22.冒険者ギルドと怪我人と
唐突だが、この世界で冒険者という単語は、本当は冒険者という意味ではない。
空太の記憶とアレラの記憶からの言語変換によりオレは今まで彼らを冒険者だと思っていた、思い込んでいた。
そしてここは冒険者ギルドなのだと思い込んでいた。
だが、どうやら違ったようだ。
いや思い込むも何も、アレラの記憶から導き出される単語の意味は分かっているから冒険者ではないのだ。
そして目の前のカウンターにもはっきりと書いてある。
討伐者ギルドカウンター、と。
うん、知ってた。でもいいんだ。
ここは冒険者ギルド、オレ達は冒険者!
…ごめんなさい、まだ冒険者じゃありません。
オレは今、冒険者ギルドカウンターの前から少しずれたところで立ち尽くしていた。
先程までカウンターの真正面に居たのだが、そっとずらされたのである。
オレをずらしたのはスパイクが生えた肩パッドをつけた強面のお兄さんだったが、手を引く力は優しかった。
オレが二歩ずれたところでお兄さんは手を離し、そして今はカウンターに居るピンク色の髪をしたゆるふわ女性職員と話をしている。
うん、お仕事の邪魔をしてごめんなさい。
食事に誘おうとナンパしているみたいだけど邪魔をしてごめんなさい。
ここに居る全員がオレを持て余しているのだろう。
冒険者達も他のギルド職員達も、ちらちらとオレを見ては目をそらしていた。
それもそうだ。筋肉シスターたるバレカさんに先程置き去り放置プレイを食らわされた幼気なシスター服の少女に誰が声を掛けられるというのだろうか。
涙目な少女に声を掛けて思いっきり泣かれてしまうと困る、と誰もが大弱りなのである。
あ、その子オレのことです。泣きませんよ?泣いてませんよ?
取りあえず落ち着こう。
まずは冒険者登録を済まさないと始まらない。
そのためにオレはここに来たのである。
オレを唯一構ってくれそうなのはバレカさんから直にお願いされたあのカウンターのゆるふわ女性職員だろう。
だが彼女は今、ナンパされている真っ最中だ。
どうやって話しかけようかとオレが悩んで彼女を見つめた瞬間。
強面お兄さんが付けている左の肩パッドからスパイクが無くなった。
強面お兄さんがカウンターの方を見て狼狽えている。
ゆるふわ女性職員がにっこりと微笑んでいた。
いつの間にか上げていた右手を彼女が開いた瞬間、カウンターの上に複数の何かが落ちた。それは、肩パッドのスパイクだった。
「お仕事を再開したいのでお引き取り願えますか?」
彼女は笑顔を貼り付けたままそう言った。
強面お兄さんは脱兎のごとく駆け出しギルドから逃げ去ってしまった。
「そこの小さなシスターさん、こちらにいらして下さい」
彼女は笑顔を貼り付けたままオレに話しかけた。
怖い。逆らったらあの右手が飛んでくる。
オレの顔なんて一瞬でむしり取ってしまうに違いない。
「ひゃい!」
オレは上擦った声を出しぎこちなく彼女の元に進む。
「ああ死んだな」とか「かわいそうに」とか、ひそひそとささやく声が聞こえてくる。勘弁して欲しい。
「冒険者ギルドは初めてでしょうか?」
彼女の言葉にオレはこくこくと頷く。
初めてでは無い気がするが逆らえないから頷く。
「冒険者登録をご要望と承りましたが…」
彼女はそこで言葉を濁した。
「だめ…ですか?」
何となく断られそうだったのでオレは悲しそうな声を出してみる。
別に泣き落としを掛けているわけではない。
「申し訳ありません。冒険者登録は成人、つまり十五歳からとなっております」
なんと年齢制限だ。困った。
「それから、冒険者見習い登録というのもございますが…」
見習い!それなら年齢制限に引っかからないのでは!
「こちらも年齢制限がございまして、十歳からとなっております」
よし!入れる。
…あれ?断られている口調じゃないか?これ。
「ご要望に沿えず誠に申し訳ありません」
完璧に十歳より下に見られていた!
オレはショックで開いた口が塞がらない。
「まあ、御姫ちゃん、泣かないでくれよな?決まりは決まりだからな?」
唐突に真横から頭をぽんぽんと叩かれた。
オレが見上げると、そのおじさん冒険者は困ったように笑った。
オレは彼を見たことがあるはずだ。
なぜなら彼はオレを『御姫ちゃん』と呼んだのだ。
それはつまり、オレがこの領都へ着く時に護衛をしてくれた誰かということになる。
オレのことを覚えてくれていたので何だか嬉しい。
でもごめんなさい、名前を覚えていないどころか顔を忘れています。
だが、オレを知っている人が居ることから少し勇気が湧いてきた。
「あの、何とか冒険者登録をする方法は無いのでしょうか?」
オレの決死の質問に恐怖のピンク髪職員がおっとりと首を傾げる。
「そう言われましても、規則は守らなければなりませんから」
それでもオレは食い下がることにする。
というかまずは年齢の認識を正さなければならない。
「ワタシ十二歳です。せめて見習いでも」
オレの言葉に彼女は目を点にした。
「御姫ちゃん、今何て言った」
オレの隣に居るおじさん冒険者も目を点にしている。
オレは認識の違いを確認することにした。
「そもそも、ワタシは何歳にみえてるんですか?」
オレの質問にいつの間にかオレごとカウンターを取り囲んでいた冒険者達が気ままにしゃべりだした。
「八歳だろ?鍛冶屋んとこの下の娘が確かお前さんくらいの背丈だったぞ」
「いやいや、あの子は背が低い方だったろ。パン屋の坊主がこのくらいの背だった。案外六歳かもしれんぞ」
やった!六歳なら幼女からは脱せそうだ。
いやそうじゃない。
「まあ待て。八歳に見えるくらいの背丈なら十歳にも居る」
「そうだな。ここに居るってことは冒険者見習いになれる十歳は超えてるって考えていいよな」
誰の手か分からないがオレは頭をわしゃわしゃと撫で回される。
人壁がちょっと怖い。
「だが、まあ…十二歳か…」
「見えないな」
「見えない」
「ちっちゃい」
「かわいいなあ、おいで」
「やっぱり年齢偽ってないか?」
こいつら…。
「十二歳です!」
しゃー!っと猫のようにオレは周りを威嚇した。
あくまで比喩である。だから頭を撫で回さないで。
取りあえず何とか年齢を保証しなければならない。保証?あ!
「ワタシ、シスターなんです」
「コスプレじゃなかったのか」
オレの発言に被せて、知らない冒険者がいきなり心を折りにきた。
だがここで挫けたら男が廃る。いや、女が廃る?
「太陽紋章も持ってます!」
オレは丁寧なピンク髪職員によく見えるよう、ホイールキャップのミニチュアもとい太陽紋章を手に乗せて掲げた。
「あら本当なの…えっ!」
太陽紋章を見た瞬間、何か言いかけた彼女が目を見開いて硬直した。
「ぎっギルドマスターに確認を取って参りますので、しばしお待ち願います」
バッと身を翻して彼女はカウンターの奥に消えた。
え?あれ?もしかしてオレまた放置プレイ?この冒険者の人壁の中に?
オレが緊張で汗をだらだらと流していると、ギルドの入口の扉が勢いよく開かれた。
「誰か!回復魔法使える奴居ないか!?」
そう叫ぶその青年は腕に何かの布を巻いていた。
その布はにじんだ血で赤く染まっていた。
「おい!怪我してるじゃないか!」
入口の近くにいた冒険者が青年に問いかける。
「俺のことは後回しだ!誰か来てくれ!」
青年は声を張り上げた。
「ひどいんだな?おい、誰か治療院にひとっ走りしてくれ!」
「俺が行く!」
冒険者達がにわかに騒ぎ出す。
「あ、あの、使えます」
おずおずとオレは手を上げた。
だが人壁と喧噪に阻まれて青年に伝わっていない。
「そうだ!御姫ちゃんが居るじゃないか!」
おじさん冒険者が声を張り上げた。
その瞬間この場に居る全員がオレに注目した。あ、注目は恥ずかしいです。
「なんだ?お嬢ちゃん、回復魔法が使えるのか?」
「はい、使えます」
真横から声を掛けられたのでオレははっきりと肯定する。
「よし、行くぞ」
次の瞬間オレは声を掛けてきた大男の脇に抱えられていた。
…オレ達は領都の東門から少し出たところに来ていた。
ちなみに通過してきたのは門と言う名の土塁である。
そこには荷馬車が止まっていた。
荷台の傾きからどうやら後輪が折れて動けなくなったようだ。
「助かった!何とか急いでここまで来れたんだが」
馬車の横に立つ帽子を被った男性がお礼を言う。
彼に案内されたオレ達が馬車の裏に回ると、そこには外套を敷いた地面に寝かされた男性と、彼を覆うように座り込んだ女性が居た。
「回復魔法を使える奴、連れてきたぞ」
ぺいっとオレは地面に放り出される。
オレは手が地面につくかと思うくらい身体を屈めて数歩程よろめき、体勢を立て直して立ち上がった。
何とか転ばないように立てたがもう少し丁寧に扱って欲しい。
だが今はそれどころではない。
「どうされました?」
座り込んだ女性の真横に並んだオレの質問に、彼女がこちらを見ずに答える。
「私、軽い止血しか…もう、魔力が…」
荒い息を吐きながら彼女が答える。
彼女の両掌は今も薄らと光っているので僅かながらも回復魔法を掛け続けているのだろう。
「ワタシが代わります」
体温を保つためか彼は上からも外套を掛けられているので、怪我がどのようなものかはまだ分からない。
取りあえず出血をしているらしいので止血をイメージして回復魔法を軽く掛けておく。
「傷口を見ないことには治療が出来ません。取ってもいいですか?」
オレは座り込んだままの女性に確認を取る。
明らかにもう動けない彼女が頷いたように見えた。
オレが近くに立っている冒険者を一瞥すると、その冒険者は彼女を男性から引きはがしてくれた。
掛けてあった外套を取ると、服を切り裂いて作ったと思われる包帯代わりの布が腹部を覆っていた。
腕にも副え木がしてあるので恐らく骨が折れているのだろう。
取りあえず腹部からだ。
「あの、どなたか包帯を外してもらえませんか?」
オレにはその腹部を覆う布を外すために男性を起こす力が無い。
オレを抱えてきた大男が向かい側に来て、その布を引き千切ってくれた。
わお、ワイルド。
しかし血がこびりついていて、まるで患部が分からない。
「キュア!」
オレはまず救治魔法で血と共に汚れを取り去った。
男性の皮膚はうっすらと繋がり掛けていたが腹部は少し膨れている。
恐らく内臓は損傷したままで内出血を起こしているのだろう。
「ヒール!」
えーと、腹部腹部。
何となく腸みたいな臓器の形をイメージしながら回復魔法を掛け続ける。
曖昧なイメージだと魔力の消費は激しいけれど仕方がない。オレの医学知識は乏しいのだから。
多分オレが意外と冷静に対処していられるのは男性が目に見える出血をしていないからだ。
オレの後ろでは冒険者達が会話をしている。
後ろを見ていられないし誰かも分からないから聞き流す。
「何があった」
「ゴブリンの数が思ったより多かったんだ。袋叩きにされて、何とか倒しきったんだが…」
「依頼人は?多分商人だろうが無事か?」
「私だ」
「何で三人で護衛任務を受けてんだ。死ぬ気か?」
「いや、五人だったんだ…二人死んだ」
「そうか、すまなかった」
傷を治しきると何となく魔力が反発する気配を感じるので、オレはそこで腹部への回復魔法を止めた。
続けて腕の治療だ。
こちらも大男が豪快に、副え木ごと布を引き千切ってくれた。
オレにとっては腹部よりも腕の骨折の方が簡単である。
ドMじゃないけど自傷する特訓で治し慣れているからね。ドMじゃないけど!
一仕事終えたオレが額の汗を拭っていると何だか視線を感じた。
いや、周りからの視線が痛い。
オレが怖々と後ろを振り返るとさっきまで押し黙っていた冒険者達がにわかに雄叫びを上げた。違う、歓声を上げた。
「すげえ、なんだ今の!」
「オレあんなに光る回復魔法を初めて見たぞ!」
「傷が全く無い!」
「こんな小っこいのになんつう魔力だ…」
おい最後の奴、小っこいって言うな。てか照れる。
あとオレはやはりチートキャラだったのだ。
だから今倒れてもいいよね、もうゴールしてもいいよね。
そういえば、駆け込んで来た人も怪我してたっけ…でも治せそうにないや…。
オレはその場で倒れ込んだ。
魔力使いすぎた…お漏らしだけはしないぞ…。
こんばんは。
自傷チートの主人公は、違った。自称チートの主人公はよく倒れます。
ところでまだ冒険者じゃありません。
起きたらどうなってるのか。
2019年11月10日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。