23.冒険者登録
気が付くと見知らぬ天井だった。
言ってみたかっただけである。
オレは意識があるまま冒険者ギルドの救護室へと運び込まれたのだ。
だからずっと気が付いていたし眠っても居ない。
ただ魔力切れで動けないまま横になっているだけである。
あの後すぐ、現場には治療院からの治療師が派遣されてきた。
だが彼はオレの回復魔法により怪我が酷かった男性の治療が終わっていることを知り、ギルドへ駆け込んできた青年の怪我を治療して去って行ったのだった。
オレの隣のベッドには魔力切れで倒れかかっていた女性が眠っていた。
そして怪我が酷かった男性は少し離れたベッドに寝かされていた。
男性の側では青年が椅子に座りうつらうつらしていた。
…冒険者ギルドの救護室には治療師が居なかった。
出かけているのではなくギルド職員に回復魔法の使い手がいなくなったのだ。
だが支援系魔法の使い手を青田買いする聖王教会の方策により、有用な治療師は市井に少なかった。
そして彼らは既に何処かへ就職していたのである。
そのため治療師の補充が出来ず、クエストとして回復魔法が使える冒険者を雇っていたのだ。
だがオレが来た日は受注者がいなかったのだ。
そのクエストが受注されていないことをギルド職員は当然知っていた。
なので青年が駆け込んできた時に治療院へ使いを出す声を上げたのはギルド職員だったし、使いとして走って行ったのもギルド職員だったのだ。
オレは今、冒険者ギルドにあるギルドマスターの執務室に案内され、そう説明を受けたところだ。
そして勧誘を受けていた。
応接用の椅子に座ってギルドマスターと対面していた。
ギルドマスターは線の細い青色の髪をした中年の男性である。
冒険者ギルドのギルドマスターと言うよりは、学校の教頭先生と言われた方がしっくりくる容姿だった。
「さて、アレラくんと言ったかな。君はギルド職員になる気はないかな?」
彼の眼光は鋭かった。
オレは今、ヘビに睨まれたカエル状態である。
「い、いいえ。わ、ワタシ、冒険者に、なりたいです」
だがオレは眼光に負けて頷くわけにはいかない。
冒険者にならないことには勇者への道は始まらないのである。
そもそも体裁としては司教様から各地を慰問する任務を受けている扱いなのだ。
だから勇気を振り絞って断らなければならない。
「そうか、残念だ。君ほどの回復魔法の使い手がいれば、我が冒険者ギルドは安泰だったのだがな」
残念と言われて『オレの冒険はここで終わってしまった』なんて台詞が浮かんだ。
だが冒険は始まってすらいない。どうやら始まる前に命が尽きるらしい。
そこに扉をノックする音が響いた。
ギルドマスターが側に立つ秘書に頷くと、彼女は扉を開けてノートのような書類を持つギルド職員の男性を迎え入れた。
その男性はオレに一礼したあと、ギルドマスターに向き直った。
「ギルドマスター、アレラさんの身元確認が取れました」
どうやらオレの身元調査をしていたようである。
流石冒険者ギルド、調査能力は高いようだ。
というかオレは服装からシスターなのはバレバレだよね。
「彼女はメラロム都聖王教会所属の司祭候補です。そして聖王教会より慰問任務を受けていることが判明しました」
彼の報告にギルドマスターは残念そうな顔をした。
「なるほど。本当に君は教会の手が掛かった者だったのだな」
いや待って。オレ太陽紋章見せましたよね?
もしかして疑っていたんですか?それって調査結果がちゃんと出なかったら身分詐称で死罪だったってことですか?
「あ、あの…シスターじゃなかったら、何かマズかったんです、よね?」
つい確認を取ってしまう小心者のオレである。
いや失言をしてしまうの間違いかもしれない。
「教会関係の身分詐称は重罪だからな。君の能力から冒険者ギルドに雇う形で匿おうかと思っていたのだが、本当に残念だ」
ギルドマスターはため息を一つ吐くと真面目な顔に戻った。
「しかしどうしたものか。慰問任務を受けている以上、教会の圧力から我々は君を冒険者としなければならない。だがどう見ても君は年齢制限に引っかかる。どういう建前を使うべきか悩ましいな」
ギルドマスターは随分とトゲのある物言いをしている。
もしかして聖王教会が大っ嫌いですか?
「まあ、キルガ男爵には個人的に世話になっているからな。何とかしよう」
どうやらギルドマスターは筋肉ダルマことキルガ男爵と仲が良いらしい。
筋肉ダルマがこの冒険者ギルドに訪れた時、終始協力的だったのはそういうことだったのか。
「そちらの点でも報告があります。彼女は十二歳です。冒険者登録をすることが可能です」
男性職員は簡潔に報告をした。
「なんと。前にキルガと一緒に来た時は小さいからもっと幼いと思っていたが」
ギルドマスターは随分と驚いたようだ。
驚きすぎて男爵って単語が抜けていますよ?
目を見開いたままのギルドマスターがオレを見つめてきた。
「いや、君は自分の年齢を間違えていないか?」
何とも失礼である。オレは頬を膨らませて抗議することにした。
「ちゃんと十二歳です!証拠はアリレ…。無いです…」
アリレハ村の村長に聞いてみて、と思わず言いかけて村が滅亡したことを思い出したオレの言葉は尻すぼみになった。
そう考えるとオレは証拠もなく自称十二歳を聖王教会に認めてもらっているだけなのだ。
「うん?無いのか?」
ギルドマスターは片眉を上げた。
また眼光が鋭くなる。
「そちらの点についても調べてあります。彼女はアリレハ村の出身です。年齢を証明出来る者はいません。ただし年齢については聖王教会からの正式な回答です」
またしても男性職員は簡潔に報告をした。
鉄仮面の人とか空太にもアレラにも記憶が無い。初めて見た。
「そうか。では冒険者登録をしよう」
ギルドマスターは実にあっさりと冒険者登録を認めてくれた。あれ?
「あの、冒険者登録って成人でないと駄目って聞いたんですけど」
ピンク髪の女性職員が丁寧にお断りしてきたのだ。
彼女が嘘をついていたとはとても思えない。
「ああそうか、知らないのか。そうだな、冒険者登録ついでに説明を受ければ良い」
ギルドマスターからはオレに教える気がないらしい。まあ良いけど。
執務机にある書類の山を見れば彼の手をこれ以上煩わせるわけにはいかないのが明白だ。
「それから、魔法剣の査定結果も忘れず聞くように」
ギルドマスターはオレのことをしっかりと覚えていたのか。
どうりで筋肉ダルマの名前が出てきたわけだ。
「それではこちらにどうぞ」
鉄仮面の男性職員がオレを案内する。
オレはギルドマスターに一礼をして執務室から退室した。
…冒険者登録は十五歳の成人からである。
ただし登録時に武器が扱えるかなどの簡単な試験がある。
冒険者登録の試験に落ちれば成人だろうが冒険者見習い登録だ。
この冒険者見習いには十歳から誰でも登録が出来る。
そして十二歳以上の冒険者見習いは季節の一月目毎にある能力試験を受けられる。
こちらは成人の登録試験より厳しいらしいが、未成年で冒険者になれる唯一の道なのだ。
オレは本来冒険者見習いとなった後に、季節毎にある能力試験を合格しなければ冒険者登録が出来ないはずだった。
それを最初から能力試験の合格扱いにすることで冒険者登録を可能としたわけだ。
ちなみに回復魔法の能力が高いと評価されているので、もし次の季節の能力試験を受けていたとしても合格間違いなしだったらしい。
…発行された冒険者の身分証はドッグタグの形状をしていた。
名前が刻印されたそれは金属のような見た目をしていた。
このドッグタグは、人族が個々人の魔力パターンは異なる形質となることを利用した本人確認に使う魔法具なのである。
本人確認時はドッグタグを額に当てて『光れ』と唱えると登録者本人ならばそのドッグタグは光るのだ。
また、冒険者となる者は冒険者登録時にドッグタグと、同じく魔法具である登録用紙に魔力登録を行う。
この登録用紙は冒険者ギルドが冒険者を管理するために保管する登録書類となる。
厳密に本人確認をする場合には調査地で本人が魔力登録をした確認書類を登録地へ送り、保管している登録書類と魔力登録を突き合わせるそうだ。
冒険者ギルドにある書類を比較する魔法具で魔力パターンが一致するかが分かる。
つまり本人確認が出来るということだ。
冒険者登録をすれば冒険者ギルドでの特典が受けられる。
まず、手数料を支払うことで各地の冒険者ギルドへ個別にお金を預けられる。
魔力登録により管理された口座から入出金が出来るのは本人のみである。
ただし複数人が同時に魔力登録をしてパーティ口座を作ることも出来る。
各地のギルド間で書類をやりとりすることにより遠隔地からも入出金が出来るものの、手数料は高額とのことだった。
次に、保管料を支払うことで各地の冒険者ギルドへ個別に品物を預けられる。
こちらは一点一点魔力登録をすることで管理される。
引取は基本的に保管したところのみである。
ただし盗難や汚損等が発生した時に査定金額分しか補償が付かない点や、遠隔地に送る場合は一切の保障が付かない上に移送料が高い点などから、高額な品物を預けることはお勧め出来ないらしい。
ちなみに保管料毎に保管期限が決まっていて、期限が切れてしまうと没収されるらしい。
没収された品物は冒険者ギルドが拾得者の権利を得て処理するそうだ。
延長料金を払えば保管期限は伸びるが、倉庫を圧迫するので旅に出る際には一度引き取って欲しいとのことだった。
なお、遠隔地からの保管料延長も一応受け付けているとのことだった。
これはお金も同様である。
一定期間の入出金が無い口座であると確認された場合には、預金者を行方不明扱いとして冒険者ギルドが拾得した扱いになる。
利用はこまめにお願いします、と言われた。
なお、一定期間とは各地の冒険者ギルド毎に違うらしい。
ここメラロム都冒険者ギルドの場合は十年間だった。
…冒険者登録の際にオレも魔力登録をさせられた。
登録用紙への記入については、魔法具であることから高価な用紙なのでギルド職員が代筆してくれた。
登録名が偽名の場合は罰則があるらしい。
だが止ん事無き身分ならば不問にするとのことなので身分制度は全く以て不公平である。
なお、冒険者のドッグタグは有料である。
再発行料金は高いので無くさないようにということだ。
一方、冒険者見習いのドッグタグは魔法具ではないので無料発行されるそうだ。
しかしこのドッグタグも再発行は有料らしい。
そのため成人でお金が無ければ、ひとまず冒険者見習いとなりお金を稼いでから冒険者登録するそうだ。
もちろんこの手順だと季節毎の能力試験を受けないと冒険者になれない。
お金が欲しくて冒険者になろうとするのに、冒険者になるにはお金が必要とは何とも世知辛い世の中である。
オレはというと、聖王教会からの圧力によりドッグタグは無料で支給となるそうだ。神に感謝である。
「以上が冒険者の規則となります。今ご説明致しました内容はそちらの壁にも常時掲示しております。不明な点がございましたら、何時でもギルド職員にご確認願います」
冒険者見習いはクエストに受注制限があるのだが、冒険者には受注制限がなかった。
そして冒険者ランクというものはなかった。
はっきり言って細かい規則は聞き流した。
しっかり聞けば頭がこんがらがるし、大抵は犯罪行為を禁止する内容みたいなものだったからだ。
「また、規則とは別に冒険者同士で慣習があると伺っております。こちらにつきましてはギルド職員からご回答出来ませんこと、ご了承願います」
ピンク髪の外見詐欺な女性職員がやりきったという満足げな顔付きで説明を終えた。そんな表情もするんですね。
「え、慣習は分からないんですか?」
しかしオレは新しい疑問点が出来たので質問をする。
「ギルド職員が口にしてしまえば、それはギルドの公式な規則と見なされかねません。慣習につきましては、併設しておりますバーのマスターが元冒険者ですので聞かれては如何でしょう」
彼女は机と椅子が並ぶエリアを掌で指し示した。そこには真昼というのに飲んだくれた冒険者がたむろしていた。
「マスターはギルド職員ではないんですか?」
オレは彼らから目を逸らすと彼女に引き続き質問をする。
「違います。あちらのバーにつきましては、この建物内での販売を認可しているのみです。当ギルドとは無関係であり独立しております」
随分都合の良い建前である。
まあオレは冒険者としてやっていくだけの知識を得られればそれでいいのだ。
「他に不明な点はございませんか?」
首を傾げるこのゆるふわ職員は、立っているだけなら実に愛らしい。
胸も大きいし。
「あ、いえ、ありません」
彼女の胸を見つめていたオレは慌てて手を振って誤魔化した。
あ、でもオレ今女の子だからもっと見つめていても問題はないはずだ。
「それでは冒険者登録をして頂きありがとうございました。これからも末永くよろしくお願い致します」
丁寧にお辞儀をする彼女の胸が揺れた。
オレはそれをうらやましく見ていた。
待て。
オレは彼女の胸をいやらしく見ていたのではなく、羨望の眼差しで見ていたのだ。
これはきっとアレラからの訴えに違いない。
だからオレは胸が人並みには大きくなりたいのだ。
あれ?オレ男の子じゃあ…。
こんばんは。
冒険者についての説明回です。
設定を練り込んでいたら時間が掛かってしまいました。
2019年11月10日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。




