24.ギルド併設バーのマスター
「嬢ちゃん、注文か?ミルク飲むか?よしミルクだな。むしろミルクだな。おごりだ。ミルク飲みな」
バーのカウンターに近寄ったオレが一言も発する前に、バーのマスターがミルクを差し出してきた。
「なんですかそのミルク推し」
「まあ飲んでいけ。大きくなりたいんだろ?」
思わず問いかけたオレにマスターが眼鏡をきらりと光らせ、にやりと笑った。
「うぐっ」
指摘されたオレは息を詰まらせる。
好きで小さいままではない、常に大きくなりたいとは思っている。胸が。
落ち着け、そうじゃない。まずは背丈から大きくなりたい。
「いただきます…」
オレはカウンターの椅子によじ登って座った。
何処の世界でもなんでこうカウンターの椅子とは高い位置にあるのだろうか。
マスターはオレに背を向けて食器を拭き始めた。
彼は白髪交じりの金色の髪をオールバックにした壮年の男性だ。この世界にも眼鏡があるのだな、とオレは彼の耳に掛かる眼鏡のつるを見つめた。
そして取りあえずミルクを飲むことにした。
実はアレラは牛飼いの娘だっただけにミルクにはこだわっていた。
そのこだわり方は、新鮮か新鮮か新鮮か、である。
おいアレラ。
オレは自分で自分に突っ込みたくなった。こだわってないじゃん。
まあ、このミルクは合格だ。美味しい。
さてマスターはまだ食器を拭いている。
オレはというとミルクをちびちびと飲んでいる。
「なあ嬢ちゃん」
振り返ったマスターが食器を拭きながら話しかけてきた。
「はい?」
「さっき冒険者登録の説明を受けてたし、何か聞きたくてこっちに来たんだろ?」
ミルクが美味しくて忘れていた。
その質問にオレは聞こうとしていたことを思い出そうとした。
「いえ、あ、はい。その、仕事の邪魔をするのもどうかと思いまして」
取りあえず何故聞かなかったかということについては答えておいた。
「俺は待っていたんだが?」
彼の発言を受けてオレは返答に困った。
ずっとオレに背を向けていたじゃないか。
「…まあ、その様子じゃ何を聞けばいいかも分かって無さそうだな」
「うっ」
図星である。
だがオレは一つだけ質問を思いついたのだ。
「あの」
「なんだ?」
マスターが片眉を上げる。
「どうしてここは酒場では無くて、バーなんですか?」
町の看板では酒場という表記ばかりだった。
だがこのバーは何故か空太の記憶とアレラの記憶からの言語変換では、バーと認識されていた。謎である。
「ははっ。嬢ちゃん、最初の質問がそれかい」
彼は面白そうに笑った。
オレは小馬鹿にされた気がして思わず唇を尖らせた。
「バーって響きの方が格好良いだろ?」
ということらしい。
マスターの返事に言語変換の謎は深まった。オレはその謎に首を傾げてしまった。
「そんなことよりもっと聞きたいことがあるんじゃないか?」
彼の言葉にオレは悩む。思い出した、どう聞こう。
「えっと…冒険者の慣習って何ですか?」
結局素直に聞くことにした。
かなり広範囲な質問だとは思ったが、冒険者になったばかりのオレは何もかもが分からないのだ。
「そりゃ、冒険者の規則には無いルールのことだよ」
マスターは素っ気なく言って、別の食器を拭き始めた。実に意地悪である。
「…どんなのですか?」
オレは食い下がった。ここで聞かないと今後色々と困ってしまう。
「そりゃ…。分かった、分かったから教えるって」
マスターはにやりと笑いかけたが、突然何かに怯えるように態度を変えた。
オレの視界の端ではピンク髪の悪魔もとい冒険者ギルドのゆるふわ女性職員がこちらを見ながら右手をにぎにぎと握ったり広げたりしていた。
…冒険者の慣習については、基本しか説明をされなかった。
一度に話しても頭に入らないだろ、と言われてオレはぐうの音も出なかったが。
説明を受けたのは、クエストの受け方と、助け合いの精神と、逃走の自由だった。
まずクエストの受け方。
食い詰めない限りは簡単なクエストを初心者に譲ること。
後進が食い詰めないようにという配慮である。
ただし誰も受けないクエストが残ることは冒険者ギルドとして問題になるので、午後になっても残っているクエストがあれば受けて構わない。
そして難しいと思ったクエストは受けないこと。
傍目に難しいクエストを受けようとしている者に気づいた場合は引き留めても構わない。ただししつこく引き留めたりそのクエストを奪い取ってはならない。
とはいえ合意が得られるなら合同で受けてその者を手伝うことは可能である。
合同でクエストを受ける場合は最初に取り分を決めてしまい、反故にしないこと。
想定外に高価な拾得物などがあれば冒険者ギルドに分配の証人となってもらう。
次に助け合いの精神。
襲われている者を見かけた場合は参戦しても構わない。
別に参戦しなくても構わないが襲われている者が不利と判断した場合は積極的に参戦すること。
ただし拾得の権利は冒険者で有る無しに関わらず元々戦っていた者にあるとする。
だが元々戦っていた者が冒険者であり、また勝てないと判断していた場合は参戦した者に拾得の権利を積極的に譲ること。
参戦した者から譲るように言うのは脅迫と見なされる。
行き先が同じ者を見かけた場合は積極的に同行すること。
ただしこの場合相手から言われない限り護衛料を要求してはならない。
また護衛を依頼された場合はクエストとして冒険者ギルドに事後申請してもらい、護衛料をもらうのは必ず冒険者ギルド内で行う。
現地で護衛料を受け取るのは強盗と同義とする。
なかなか騎士道精神溢れているように感じるが、助け合いの精神と対になっているのが、逃走の自由である。
参戦しても勝てないと判断した場合は逃げても構わない。
勝てないと判断して逃走した者を責めてはならない。
現地に居なかった者や助けに入らなかった者が逃走した者を責めてはならない。
そして助けに入って協力しても明らかに勝てないと判断した場合はパーティメンバーでも見捨てて構わない。
その場合も当然逃走した者を責めてはならない。
…まだ細かい慣習はあるらしいが、オレの頭はこの三点だけでオーバーヒート寸前だった。
「うう…」
オレのおつむのぽんこつっぷりは絶好調である。
「まあ、みんな助け合って命を大事にしろってことだ。そして自分の命を最も大事にしろってことだ」
オレが頭を抱えているとバーのマスターは呆れたように言った。
実に分かりやすいのだが、でも。
「助けに入って怪我をした場合ってどうなるんですか?」
「怪我をするってことは勝てなかったってことだろ。力不足だ。諦めろ」
おおう、即答されたよ。何て言うかなかなかシビアな世界だね。
「ありがとうございました。あと、ごちそうさまでした」
取りあえずオレはお礼を言って席を立った。
折角だからクエストを見てみようかな。
クエストボードの前にオレは立った。
そこにはクエストの書かれた木札がいくつか掛けられていた。
沢山の釘が木札を下げるために用意されているがほとんどの場所は空いていた。
流石に午後なだけあって残っているクエストは少なかった。
一番上に討伐クエストと書いてある木札が見えた。
内容はドラゴンの討伐。
ドラゴン!ドラゴンが居るとかファンタジー!
だが木札の位置が高すぎて詳細を読みたくても手に取れない。
仕方がないので手の届く場所にある木札を見つめる。
小間使い、ゴミ掃除。
おおう、こんなのもクエストなのか…おや、討伐クエストが最下段にある!
うさぎ狩り。
手に取って読んでみると、この町の畑を荒らすうさぎを狩って欲しいという内容だった。
なんということだ。魔物ですらなかった。
「お嬢ちゃん、うさぎは辞めておきな」
突然視界が暗くなったかと思うと背後から男性の声がした。
ゆっくりと振り返ると知らない大柄な冒険者がオレを見下ろしていた。
これはあれですか、引き留められているのですか。
オレはうさぎにも勝てないと判断されたのですか。
「どうしてですか」
ちょっと唇を尖らせてオレは聞いてみた。
「うさぎは足がすばしっこい。巣穴に逃げられちゃ捕まえることも出来やしねえ。遠距離系の攻撃手段がなけりゃ、パーティで追い込みを掛けるしかねえ。見たところお嬢ちゃんは一人だし遠距離系の攻撃手段があるようにも見えねえ。だから辞めときな」
理詰めで説明されてしまった。
確かにその通りだ。オレはそっと木札を元に戻した。
「だったら俺達と行かねーか?」
大柄な冒険者の更に後ろから声が掛かった。
冒険者が一歩引くと視界が開けて少年達が見えた。
その四人の少年は、見た目が十歳から十二歳といったところである。
つまり全員が未成年、冒険者見習いのようだ。
オレは彼らを見上げた。
悲しいかな、同い年くらいなのに見上げていた。
彼らのリーダーらしき少年が指で鼻の頭を擦った。
どうやら少し照れているようである。
あれか?オレ今ナンパされているのか?
オレはもしかしてチート美少女だったのか?いや、ないな。
「お願いしてもいい?」
孤児院時代ぶりだろうか、タメ口とか凄く久しぶりに使う気がする。
オレは彼らの誘いを受けることにした。
こんばんは。
またしても説明回です。
主人公はやっと冒険者として活動できそうです。
でも敵は魔物ではありません。
2019年11月10日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。