21.メラロム都東区聖王教会
オレはここメラロム都の平民街東区にあるメラロム都東区聖王教会、通称、東区教会の前に立っていた。
空太もアレラも幸いに方向音痴ではなかったので、オレは紙で渡された案内図を頼りに無事たどり着けたのだった。
子供達に追い回されると魔力切れで倒れてしまうオレではあるが、歩くだけなら増幅魔法は全くというほど魔力を使わないのか、限界だと思っていた距離よりも歩けてしまうことに気づいた。
むしろ、魔力を使わないのではなくて魔力の自然回復量の方が消費量より高いのだろう。
まあ、旧市街を使った貴族街の大きさが精々少し大きな町程度だったのも行き倒れなかった理由の一つだった。
少し大きな町程度だから城塞都市としては十分大きいのだが、貴族街という名前の割には小さかったのだ。
それもそうだ。王都では無いのだから領主の一族とそれを補佐する一握りの貴族、そして富裕層が住んでいるだけなのだ。
無駄に広い庭を持った王侯貴族の豪勢な館が建ち並んでいるわけではなかったのだ。
それでも貴族街の教会からここ東区教会までは、レラロチ町での孤児院から宿場街に行く距離よりは遠かった。
もちろん今、オレ一人でその距離を歩いてきていた。
つまりオレは孤児院時代よりも歩ける力が確実についているわけだ。
やはりオレはチートキャラだったのだ。
だから今吐いている息は知らない場所への緊張で早くなっているだけであり、決して息切れして荒くなっているわけではないのだ。
…オレは春の一月目を体力上昇と防御魔法の特訓に費やした。
司教様に何かやりたいことが無いかと聞かれ、オレは笑われることを覚悟で、勇者になりたい、と答えた。
司教様は笑わなかった。それならば危険だが冒険者になるのが一番の近道だろう、そして君ならばなれるだろう、と言ってくれた。
だが教会を出るために荷物を整理している間、オレは恐ろしいことに気づいたのだった。
クローゼットにある引き出しの一番奥に見慣れない包みが入っていた。
そういえばこの教会に来た初日は人見知りで緊張して訳が分からなくなっていた。なので荷物を適当にクローゼットに全部突っ込んだことしか覚えていない。
そもそも孤児院で勝手に荷造りされていたため、実は自分の荷物に何が入っていたかの覚えが無かったのだ。
だからそれが出てきた時には驚いた。
記憶にあるアリレハ村の最後の日に着ていた服が出てきた時は。
その服の、ワンピースを着てみたオレは頭を抱えてうずくまった。
スカートの裾の位置が全く変わっていなかった。
ワンピースだから着丈が変わることは無い。つまり。
成長していない。
アリレハ村の最後の日から十ヶ月。
オレの、このアレラの身体は一切成長していなかったのだ。
十二歳なら背が伸びてもおかしくないと思っていたのに、と考えたところで元の世界との一年の日数差に気づいた。
この世界は一年が約四百二十日である。
元の世界は一年が約三百六十五日である。
計算した。計算してしまった。
アレラの年齢は元の世界に換算すると十四歳くらいだったのだ。
人種の考慮をしなくても、小さい。小さい…小さい。胸が小さい!
そうじゃない。
大事なことだとアレラから訴えられている気がするが、問題はそこではない。
もし、この世界の人族が元の世界の人間と同じ期間で成長するのならば、ゆゆしき事態である。
男子より女子の方が身長の伸びる時期が早く終わってしまうからだ。
つまり、人並みの身長を得られずに成長の止まる未来が見えてしまったのだ。
このままでは…このままでは…。このままでは、永遠にヘレアサンのおもちゃになってしまう!
いや、ここに居ないヘレアに怯えてどうする。
もうアリレハ村時代と背丈を比較したくなかった。
アレラにとって特にお気に入りの服でも無かったので、オレはそのワンピースをそっと捨てた。
…貴族街の教会を出る時にオレは簡単に今後の説明を受けた。
聖王教会はオレに司祭候補としての身分を保障する。
シスターとしての身元も保証するので何かあったら近くの聖王教会を頼ればよいそうだ。
そしてオレは司教様から、各地を慰問する任務を受けている扱いらしい。
元々司祭にはこの各地を慰問する任務があるとのことだ。
だがその任務に就けるのは元冒険者から司祭になった者が多いのだという。
そして旅銀を稼ぐために冒険者登録をするのは普通のことだそうだ。
もっともひ弱なオレはすぐに領都から旅立つことが出来ない。
だがそれは冒険者並みの実力を付ける準備期間の扱いとなるうえ、領都を拠点にすることはそもそも何も問題がないそうだ。
取りあえず、その任務にオレをねじ込んだかたちらしい。
そのために何やら秘密の一計を案じたということだった。
オレのことなのに秘密にされるとか、司教様のいけず。
「そうそう、これを持って行きなさい。首飾りにつけてあげよう」
そう言って司教様はそれを取り出した。
それは太陽紋章を左右から挟むように付けられた。淡い金色をした細い鎖が二本、太陽紋章の裏を横切るように掛かった。
「あの、これは?」
「これがあれば何処の教会でも自由に入れる。司祭と同等の扱いを受けられるのだよ」
オレの疑問に司教様が答えてくれた。そんな便利な証、いいのだろうか。
「少しでも困ったことがあったらこの教会に来なさい。いつでも相談に乗ろう。とはいえ君の体力では来られないこともあるか」
司教様はそこまで話してくれたところでオレの体力の無さに気づいたようだ。
「そうだな。冒険者ギルドの近くには東区教会があったな。紹介状を書くので顔を出しておきなさい」
…だからオレは今、東区教会の中に居た。
食堂でお水を出され、一息ついていた。
「もうすぐ司祭様が戻ってこられるからさ、まあ休みな」
オレにお水を出してくれた若いシスターはそう言うと食卓を挟んだ椅子に座った。
「バレカ姉またなー!」
「馬鹿シスターまたなー!」
「おう!気いつけて帰んな!」
オレという来客に気を遣ったのか、教会の庭で遊んでいた子供達が彼女に挨拶して帰って行った。
彼女も子供達に気さくな返事をしていた。
土の聖霊様の加護を受けているのだろう、窓から差し込む日に照らされ彼女の髪は透き通った茶色をしていた。
彼女はその棍棒のような腰まである三つ編みの髪を揺らしながら、茶色の瞳で好奇心たっぷりにオレを見てきた。
「自己紹介まだだったな!おれはバレカ。この教会でシスターやってる。あんたは?」
「あ、はい。シスター・アレラです。セラエ司教様からこの教会の司祭に会うようにと言われまして」
机を乗り出して迫る彼女の巨体にオレは少し身構えた。
「そうか、よろしくな!」
彼女はその棍棒のような腕を繰り出しオレの手を握ってきた。
握手のつもりなのだろう。
一瞬握りつぶされるかと思ったが、意外なことに優しく握ってくれていた。
「ただいま戻りました。おや、お客様ですか?」
オレが握手の感触に驚いていると後ろから男性の声がした。
「ただいま。おや?その子は?」
オレが振り向くと戸口には一組の男女が立っていた。
薄茶色の短髪でブラザー服をまとった中肉中背な中年の男性と、赤色の髪を肩口で切り揃えて司祭服をまとった線の細い中年の女性だった。
「おう!おかえり!司祭様にお客人だぜ」
オレは慌てて椅子を降り、女性司祭へと向き直ってお辞儀をした。
「初めまして、シスター・アレラと言います。セラエ司教様に言われて、こちらに伺いました」
「シスター?確かに服装はそうだけど…」
女性司祭はオレを見て訝しんだ。
この世界のシスターは成人でないとなれない。
確かに見た目の年齢からシスターなのを疑いますよね、はい。
「えっ…あなた…」
そして何かに気づいたのか、女性司祭は目を見開いた。
「あっ、紹介状!」
何か突っ込まれる前にとオレは慌てて司教様からの紹介状を彼女に差し出す。
彼女は受け取るとすぐに封を開けて紹介状に目を通した。
「事情は分かりました。そうですね、しばらくこの教会で寝泊まりしては如何でしょう?ああ、バレカ。アレラさんにお茶を」
いったい招待状に何が書かれていたのだろう。
だが彼女の申し出はありがたかった。
「え?新しいシスターの補充じゃないの?」
バレカさんはきょとんとしている。
彼女を女性司祭は、キッと睨んだ。
「この方は司教様の任務を受けた司祭候補です。分かったらお茶をお出ししなさい」
「イエス、マム!」
バレカさんは駆け出した。
ちなみに中年のブラザーはこの間ずっと空気だった。
…女性司祭はヒレスと名乗り、ブラザーの名前はクルキだった。
夕食時、バレカさんにぎこちない敬語で話しかけられ続けたオレはこそばゆく感じて、ヒレス司祭に頼んでバレカさんの口調をため口に戻してもらった。
人見知りなオレはヒレス司祭と話すのはためらわれたが、バレカさんは何故か親しみが持てて一晩で仲良くなっていた。どうやらオレは筋肉に懐くらしい。
ちなみにクルキさんは空気である。
まあそんなわけで朝になったので、オレはバレカさんに道案内をしてもらい冒険者ギルドの前に立っていた。
歩いてる間に何度か抱え上げられそうになったが、丁重にお断りしたのは言うまでもない。
貴族街の教会を出る時、セラエ司教様からお小遣いをもらっていた。
何せ清貧なシスターであるオレは無一文だったからである。
しかしそれは東区教会のお世話になることを前提とした金額だった。
オレは今すぐにでもお金を稼ごうと意気込んでいたのだが。
冒険者ギルドの前に来てようやく思い出した。
魔法剣のことをすっかり忘れていたのだ。
オレは貴族街の教会に引きこもり続ける間に、ムルヘさんに会うことをすっかり忘れていたのだ。
あの親切な冒険者は果たして領都にまだ居るのだろうか。
ここでムルヘさんに会えれば今更ながらだが魔法剣の査定結果が聞ける。
冒険者として装備を調えるほどの金額は手に入れたいところである。
だがオレ一人では冒険者ギルドの扉をくぐるのは無理だった。
バレカさんが居てくれて本当に助かった。
彼女のシスター服がはち切れんばかりの巨体はこの場に相応しかった。
一方オレはこの場にそぐわない。
立ち入った瞬間につまみ出されそうなか弱い少女の容姿だからだ。
なので強面の冒険者達の視線が凄く痛い。
迷子か?なんて呟きが聞こえてくる始末だ。
そっと周囲をうかがうが見知った顔は居なかった。
バレカさんはと言うと、ずかずかと冒険者ギルドの職員が居るカウンターまで歩いていってしまった。置いていかないで。
慌ててオレはバレカさんの隣に並ぶ。
オレを見てその女性職員は微笑んだ。
彼女のピンク色の髪はふわふわと揺れていた。花の精霊の加護だろう。
聖霊様ではなく、眷属の加護を受けた人をオレは初めて見たのだった。
「冒険者ギルドへようこそ、バレカさん。本日はどのようなご用件でしょうか」
職員は柔らかい声でバレカさんへ和やかに問いかける。
どうやら顔見知りらしい。
「ああ、この子…いや、この方の冒険者登録を頼みたくてな、連れてきたんだ」
「この…方、ですか」
バレカさんの発言を受けて職員はオレを見て首を傾げた。
まあ、場違いな少女を紹介されたら当然の反応ですよね。
「おう、頼んだぜ!」
「えっ」
パッと手を上げて、オレが振り向くより早くバレカさんは去って行ってしまった。
オレは彼女を掴もうと手を伸ばした状態のまま、立ち尽くした。
ちょっと待って、置いていかないで…。
こんばんは。
冒険者ギルドに何とかたどり着けました。
しかし置き去りの主人公。この後庇護を受けずどう一人で切り抜けるのでしょうか。
現時点で続きを書けていないので楽しみで打ち震えています。次の投稿どうしよう。
2019年11月10日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。