


「駄目よアレラ」


 オレ自身に受け取る気はないのだが、彼女の言う通り共闘中でもなくパーティメンバーでもない男からは、治療費を受け取るべきなのだ。

 そうでないと世の中で真面目に仕事をしている治療師達にとって堪ったものではない。


「分かりました。それなら、聖王教会に寄付をお願いします」


 だからオレ自身は受け取らないことにした。

 そもそもオレは清貧なシスターなのだ。

 それに、正直治療費の相場が分からないのである。


「服装だけかと思ったら本当にシスターだったんだな」


 男の言う通り、相変わらず初対面の人にオレはシスターと認識してもらえない。

 まあ本来シスターは成人でないとなれないのだから当然ではあるが。


「今はどう見ても村娘ですけどね」


 オレは自分のスカートを摘まんで苦笑してみせる。


「違いない」


 そう言って男は笑みを浮かべたのだった。




…オーガ討伐隊が戦闘をしてから数日。

 オレ達はまだ村にいた。


 別にすぐにでも領都に戻っても良かった。

 しかしオレが男の腕の治療でもう一日寝込んでしまった上、セレサとサルセを亡くしたショックが振り返して憔悴してしまい動けなくなったのだ。

 そのためエレヌさんの提案により村に数日とどまり様子見をしていたのである。


 尚、オーガ討伐時に起きたことの報告については、討伐隊に参加していたもう一つのパーティが町へ戻っていったので問題無いとのことだった。

 腕を無くした男のパーティは戦力に不安が出てしまったため、エレヌさん達と共に村から移動することになっていた。もちろんオレも一緒に移動するのだ。


 ではどうしてオレが村娘の格好をしているかというと、宿を提供してくれている村長夫婦の提案を断れなかったからだった。いや別に服装はどうでもよかったし。


「この村の司祭を勤めております、ヤルクと申します」


 教会に来たオレに対し男性司祭が一礼した。

 青色の髪が映える高身長の青年だったが、一礼したことで陽光に頭頂部が映えているのがオレにも分かった。


「あ、はい。シスター・アレラと申します」


 若禿げとの邂逅による動揺を隠し、オレは首から下げた太陽紋章を見せながら挨拶した。

 ミニチュアのホイールキャップもとい太陽紋章が無ければどう見ても村娘だからだ。


「アレラ様、先日は挨拶を出来ず申し訳ありませんでした」


 オレの太陽紋章を見たヤルク司祭はあくまで低姿勢である。


「あ、いえ」


 大のおとなにかしずかれるのが照れくさくオレは話題を切り出すことにした。


「この村には怪我人や病人がいなさそうなんですが」


 そう、オレは建前上は聖王教会から慰問任務を受けている身なのだ。

 せっかく領都から離れた村に滞在しているのである。

 冒険者としてではなく、シスターとしての任務を遂行するべきだろう。

 だが肝心の怪我人や病人が見当たらないので、司祭にたずねることにしたのだ。


「僕は回復魔法こそ使えませんが、薬師としての知識はあるのです」


 ヤルク司祭が和やかに実情を話してくれた。

 どうやらオレがこの村でする仕事はないらしい。


「ああそれで」


 オレは短く返事をするしかなかった。

 教会に来た用事があっという間に終わってしまい、沈黙が漂う。


「うーん、何で御神体ってどこも大きさが一緒なんだ?」


 そこに、同行してくれた腕を無くした男の呟きが聞こえてきた。


「それは、神器の大きさに合わせているからですよ」


 ヤルク司祭が和やかに返答した。

 そう、どんな大聖堂だろうと御神体の大きさは同じなのだ。

 元凶はホイールキャップ好きな聖王様なのだ。


 いや、だからどんなに見た目が似ているからとはいえ太陽紋章はホイールキャップではないのだ。

 そもそもこの世界にホイールキャップなどないのだ。


 こうして教会での用事も終わった。

 オレの鞄も無事回収出来ていたし、オレも歩けるほどには回復した。

 オレ達は今日この村を発つのである。


「すみません、何から何までお世話になりありがとうございました」


 シスター服に着替えたオレは村長夫婦にお礼を言った。


「なに、娘が出来たみたいで嬉しかったよ」


 村長がそう言う横で村長の奥さんも微笑んでくれていた。

 だが何時までもこの村でご厄介になるわけにもいかないのだ。

 客室に泊めて貰っているオレ達女性陣はともかく、冒険者の男性陣は納屋に缶詰なのである。


 民家に迷惑を掛けないのが冒険者の慣習である。

 所用が済んだオレ達は早急に発つ必要があった。


 そしてオレの本音を言うわけにはいかないが、これ以上不味いミルクを飲みたくなかったのだ。

 ミルクは新鮮なのが一番である。




…町に着いたオレはエレヌさんのパーティと共に冒険者ギルド支部へ入った。


 まずはメラシとコルシの行方を聞いてみた。

 結果、彼らは他の冒険者パーティに付いていくかたちでこの町を離れたということだった。


「流石にアレラをここに置いていくわけにはいかないしな」

「そうだねー」


 ソルフさんの言葉に、チレハさんが同意した。


「せめて領都までは私達が責任持って送り届けるから心配しなくていいわ」

「ほんとほんと。人さらいからしっかり守るからねー」


 エレヌさんの心強い言葉に、チレハさんが付け加える。


「まあ、アレラもここまで来れた冒険者じゃ。護衛任務よりも楽だろうて」

「まあ、わたし達が人さらいに見られないようにしないとだけどねー」


 ザラスさんの言葉に、チレハさん…。


「チレハはちょっと黙ってなさい」

「ええー」


 エレヌさんの指示にチレハさんは不服そうだ。


「黙ってなさい」

「姐さん酷いですー」


 エレヌさんに睨まれてもチレハさんは全く怯まない。


「はあ…アレラ、チレハに何かされたらすぐに言うのよ」

「あ、はい」


 呆れた様子のエレヌさんにオレは頷くことしか出来なかった。


「まあ、俺達が村にいる間に国軍もとっくに砦の方に進軍したみたいだし。道中で障害になりそうなのは、無さそうだな」

「…そうですね」


 ソルフさんの言葉にオレは少し残念そうに答える。

 確かに行軍で街道を通行止めにされる事態はなくなっていたが、正直オレは国軍というものを見てみたかった気持ちがあった。

 だって異世界の軍だよ軍。騎馬隊とか甲冑騎士とか魔法騎士とか何かそういうのが見たかったのだ。


 とはいえこの町にはミルクがない。

 魔物が周囲をうろつく町なので家畜の飼育が満足に行えないのだろう。

 ある意味あの村はまだ恵まれていたのだ。

 今もこの冒険者ギルド支部にある酒場でオレはジュースを飲んでいる。

 早く領都の冒険者ギルドに戻ってバーで新鮮なミルクを飲みたい気持ちがオレにはあった。


 オレ達が雑談しているその時、冒険者ギルド支部の扉を開けて見慣れない格好をした男が入ってきた。

 その男は真っ直ぐカウンターに歩み寄った。


「依頼だ。急いでいる。回復魔法を使える女性は居ないか?」


 手短に用件を告げる男に対して、カウンターに立つギルドの女性職員はオレを真っ直ぐに見てきた。


 オレを、真っ直ぐに、いい笑顔で、見てきた。マジですか。




「すまないな。領都に着きさえすれば司教様が居られると分かってはいるのだが」


 見慣れない格好をした男は、国軍の騎士だと名乗っていた。


「貴方も魔法騎士でしょう?回復魔法は使えないのですか?」


 エレヌさんが彼へ丁寧に問いかけていた。


「女性でなければならないのだ。だが随行している女性の魔法師が全員魔力切れになってしまってな」


 彼の弁解にエレヌさんは納得がいかない顔をしつつも引き下がった。


 今のオレ達の構成はオレとエレヌさんと、冒険者ギルド支部内に居合わせた女性魔法使いが二人、そしてエレヌさんのパーティである。

 オレ以外の女性陣は止血程度にしか回復魔法を使えないが、いないよりもマシなので是非来て欲しいと言われて参加していた。


 そしてオレ以外のメンバーは彼が国軍の魔法騎士だとすぐに見抜いた。

 それでも護衛は必要だと主張して、オレの保護者ということでソルフさん達が付いてきたのだった。


「ここだ」


 彼が一台の馬車の前で立ち止まった。

 騎馬を従えた騎士が数人、護衛していた。


 その馬車は五、六人は入れそうな大きさで凄く豪華な装飾がされていた。

 正直この魔物が周囲をうろつく町には場違いな馬車だった。

 馬車の扉には中が見えないようにカーテン代わりの布が掛けられていて、その側には豪華な銀色の甲冑をまとった男性騎士が立っていた。


「連れて参りました」


 オレ達を連れてきた魔法騎士がその銀色の騎士に報告をする。


「よく来てくれた。取りあえず二人、中に入って欲しい」


 銀色の騎士はそう言い、オレ達を手招きした。

 オレ達は頷き合い、まずはオレとエレヌさんが入ることになった。


 馬車の中には、仰向けに寝かされて胸を露出した淡い金色の髪をした若い女性と、彼女の胸元に左掌を宛がう赤色の髪をした少女がいた。

 乙女の柔肌が露出しているのだ。

 つまり女性でなければならないという意味がよく分かった。


「肩から血が!」


 エレヌさんが赤色の髪をした少女の右肩に巻かれた包帯に気づいた。

 まだ真新しく見えるその包帯はすでに血で真っ赤だったのだ。


「わらわの事は後回しで良い!」


 額から汗を流すその少女がオレ達を見てきた。

 強い意志を宿した淡い金色の瞳にオレ達は射貫かれる。


 彼女の言葉に、改めてオレは寝かされている女性を見た。


「えっ」


 オレは思わず声を上げてしまった。

 女性の胸、ほぼ心臓のあたりに直径五センチメートル程の穴が開いていたのだ。


「手間を掛けさせてすまぬ。わらわ達でこの傷を埋めれる者はおらんのじゃ。唯一このコリスを除いて、な」


 どうやらその女性の名前はコリスというらしい。

 そしてここまでの傷穴を埋められるということは、彼女はかなり強力な回復魔法使いということになる。


「コリスは自分で心臓を治すところまではしたのじゃが、意識を失ってしまっての。わらわ達が交替で回復魔法を掛け続けておるが、正直限界じゃ」


 少女の言葉を聞いてエレヌさんがオレに頷いた。

 出力の弱い回復魔法をいくら掛け続けても傷口が埋まるわけではない。止血し続けるしか出来ないのだ。

 だからオレは言われなくても分かっていた。


「代わります」


 少女に退いてもらいオレは女性に回復魔法を掛けた。

 当然、治療後オレは魔力切れで意識を失った。




…翌日にオレが意識を回復した際、改めて王女に呼び出された。

 そう、王女だった。

 赤色の髪をした少女は、王女だったのだ。


 まさかの王女との邂逅である。何そのチート勇者ストーリー。

 緊張で元村娘の心臓は破裂しそうである。

 呼び出されたのはオレ一人だったが、エレヌさんのパーティが保護者であると主張して付いてきてくれた。


 昨日の魔法騎士から謁見の注意点を説明されて、指定されていた冒険者ギルド支部の訓練場にオレとエレヌさんのパーティは入った。


 訓練場とは名ばかりで、ここは町外れの一角を整地しただけの広場である。

 待機用になけなしの小屋が用意されていて、王女は今そこにいるそうだ。

 小屋の前に連れて行かれるかと思いきや、オレ達は訓練場の真ん中へ行くように指示された。


 指示された位置に行き、王女に指名されていたオレが前列中央となり跪く。

 足下には何かに使われた魔法陣が描かれていてエレヌさんが顔をしかめるも、王女が来るのを待っている現状で会話をするわけにはいかなかった。


 オレ達が跪いたところで二人の騎士を伴い王女が現れた。

 片方の騎士は昨日見た銀色の騎士である。

 だがもう片方の騎士は昨日見かけた事がなかった。


 その全身に赤く光る金属鎧をまとった騎士は、フルフェイスの兜を被っていてどのような顔か分からない。

 綺麗に細工が施された鎧から、かなり高位の騎士であることが容易に想像出来た。


「うむ。楽にするが良いぞ」


 前口上もすっ飛ばしていきなり王女がオレ達へ立つようにと話しかけた。


「あの、肩は」


 オレは気になって彼女に問いかけた。

 彼女は他の騎士から借りたのか少し大きな肩当てをしていたのだ。


「ああ、おぬしが治療したコリス…。司祭に治してもらったのじゃ」


 赤色の髪を揺らし軽く肩を見やり、王女は素っ気なく返事をした。


「その節は礼を言うぞ。本当に助かった。コリスを助けてくれて、感謝する」


 そして王女が頭を下げた。王女が!頭を!下げた!!


「あ、いえ、そんな。シ、シスターとして、当然のことをっ、したまでですっ」


 オレは慌てふためき思わず両手を左右に振る。


「恩を仇で返すような事は本来したくないんじゃが…許せ」


 何だか奇妙なことを言いながら頭を上げた王女の顔は、苦渋に満ちていた。


「え?」


 オレは彼女の態度に疑問の声を上げる。

 王女が表情を引き締めると、その淡い金色の瞳が光ったように感じた。

 そして王女の髪の色は、根元から光が走り一瞬で淡い金色に変わったのだった。




「エレヌさん!?ソルフさん!?」


 オレの真横に立っていた二人は、突然膝を付いた。

 後ろを振り返るとチレハさんとザラスさんも膝を付いている。


「やはりな。わらわの支配を受けぬか」


 王女の固い声にオレは怖々と前を向いた。


「手下は優秀なようじゃが、本人がここまでアホだとはの」


 そう言いながら彼女はゆっくりと片腕を持ち上げていく。


「はい?」


 オレは王女の言うことが分からず首を傾げた。

 その間に王女は片腕を真上まで上げ肩幅に足を広げると、もう一方の腕を腰に当てた。

 そして王女は腕を振り下ろしオレを指差して、声を張り上げる。


「観念するがよい、魔王候補!」

こんばんは。

ついに主人公は王女と会いました。

胸が丸出しにされてしまいましたがコリス司祭は何気に凄いことをしています。


2019年11月17日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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