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35.セレサ

残酷描写があります。ご注意下さい。

 リア充爆発しろ。


 オレは今、呪詛を吐きながらクエスト先に向けて歩いていた。

 そしてその呪詛は一切効かずセレサとコルシが腕を組んで歩いていた。


 いや正確には腕を組んでいると言うよりも、セレサがコルシの上腕を絡め取って引きずっていると言えるかもしれない。

 もちろん体格差で彼女がコルシを引きずれるわけはないのだが、昨夜のことを考えると…いや考えるのは止そう。


 そういえばオレ、というよりアレラにとって嬉しいことが判明していた。


 一昨日のセレサの診断で分かったのだが、あったのだ。

 傷一つ無くあったのだ。

 これプチッといっていい?ってその時セレサが摘まもうとしていた…から…。

 いや大丈夫!昨夜オレ自身で触ったときに、ちゃんとあったから大丈夫!


 つまりオレことアレラの身体は、アリレハ村の魔物の大襲撃の際に魔物に汚されていなかったのだ。

 ただし…回復魔法で治されていなければ。

 いや考えるのは止そう。


「アレラ、大丈夫かい?」


 オレの顔色を見ていたのかサルセが優しく問いかけてきた。


「あ、大丈夫…」


 優しげに微笑むサルセの顔をオレは見上げ、昨夜妄想しかけたその顔のダンディな将来像が頭をよぎり慌てて目を逸らした。


 危なかった。

 アレラの好みであるダンディな殿方の妄想を繰り広げるとオレという空太の精神がいろいろと汚染されてしまいかねない。


「そうだね。あんまり浮かれすぎないように釘は刺しておかないとね。あと…」


 オレが目を逸らした先にはセレサがいたので、サルセは勝手に解釈してくれたようだ。

 そしてサルセの視線を辿ると、そこにはメラシと大柄な青年がいた。

 二人は仲良く項垂れて歩いていた。


 その少し後ろに続く女戦士は時々セレサを見てはため息を吐いている。

 一方で無表情な青年は相変わらず無表情だった。


 どうやら彼らも同じ宿屋だったらしく、セレサとコルシに何があったのかは此処に居る全員が知っていたのである。




…オレ達が請けたクエストは、半日ほど歩いた先にある村からの依頼だった。

 村に着いたオレ達は好奇心旺盛な数人の子供に連れられて村長の家に入った。


 そう、村での依頼と言えば村長!

 村長と言えば杖をついた老人…ではなかった。


「お待ちしておりました、冒険者の皆さん」


 そこにいたのはごく普通の壮年の男性だった。

 オレ達全員が冒険者のドッグタグを村長に見せたあと、大柄な青年が代表になって村長とクエストの詳細を会話し始めた。


 ちなみに大柄な青年の名前は…。…ソルクさんだ!

 大丈夫、自己紹介をしてからまだ数時間。オレは忘れてないぞ。

 そして無表情な青年がカルヒさんで、その姉でアブナイ女戦士がシレフさんだ。


 シレフさんはアブナイ。

 どのくらいアブナイかというと今もオレを後ろから抱き上げて頬ずりしてきているくらいアブナイ。

 痛いんです、金属の胸当てが痛いんです!


 オレがサルセとカルヒさんにより救助されている間に、ソルクさんと村長の会話が終わったようだ。


「じゃあ今すぐ向か…大丈夫かい?少し休もうか」


 振り返ったソルクさんがオレの惨状を見て休憩を申し出てくれたのだった。




「ゴブリンが十五匹。オークが六体」


 斥候をしてきたカルヒさんがそれだけを伝えて押し黙った。


「聞いていた数より少し多い。でも逆にこれ以上は増えそうに無い数だな」


 ソルクさんが状況を分析している。


「問題無い数ね」


 シレフさんが頷く。

 彼ら三人は小声で作戦を立て始めた。

 そしてオレ達のパーティは彼らの後ろに続いて見ているだけだった。


「兄さんも斥候してくればよかったのに」


 セレサがサルセにそう呟いている。


「この距離なら二人も斥候は要らないよ。それよりも見つかるからもっと静かに」


 サルセは口に指を当ててセレサに返事をした。

 その言葉に反応してオレが慌てて両手で口を覆うと、シレフさんの目が見開いていた。

 アブナイと思ったが今の状況が分かっている彼女は襲ってこなかった。


「セレサちゃんだっけ。君は火魔法が得意って言ってたよね?」

「はい、そうです」


 ソルクさんの問いかけにセレサが頷いた。

 セレサの返答を聞いてソルクさん達三人は頷き合った。


「火魔法を使うにはあの崖の近くがいいだろう。君たちはそこで待機してくれ」


 ソルクさんの指示する方向には隆起した崖があった。

 オレ達は頷くことで返答とする。


「俺達は奴らに一度突っ込んで引き付けてくる。射程に入ったら攻撃してくれ」

「お願いします」


 オレ達を代表してメラシが発言した。


「荷物はここに隠そう」


 ソルクさんがそう言って鞄を降ろしたのでオレ達も鞄を降ろす。


「よし、カウントするぞ。三、二、一、行くぞ!」


 ソルクさんのカウントダウンで彼ら三人は飛び出していった。


「俺達も行こう」


 メラシの号令でオレ達も指示された場所に駆け出した。


「アレラちゃん、私に増幅魔法を」


 位置取りをしてすぐにセレサがオレに指示を出す。


「ブースト!」


 オレは落ち着いてセレサに増幅魔法を掛けた。


 前方三百メートルほど先でソルクさん達三人がオークと斬り結んでいる。

 そしてゴブリン共がオレ達に気づいた。


「来るぞ!」


 メラシがそう言って剣を構え直した。

 オレ達の元にはゴブリン共が駆け寄ってきていたが正直この距離ならセレサの火魔法の餌食だ。

 これなら何とかなると思ったその時。


 シレフさんが突然何かに吹き飛ばされた。


 彼女は地面を転がってすぐに体勢を立て直し吹き飛ばされた方向を睨み付けた。

 その魔物は森の影からゆっくりと姿を現した。


「あれって…」


 オレの横でセレサが息を飲む。


「オーガか!」


 ソルクさんの張り上げた声が聞こえてきたのだった。




「あなた達はすぐに撤退しなさい!」


 シレフさんがそう叫んでオーガに斬りかかった。


 そのオーガと呼ばれた魔物は、大柄なソルクさんよりも頭二つ分は背が高く胴回りは優に倍もあった。

 額から二本の角が生えているそいつは、その胴回りほどもある巨大なハンマーを振り回しシレフさんと戦い始めた。


 その戦いが始まったのをうけてゴブリン共が逃げ出し始めた。


「助けに向かうか!?」


 少し前に出ていたコルシが戸惑っていた。

 横に立つメラシも足が止まっていた。

 無理もない。

 オレ達はオーガとの戦闘経験が無かった。


 だがソルクさん達パーティはまだ持ちこたえている。

 でも少し不利に見える。

 このまま置いていけば苦戦では済まされないだろう。


「もう少し近づいて風魔法でも撃ち込めば…でも、当たっちゃう」


 オークも戦いに参加しソルクさん達三人は乱戦の様相になっている。

 今、魔法を撃てば同志討ちになる。

 だからセレサも足が止まっている。

 ちなみにオレは足が竦んでいる。


「でも…!?」


 何かを言いかけたサルセが上を見た。

 オレも釣られて上を見ると崖の上から何かが飛び出していた。

 太陽を遮ったそいつの正体が一瞬分からなかった。


「オーガ!もう一体居たのか!」

「くそ!分断された!」


 コルシが正体に気づいて叫びメラシも素をさらけ出して悪態を吐いた。

 そのオーガはオレ達とソルクさん達の間に着地した。


 コルシと前方にいるそいつの距離は五十メートル程。

 オレと前方にいるコルシとの距離も五十メートル程。

 コルシを支援しようにも三十メートルしか魔法効果範囲のないオレの増幅魔法は届かない。


「大丈夫落ち着いて!オーガの鈍足なら躱せる!」


 サルセがオーガの側面に回り込みながら弓を引き絞る。

 オーガはその声に反応したのかハンマーを構えサルセに駆け寄った。


「あれで足が遅いの!?兄さん!」

「こっち向けえええええ!」


 セレサが悲鳴を上げた瞬間メラシが飛び上がってオーガの頭に剣を振り下ろす。

 急停止したオーガがメラシを見ずにハンマーを水平に振り抜いた。

 空中にいるメラシは避けられずそのままハンマーの直撃を受けて吹き飛んでいく。


「メラシ!この!!」


 コルシが叫んで盾を叩き付けようとオーガに接近する。

 サルセがオーガに矢を射た。オーガの肩に矢が刺さる。


「ファイアボール…」


 セレサは火魔法の火球を頭上に浮かべるが彼らが近すぎて魔法を撃てない。

 肩に刺さった矢をオーガは見やった。

 オーガはまだメラシへとハンマーを後ろに振り抜いた体勢だ。


「よそ見してるんじゃねえ!」


 正対して突っ込むコルシに対してオーガが返す手でハンマーを振った。

 先程より速く振られたハンマーはコルシの盾で阻まれ。


 なかった。


 コルシは盾で抑えきれずそのまま吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた先に居たサルセが巻き込まれ二人は崖に打ち付けられる。

 まさか巻き込むのを狙って!?


「兄さん!」


 セレサが叫ぶ。

 ここでオーガが後衛のオレ達へと振り向いた。

 その隙にメラシがオーガの後ろから駆け寄ってきて斬りかかる。

 だがオーガの放った裏拳で彼は吹き飛ばされた。

 三人は動かなくなった。


 オーガがこちらに向かってくる。

 オレの前はセレサが一人のみ。


「ファイアボール!」


 彼女の放った火球が頭に直撃してオーガは顔を歪めた。

 だがオレの増幅魔法が掛かっているにも関わらず彼女の火魔法はオーガを倒しきれなかったのだ。


 オレはセレサの前に防御魔法を展開しようとした。

 こちらの攻撃を透過出来ないオレの防御魔法はセレサの攻撃中に張るわけにはいかなかったのだ。


 しかしオーガはすでにオレ達に詰め寄っている。

 焦ったがそれでもオレは防御魔法を展開すべく発動のキーワードを唱える。


「シー…!?」


 唱えきる前にセレサが振り向きざまオレを突き飛ばした。

 オレの集中は中断され薄膜を展開し始めていた防御魔法は霧散した。


 尻餅をついたオレのぎりぎり手前の地面にハンマーが食い込んでいた。




…オーガは立ち止まっていた。

 その振り下ろされたハンマーの速さは例え集中を中断されずとも防御魔法の発動が間に合わないほどだっただろう。


 オーガがオレに向かって、にやりと嗤った。

 まさか…まさかオレに当たらない位置に振り下ろしたのか?


 ゆっくりとハンマーが持ち上がる。

 ハンマーが退かれた位置に何かがあった。

 凹んだ地面は濡れていた。


 そこで気づいた。


「あ、ああ…」


 オレがさっきまでいたその場所はつまり。

 ハンマーの下にあったセレサは。その頭は。


 彼女は一目で分かるほど回復魔法で助かるような状態ではなかった。


「うわあああああ!セレサあああああ!!」


 矢がオーガの肩に刺さった。

 悲痛な叫び声を上げるサルセの方をオーガは振り向く。

 その瞬間オレは誰かに担がれた。


「退くぞ!」


 メラシだ。遅れて肩を押さえたコルシも付いてきた。


「で、でも!」


 後ろ向きに担がれたオレはオーガが崖にハンマーを打ち付けているのが見えていた。あの場所はサルセがいたところだ。


 逃げ出したゴブリン共が帰ってきてセレサに群がっていくのが見える。

 彼女をあのまま置いていくのは嫌だ。

 彼女がもう息を吹き返さないとしても…嫌だ。


 おろして、とオレはメラシに懇願しながら身をよじった。

 でもオレを担ぐ腕の力が強くなっただけだった。


「誰かが、誰かが逃げ延びて、報告しないといけない、いけないんだ!!」


 コルシが悲壮を込めた顔で、彼自身に言い聞かせるように叫んだ。


「カルヒ!カルヒ!!いやあああああああ!!!」


 奥からシレフさんの悲鳴が響き渡る。

 これからなぶり殺しにされるであろう彼女を助けに行くことは、出来ない。

 オレ達では力が足りなかった。

 彼女達に助けは来ない。彼女達は助からない。


 弄ばれるセレサの体をぼんやりと眺めつつ…オレは運ばれていった。


 ごめん守れなかった。

 助けられなかった。


 むしろ守られた。

 オレのかわりに死んでしまった。

 なんで…。


 死んでいても…せめて連れて帰りたかった。

 あんなところに置いていくしか出来ない…ごめん…。


 死した彼女がその身で、あの魔物共を引き留めてくれているから。

 オレ達には、追っ手が来ない。


 オレは今も彼女に守られていた。

こんばんは。

もう少しだけ重い話が続きます。


2019年11月16日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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