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3.アレラの記憶

 一人になり落ち着いたオレは情報を整理している。


 水を飲ませてもらった後、女性達といくつか会話をした。

 どうやらここは、ケラク賢王国のレラロチ町にある孤児院らしい。

 先ほどオレことアレラを抱きしめた老齢の女性はシスター・ヘレン、この孤児院の院長だそうだ。

 他の二人は、若い方が孤児院専属のシスター・メレイ、年配の方が教会から手伝いに来ているシスター・ハレアだそうだ。


 春の終わりに街道脇の草原で倒れていたアレラを、野営をした旅商人一家が発見して一番近いこの町に連れてきたそうだ。

 この孤児院に保護されたアレラは半月ほど全く目を覚まさず、その後は意思の無い廃人の様に過ごしていたそうだ。

 意思が無いアレラは食べ物も満足に受け付けず、衰弱していくのを見守るしかなかったそうだ。


 クローバーの子とは、名前が分からなかったアレラ…オレに付けられた呼び名だそうだ。

 オレが今寝ているベッドに描かれているクローバーの絵に因んでいるそうだ。ちなみにクローバーの絵を描いた子供達は既に孤児院を巣立ったそうだ。


 今は、冬の手前。

 ほぼ半年寝ていた為、秋生まれのアレラは十二歳になっていた。




…ここ、レラロチ町はメラロム侯爵領にある。

 アリレハ村も同じ領内だが、領都であるメラロム都を挟んで反対側だ。


 アレラが気を失った際の記憶について話したところ、発見された場所と余りにも距離がある事にヘレン院長は驚いていた。

 そして、アリレハ村がどうなっているかについては…。


「今はもう噂を聞かんでのう。あの方面は封鎖されてしまって、許可が下りた冒険者と兵士しか通れんのじゃ」

「では村のみんなは…逃げ出したんです?」


 三人とも、オレの質問に沈黙して、答えてくれなかったのであった。

 口が重い三人から何とか聞き出せたのは。


 あの時期から魔物達が突如結集し、アリレハ村の周辺地域で暴れまわっていること。

 街道の途中で封鎖し、人を集めて砦を建て、ようやく魔物達の沈静化が図れていること。

 そして砦の向こう、アリレハ村を含むいくつかの町や村は、国から放棄を宣言されたこと。

 噂によると、封鎖後に確認された生存者は、たった数人と言う事らしかった。


 …村の壊滅という状況は、アレラには耐えられないだろう。

 だがオレは今、自分が空太だと強く思っている。正直、薄情な話だが他人事のように思えてしまう。

 つまりアレラの記憶も自分の記憶とはあまり思えず、耐えられない話では無かった。


 しかしこの身体がアレラとして生きてきたのは確かだし、ついでに言えば女の子である事も確かだ。

 なのでアレラの記憶を思い返して出来るだけアレラらしく、そして女の子らしく振る舞うことにした。

 幸いにもオレが話す言葉遣いはある程度アレラの口調になるらしく、アレラの記憶にある男の子達に比べればお淑やかなようだ。


 ただアレラの記憶では、自身の言葉遣いはお淑やかでも行動はお転婆なようだった。これはまあ、アリレハ村では年の近い女の子が少なく、もっぱら男の子達と遊んでいたからだったが。


 いや、お転婆というか…。

 つまづいて転んだあげく小川に落ちたり、木登りに挑戦して転がり落ちたり。

 遊びに夢中になって体力が無くなって運ばれたり。

 親の仕事の手伝いも、牛の糞に滑ってバケツをひっくり返して水浸しやら、薪割りで斧を振り上げすぎてひっくり返ったりとか。

 さらには牛を追って小屋に入れるはずが、牛に追われて小屋に飛び込むとか。

 挙げれば切りが無い醜態から、アレラはなんていうか…ドジっ子らしい。




…さて。

 この世界は魔物が闊歩する世界だ。複数の魔王すら居る。

 戦い方は剣と弓と魔法が主流だが、銃と呼ばれる武器を村長に見せてもらったことがある。

 その銃は猟銃の銃身が無いような形状をし、撃つには火薬と共に風魔法が必要、さらには国の許可が無いと所持出来ない代物らしい。


 宗教については基本的に聖王教だけで聖王教会が取りまとめているが、いくつかの宗派はあるらしい。

 人族は聖王教を国教としていくつかの小国を作り、魔物と戦いながら生活している。

 そして魔王を倒せる程の力を持っている者は、勇者と呼ばれていた。


 言語はというと、文字の数は英語アルファベットより多く、ひらがなより少ないようだ。

 基本的に一字に一つの発音なのだが、それでも発音が被る文字もあり、決まった単語にしか使わない文字さえあるようだ。

 ようだ、というのは…実はアレラが全ての文字については知らなかったからだ。

 決して勉強を怠ったわけではなくて、村の教育レベルが低かったのだ。

 なにしろ、本が珍しい為に特定の単語の綴りさえ分かれば日常では困らなかった。そして本が珍しいのは、写本しかなさそうだからだ。

 紙は簡単に入手できるようだがあまり白くは無く、一般的には木札がよく使われていた。

 ちなみにインクは薬師が作って売っていた。




…そして。

 これからの身の振り方も考えようと思ったところで恐ろしいことに気づいた。

 アレラはゴブリンに殴られたところまでしか覚えていなかった。

 大事なことなのでもう一度。

 アレラはゴブリンに殴られたところまでしか覚えていなかったのである。


 ゴブリンは人族の成人男性の半分ほどな背丈で緑色の肌を持つ二足歩行の魔物だ。

 道具を使う程度の知能はあるが、相手の強さを見極められない馬鹿でもある。

 ただし繁殖能力が高く群れをなすと脅威になる。

 何よりも問題は、弱者をなぶる。ゴブリンシャーマンと呼ばれる知性がある奴に至っては精神的にもなぶると言う。


 ゴブリンだけでは無く、アリレハ村を襲った魔物達にはオークも居た。

 オークは人族の成人男性くらいの背丈で豚みたいな顔をした二足歩行の魔物だ。

 知能はゴブリンには劣るが道具は使える。

 ゴブリンと違い相手の強さを見極められるため、逃げていくこともあるそうだ。

 基本的に群れはなさないが、オークも弱者をなぶる問題があるため、見かけたら退治することになっていた。

 困ったことにと言えばいいのか分からないが、案外肉が美味しいために危険な魔物ではあるが貴重な食料でもあった。


 さて、もう一つ大事なのはアレラが発見された時の話で、アリレハ村から遠く離れた草原に倒れていたことだ。

 発見してくれたのは旅商人一家の娘さんだったという。

 彼女には感謝しか無い。

 だが発見時に目立った外傷が無かったというのは裏がありそうで不穏な話だ。


 この世界には回復魔法がある。

 草原に運んできたのが人族ならば、同じ人族であるアレラの怪我を回復させた可能性は高い。

 むしろ魔物が人族の少女を大事に運んできたなんて事はあり得なく、運んできたのは人族で間違いないだろう。

 意識の無い少女をわざわざ運んできたにも関わらず、何故アレラは町や村ではなく草原に倒れていたのか。


 思いつくのは二つ。

 一つは、運んできた人が魔物に襲われて仕方なくアレラを置いて逃げた。

 もう一つは、意識が回復しないアレラが衰弱死する前に、捨てた。

 この世界の成人年齢が十五歳なのを考えるとアレラは少し幼いとは言え、いや、幼いからこその危険もあり得る。

 弄んだものの自身で殺すには忍びなくて捨てた、といった事まで考えてしまう。


 つまりだ。

 結論を出したくなくて長々と考えたが、オレことアレラの貞操はどうなっているのだろうか。

 もし弄ばれていたら自殺も辞さないという、オレと言うよりアレラの考えが脳裏をよぎる。

 アレラ自身に恋愛経験は無かったので余計にそう思うのだろうか。

 もちろんオレにも貞操観念はある。

 むしろ自意識が男なオレは、同性だった男に自分が襲われるのは想像したくない。まして人ですら無い魔物とか屈辱も甚だしい。


 とはいえ、記憶が無いのだから今更どうにもならないし、何かされたという実感も湧かない。

 真剣に悩めとアレラから訴えられている気がするが、これ以上考えるのはよそう。




…取りあえず。

 オレは今、周りを囲まれていた。


「クローバーおねーちゃん、あそぼー」

「クローバーちゃん、体調はどう?」

「クローバー、お前よくそんな状態で起き上がれるなあ、尊敬するぜ」

「あー」

「駄目よ、エルケ、叩かないのっ」


 四人の子供達に囲まれて。

 いや、一人は女の子に抱かれてるけど。ぺちぺち叩いてくるけど。


 メレイさんはヘレン院長と共に食事を準備すると言って出て行ってしまっていた。

 ハレアさんは、晴れてきたので洗濯すると言って周りのベッドのシーツを集めて出て行ってしまっていた。

 子供達はオレが起きた事を聞いてやってきたのだろう。

 完全にアウェイである。


 そして自己紹介をする間もなく囲まれたので、オレは未だクローバーと呼ばれている。ということで、名前で呼んで貰おう。


「改めまして。ワタシの名前は、アレラ。よろしくお願いします」


 どうにも空太の意識が邪魔をして、すんなりと”わたし”と言いにくい。慣れるしかないか。


「あれ…あれあ…あれら…アレラおねーちゃん…」


 小さな女の子は覚えてくれそうだ。


「アレラちゃんね。私はへレア。よろしくね」


 大きな女の子はすぐに覚えてくれたようだ。


「よろしくな、クローバー」


 駄目だコイツ。


「あえあー、おうあー」


 この男児はまだこれからだ。


「よし!クローバー、遊びに行こうぜ!」


 元気良い少年が、いきなりオレの右腕を掴んで無理矢理ベッドから引きずり出そうとした。


 ゴキッ!


 なんだかあっさりと、軽快に音が響いた。

 何の音だと思う間もなく強烈な痛みが肩から走り、オレは。


「ぎゃあああああ!いてえええええ!!」


 女の子にあるまじき悲鳴を発した。

連続投稿さんです。主人公は不運にも脱臼しました。

次回、はじめての脱臼

でも主人公には脱臼より悲しい不運が…。


2019年10月22日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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