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30.雨宿りの夜

「これは想定外だね」

「そうだね、僕もここで足止めされるとは思わなかったよ」


 セレサとサルセの兄妹が何やらのんきに会話しているが、オレ達は今ピンチである。


 オレ達は土砂降りの雨の中、大木の影に寄り添って立ち続けていた。


「流石にここまで日が暮れると動けないな」

「それ以前に俺はこの中を歩きたくないね」


 コルシとメラシも困っている。


「野営、するしかないのかな…」

「するしかないよね」


 俺の呟きにセレサが答えてくれた。


「まあ、この大木が近くにあってくれて良かったよ」

「あんまり濡れなくて済んでるからね」


 セレサとサルセの言う通りだ。


「これだから僕達は駆け出しなんだろうね」

「エレヌさんが忠告するわけだねー」


 サルセとセレサはあくまでのんきに会話しているのだが。


「どうしよう…」


 オレの呟きは雨の音にかき消されたのであった。




…領都で食料を買い込んだオレ達は、冒険者ギルド支部がある中では魔物の領域に一番近い町へと向かう遠征に出発していた。

 しかしまだ領都から出た最初の宿場街にたどり着いていないのだ。


 原因は大雨であると言いたいのだが。

 ごめんなさい体力の尽きたオレが原因です。


 土砂降りになる直前、オレ達はゴブリンの群れと戦った。

 雨に紛れた奴らの気配に気づいたときには既に囲まれていた。

 全員で囲みを突破すべく走り出したのだが、ぬかるみで素っ転んだオレは見事に取り残されてしまったのだ。

 何とか防御魔法を張って奴らの一撃目を防いだ後、走ったり転んだり転んだり転んだりしたオレは完全に魔力も体力も使い切ってしまっていた。


 そして少しだけ休憩するつもりだったはずが土砂降りとなった雨で動けなくなってしまったのだ。


「みんなごめん、ワタシのせいで…」


 オレは呟いた。

 普通に声を出して喋る気力すら残っていないのである。


「アレラちゃんのせいじゃないよ…」


 そう返事を返すセレサの声は大分弱々しくなってきていた。




「まあ、アレラが無事でよかったよ」


 メラシの言う通りだ。

 オレは幸いにもゴブリンの攻撃を全て捌けていたのだった。


「そうだな。むしろアレラがあそこまで立ち回れたことに驚いた」


 オレはコルシが驚くくらいにはがんばった。

 あの場面でがんばらないと死ぬより恐ろしいことになるからだ。


「まあ、ゴブリンもアレラには本気じゃなかったみたいだけどね」

「うん、まあ…。女の子、だもんね…」


 サルセの言うことも、口を濁すセレサの言うこともよく分かる。


 ゴブリンは人族の男女の臭いをかぎ分けられる。

 そして男には容赦なく攻撃してくるが女には少しだけ手を抜いて攻撃してくるのだ。

 女を弄ぶお楽しみタイムのため、殺さないように、である。

 皮肉にもオレはゴブリンの習性に助けられたのだった。


 今オレ達は大木の枝葉が茂って雨の勢いが和らぐ位置に立ち続けていた。

 何しろ降り続ける雨で地面は水たまりとなっていて座るわけにもいかず、幹を伝う雨水の勢いが強いために大木に寄りかかるわけにもいかないのだ。

 そしてオレは自力で立ち続けることが出来ず、今はコルシに抱きつくように身を預けていた。


 休憩を始めた当初はオレの中にある空太という少年のプライドとアレラという少女の羞恥から自力で立ち続けようとしていた。

 しかし倒れそうにふらつくオレをサルセが見かねて引き寄せたのだ。


 仕方なく、本当に仕方なくオレはそのままサルセに抱きつくように身を預けていたのだが、しばらくするとセレサにも体力の限界がみられ始めた。

 妹である彼女が他の男に寄りかかることを良しとしなかったサルセは、オレをコルシに引き渡したのだ。


 なので今はセレサが兄であるサルセに寄りかかっていた。

 しかしコルシに抱きついているオレが身じろぐたびに、セレサの向ける視線が鋭くなるのは勘弁して欲しい。

 とはいえオレが抱きつく相手を変えようにもメラシまでふらつき始めていた。


 仕方がないのでオレはコルシに抱きつき続けるしか無かった。

 コルシが少しにやけているのは決してオレが抱きついている所為ではないと思いたい。

 セレサに後でそんな顔してたって言うぞ?


 今のところ男性陣が立ち続けていられるものの、このままでは無駄に体力を消耗し続けるだけである。

 しかし雨が止む気配は無い。

 そしてこのまま男性陣がオレ達女性陣に見栄を張るような無理をさせ続けるわけにもいかない。


 雨雲により真夜中と錯覚するほど暗闇の中、オレ達は決断を迫られていたのであった。




「サルセ。さっき見かけた廃村と宿場街、どっちが近いと思う?」


 メラシがサルセに問いかけた。


「そうだね。どっちが近いかは正直分からないけど、闇雲に進むよりは確実にあると分かっている廃村に戻るのがいいかもしれないね」


 サルセは冷静に判断した。


 その村が何時から廃村になったかは分からなかった。

 しかし魔物の領域が出来たことで隣国への街道が通じなくなったためか、廃村に住もうとする者は現れなかったらしい。

 結局領都に一番近いにも関わらず、そこにはいくつかの廃屋が取り残されたままとなっていた。


「それなら廃村に戻って夜を明かそう。俺の松明はさっき使ったから誰か持ってないかな」


 メラシの言う通り、さっきまで使っていた松明が消えてからは節約するために点けていなかったのである。


「私が持ってるよ。兄さん鞄から取ってもらえる?」


 メラシの言葉にセレサが返事をした。

 彼女は今サルセに抱きつくように身を預けている。彼女の鞄はサルセに開けてもらう方が早い。


「真っ暗で見えないね。ちょっと待ってね」

「ファイア」


 サルセの困った口調を聞いてセレサが火魔法を唱えた。


「セレサ!無理しちゃ駄目だよ」

「大丈夫だよ兄さん」


 すぐにサルセがセレサを小突くが、セレサの判断は正しかった。

 なにしろここには彼女しか明かりとなる魔法を唱えられる者は居ない。

 松明を点けるまでは彼女に少し無理をしてもらうしかなかった。


 そしてサルセがセレサの鞄から下着を取り出してしまい慌てて仕舞ったことは偶然の事故ということにしておこう。

 セレサの火魔法を火種に使い、無事に松明が点いた。


「アレラ、背負おうか?」


 コルシがありがたい申し出をしてくる。


「大丈夫、歩けるから」


 これ以上コルシとくっついてセレサの鋭い視線に晒されるのは正直勘弁願いたい。

 オレの体力は回復していないが魔力は多少回復している。

 増幅魔法を使っても歩けなくなったらサルセに背負ってもらうことにしよう、そうしよう。




…廃村は思ったより近かった。


 オレも背負われることなくたどり着けた。

 無事に屋根のあるところで休めると思ったが。


「先客がいる…」


 オレの呟きに全員が足を止める。


「明かりは見えないよ?」


 セレサの言う通りその廃屋に明かりはない。

 だが増幅魔法によって誰よりも夜目が利くオレは廃屋の中に潜んでいる者が見えていた。


「ゴブリンが…窓からこっちをみてた」


 オレの説明に全員が身構えた。


「アレラ、本当に居たんだね?」


 メラシが剣を抜きながらオレに問いかけた。

 オレは頷く。


「他にはいなさそうなんだけど、雨音が邪魔だね」


 松明を持つサルセは周囲を警戒していた。


「今の魔力なら火矢を一発くらいは撃てるけど…」


 セレサがワンドを構えながら呟く。

 火魔法の適性が一番高いにも関わらず火矢一発分しか撃てないということは、彼女の魔力はほとんど回復していないということだ。

 他の属性系魔法による攻撃は期待出来そうにない。


「おいおい、宿を燃やさないでくれ」


 コルシが盾を構えたまま軽口を叩いた。

 セレサは無言でワンドを振って彼の頭を叩いた。


「取りあえず見えたのは一匹だけ」


 オレの呟きにメラシが頷き、ゆっくりと廃屋の戸口に向かう。

 戸口にあったはずの扉は崩れて既に無い。


 コルシが盾を構えて一歩入ったその時、物陰から何かが飛び出した。ゴブリンだ。

 ゴブリンはコルシの盾にぶつかった。

 地面に転がったそいつにメラシが斬りつける。

 その一撃でそいつは動かなくなった。


 コルシが手招きしたのでオレは二人の脇から室内を見渡す。

 かろうじて屋根が残っている窓の下、数匹の何かが固まって震えていた。


「子供だ…ゴブリンの」

「他には?」

「いないみたい」


 メラシの問いかけにオレは答えた。

 松明を持ったサルセが室内に入ると、その子供達は部屋の隅で縮こまった。


「アレラ、セレサと外で待ってて」


 サルセがそう言って腰に下げた片手剣を抜いた。

 弓使いである彼の剣は短いが、ゴブリンの子供を殺せるくらいの殺傷力は十分にあった。

 オレはそっと廃屋から出てセレサのそばに寄った。


「アレラ、敵はまだ居るの?」


 セレサの問いかけにオレは頷いておく。

 中にどんな敵がいるかは説明しない方がいいだろう。

 これから一方的な虐殺が行われるのだから。


 短い断末魔が数度響き、中からサルセが出てきた。


「流石にこの中で夜を明かすわけには行かないね。別の廃屋を探そうか」


 彼の言う通りである。

 ゴブリンの死体と誰が好きこのんで添い寝をすると言うのか。


 幸いもう一件の廃屋もかろうじて屋根が残っていた。

 オレ達はそこで夜を明かすことにした。


「座れるってこんなに幸せだったんだね。横になれたらもっと幸せなんだろうなあ」


 セレサの言う通り乾いている床は人が横になれるほど広くは無かった。


「ごめんセレサ…」


 腰を下ろした彼女にオレは立ったまま謝った。


「どうしたのアレラちゃん。座らないの?」


 見上げてくる彼女にオレは大事なことを言わなければならない。

 彼女を再び立ち上がらせるその言葉を。

 何しろオレは野外で一人になってはいけないのだ。


「トイレ付き合って…」

こんばんは。

駆け出し冒険者は天候が読めません。無茶をしないといいのですが。


2019年11月14日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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