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36.納屋での出来事

残酷?描写があります。苦手な方はご注意下さい。

「少しは落ち着いたかい?」


 村長の奥さんがオレに声を掛ける。


「…」


 オレは答えを返せず、両手で抱えたコップに入ったミルクが揺れる様子を唯々眺めていた。




…セレサを置いて撤退したオレ達が村へ辿り着いたのは日が落ちたあとだった。

 何故なら危険な魔物を村に連れてくるわけにはいかなかったからだ。

 魔物をただ振り切るだけではなく追跡が無いことを確認するまで隠れ続けた結果、日が暮れてしまったのだった。


 幸い村に着くまで襲撃は一度も無かった。

 ゴブリンホイホイたるオレがこれでもかというほど匂いを振りまいていたにも関わらず襲われなかったことから、魔物が追跡してこなかったと確信できた。


 村についてすぐにオレ達は夜間警備で巡回している村人を見つけ、村長に会わせてもらい事情を説明したのであった。

 その時メラシとコルシはオレを村に預けてすぐにでも町の冒険者ギルド支部に向かおうとしていた。

 オレはここで中座した。


 後で聞いたが、夜が更けてからの徒歩は危険だと言うことで村長が二人を引き留めたらしい。

 村から早馬を出す、と村長から言われて今は二人とも貸し出された納屋で休んでいるそうだ。




「洗濯してみたけど随分と布が厚くてねえ。すまないけど乾くのに時間が掛かっちまうよ」


 オレのシスター服は冬物として仕立てられていた。

 厚手の生地が使われていることから乾きにくいのは当然と言える。


 村に着いた時のオレは、あらゆるところから出せるものを出し尽くしている状態だった。

 それによりオレが着ていたシスター服は外よりも中の方が汚れている状態だったのだ。


 そんなオレを村長の奥さんが見かねたのか、事情を説明している最中に風呂を勧められ…というか半ば強制的に風呂へ投げ込まれたのだ。

 そして風呂から上がると服から下着から靴に至るまで洗われていたわけである。


 貸せる服が無いと言うことで今、オレが着せられているのは男物のシャツだ。

 袖は折りまくり、着丈は何とか膝上くらいはある。

 大事なところは隠せていた。


 靴下もあるわけがないので素足を晒している。

 靴も合うものが無いので大人用のサンダルだ。


 撤退するときオレ達は鞄を置き去りにしてきたので、今のオレに替えの下着は無い。

 借りている服からも分かる通り、当然サイズの合う下着は無い。


 つまりノーパンである。


 風呂上がりで男物のシャツを着たノーパンの少女とかいう、男の欲望を体現したような格好をしているわけだ。お巡りさんこっちです!である。

 しかし自分のことなので大事なところが心許ない。

 むしろ痴女まっしぐらなので勘弁願いたい。お巡りさんワタシです!であった。


「うちにも娘がいたら良かったんだけどねえ。今、旦那が近所へ話しに行ってるからもう少し辛抱しておくれ」


 どうやら早馬の相談ついでにオレに着せる服を借りてくるらしい。


「…」


 村長の奥さんはオレが返事をしないことについて責めなかった。

 オレに気を遣ってくれていたのだ。

 だがオレが無言なのは昼間の敗走があったからではない。


 問題は、ミルクが新鮮ではなかったことだ。

 オレはあまりの不味さに、硬直していたのだ。


 何も絞りたてのミルクが欲しいというわけではない。

 しかしこのミルクは、煮沸を数時間おきにこれでもかというほどに繰り返されたものだと分かった。

 いくら殺菌と保存のための煮沸とはいえ、ミルクの鮮度にこだわるアレラの舌はこの味を受け付けてくれなかったのだ。


 でも「不味いので要りません」などと元牛飼いの娘としてとてもではないが言えなかった。

 しかし飲むことも出来ず、オレは唯々ミルクを眺めていたのだ。


「…あ!」


 オレは唐突に思い出した。

 ミルクを飲まなくてよい口実を、ではなくて大事なことを。


「どうしたんだい?」


 オレが突然上げた声に村長の奥さんは驚くが、答えている場合ではない。

 そうだった。コルシは肩を痛めていたのだ。

 村に着くまで呆然としたまま運ばれていたオレは、彼を治療していなかったのだ。


「ちょっと、納屋へ治療に」

「あっ、待ちなさい」


 オレは村長の奥さんの制止を振り切り家を飛び出した。

 もちろんミルクは置いてきた。




「二人とも、起きてる?」


 納屋の戸口を軽く叩いてオレは中に滑り込んだ。


「アレラかい?」


 メラシが一瞬だけ顔を上げてオレだと確認して、また顔を下げてしまった。

 コルシは押し黙って座っている。

 強制的に洗われたオレと違い二人の格好はそのままだ。

 これが男女格差ということなのだろうか。


「コルシ、肩はまだ痛む?」


 オレはさっさと目的を果たすべくコルシに問いかけた。


「ああ」


 コルシは短く返事をした。


「じゃあ脱いで。というか二人とも治療するからさっさと脱いで」


 取りあえずオレは、肩を痛めたからか脱ごうとしないコルシの服を剥ぎ取った。


「…無理矢理はめたね?」


 脱臼したのをはめたのだろう。コルシの右肩は腫れていた。

 オレはそっと両掌で包み込み回復魔法を唱える。

 そのままコルシをパンツ一丁まで脱がせて脚も診て、オレは一息吐いた。


 床にぺたんと腰を下ろしたオレは、いそいそと服を着るコルシを見上げる。


「…夜風に当たってくる」


 コルシはそう言って出て行ってしまった。


「さて、と」


 オレはメラシに向き直った。


「お、俺は怪我してないからっ」


 慌てて手をばたばたと振るメラシにオレは四つん這いでにじり寄った。


「痛みに気づいてない場合だってあるんだし。さあ脱いで」


 オレはそう言って彼の上着に手を掛ける。

 仕草では抵抗していた割に彼の上着はあっさりと脱げた。


「上半身はこれで良し、と。次は脚を見せて」


 これまたしおらしくなった彼はあっさりと脱いだ。


「これで良し…ん?」


 足下から太ももまで一通り治療を終えたオレが顔を上げると、目の前には彼のパンツがあった。

 いや、パンツの外からでもはっきり分かる主張をしている何かがあった。


 今の状況を説明しよう。


 風呂上がりで男物のシャツを着た少女が、男をパンツ一丁まで脱がして四つん這いでにじり寄っている。

 抵抗空しく男は興奮している。


 字面にするともの凄くアウトである。

 そして二人きり。

 大いにアウトである。


「アレラ」


 メラシがオレに囁きかけた。


「あ、いや、これは、その、ちりょ!治療うああっ」


 思わず飛び退いたところでオレは転んで尻餅をついた。


「…アレラ」


 彼の視線に気づいてオレは慌てて起き上がる。

 オレは着ているシャツの裾を掴んで脚を隠して抑える。


 ここにいるのは男をパンツ一丁まで脱がせたノーパン少女。

 この暗い納屋の中、流石に大事なところをはっきり見られたというわけではないだろうが、ノーパンなのはバレたようである。


「いいんだな」

「よくない!」


 何が良いのか分からないがメラシの問いかけをオレは即座に否定した。


 だがメラシは剣士だ。

 既にオレに対し間合いを詰め己の剣を抜き放とうと鞘に手を掛けていた。


「だからよくない!」


 オレは這って後ずさった。

 メラシは己の剣を抜き放った。床にパンツが落ちた。


「それはよくない!」


 メラシは冒険者なだけあって獲物を逃すことはしない。

 オレは戸口から一番離れた壁に追いやられていた。


「シールド!」


 まだ距離があったのでオレは防御魔法を唱えた。

 だがそれが攻撃の合図になってしまったようだ。

 展開中の防御魔法はあっさりと突き破られて一瞬で彼に腕を掴まれた。


「や!め!て…?」


 オレはメラシの顔を睨み付けて…彼が泣いていることに気づいた。


「泣いてる…の?」


 オレの問いかけに彼は顔を上げた。


「ああ…俺は…。俺はリーダーなのに、みんなを守れなかった。あの時冷静に撤退を言えば、みんな無事に逃げ帰れたはずだったんだ。それなのに…」


 彼は昼間のことを悔いていた。


「そんなこと、ない。メラシはがんばってたよ」


 オレはそう言って、掴まれていない方の腕で彼の頭を撫でた。


「ああ…いくぞ」


 メラシの抜き放っている己の剣が再び鋭くなった。


「それはよくない!」


 オレの拒否は聞き入れてもらえず、メラシはオレの両腕を押さえ込んできた。

 彼は泣きながらオレを押さえ込んでいた。


 泣くほど襲いたくないのなら止めてくれ。

 オレを慰み者にすることで気持ちを落ち着けようとしないでくれ。


 だがオレはその懇願を発することはしなかった。

 自分に増幅魔法を掛けて歯を食いしばって抵抗することに集中したからだ。

 押し切られたら斬り込まれる。


「ア…レ…ラ…」


 メラシの顔が苦しそうに歪む。

 オレと彼の力は拮抗していた。

 いや、最大まで増幅魔法を掛けたオレの方が少しだけ上回っていた。


 少しずつ腕も持ち上がり、オレの右足で押されて彼は腰を入れて押さえつけることが出来なくなっている。

 あとは自由になったオレの左足で彼の剣を打ち貫けば、勝てる。

 だがオレの中にある空太がそれをしてはいけないと叫ぶ。


 ゴブリンに対してなら何度も打ち貫いているのに。解せぬ。


「ああ、悪い」


 そのとき戸口からコルシの声が聞こえた。

 彼の気配は立ち去ろうとした。

 明らかに同意で事に及ぼうとしているなんて勘違いされている。


「ちょ!助けて!?」


 思わずオレは声を上げた。

 その瞬間にメラシが離れて身体が軽くなった。


「そうか。メラシ、食いしばれ」


 視界が広がったオレの目に、コルシが拳を振り上げているのが映った。

 メラシは抵抗せず殴り飛ばされた。

 オレは身を起こして服で脚を隠した。


「大丈夫か?アレラ」


 コルシがオレに問いかけてきた。

 彼は努めて優しい声を出しながらも、目は悲しげで唇は怒りで震えていた。


「うん…」


 オレはメラシに目を遣る。

 コルシのパンチは綺麗に決まっていた。

 見事に吹っ飛んだメラシが少し心配である。


「そんな顔すんなって。あいつなら、一発で十分わかってるはずだ」


 そう言ってコルシは微笑み、オレに手を差し出した。


「治してやるな。アレラは家に戻ってもう寝ろ」


 一糸まとわぬメラシが転がっているのは心配だが、コルシの言う通りだ。

 反省を促すためにも治すわけにはいかなかった。

 とはいえ治すことで男のプライドをズタズタにすることも一瞬考えたがそれは忍びなかったので止めた。


 オレはコルシに言われるまま納屋を退出した。




…先程の状況でもオレはどこか冷静だった。

 これはゴブリンとの戦闘を潜り抜けた経験が生きているのだろうか。

 だとするとゴブリンに感謝するべきだろうか。

 いや、それはない。


 それにしても…少しこの格好は軽率だったかもしれない。

 いや我ながらとんでもなく軽率な格好だ。据え膳もいいところだ。


 そうだった。

 家に入る前に服の汚れを落としておかないと。

 でないと幼気な少女を襲ったとしてメラシとコルシの立場が危うくなってしまう。


 オレは救治魔法の応用で汚れを落とした。

 シスター服もこの魔法で水気を切れば明日は着られそうである。


 それにしても…今日の敗走で色々悲惨なことがあったにも関わらず、何だか落ち着いているオレは薄情なのだろうか。

 そんなことを思いながらオレは家に入っていった。




…そんなことはなかった。

 あてがわれた客室のベッドに寝転がる。

 今日は色々あって疲れたのだ。いろいろと…。


 その瞬間、今日の出来事が一気に頭の中を駆け巡った。

 記憶と共に感情もあふれ出した。


 簡単なことだった。

 布団に包まることではっきりと安全を認識出来るまでは、完全には安心出来ていなかったのだ。


 泣き疲れて何時眠ったかは、覚えていなかった。

こんばんは。

絞りたてのミルクはありませんでした。


2019年11月16日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。


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