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29.アレラ向きの武器

 セレサとコルシは急接近しているように思う。

 オレ達がパーティを結成してからわずか三週間。

 二人の息はぴったりである。主にオレへの突っ込みで。


 オレは自分が決して食いしん坊ではないと信じていたが、このパーティに入ってから少しその認識は改めざるを得なかった。

 何しろどんなものを見てもオレは食料品を考えてしまう。

 流石に家具からは連想しないが、武器は駄目だった。何を狩れるか考えるとそのまま食料品に思いを馳せてしまうのだ。

 つまりオレがよだれを垂らしそうな顔になるたび、二人から突っ込みが入るのだ。


 あまりに息がぴったりなため、サルセも呆れるように笑っていた。

 一方メラシはというと最近少し落ち込んでいた。

 そんな感じにオレが多少弄られつつもじゃれ合いながらパーティの仲は深まっていった。

 仲が深まると連携も息が合うようになり、少しずつ領都から離れて活動するようにもなってきた。


「今こそ、あなた達は気を引き締めなさい」


 エレヌさんがオレ達に注意を促した。

 セレサの師匠たる彼女達中堅冒険者パーティと会うのは二週間半ぶりである。

 彼女達はセレサのパーティ結成を見届けた後、しばらく遠征していたのだ。


 話を聞くと砦を越えて魔物の領域にまで踏み込んできたらしい。

 その土産話でオレ達をわくわくさせた矢先の言葉であった。


「今更居住まいを正してもね。危険なところに行きたい顔をしているのは分かっているわ」


 ばれてた。

 オレ達はそろそろ遠征をしたいと思っていたのだ。

 領都から片道一週間ほど離れた砦の側にある村まで行こうと思っていたのだ。

 あわよくば砦を見学したかったのだ。


「向かうなら王都の方に向かいなさい。アレラも久しぶりにレラロチ町へ行くと良いと思うわ」


 彼女はオレの御姫ちゃん呼びをやめて名前で呼んでくれるようになっていた。

 未だに御姫ちゃん呼びが多いこの冒険者ギルドにおいて、彼女の呼び名変更はオレを一端の冒険者と認めてくれているように思えて少し嬉しかった。


 そしてパーティのみんなだけでなく彼女にもオレの事情はすでに説明してある。

 確かにオレはこの領都に来てからレラロチ町に一度も戻っていなかった。

 孤児院のみんなと久しぶりに会うのも良いかもしれない。


 しかし、あの地域は平和すぎるのだ。

 レラロチ町に向かっても出てくる魔物は変わらない。

 更にあの町までは徒歩で十日ほども掛かる上、一般人でも魔物の対処が間に合うからか道中に冒険者ギルドはない。

 レラロチ町の冒険者ギルドに着いたところでまともな討伐クエストはないだろう。


 何よりも困るのは、オレ達がレラロチ町へ行くには旅費を稼がないと帰りの資金が心許ないことだ。

 到着した町内でアルバイトというのも冒険者として負けた気がしてならない。

 レラロチ町まででそんな状況だと、王都に向かうとか無理もまた無理である。


 ではメラシとコルシはどうやって王都からこの領都まで来たのかというと、別の冒険者パーティに臨時の荷運び(ポーター)として参加していたのだ。

 しかしこのパーティにはオレとセレサというポーターに適さない二人が居る。

 ポーターの仕事を請けるには難があった。


 ちなみに領都に来た彼ら二人は、セレサが推薦したこともあるがエレヌさん達中堅冒険者パーティの承認を得て、セレサとパーティを組むことになったのであった。


 それにしてもメラシとコルシは何故オレ達と会う前からコンビを組んでいたのだろうか。


 メラシは良く言うと丁寧で、悪く言うと腹黒い部分を隠している。

 剣の腕はそこそこあることから、冒険の世界に憧れて家を飛び出してきたのだろう。

 なので口調と裏腹に戦闘では敵に突っ込んでいって無茶をしやすかった。


 一方コルシは少し人見知りな癖に、少し仲良くなった途端にぐいぐいとくる。

 丁寧な様子から一気にがさつな様子へと変わるのは今思い出しても面白かった。

 戦闘では常に周囲へ気を配っているのだが、メラシを支えに突出しやすかった。


 やはり戦場で背中を預け合う同士、気が合ったのだろうか。

 とはいえ後衛を置き去りにするのは前衛として問題でもある。


 そんな彼らのストッパー役がサルセである。

 口調も行動も常に丁寧で性格も穏やかな彼は好感の持てる青年であった。

 冷静に戦局を見極めて弓矢で敵の注意を引き誘導する遊撃スタイルはオレ達の指揮官に相応しかった。

 しかし穏やかな彼は目立つことを好まずメラシにリーダーを譲っていたのだった。


 さてセレサはというと自由奔放である。

 戦闘スタイルではなく性格がである。

 パーティのムードメーカーであり、彼女の意見でオレ達の行動は決まることが多い。


 オレ?オレはマスコットであり庇護対象である。


 まあ中堅冒険者パーティからするとオレがセレサのパーティに入ったのは嬉しいことだったらしい。

 オレの回復魔法によって弟子のセレサやサルセの生存率が上昇することや、オレという庇護対象を抱えることで無茶をしにくくなるだろうことが嬉しい理由らしい。


 それはともかく中堅冒険者パーティの女性に捕まって膝に乗せられているオレの今の状況は…まあいつも通りか。


 オレがパーティ全員の性格を考えつつみんなを眺めていると、メラシは微笑んでコルシは目を逸らした。

 オレはまだ何も言っていないぞ。




「というわけで砦まで行くのは辞めて一つ手前の町までにしようと思うの」


 というわけで、とは何がなのかはおいて置いて宿屋の部屋に戻ったオレ達に対しセレサが唐突に宣言した。


「賛成だね。少しでも安全なところで帰ろうか」


 メラシはセレサに賛成した。

 二人は早速エレヌさんの言いつけを破るつもりらしい。安全とは何か。


「そうだね。倒せない魔物が出たらすぐに退くと約束してくれるなら、僕も賛成するよ」


 サルセはそう言いながら弓の弦を張り直している。


 一方コルシは返事をしなかった。見れば黙々と防具を磨いている。


「あとの二人は?」


 セレサがオレ達に確認をするように問いかけた。

 どうせセレサが言い出したことは覆らないのだ。さっさと装備を整備している二人の行動は正しかった。


 オレとコルシも賛成して、オレ達は魔物の領域の方へと向かうことにしたのだった。


「あ…。アレラちゃん、本当に大丈夫?」

「何が?」


 何かを思い出したように突然セレサが心配そうにオレを見てきた。

 しかしオレにはその理由が分からない。


「だって、アレラちゃんの故郷…」


 ああそうか。

 これから向かう方にある魔物の領域とは昨年魔物の大襲撃で出来上がった地域なのだ。

 つまり滅亡したアリレハ村もその領域に含まれている。

 オレが何か悲しいことを思い出すのではないかと心配してくれているのだろう。


「大丈夫…でもそうだね。ワタシが無理だと思ったら引き返してくれる?」


 アレラとしては問題があるかもしれないが、空太としては問題がないだろう。

 そもそもアレラの当時の行動範囲は狭かったので砦の手前だなんてまるで知らない土地なのだ。


 とはいえ折角聞かれたのだからオレもストッパー役になろう。

 危なくなったらサルセと二人で提言すれば、このパーティは無茶をして奥地へ進むこともないはずだ。


「よし、明日は買い出しをしようか。じゃあ今日はもう寝よう」


 メラシの宣言でオレ達は寝る準備に入る。


 今日もオレはセレサの抱き枕だ。

 どうせ朝になれば抱きついているのだから、と近頃はセレサも開き直って寝る時からオレに抱きついてきていた。

 彼女のあれこれと柔らかい感触はオレにとって嬉しくてこんな時女の子になってよかったなんて思ってしまう反面、性的興奮はまるでしないのでその点を自覚するのは少し悲しかったりするのだった。




「よし、じゃあアレラちゃんの武器を買いに行こっか」


 今日は買い出しの日だ。そしてセレサは唐突だ。


「いいよ、どうせ武器は振れないんだし」


 オレは今も武器を何一つ持っていなかった。

 ひ弱なオレは武器を振ると体力を無駄に消耗するだけだ。

 さらに非力すぎて近接戦闘は全く出来ないのだ。


 そんなオレがセレサに連れて来られたのは、魔法使い専用の武器屋だった。


 魔法使いの武器と言えば長杖か短杖である。

 一般的には杖と言うと長杖だけを指していた。

 ある程度の打撃武器となるように作られている短杖はワンドと呼ばれていて、打撃武器とはならなさそうな細い短杖についてはステッキと呼ばれていた。


「これから行く場所は今までよりも危険なんだよ?私の魔法をすり抜けてくる敵がいないとも限らないから」


 セレサの心配はもっともである。

 今はオレの横で固定砲台なセレサが敵を殲滅出来ているが、敵の数が増えれば撃ち漏らしが出る可能性はあるだろう。


「だからアレラちゃんも素手は困るの。せめて敵の武器を受け止めるくらいは、ね?」


 確かに棍棒ならともかく、剣を持った敵が来たら素手では斬られてしまう。

 いや棍棒でも危ないか。

 空太だったオレは野球のボールでこの世界に来てしまうくらい打たれ弱いのだ。


「それなら防具の方がまだ…」

「でもアレラちゃん、籠手は極端に嫌うよね」


 その通りだ。

 魔法剣で籠手が真っ二つにされるところを見たことがあるオレは、籠手で武器を受けようとは思えなくなっていた。

 かといって非力なので盾は扱えない。


 そしてセレサは商品棚からワンドを取り出してきた。


「これとかどうかな?」


 それは火魔法の補助が掛かった魔石の入ったワンドである。

 状況が許せる限り火魔法を好んで使うセレサらしい選択だ。というより…。


「お揃いはちょっと…」

「ええっ!?」


 そんな、と呟いて打ちひしがれるセレサを放っておいてオレは店内の武器を見て回った。

 冒険者の誰が使うんだと正気を疑うような可愛らしい装飾をした魔石入りのステッキまで並べられている。

 しかしお目当ての品はここになさそうだ。


「あの、支援系魔法を補助するワンドはありませんか?」


 オレは近くに居た店員を捕まえて聞いてみた。

 人見知りなオレは店員に聞かないで見つけ出したかったのだが見当たらないのだから仕方がない。


「えっと、カウンターにありますが…」


 店員の歯切れは悪かった。

 取りあえず見せてもらおう、というよりセレサに押されてカウンターの前にオレは連れ出された。


「…アレラちゃん…流石にこれは無理だよ…」

「…うん…無理だね…」


 店員はカウンターの奥からワンドを持ってきた。

 そのワンドは持ちやすく、敵の武器を受け止められるように程良く長く、そしてはめ込まれた綺麗な淡い金色をした丸い宝石が陽の光を反射していた。


「こちらは、聖玉(せいぎょく)を用いたワンドになります。支援系魔法は聖玉でないと補助出来ませんので…」


 店員がワンドを見せてくれるが、決して持たせてくれようとはしない。

 それもそうだ。目玉が飛び出るほど高価なのだから。


「え!これ聖玉なの!?私初めて見たよ」


 セレサはというとその宝石に目を奪われていた。

 確かに凄く綺麗な宝石である。

 何というか、ビー玉?あ、一気に安物のように見えてきた。


「お客様でしたらむしろこちらの杖の方が似合うかと思うのですが…」


 そう言って店員はカウンターの奥から長杖を持ってきた。

 木で作られた簡素なデザインの杖は先端にホイールキャップもとい太陽紋章の意匠が彫り込まれていて、その真ん中にはやはり聖玉がはめ込まれていた。

 そして価格は先程のワンドの二倍である。二倍。

 目玉が外れて落ちてしまうほど高価である。


「アレラちゃん、諦めよう?」


 セレサはそう言いながらオレに火のワンドを差し出してきた。

 まだお揃いを諦めていなかったんですね。


「…補助の掛かっていないワンドはありませんか?」


 仕方がないので補助無しの品を買おう。

 そもそも適性が無い属性系魔法の補助が掛かっていてもその魔法が使えなければ意味が無いのである。


「ありますが…」


 店員は気乗りしない様子だ。

 それもそうだ、折角凄く高価なものを見せたところで買おうとするのは一番安価と思われる品なのだし。


「…まさかここにあるなんて盲点だったね…」


 案内されたところはセレサの言う通りの商品棚だった。


 そこには子供のおもちゃが並べられていた。

 決して子供用の武器ではなく、魔法使いに憧れる子供に売るおもちゃそのものである。

 そそくさと立ち去る店員が気乗りしなかったのも当然である。

 普通の冒険者ならこんなもの持たない。


「これとか可愛いよね」


 セレサがおもちゃのステッキを指さした。

 うん、可愛いよね。当初の目的から外れすぎているよね。


「やっぱりこれにしよ?」

「それは要らないから」


 セレサはお揃いを諦めていなかった。

こんばんは。

調子が乗ってきたくらいが一番危険なのです。

そして、武器とは。


2019年11月14日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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