26.アレラ様の愚痴
「はあ…」
オレが初めてのパーティを抜けてから一週間が経過していた。
「気落ちすんなって嬢ちゃん。ほれ、ミルクだ」
冒険者ギルド内にあるバーのマスターがミルクを出してくれる。
「お酒くらい飲まないとやってられません」
こんなにも気分が乗らない時はお酒でも飲まないとやってられない。
まあ一度も飲んだことはないのだが。
「未成年に出す酒は無い」
「ですよ、ね」
にべもなく断られた。
それもそうだ、見た目十歳の少女にお酒を出すようなところは無いだろう。
「まあ、あいつらには嬢ちゃんみたいな支援系魔法使いは宝の持ち腐れだったしな」
マスターが慰めの言葉をオレに掛けてくるが、やさぐれたオレの心には響かなかった。
「うー…どうせ荷物番ですよ…」
オレはカウンターに突っ伏す。
「嬢ちゃん今も東区教会にいるんだろ?貴族街の教会へは戻らないのか?そういや最近見かけなかったな」
確かにオレが冒険者ギルドに来たのも一週間ぶりである。
そして戻らなかったのではなく戻れなかったのだ。
「…教会は教会で居心地が悪くて…」
突っ伏したままオレは呟いた。
「愚痴なら聞くぞ?」
マスターの優しい声音にオレは愚痴ることを決めた。
「…みんなアレラ様アレラ様って…」
「御姫ちゃんって言われてる此処と変わらなくねえか?」
すぐに突っ込みが入るがそうではないのだ。
「全然違いますよ…マスターも周りを取り囲まれて崇められてみたらいいんです」
「…何したんだ嬢ちゃん」
唇を尖らせたオレの発言にマスターが怪訝な顔をした。
「…ちょっと、怪我を治したり病気を治したり?」
オレはここ一週間の出来事をマスターへ話すことにした。
「ワタシ司祭になろうかと」
「まだ早い」
司教様はオレの一大決心をばっさりと切り捨てた。
いつでも相談に乗ろう、とオレは言われていただけに貴族街の教会へ来てすぐに彼は会ってくれた。
オレが司教様から与えられた慰問任務は体裁のはずである。
冒険者としての適性が皆無だと悟ったオレは教会に帰ろうと司教様へ相談に来たのだ。その第一声がこれであった。
「えっ」
オレは硬直した。
しかしよく考えなくても一週間で逃げ帰ってきたのだし、早いと言われて当然であった。
「そうだな…司祭になるということの怖さを知った方が良いかな。ニレバ司祭」
司教様の言う怖さとは何だろう。リスクということだろうか。
「なんじゃ?」
名前を呼ばれたニレバ司祭は返事をした。
司教様の執務室に何故彼女が居るのかというと、この教会に帰ってきたオレを見つけたのが彼女だからである。
そして彼女は当然の顔をしてこの部屋に居座っていたのである。
「司祭は午後から治療院に行く予定だったな。シスター・アレラを連れて行ってくれないか?」
「心得たわい」
彼女は二つ返事で引き受けた。
…貴族街の西門を出てすぐの平民街にその治療院はあった。
オレはニレバ司祭に縦抱っこ羞恥プレイをさせられて治療院へ運び込まれた。
とは言え凄く嬉しそうにオレを抱え上げる老司祭の顔を見ていると降ろして欲しいとは言えなかったのだった。
「彼はここの治療師に腕を繋いでもらったのじゃが予後が悪くての。それで儂が呼ばれたわけじゃが…アレラや、治療をやってみないかの」
治療院に来たのは当然と言うべきか治療の手伝いだった。
まあこの領都の教会でトップツーの地位であり屈指の治療師である彼女がお使いなどとはあり得なかったのだが。
「ええっ…。ワタシが、ですか?」
とはいえ治療院の治療師がお手上げな案件をオレに丸投げしてみるのはどうかと思う。
思わず確認の声を上げたオレは誰にも責められる謂われなど無いだろう。
「何、儂が居るんじゃ。フォローはするから思いっきりやってみい」
更に言えば患者の前で言うのはどうかと思う。
患者の男性が不安そうにオレを見てきた。
「随分小さいシスターだが本当に大丈夫な…いや、司祭様!?」
男性はオレを見て一瞬顔をしかめたが、何かに気づいたのかその顔が驚いた表情に変わった。
「いいえシスターです。ちょっと診せてもらえますか?」
オレは司祭では無いと否定して、彼に話しかける。
「動かないのはどの指ですか?」
協力的になった彼は症状の説明をしてくれた。
それを元にオレは回復魔法のイメージを練り上げる。
「ヒール!」
オレの両掌から光が消えると、彼は怖々と指を動かした。
「動く…動くぞ!」
嬉しそうな彼にオレは回復魔法が成功してほっと一息吐いた。
入れ替わりに次の患者が入ってきた。
オレは治療を続けるべく次々と患者に問いかけた。
「どんな症状ですか?」
「料理をしていたら手を滑らせてしまいまして」
「足をくじいてしまっての…」
「手元が狂って金槌でちょっとな」
「咳が止まらないんです!どうかこの子を!」
「…とまあ、ここ数日は午前も午後も治療院に通ってました」
「それで姿を見なかったのか」
オレが話を区切ると、バーのマスターは納得したように頷いた。
だが愚痴はここからが本題なのだ。
「休憩してると、治した人達がお礼しに来るんですよね」
「いいことじゃねえか」
彼の言う通り、お礼の言葉は嬉しいものであるが。
「誰かからワタシの名前を聞いたのか、アレラ様アレラ様って…」
困ったことに様付けである。
教会の修道者達に言われるのは立場上仕方がない。
だが患者に言われるのはこそばゆいのである。
そしてさらに困った事態が追加で生じた。
治療院に通って数日が経ったその日、治療師の一人に疲れが見えたので増幅魔法を掛けたのだ。
他者に対する増幅魔法は掛け方によっては身体能力だけでなく魔法をも増幅させられると司教様から教わっていた。
だからオレは彼の負担が減るようにと魔法の効果上昇を意識して増幅魔法を掛けていた。
その結果、彼は自身の回復魔法の効果が急激に上昇したことで驚いていた。
「それで治療院の人達までアレラ様アレラ様って」
しかしオレはまさか効果が上昇したことで様付けされるようになるとは思っていなかった。
「…」
マスターは押し黙ってしまっている。
オレは更に話を続ける。
「昨日は治療院の裏庭で休んでたらいきなり取り囲まれちゃって」
ようやくオレが崇められたところまで話し終えた。
アレラ様アレラ様、と拝まれて囲まれるさまは崇められていると言っても過言では無いだろう。
まさか回復魔法だけでなく増幅魔法も周りから拝まれるような魔法とは思っていなかったのだ。
「…嬢ちゃん聖女にでもなる気か?」
「ワタシは勇者になりたいんです!」
オレは即座に否定した。勇者になりたいから冒険者になったのである。
マスターが片眉を上げる。
「随分大きく出たな」
そしてため息を吐かれた。
ため息を吐きたいのはこっちである。
「話は聞かせてもらった!」
オレがため息を吐いたところで会話に乱入してきた者達が居た。
「御姫ちゃんって呼ばれてる子だよね?うちのパーティに来ない?」
乱入してきた二人とも顔付きは若いが、その装備から冒険者だと分かる。
つまり成人したばかりの男性二人と言ったところだろうか。
それにしてもまさかの冒険者からのナンパである。
確かに見た目が十歳なオレも冒険者なのは間違いないのだが、君たちちょっと声かけ事案として職質されてきたらどうだろうか。
オレのうろんな目に二人は愛想笑いを浮かべた。
「ほら、私から話しかけるって言ったのに」
そこに女の子の声が聞こえてきた。
オレが二人の後ろに立つ少女に気づいて目を向けると、彼女は微笑んだ。
「セレサ?」
オレの問いかけに彼女は頷く。
いつも通りの魔法使いらしい服装をしたその少女は間違い無くセレサだった。
「もう、アレラちゃんってば急に来なくなるんだもの。どうしたのかと思ったよ」
彼女は可愛らしく頬を膨らませている。
「ごめんね。ちょっと忙しかったんだよ」
オレは愛想笑いを浮かべて弁解した。
教会に逃げ帰ってしまっていたのだが、忙しかったのは嘘では無い。
「まあいいけどね。それでアレラちゃん、うちのパーティに来ないかな?」
彼女は二人組と同じ台詞を放った。
「うちの?」
「そう、うちの。私達パーティを結成したの」
オレの疑問に対して彼女は頷き、左右に立つ男性へ目をやる。
どうやら三人は同じパーティのようだ。
「えっと…大丈夫なの?」
オレ自身の返答よりもまず、彼女の身を案じて聞いてみた。
「大丈夫って何が?あ!兄さんこっちこっち!」
オレに対して首を傾げた彼女であったが、戸口にあらわれた人に気づいて手を振った。
その男性もこちらに気づいて手を上げた。
「取りあえずテーブルに行かない?あ、マスター。ジュース五つお願いね、中身はお任せで」
彼女に連れられてオレ達は机へと移動したのだった。
「取りあえず自己紹介からね。こちらがリーダーのメラシ、剣士なの。こっちが戦士のコルシね」
メラシと呼ばれた青年が微笑む。細身の彼は青色の瞳に赤銅色の髪をしていた。
一方、コルシと呼ばれた青年は会釈をした。がっしりした体型に茶色の瞳と赤色の髪をしていた。
「私と兄さんは言うまでもないよね」
セレサはそう言って赤色の目に笑みを湛える。
金色の髪をしたボブカットが軽く揺れた。
彼女の兄は優しく目を細めた。
サルセという名のこの青年は緑色の瞳をしていて、相変わらず金色の長い髪を無造作に括っていた。
「どうも、シスター・アレラと言います」
オレも彼女達に答えて一礼をした。
「それでね、アレラちゃんにもうちのパーティに入って欲しいの」
彼女は直球で勧誘をしてきた。
まあ、さっきも言っていたけど。
「えーと、ワタシが凄く体力無いこと、セレサは知ってるよね?」
オレは素直に自分のことを話す。
冒険者ギルドに舞い戻ったとはいえ、正直冒険者としてやっていける気がしない。
「もちろん知ってるってば。でも出歩くくらいは出来るでしょ?回復魔法が凄いことも知ってるんだからね?」
彼女は苦笑したあと微笑んだ。
可愛らしい表情がころころと変わる。
「まあ…。でも戦闘は無理だよ?」
オレは戦闘出来る体力は無いが回復魔法については否定しない。
治療師としてなら一稼ぎ出来る腕なのもここ数日で分かってきた。
「知っての通り私と兄さんは後衛なの。だから後衛がもう一人増えても大丈夫」
彼女はオレと目を合わせる。確かに彼女は魔法使い、彼女の兄サルセは弓使いだ。
「でもワタシ何も出来ないよ?足手まといにならないかな?」
冒険者としての自信が完全に無くなっているオレは乗り気では無かった。
「そんなことないよ。前衛にとって現地で怪我が治療出来るって事は凄く助かるんだ」
そこでリーダーであるメラシがセレサに助け船を出してきた。
そう言われると納得する。
オレは彼らの目を順に見る。
どの目も真剣にオレを見ていた。どうやら全員オレを勧誘したいらしい。
それにセレサのことが心配である。
男だらけのパーティに女の子一人というのは狼の群れに羊を投げ込むようなものだ。
「分かった。パーティに入るよ」
オレは彼らの誘いを受けることにしたのだった。
こんばんは。
主人公は様付けに困っていました。
新しいパーティ結成です。魔法使いの女の子って響きはいいですよね。
2019年11月13日、追記
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