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25.初パーティ

「そっちに行ったぞ!」

「まかせろ!あっ!」

「なにやってんだ!」

「…捕まえた…」


 オレは今、少年達の声を聞きながら畑の縁に座ってぼんやりしている。

 畑には無残に食い散らかされた農作物が転がっていた。

 自給自足の村育ちなアレラの記憶からあれはカブだと分かる。

 少年達はうさぎを追い回している。

 時々植わっているカブを踏んでいる気がするものの、それはご愛敬である。


 そしてオレのよく知っている大きさのうさぎが走り回っている。

 かつて空太が通った小学校で飼育していたうさぎが脱走した時の記憶が蘇っていた。

 それにしても今日は天気が良い。

 こう座ってぼんやりしているとうたた寝しそうな陽気である。


 オレの仕事は、畑の縁で座っていることだ。どうしてこうなった。




…いや、畑に来た時はオレもうさぎを捕まえる気で満々だったのだ。


 畑に着いた当初は全員の連携がまるで取れずばらばらにうさぎを追い回していた。勿論オレも参加していた。

 少年達はうさぎのぎりぎり近くまで寄っては気づかれて逃げられてしまっていた。


 だがオレが近づこうとするとすぐにうさぎが気づいて逃げてしまう。

 思わず追いかけても当然追いつけない。

 おまけに奴らはオレが立ち止まると離れたところで立ち止まってこちらを見てくる。うさぎのくせにオレが追いつけないと分かってからかっているのか、このやろう。


 それにしてもおかしい。

 少年達を真似た隠密行動は完璧なはずだ。何故いの一番にオレはバレるのか。


 当然のごとく、走り回ったオレはすぐにへたばってしまった。

 へたくそだな、と少年達に笑われたあげく、動けなくなったオレは畑から運び出され今は荷物番という休憩をしている。


 あれ?

 ぼんやりと少年達を見ていたオレは奇妙なことに気づいた。

 今こちらへ走ってきたうさぎがおかしな動きを見せた気がする。

 二人の少年に左右から追いかけられたそいつは突然立ち止まってから反転し、少年達の方に走ったのだ。

 一人の少年がそのうさぎを捕まえることに成功した。


「やった!一匹取れた!」

「逃がすなよ!すぐ行く!」


 うさぎを抱えた少年に、もう一人の少年がナイフを抜いて近づいた。

 そしてうさぎにぶすっとナイフが刺さる。

 血を吹き出して少しの間暴れたうさぎは動かなくなった。


 死んだうさぎを抱えた少年がこちらにくる。


「これも頼む」


 そしてうさぎを置いて彼は次のターゲットを目指して走り去っていった。

 さっきからそんな感じでオレの側には少年達の鞄と、そして三匹のうさぎの死体が並べられていた。


 オレは手持ち無沙汰になっているので、今運ばれてきたうさぎを撫でてみた。

 毛の感触が心地よい。

 まだほんのりと温かいそれは眠っているかのように見えた。

 でも首から今も血が流れ出している。やっぱりもう死んでるんだよな。


 狩られてきた動物の死骸を見慣れているアレラの記憶があるからか、オレは冷静にうさぎを見つめていた。

 うさぎ肉で鍋をするのも美味しそうだ。決して食いしん坊ではない。


 あれ?

 またうさぎがおかしな動きを見せた。

 こちらの方に走ってきたそいつは突然立ち止まってから真横に走っていった。

 少年達に追われたうさぎは勿論ジグザグに走ったり急に方向転換したりして逃げている。

 だがこちらに向かってきた場合、必ず立ち止まってから、必ず方向転換していたのだ。


 おかげでオレの周りの畑は少年達に踏み荒らされず綺麗なものだ。

 大体あそこあたりで弧を描くように少年達の足跡が途絶えている。

 いや、円か?

 円の中心はオレだ。円は大体半径三十メートル。…まさか。


 またこちらに走ってきたうさぎが立ち止まった。

 円の縁で立ち止まっている。

 あちらの誰にも追われていないうさぎも円の縁で立ち止まった。


 この距離って…オレの魔法効果範囲じゃないか?

 もしかしてうさぎ共はオレの魔法効果範囲に入らないように逃げているのか?


 ショックである。

 どうりでオレが奴らに全く近づけないわけだ。

 奴らはオレ自身ではなくオレの魔法効果範囲を察知して逃げていたのだから。


「おーい!」


 一人の少年がまだ息があるうさぎを抱えてオレを呼びながら近づいてきた。

 だが少年の抱えるうさぎがオレの魔法効果範囲の距離に入った途端もの凄い勢いで暴れ始めた。


「わ!ちょ!」


 少年は暴れるうさぎを抑えきれず逃がしてしまう。

 待て!と叫びながら少年は再びうさぎを追いかけていってしまった。

 だが既にナイフを刺されていたらしいそのうさぎは力尽きた。

 四匹目ゲットである。


 その後も少年達はうさぎを追い回し、ノルマである十匹目を入手したところでうさぎ狩りは終了した。

 そして結局オレは一匹も捕まえていなかったのだった。


「お帰り」


 側に集まった少年達に、立ち上がったオレは声を掛けた。


「何て言うか君さ、体力ねーんだな」

「ごめんなさい」


 オレは少年へ素直に謝った。

 体力なさ過ぎてごめんなさい。


「まあいいさ。ところで今日冒険者見習い登録したの?」


 どうやら冒険者登録をしていた時からオレのことを彼らは見ていたようだ。


「え、あ…えーと。冒険者登録をしたのはさっきだけど…」


 見習いと間違われている。

 一応見習いとは名乗らないけれど、この容姿では冒険者だと訴えても信じないだろうな。


「そうか。じゃあ俺達と組まねーか?」


 やっぱりこれはナンパなのか?オレはチート美少女なのか!?

 いや、それはない。断じてない。


 しかし彼らの申し出はありがたかった。

 このうさぎ狩りクエストで痛感した。

 オレはしばらく冒険者見習い向きのクエストを受けて体力を付けるべきだろう。


 だがオレには単独でクエストをこなせる体力すら無いと痛感した。

 つまりパーティが必要なのであった。


「うん、いいよ。よろしくね」


 オレは彼らの誘いを受けることにしたのだった。




…どうやら動物達はオレの害意を察知して逃げていくらしい。

 なので家畜は逃げたりしなかった。

 取りあえずそれを確認して一安心したのである。


 取りあえず、オレは鳥を追い払うクエストだけは役に立っているのだ。

 他の少年達は鳥を追い立てる必要があったが、オレはただ畑の真ん中で突っ立っていれば良いだけだった。

 いや、案山子かオレは。


 しかしクエストは選り好み出来るわけでも無い。

 オレ達の他にも冒険者見習いは当然居る。

 冒険者見習いが受けられる中でも条件が良いクエストは取り合いになるのだ。


 だがオレ達のパーティはそもそも取り合いに参加しない。

 むしろ全員揃わない日もある。気に入るクエストが無ければ休むか遊ぶ。

 お金稼ぎを必死にするパーティではなかった。


 理由は簡単である。少年達は四人とも嫡男だったのだ。

 将来継ぐことになる家の手伝いをしながら、冒険者見習いとして遊びの延長でお小遣いを稼いでいる感覚だったのだ。

 彼らは家に帰れば温かい食事が待っているのだ。

 明日には食い詰めるような生活とは無縁だったのである。


 オレはと言うと、東区教会に住んでいる状態となっていた。

 住んでいる以上、朝のお勤めには参加していた。

 それでも穀潰しというのは気が引けたのでクエスト報酬の取り分で得たお金は教会に寄付している。

 シスターは清貧であるべきなのだ。

 まあ、お金は大事に使いなさい、と言われて一部は突き返されてしまうのだが。


 ぬるま湯のようなパーティではあるが、オレが体力トレーニングをするにはちょうど良かった。




…冒険者ギルドに通っていると知り合いも増えてきた。

 別にむさ苦しい男達の楽園ではなかったのだ。


 いや今何で楽園って思った。

 え?どうせ男はみんなガチムチ大好きだから?

 アレラのこの歪んだ恋愛観は早く何とかしないと。


 取りあえず、今も知り合いになった冒険者の少女とオレは話していた。

 セレサと言う名の十四歳の彼女は魔法使いである。


 彼女は冒険者見習いの頃から兄と共に冒険者として生活をしていて、去年能力試験に合格して冒険者となったそうだ。


「私も兄さんもみんなからお墨付きをもらえてね。そろそろ独り立ちしてもいいらしいの」


 小さな町で孤児となった彼女は兄と共に町を出て、魔物に襲われたところを助けてくれた冒険者パーティに拾ってもらっていた。

 そのパーティのメンバーに師事して冒険者としての腕を磨いてきたのである。


「そうなんだ。どこか当てはあるの?」


 年上である彼女はオレが敬語で話すことを良しとしなかった。

 なので今は友達のようにタメ口で会話をしている。


「それがまだ見つからないんだよね。アレラちゃんは何処か良いところ知らない?」


 彼女が首を傾げるとそのボブカットにしている金色の髪が揺れた。

 昔はもっと髪を伸ばしていたらしいが、冒険者生活では手入れが出来なくて切ってしまったそうだ。


「そう言われても。どう見てもむさ苦しいのとか、チャラいのばっかり見かけるよね」


 オレもセレサのお眼鏡にかなうようなパーティは知らなかった。


 オレ達が雑談をしていると、妖艶な魔女みたいな外見の冒険者が紫色の波打つロングヘアを揺らして近づいてきた。

 彼女は冒険者の中でも中堅と呼ばれるようなパーティに入っている魔法使いである。

 彼女はオレ達とは結構歳が離れていて、結婚がそろそろ危うい年齢である。

 人生の先輩であり冒険者の先生として、彼女はオレ達に色々と教えてくれていた。


「あら、セレサと御姫ちゃんじゃない。二人ともクエストは受けないの?」


 彼女はオレ達へ和やかに微笑みながら話しかけてきた。


「あ、エレヌさん。今日は兄さんがソルフさんと出かけてるでしょ?私はお留守番なの」


 二人は知り合いというか、魔女ことエレヌさんがセレサの師匠なのだ。

 彼女達のパーティは拠点であるこの領都ではばらばらにクエストを受けていることが多い。

 ちなみにソルフさんは彼女達のパーティの戦士である。


「ワタシは、みんながまだ集まってないので」


 オレも一応聞かれているので答えておく。

 決して雑談だけをしに冒険者ギルドへ来ているわけでは無いのだ。


「そう。それじゃ御姫ちゃんのお友達が来るまで座らない?一杯おごるわよ」


 エレヌさんはバーの机を見やった。

 オレはお言葉に甘えて二人についていく。


 そして椅子に着いた二人はセレサのパーティ候補の話から始まり、すぐに理想の男性論を展開し始めた。

 その仲睦まじい様子を見るたびに、この二人はやはり師弟関係というより姉妹関係のように感じてしまう。


 オレはと言えば傍観者に徹していた。

 正直オレは少年達と話している方が気楽だった。

 やはり空太としての意識があることで、女の子に徹しているのは無理があるのだろう。




「よう!御姫ちゃん!今日の調子はどうだい?」


 いつ来てもバーに入り浸っている冒険者のおっちゃんがオレに向かって声を掛けた。

 オレがこの領都に着いた時に護衛してくれていた冒険者から広まりだした御姫ちゃん呼びは、あっという間にここを拠点としている冒険者達に広まっていた。


 何しろ、今のオレの働きっぷりは間違いなく御姫ちゃんである。

 だって毎日荷物番だし。少年達を働かせて全く動いていないし。


 少年達はそれでもパーティメンバーとしてオレと一緒に居てくれているが、マズい。これは非常にマズい。


 このままでは名実ともに御姫ちゃんである。

 オレは少年達のパーティから抜けることを決意した。

 

 こうしてオレの初めてのパーティ参加は、たった一週間で終わりを告げたのである。

こんばんは。

名前を与えられなかった不遇な少年達は用済みとなりました。

そして御姫ちゃん伝説が始まる。始まりません。


2019年11月10日、追記

改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。

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