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37.討伐隊と村娘

 昨日オレが起きた時にはすでにメラシとコルシは村から出立していた。

 そして早馬は無事に町へ到着したうえ、既に村へ報告を持ち帰ってきていた。


 オレはその報告内容を村長から教えてもらった。

 それは、オーガに対処出来るだけの冒険者を集めてから討伐隊を出発させる、という冒険者ギルド支部からの回答だった。


 そしてオレはそのオーガ討伐隊に保護されるということで、それまでは村でご厄介になることが決まったのだった。




「ねえねえ。冒険者ってお風呂とかどうしてるの?」


 オレの前に立つ女の子が質問をしてきた。


「あー、うん。宿屋でタオルと水桶を借りて、身体を拭くくらいかな」


 オレは今までの行動を思い返して答えた。

 安宿で宿泊客向けのお風呂があるところはかなり少ないのである。


「あ、あと。川とか見つけたら水浴びもするよ」


 女の子達のオレを見る目がよろしくないので慌てて付け加えた。


「そ、それから。水魔法が使えればどこでも身体を拭いたり洗濯したりできるよ」


 女の子達のオレを見る目が哀れみを帯びてきたのでさらに付け加えた。


「アレラちゃんは使えるのー?」


 その子は明らかにオレより年下だ。

 だが彼女はオレと背丈があまり変わらないので、悲しいことにちゃん付けである。


「ワタシは、水魔法は使えないよ」


 そしてオレは水魔法が使えないので正直に答えた。


「じゃあ不潔なのー?」

「ばっちいのー?」

「どろどろのねちょねちょなのー?」


 女の子達が矢継ぎ早に話しかけてきた。

 不潔とか言われるのはちょっと堪える…てかそこの子、何言ってるの!?


「水魔法でなくても綺麗になる方法があるんだよ」


 仕方がないのでオレはとっておきの魔法を披露することにした。


「そのまま動かないで…キュア!」


 救治魔法の応用である。

 オレの前に立つ女の子の髪をさらさらキューティクルにしてあげた。でもちょっとやりすぎたかもしれない。


「すっごい!きれい!うそみたい!」

「なになに!?」


 だが掛けられた本人には見えにくいようだ。


「そこの子も。キュア!」


 オレは調子に乗って周りの女の子達全員の髪をさらさらキューティクルにしてしまった。

 おかげで向こうにいるおばさま達からの視線が痛い。あとが怖い気がする。


「すごい!うわあ…」

「こうやって、水魔法じゃなくても身ぎれいにする魔法はあるんだよ」


 感動する女の子達にオレは胸を張る。胸はないけど!ないけど!


「じゃあ魔法が使えないと?」


 なかなか鋭い質問が飛んできた。

 それについて考えたくはないけど…。


「…諦めて」

「つらそう」


 オレが正直に答えると女の子として当然な回答をもらった。


「そもそも戦闘中はどのみち汚れるし、攻撃に魔力を残しておきたいから」

「ぐちゃぐちゃのどろどろで戦うんだね!」


 そこの子、ちょっと言い方を何とかした方が良いと思います!




「なあ、剣士と魔法使い、どっちが強いんだ?」


 今度は少年達がオレの前にやってきた。


「やっぱ剣士だよ!」

「いや、魔法使いだな!剣士なんて近づく前にドカーンだぜ!」


 そして少年達は言い合いを始めてしまった。

 そんなの、剣の達人か魔法の達人かの違いでしかないと思う。


「どうなの!アレラ!」


 少年達はオレに向き直り、声を揃えた。

 どう見ても年下の子からも名前を呼び捨てにされているが十歳な見た目のオレはもう気にしないことにしている。


「あー、うん。えっと、どっちも?」


 返事が遅れて少年達に詰め寄られたオレは、ちょっと仰け反りながら答えた。


「えーっ。はっきり答えてくれよ」


 不満の声を上げる少年達に、オレは説明することにした。


「だって剣の達人か魔法の達人か、どっちが強いかってだけでしょ」


 訂正。何一つ説明出来ていない。


「そんなの剣の達人が勝つに決まってるじゃん!」

「いや魔法の達人だぜ!」


 ダメだ、オレの語彙力は仕事をしない。少年達の口論を止められない。

 語彙力を絞り出すべくオレは頭を抱えてうずくまる。


「アレラ、なの?」


 その時オレに話しかける女性の声がした。

 オレは顔を上げてその女性を見上げた。


「エレヌさん…」


 セレサの師匠にしてオレの冒険者としての先生、エレヌさんが目の前に立っていたのだった。




「なるほど。つまり君たちは剣と魔法のどちらが強いか知りたいのね」


 少年達から話を聞いてエレヌさんは少し考える素振りを見せた。


「そうね。剣の達人か魔法の達人か、どちらの達人が強いかってだけよ」


 彼女は胸を張って答える。

 その動作に合わせて紫色の波打つロングヘアが揺れ、ついでに胸も揺れている。


 嘘でしょこの人、語彙力こんなになかったっけ?オレと同レベルじゃないか。


 エレヌさんがあまりにも堂々と宣言するものだから、オレと少年達は硬直してしまった。


「まあそうね…見せた方が早いわ。チレハ、ちょっとあそこに立ってなさい。動かないようにね」


 少年達の不満そうな顔に気づいたのか、エレヌさんが振り返って彼女のパーティメンバーである深緑色のショートヘアな女性を指名した。


「姐さん相変わらず酷いんですけどー」


 チレハと呼ばれた女性が肩をすくめてから指定位置に立った。


「弾幕を張れば敵は近づけないの」


 そう言いながらエレヌさんは無詠唱で魔法の火矢を五本出現させて、チレハさんへ連続で撃ち込んでいく。

 一方チレハさんは火矢を最小限の動きでかわしきってエレヌさんの前へ走り込んでしまった。


「これは…剣士が勝ったパターン、とも言えるわね」


 エレヌさんの予想と違う結果になったのか、彼女は苦笑して少年達の方を見た。


「なんだよ魔法弱いじゃん!」


 少年達が感想をもらす。


「いい?攻撃とは、当たらなければどうってことないけど、当てなければどうにもならないってことなの」


 弱いと言われてもスルーするエレヌさんは流石大人である。

 だが苦し紛れなのか言うことの意味は不明である。


「そうよー」


 エレヌさんの横でチレハさんが胸を張る。

 しかしその動作に合わせて揺れる程の髪も胸も彼女にはない。


「剣か魔法か、ではないの。強ければ勝つのよ」


 エレヌさんの宣言と同時にまたも無詠唱で魔法の火矢が五本現れ、胸を張ったままの無防備なチレハさんに直撃した。


「ひっ」

「うん、わかった…」


 少年達をエレヌさんは無理矢理頷かせ、地に伏したチレハさんを見下ろした。


「子供達が納得したところで…チレハ、起きなさい」

「姐さん不意打ちは酷いですー」


 さほどダメージを受けた様子も無くチレハさんは立ち上がった。




「それにしてもアレラ。その格好だとほんと分からなかったぞ」


 エレヌさんのパーティメンバーである壮年の筋肉、じゃない壮健な戦士が茶色の刈り込んだ頭を掻きながら話しかけてきた。


「そうさの。俺も気づかなんだわい」


 同じくパーティメンバーである小柄な筋肉、じゃない丸っこい中年の戦士が自身のあごを撫でつつオレを見てきた。


「まあ、ワタシ、元々村娘ですから…」


 オレの今の格好は白のブラウスに茶色のエプロンドレスである。

 これは村長が借りてきた服である。

 つまり今のオレは村娘そのものである。


「そうね、でもその特徴的な髪の色で流石に気づくわ」


 エレヌさんはオレの陽光で透き通っている灰色の髪を指しながらそう言う。

 でも彼女の紫色の髪も大概似たもののようだと思います。


「それにしても久しぶりじゃな」

「あ、はい…お久しぶりです」


 オレは丸っこい筋肉に挨拶をした。


「少し背が…いや、なんでもない」

「…なんでしょうか?」


 オレは壮年の筋肉に、いい笑顔を向けた。


「ねえアレラ…まさかと思うけど、また私達の名前を忘れたの?」

「うっ」


 今の挨拶でエレヌさんに見抜かれるとは思わなかったオレは思わず声を詰まらせてしまった。


「相変わらずじゃの」

「まあ、アレラらしいな」

「そこが可愛いのよねー」


 彼女のパーティメンバーが三者三様に言ってくる。

 さらにチレハさんはオレに抱きついて頭を撫でてくる。


「…まあ、私達が来た理由は分かるわよね」


 エレヌさんがそう言いながら視線を後ろに向けた。


 そちらをみると十人程の冒険者がいた。


「はい」


 オレは頷いた。

 彼女達が冒険者ギルド支部から派遣されたオーガ討伐隊で間違いないだろう。




…オレはオーガ討伐隊を襲撃地点へと案内した。

 もちろん村長夫妻にご厄介になったお礼は言ってきたし、シスター服に着替えて来ている。

 二日前に戦闘した跡は、今もそのまま残っていた。

 だが。


「ここなのね?」

「はい」


 エレヌさんにオレは頷く。

 周りでハンマーにより凹んだ地面はここにしかない。


 しかしセレサの遺体は、なかった。


「引きずっていった跡があるな」


 丸っこい筋肉ことザラスさんが地面の様子を観察していた。


「この足跡は、ゴブリンだね…」


 チレハさんが地面に屈んで痕跡を調べていた。


「じゃあ…セレサは?」


 オレは答えを求めて彼らを見回した。


「ゴブリン共の手土産にされたわね。時々あるのよね」

「助けないと!」


 屈んでいたエレヌさんの冷静な返事に、オレは反射的に叫んでいた。


「落ち着けアレラ。お前は見たんだろう?」


 壮年の筋肉ことソルフさんがオレの肩を抑える。


「でも…連れ去られるくらいなら。まだ、生きてる…かも…」


 生きているわけがないが、僅かな希望を胸にオレは言葉を絞り出した。


「アレラ。残念だけど…セレサは、死んだのよ」


 エレヌさんが努めて冷静に返事をしてくれた。

 ハンマーで凹んだ地面にある何かが乾いた跡を指で辿る彼女のその声は、少し震えていた。


「来る途中、メラシとコルシの二人とすれ違った。話は聞いている」


 ソルフさんが彼らと話したことを教えてくれた。

 つまりオーガ討伐隊はここで何があったのかすでに知っているということになる。


「あれ?でもどうして二人はここには…」


 オレは疑問に思ってしまった。

 二人とも討伐隊と一緒に戻ってくればよかったのではないだろうか。


「何か思うところがあったようね」


 エレヌさんのその言い草は、何かを聞き出したかのようだった。


「すまんが、こっちに来てくれ!」


 崖の側にいた冒険者パーティからオレ達に声が掛かった。




…その布の膨らみは人に被せているとは思えない程、歪だった。


「サルセ…」


 オレはその布の下にある人の名前をそっと呟いた。


「流石に、子供には見せられないからな」


 彼らはわざわざ布を持ってきてくれたらしい。

 子供と言われるのは少し心外であるが、その配慮は惨状を見たくないオレにとってありがたかった。


「どうした?」


 エレヌさんのパーティを代表してソルフさんが呼ばれた理由を問いただした。


「まず、そのお嬢ちゃんを後ろに向けて欲しい。それでこれを見てくれ」


 オレにサルセの遺体を見せないようにしたあと、彼らは布の中の説明を始めた。


「さっきのハンマーの跡と言い、この傷と言い…これは増幅使いね」

「増幅使い?」


 エレヌさんが知らない単語を出したのでオレは思わず疑問の声を上げた。


「ああ、増幅魔法が使える奴のことよー。魔物だけで無く人にも使うけどねー」


 オレが動かないよう抱え込んでいるチレハさんが教えてくれた。


「なあ、そっちもか?」

「こっちもだ」

「おーい、お前等!警戒しろ!」


 その時森の側から、残る三人の遺体を見ていた冒険者パーティの声が上がった。


「どうした!」


 オレ達の側にいる冒険者が声を張り上げて質問をした。


「食い荒らされてない!近くにいるぞ!」

「なんだと!?」


 冒険者全員に緊張が走っていた。オレ以外。


「えっと?」

「アレラも警戒して。他の魔物や動物が遺体を食べに来てないってことは強力な魔物がまだ近くに居るってことよ」


 オレが理解していないことにエレヌさんが気づいて、教えてくれた。

 それはつまり。


 茂みを揺らし、オレ達の前に一体のオーガがゆっくりと姿を現した。

こんばんは。

主人公の語彙力はありません。

そして三日会わない人の名前は忘れてしまいますが猫ではありません。


2019年11月16日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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