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38.遭遇と仇討ち

少し残酷描写があります。ご注意下さい。

「集団行動してやがる」


 冒険者の誰かが悪態を吐いた。

 オーガの真横にオークが三体現れたのだ。

 さらにその足下には十数匹のゴブリン共がいた。


「間違い無く、魔王の命令を受けているわね」


 エレヌさんの言う通り、通常このようなことはない。

 別にこの三種族は仲が良いわけでもなく、獲物を求めて殺し合っているのをよく見かけるという。

 そいつらだけでなくヘビのようなものから昆虫のようなものまで一緒に現れ始めた。


 森の仲間が勢揃いである。

 ただし敵対しているので楽しい表現ではない。




…魔物と動物の分類には、見た目とは関係なく明確な定義がある。


 魔物とは、魔王に従う者を指す。

 奴らは魔王の命令に逆らえない。

 普段の生活において魔物は常に人族と敵対しているわけではない。

 あのオークですら人族と友好的な個体もいるという例があるのだ。


 だが、どれほど普段は友好的でも魔王の命令一つで人族を襲い始める。

 そして普段は敵対している魔物同士でも、魔王の命令一つで集団行動をして共闘をするのである。

 その一方で、魔王の命令があれば例えゴブリンであろうと人族に攻撃を仕掛けなくなる。

 過去の事例でそれは分かっていた。


 逆に、動物は魔王の命令に従わない。

 もちろん普段から使役している場合は除く。

 小鳥の世話をする魔王とか想像もつかないのだが、事例はあるのだ。マジか。


 とにかく。

 どれだけ凶暴な種族であっても、魔王の命令に従わなければ魔物ではないのだ。

 その種族が実は魔物ではなかったとか動物ではなかったとかは当然あり得るのだが、あくまで過去の事例から分類だけはされていた。


 そして見た目が動物の魔物もいるのだから、当然見た目が人族の魔物もいる。


 それが、魔族と呼ばれる人種だった。




「何やら騒がしいと思ったが、冒険者か」


 その声の主は、オーガの真後ろから現れた。

 声質から判断すると成人男性なのだろうが、日陰にいるのでその容姿は全身が黒っぽいということしか分からなかった。


「貴様!魔族か!」

「答える義理はないな」


 冒険者の一人が上げた声に、日陰の男は肯定も否定もしなかった。

 その返事に対して声を上げた冒険者は武器を構える。


「うおおおおお!」


 そして突然、日陰の男に突っ込んでいった。


「馬鹿!よせ!」


 誰かの静止の声と、日陰の男が手を突き出したのは同時だった。

 その掌が光った。

 直後、突撃した冒険者の上半身は無くなっていた。


「腕が、ぐっ」


 声が上がった方向に慌てて首を振ると、日陰の男が突き出した手の直線上に立っていた冒険者達も傷を負っているのが目に入った。


「今日は良い気分なんでな。あまり殺生はしたくなかったんだが」


 日陰の男はそう言ってオレ達を順に眺める。

 眺められた冒険者が順に身体を一瞬だけ震わせていく。

 どうしたのかと思う間も無く理解した。

 奴が目を合わせてきているのだ。


 奴のような強力な敵から目を離すのは自殺行為である。

 とはいえ敢えて目を合わせる必要は無い。むしろ視線で石化させるバジリスクのような魔物もいることから目を合わせるのは危険でもあった。

 だが目を合わさざるを得ないような雰囲気を奴は出していたのだ。


 オレの横に立つエレヌさんが一瞬震えた。

 ついに日陰の男がオレと目を合わせてきた。

 目が合った瞬間に奴が嗤ったように見えた。恐怖でオレの全身は震えた。

 あっ。ダメかもこれ。


「これはこれは。その子に免じて退いてやるよ」


 日陰の男はそう言って踵を返した。

 奴が後ろを向いたことで冒険者達の緊張が少し緩んだのを感じた。

 同時に全員の視線が一瞬オレに集中した。やめて見ないで。


「ああ、そいつらは置いていくから遊んであげてくれよ?じゃあな」


 そして不吉な一言を残し、日陰の男は去って行った。




…どうも漏らし姫ことアレラです。


 現在魔物の集団と戦闘中です。

 濡らしてしまった下着と靴下の感触が気持ち悪いですが今すぐにどうすることも出来ません。


「もうお嫁に行けない…」


 やっぱりこの台詞は言うべきだろう。

 だが今のオレに冗談であろうと求婚するような奴は全員声かけ事案でしょっ引かれるといい。

 そうか。そういう意味だとメラシは最初から逮捕ものだったのか。


 オレはやさぐれながらも冒険者としての仕事はしっかりとしていた。

 今のオレはナースである、いやシスターである。


 オレの周りには怪我人が集められている。

 さらに戦っている冒険者達は怪我をすると交替でオレのところにやってくる。

 そしてオレはエレヌさんに指示された通り、軽い怪我の人には止血程度に、大怪我を負った人には走れる程度に、全員に最低限の回復魔法を掛けていた。


 そう、ここは即席の野戦病院。

 オレは決して荷物番ではないのだ。荷物置かれてるけど。


「どう?魔力はちゃんと温存出来てる?」


 オレの様子をエレヌさんが見にきた。


 周りにいる魔物の数が多い以上、魔力の残量を気に掛けるのは当然である。

 なにせこの世界はステータスが見られるようなゲームの世界では無い。

 魔力の残量は疲労感から判断するしかないのである。

 疲労感から判断する以上、魔力切れは体力切れと混同しやすい。


 ただでさえ体力が無いオレは、動かないようにと指示を受けているのだ。


「大丈夫です。まだこの人を全快させるくらいは残ってます」


 オレは真横に寝かされている冒険者を見やった。

 彼は先程の魔族による攻撃の際、腕を吹き飛ばされた冒険者の真後ろに立っていた。

 攻撃が当たった彼は右胸に拳大の穴が開いていた。


 オレは今も彼の傷を埋めることはせず、止血程度の回復魔法を掛け続けているのだ。

 オレにはここまで大きく消滅した組織を再生させる程の回復魔法は経験がない。

 彼の傷を埋めれば確実にオレの魔力は尽きるだろう。

 むしろ傷を埋める途中で魔力が尽きる可能性は高かった。


 ちなみに腕を吹き飛ばされた冒険者は止血程度で我慢してもらった。

 彼は痛み止めの薬を飲んでオレの護衛に立ってくれている。


「おい!上!」


 誰かの声がしたので見上げると崖の上から一体のオーガとゴブリン共が飛び降りてきた。

 オーガは地響きを立てて着地した。


 だがオーガと共に飛び降りてきたゴブリン共はほとんどが地面に転がっていた。

 転がっているだけでなく苦しんで呻いている。

 どうやら崖が高すぎて怪我をしたらしい。


「馬鹿だ」

「馬鹿ね」

「さすがゴブリンだねー」

「見とらんとお主等戦え」


 口々に感想を漏らすエレヌさんのパーティメンバーに対しオーガと真っ先に正対したザラスさんが突っ込みを入れた。


 オーガがザラスさんにハンマーを振る。

 ザラスさんはそのハンマーをしっかりと盾で受け止める。

 だが勢いは殺せず足が地面に溝を作るように身体ごと後退してしまう。


「おらあ!」


 気合一閃ソルフさんが身の丈ほどある片刃の斧をオーガに向かって振り回した。

 チレハさんは地面に転がるゴブリン共に短剣で止めを刺していく。

 オレの真横に陣取るエレヌさんは立ち向かってくるゴブリンを確実に魔法で仕留めていった。


 他の冒険者達はというと崖から飛び降りてきたオーガより向こうでもう一体のオーガや森の仲間と戦っている。

 オレという野戦病院から分断された彼らは少し辛そうだった。


「あのオーガ、一気に片を付けた方がよさそうね」


 あらかたゴブリンを片づけたエレヌさんがそう言って杖を構えた。


「射程に入るように引き付けて!」


 エレヌさんがそう声を張り上げた後、詠唱を始める。


「破邪を司る火の聖霊よ、我が呼びかけに応え、彼の者を焼き尽くしたまえ。

 その慈悲無き手を我が手に重ね、彼の者を業火の槍で打ち貫かんことを…」


 無詠唱で魔法攻撃が出来る彼女が詠唱すると言うことは、大技を撃つつもりなのだろう。

 オレは彼女を支援することにした。


「ブースト!」


 オレの増幅魔法を受けて彼女の頭上で準備された火魔法が三倍に膨れあがった。


「…。フレイムランス!」


 エレヌさんの発動のキーワードに合わせてその炎の槍が発射される。


「ちょっとまってそれ!全員待避!」


 慌てたチレハさんの声にオーガと戦っていた全員が離れた。


 オーガは周りの攻撃から逃れたことでエレヌさんの火魔法を回避しようとするがもう遅い。

 右肩に当たった炎の槍はオーガの首も含む範囲を吹き飛ばしそのまま一定距離で消失した。

 行き場を失ったオーガの頭頂部が地面に落ちた。




「…ちょっとアレラ」

「はい?」


 ゆっくりとオレの方を振り向いたエレヌさんは、いい笑顔だった。


「増幅魔法を掛けるなら詠唱前に言いなさいよ!出力が変わって制御出来なくなるかと思ったわよ!てか制御出来なかったわよ!」

「ひっ!ごめんなさいごめんなさい!」


 彼女は一瞬で怒り顔に変わったかと思うと普段から想像出来ない怒鳴り声を出した。

 その剣幕にオレは思わず謝っていた。


「今のがもう少しずれて味方を巻き込んだらどうするの!」

「…ごめんなさい」


 オレは倒れ伏したオーガを見やる。

 確かにあまりにも強力な魔法だった。


 おそらくエレヌさんの魔法効果範囲も拡大していたのだろう。

 想定より射程が伸びれば反対側の味方に当たる恐れもあったのだ。


「姐さん今の死ぬかと思ったんですけどー」


 チレハさんが抗議をしながら近づいてきた。


「文句ならアレラに言いなさい」

「ごめんなさい…」


 指差してくるエレヌさんにオレは縮こまる。


「まあ…あのオーガを貫けるほどの火力なら向こうも何とか出来そうね」


 エレヌさんが真面目な顔に戻り考え始める。


「アレラ。あなたの増幅魔法はどこまで届くの?」


 こちらを見るエレヌさんの目は真剣だ。


「えっと…三十メートルです」


 オレが答えるとエレヌさんは目を瞬いた。


「聞き間違いかしら?」

「三十メートルです」

「…」


 再度問いかけるエレヌさんにオレは改めて答えた。


「チレハ、その人を運びなさい」


 エレヌさんはチレハさんに胸に穴の開いた冒険者を運ぶよう要求した。


「姐さんわたし潰れるんですけど!」

「どうした?あと今の魔法はなんだ」


 チレハさんが声を上げたところで、ソルフさんが近づき問いかけてきた。


「ああ!神さまソルフさま!」

「なんだチレハ」


 胸の前で手を組んだチレハさんがソルフさんにすり寄る。


「運んで」


 エレヌさんが胸に穴の開いた冒険者を指差した。


「…」


 ソルフさんはオレ達を見回し口を開いた。


「分かった」




…オレ達は移動式野戦病院となって他の冒険者達を救援しに向かった。

 そしてエレヌさんは多数の敵に対し戦車と見まごうかのような火力で魔法を撃ち込み、全てを殲滅したのであった。


「いや、訳が分からん」

「何だそれ、最初から使えよ」


 戦闘が終わり、他の冒険者達が困惑していた。


「そうね、私もこの威力は訳が分からないわ…アレラ」

「ひゃい!」


 エレヌさんに突然話を振られたオレは飛び上がった。

 そして全員の視線がオレに集中したので、思わずソルフさんの後ろに隠れた。


「あなた…他者に増幅魔法を掛けれたのね」


 エレヌさんのうろんな目にオレはソルフさんの影で縮こまった。


「…そうです」


 返事をしないわけにはいかないのでオレは肯定した。


「隠してた…ようには見えないわね」


 続くエレヌさんの言葉にオレは頷く。

 オレが増幅魔法を他者に掛けられることは、別に隠してなどいない。

 ただ言う機会がなかっただけである。


「まあ、そういうことよ。そして彼女が他者に増幅魔法を掛けれることは他言無用よ」


 そう言ってエレヌさんは周りの冒険者を見回した。

 それを聞いて冒険者達は全員頷いた。

 一方オレは何故戒厳令を敷くのか分からず首を傾げた。


「あの…」


 そこで思い出してオレは手を上げる。


「どうしたんじゃアレラ」


 オレのさらに後ろに立っていたザラスさんが問いかけてきた。


「そろそろこの人をちゃんと治したいのですけど」


 オレは胸に穴の開いた冒険者を視線で指し示した。

 今でも彼に止血程度の回復魔法を掛け続けているのだ。

 このままでは帰るのも大変である。


「治せるのか?」


 冒険者の一人が問いかけた。


「たぶん。でもやらせてください」


 オレは彼に頷いた。


「無理はしないでね」


 エレヌさんの言葉を肯定と受け取ったのか、ソルフさんが背負い続けていた胸に穴の開いた冒険者を地面に寝かせる。


「ではいきます。ヒール!」


 オレは宣言したあと、改めて最大出力で回復魔法を行使する。


 まずは失った肋骨が出現するように念じてみるが、出現する気配は無かった。

 そこで傷口から覗く肋骨が生えて埋まるように念じると、今度は少しずつ肋骨が伸び始めた。


 むしろ失った組織を思い浮かべるより、この方法を採るのが人体の構造を何となくしか知らないオレには良さそうだ。

 オレはそのまま他の骨や臓器が隙間を埋めるように念じ続けた。


 最終的に傷口は埋まった。

 皮膚に少し突っ張ったような痕が残ってしまったがもうどうにもならない。

 そして魔力切れになってしまったのも、もうどうにもならない。


 オレは意識を手放したのだった。

こんばんは。

ご注文はお漏らしですか?


2019年11月17日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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