33.マッドワームとの戦闘
冒険者ギルドの伝令が駆け抜けていった翌日、オレ達はすぐに次の町へ向けて出発していた。
「まさか国軍が動くなんてな」
コルシが呟く。
「そんなに珍しいの?」
オレは疑問を垂れ流した。
「そうだね。軍は魔物に対しては防衛するだけで、攻め込むなんて普通はしないんだよ」
サルセがオレに教えてくれる。
「まあ、そこで冒険者ギルドに任せてくれるから、私達の仕事が成り立ってるんだけど…」
セレサが首を傾げながらサルセの言葉を継ぐ。
どうやら首を傾げるくらいにはあり得ない事態らしかった。
「取りあえず、予定を変更して早めに目的地へ着かなきゃね」
メラシの言う通り、オレ達の遠征目的は魔物の領域から防衛する砦の見物である。
一つ手前の町という案はいつの間にか消えていたのである。
「国軍が来ちまったら追い返されちまうだろうしな」
「そうなんだ?」
コルシも理解しているようだが、オレだけ蚊帳の外というかまったく分からない。
「ああ、アレラは冒険者になったばかりだったね」
メラシがオレに微笑んだ。
どうにも昨日のお姫様抱っこな一件からオレは彼の顔が見づらい。
「こことは違うけど、魔王の領域に対する防衛線があるところだと、冒険者の行動が制限されるんだよ」
メラシの言うことは驚きである。
「冒険者ギルドと国ってお互い干渉出来ないんじゃなかったの?」
オレはおかしいと思い問いかけた。
「冒険者ギルドの自粛っていうかね、危険だからということで経験が浅い冒険者は防衛線付近には行かせてもらえないんだよ」
サルセがオレの質問に答えてくれた。
ということは…。
「国軍が来ちゃうと、ワタシ達は砦に近い村へ入れなくなる?」
「その通りだよアレラちゃん、よく出来ました」
オレがその答えにたどり着くと、セレサがオレの頭をぐしぐしと撫で回した。
「ちょ!セレサ!髪が乱れる!」
オレは抗議をしてセレサの手を払いのける。
まったく、同じ女の子だと言うのにオレの髪を何だと思っているんだ。
「いいじゃない。そんなにさらさらな髪してるのが悪いんだよ」
セレサの妬みを含む言い分にオレは手ぐしで髪を整えつつため息を吐いて、気づいた。
ごく自然に髪が乱れることを嫌っていたことに気づいてしまった。
「急に項垂れてどうしたの?」
メラシがオレに声を掛けてくるが、女の子思考に染まってきていることにショックを受けているからちょっと話しかけないで欲しい。
「ということでやって来ました!あと一つ!」
セレサはあと一つと張り切っているが次の町より一つ先の村が目的地である。
そして毎晩恒例であるパーティ会議という名のセレサの独壇場タイムが始まった。
とはいえこの部屋は三人部屋でちと狭い。
この宿屋では四人部屋が取れなかったのでオレ達は仕方なく三人部屋と二人部屋に別れていた。
もちろん宿屋での部屋割りをどうするかは事前に話し合って決めている。
四人部屋なら全員一部屋でオレとセレサはベッドを共有、三人部屋と二人部屋なら男女別、二人部屋二つと一人部屋なら男女別と男一人。
しかし二人部屋でもオレはセレサの抱き枕になっている。解せぬ。
「でもここに来て問題発生です!この宿は高かったので旅費がピンチです!」
変にテンションの上がったセレサが宣言する通り、空き部屋の関係でオレ達は少し高めの宿屋を選ぶしかなかったのだ。
パーティのお財布は一番倹約家であるサルセが握っているが、その妹であるセレサは他の誰よりも早くその金額を把握している。
だから彼女がピンチと言えばパーティ資金は確かに残り少ないのだ。
そして困ったことにサルセは残金について何も言わないのだ。
ちなみに一番散財するのはセレサなので彼女に直接お財布を管理させてはいけない。
オレは他のメンバーというか主にセレサに押し切られるのでお財布を持たせてはいけない第二候補である。
「ということで、この町でクエストを請けます!」
全員セレサのその発言に異論は無いので頷く。
ただ旅をするなら誰でも出来るのだ。魔物を討伐してこそ冒険者なのだから。
「まあ、予想はしていたけど俺達向けなクエストは無いね」
「ゴブリン以外はな」
メラシとコルシが肩を落として会話をしているが、確かにオレ達が請けられそうな討伐クエストは無かった。
別にこの近辺でも狩れる魔物は居るのである。
問題はそこではない。
「注意事項が厳しいよね」
サルセが呟く。
彼の言う通りどの討伐クエストも目的地には討伐目標よりも強い魔物が目撃されていると注意事項が書かれていたのだ。
今の時間はクエストの争奪戦が終わった直後。
冒険者ギルドの中は閑散としている。
他の冒険者と押し合い圧し合いになりながら男三人が掲示板に張り付いてはいたのだが、クエストの内容に躊躇している間に争奪戦は終わってしまったのである。
「取りあえず、残ってる討伐クエストの中で…ゴブリン討伐で一番金額の高いこれ、請ける?」
セレサが一枚の木札を手に取っていた。
「そうだな」
コルシはセレサに同意する。
「これは二次条件がちょっと厳しくない?」
一方、サルセは反対のようだ。
「目撃されたゴブリンの個体数は私達でもなんとかなりそうだよ。まあ、二次条件はね…」
オレもその木札を覗き込んだ。
「マッドワーム?」
その木札に書いてある魔物の名前を知らなかったのでオレは思わず読み上げていた。
「そうよ。貴方達、マッドワームを見かけたらすぐ逃げなさい。ゴブリン討伐の方は失敗しても咎めないから」
「ひゃ!」
突然真横から話しかけられたオレは男にあるまじき声を出して飛びすさった。
いやオレ女の子なんだから良いんだ。良いのか?
オレ達に話しかけてきたのは先程までカウンターに居た女性職員だった。
どうやらクエスト争奪戦が終わっても居続けるオレ達のことを気に掛けたらしい。
「いいんですか?でも倒せないと報酬は出ないんですよね」
セレサの言うことはもっともである。
失敗するような討伐クエストは本来請けるべきでは無い。
ギルド職員も達成出来無さそうな冒険者には請けさせない場合が多い。
でも女性職員は請けるなとは言っていなかった。
「勿論、ゴブリン討伐としては達成出来ないわ。でも命あっての冒険者だもの」
彼女は少し悲しげに微笑んでから、顔を引き締めて会話を続ける。
「それに、マッドワームの目撃情報は必要よ。だからそのクエストは周辺の調査をするのが目的のクエストなの。むしろゴブリン討伐はついでね」
だったら討伐クエストではなくて調査クエストにしてほしいところである。
そんな名前のクエストがあるのかは知らないけれど。
「あの…マッドワームってどんな魔物なんですか?」
オレはギルド職員の方が魔物について詳しいだろうと思い、改めて彼女へ問いかけることにした。
「…貴方達、本当に請けるの?」
彼女の目つきが鋭くなった。
このままでは請けるなと断られるパターンになってしまいそうだ。
「彼女以外はマッドワームがどんな魔物か知ってますので」
サルセがさらりとオレを突き放す返事をした。
仕方がないとはいえ…どうせオレは無知ですよ…。
「まあ良いわ。復習と思って貴方達もよく聞きなさい」
呆れた目つきに変わった女性職員がマッドワームについて説明してくれた。
マッドワームは主に湿地帯で生息する魔物である。
ミミズのような胴体で手足は持たず強力なアゴを持っている。
成長した個体の体長は五メートル程で胴回りは成人男性の胴回りとほぼ同じである。
地中に潜り、震動を感知して襲いかかってくる。
気づかれる前に立ち止まればすぐには襲ってこないがアゴで噛んで周りを確認する習性から危険であることに変わりはない。
「特に沼地でもないのに、この近くの池で現れたという未確認の情報があってね。元々ゴブリンが水飲み場に使っている池だからゴブリン討伐ついでに調査して欲しいわけ」
女性職員の説明は終わったが、ゴブリンの水飲み場と知られている池って放っておいても良いのだろうか。
「あの、ゴブリンが常に目撃されてるってことはゴブリンキングとか近くに居たりしないですよね?」
怖々とセレサが彼女に問いかけた。
「大丈夫。今日のクエストにゴブリンキングの捜索も出してあるから」
さらりと女性職員が怖いことを言った。
それ大丈夫じゃないです!
「どうする?」
メラシが及び腰でオレ達に問いかけた。
「請けるよ。お金がないもの」
不安そうな顔はしたままだがセレサの意志は固かったようだ。
…町から徒歩一時間の場所にその池はあった。
「意外と近かったね」
セレサの言う通り体力的には嬉しいのだが、ちょっと近すぎて町の治安に不安を感じてしまう距離である。
「まあ、気を付けつつさっくりやってしまおう。遠距離組、頼んだぜ」
コルシがそういって盾を構えた。
その横でメラシも剣を抜いて構えている。
「アレラちゃん、増幅魔法お願い。兄さんにも」
「うん。ブースト!」
セレサの指示通りにオレは彼女とサルセに増幅魔法を掛けた。
これで二人の攻撃範囲はかなり広がる。
「再確認するよ。周辺を探りつつ前進。魔物が僕の弓の射程に入ったら引きつけるから全員停止。セレサの魔法効果範囲内に入ったところで魔法により攻撃。接近してきたのは近接組の二人が倒す」
「逃げた奴は追わない。立ち止まった奴も前進してから。いつものやつだな?」
サルセとコルシが連携の最終確認をする。
「あ!向こうにゴブリン二匹!」
相変わらず無意識で目に増幅魔法を掛けていたオレが一番早くゴブリンの存在に気づいた。
「よし、始めよう」
メラシの宣言にみんな頷いた。
…ゴブリンは反撃の機会すら与えられずサルセの弓矢とセレサの魔法で殲滅された。
「メラシ、もうちょっと警戒して」
立ち止まって欠伸をしているメラシに対してオレは思わず声を掛けた。
「そうは言ってもね…地面も十分固いし、マッドワームが潜ったと思える痕跡もないんだよね」
メラシの言葉通り、確かにマッドワームは居なさそうである。
「少し休憩しない?」
緊張よりも疲労が勝ったのであろうセレサが休憩を提案した。
「そうだね。幸い近くに敵の気配は無いしね」
サルセもそう言って休憩に賛成した。
「せっかくたくさん飲み水があるんだし、ゴブリンが来なければ良いところなんだろうね」
メラシがそう言って池に近づいた。
「俺はそんなゴブリンの体液まみれな水、飲みたいと思わねえよ」
コルシが少しげんなりとした。
「はい、水。アレラ、キュア頼むよ」
水を汲んできたメラシの水筒をオレは受け取ろうとして、彼の背後の水中に何か居ることに気づいた。
明らかに敵意がある!間に合え!
「シールド!!」
オレの思いを反映したのかいつもより数倍は早く防御魔法が発動し、メラシの後方に展開した。
ガチンッと大きな音を立てて、水中から飛び出し頭突きをしてきたマッドワームが防御魔法にぶつかった。
「コルシ!盾で!」
サルセの指示が飛ぶ。
コルシはその意図をすぐに理解してオレの防御魔法を回り込みマッドワームの頭部を盾で殴るように押さえつけた。
「おりゃあああああ!」
コルシが吠えているものの、こちらからの攻撃も通らない防御魔法が邪魔をしてオレ達は次の手が撃てない。
剣を構えてメラシがオレに頷く。
オレが防御魔法を解除した瞬間、メラシがコルシの押さえた盾の間から剣を突き立てた。だが刃が通らない。
「アレラ!俺達にも増幅魔法を!」
メラシがオレに叫ぶ。
コルシの盾も鎌首をもたげようとするマッドワームに押し返されつつある。
オレはパーティの全員に増幅魔法を掛けた。
増幅魔法が掛かったコルシにより頭部を盾で完全に押さえつけられたマッドワームは尻尾を振り回して暴れている。
鞭のようにしなるあの尻尾はどう見ても危ない。
尻尾がオレ達の方へ振られるたび、セレサが魔法の火矢を撃ち込んで抑える。
戦闘が膠着状態になった時、何となく物音を聞いた気がしてオレは後ろを振り返った。
「シャ?」
オレの真後ろで声を上げたのは鎌首をもたげたマッドワームだった。
パーティのみんなは先程のマッドワームで手一杯だ。
「…」
小首を傾げるマッドワームとお見合い状態になったオレの表情は凍り付く。
神様、オレ、マッドワームと結婚します…。
んなわけないだろおおおおお!
「しいーるどおおおおおあああああ」
震えるオレの声と裏腹に防御魔法は先程よりも素早い展開を見せたがこのマッドワームは一歩も動かなかった。
いや動いた。
ゆっくりと進み防御魔法にアゴを鳴らしながらぶつけ始めた。
その様はまるでノックをするかのようだ。
そのノックをするマッドワームの真横で何かが動いた。
鎌首をもたげた奴らはマッドワームだった。
その二匹はカチカチとアゴを鳴らし始めた。
これは死んだ。そう思いオレは腰を抜かした。
しかしその二匹のマッドワームもそのままオレの防御魔法にぶつかりノックをし始めた。
合計三匹のマッドワームが防御魔法をノックする音でようやくパーティのみんなが振り返った。
「いや待って、やばいやばい!」
三匹を目に入れたセレサがパニックに陥りかける。
「セレサ!ファイアボール!」
サルセがコルシの押さえるマッドワームを指差してセレサに指示を出した。
「あ、うん。ファイアボール!!」
正気に返ったセレサが火球を生み出しマッドワームに叩き付ける。
「逃げるよ!!」
サルセの指示に全員が走り出した。
いや、オレはメラシの肩に担がれていた。
後ろ向きなのでマッドワームがよく見える。
三匹がノックしていた防御魔法がオレの魔法効果範囲外となり消失した。
三匹は小首を傾げている。
だがセレサの火球を浴びてもがいていたマッドワームが起き上がり迫ってきた。
「一匹追ってくる!」
オレはみんなに知らせる。
オレの増幅魔法が掛かった今のみんなならきっと振り切れ…。
べしゃっ。
セレサが転けた。
「セレサ!!」
声を上げてオレ達は立ち止まった。いやコルシはもうセレサの方に駆け出していた。
だがマッドワームの方が早い。
「シールド!」
オレの防御魔法が薄膜状に展開したところでサルセの矢が突き破っていった。
展開途中の防御魔法は霧散してしまいサルセの矢はマッドワームの口に吸い込まれた。
「シャ?」
マッドワームは小首を傾げて立ち止まり、矢を獲物と思ったのか咀嚼している。
その隙にコルシがセレサを担いで駆け戻ってきた。
「うあ」
セレサが何か呟いた?
「うわあああああんあああああやだあああああ!!」
泣き叫び始めたセレサの声を響き渡らせオレ達は撤退したのである。
…では済まなかった。
「うう…もうお嫁に行けない…」
町の門が見えてきたがセレサは未だに泣いていた。
「…うん」
オレも一応同意をしておく。
そう、セレサとオレは漏らし姫の称号を分かち合ったのであった。
こんばんは。
やりました戦闘回。やったぜお漏らし回。
あ。本作は決してお漏らし小説ではありません。
2019年11月14日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。