20.司教の提案
「シスター・アレラ。教会を出てみないかね?」
突然の司教様の発言にオレは驚き、狼狽えた。
「え?司教様、それはどういう、意味ですか?」
きっと最近のオレの穀潰しっぷりに教会が愛想を尽かしてしまったのだ。
捨てられると震えるオレの頭を優しくぽんぽんと叩き、司教様はその考えを話し始めた。
「君の知識と支援系魔法の力。どちらも一人前の司祭として通用するレベルだと私は思っている。だが君のその若さ故、司祭になることを良しと思っていない者達が居る。何より司祭になってしまえば聖職者として使命を果たさねばならない。それは若い君を縛り付けてしまうだろう」
司教様はオレの行く末を案じていたようだ。
「それにその容姿では司祭と名乗るには幼くて誰も信じないだろう」
司教様はオレの成長の無さを案じていたようだ。
筋肉ダルマといいオレを子供扱いしすぎる…が、この容姿では仕方がない。
「勿論好きなだけこの教会に居て構わない。すぐに答えを出さなくてよいから、少し考えてみないかね?」
「はい」
取りあえずオレは頷く。
しかし今後の身の振り方か。
まさか司教様からこんな提案をされるとは思わなかった。
…新年祭の後、準備期間中オレを酷使したことにようやく司祭達は気づき、反省したらしい。
何せ見た目は十歳の少女を一日中椅子に座らせて増幅魔法を使わせ続けた上、勉学を強要して気を失わさせていたのだ。
字面にすると随分酷い所業である。児童虐待である。
なので今、オレは一切仕事を与えられていない。
おまけに、修道者の修練にならないから、と彼らの手伝いをすることは禁止されていた。
当然増幅魔法を掛けることは厳禁だった。
疑惑を掛けられないようオレはシスター達と距離を置いていた。
だからオレは今やることがなかった。つまりこれは育児放棄、ネグレクトである。
やっぱり児童虐待じゃね?いや、衣食住はあるからそうじゃないか。
そんなオレは今、増幅魔法を完全に消して散歩をしている。
無意識下でも自動で発動してしまうオレの増幅魔法は、常に消すように意識しないと発動を抑えられなかった。
少し普通の魔法と違う気がするが、お漏らし防止に特訓した成果の弊害なのだ。
何故こんなことをしているのかというと、最近になって漏らし姫の称号復活の危機に見舞われたからだ。
教会の敷地内にある公園には執事やメイドなどこの貴族街に居る平民の子供達が遊びに来る。
彼らにはオレというシスター服の少女が珍しかったのだろう。公園を散歩していたら追い回されたのだ。
限界まで増幅魔法を掛けて何とか振り切り教会の建屋内に逃げ込んだが、そこで魔力切れとなりオレは行き倒れた。
そして、あろうことか尿意が襲ってきたのである。
指一本動かすことも出来ずお漏らし秒読みの恐怖の最中、たまたま通りかかったブラザーがオレを回収してくれた。
彼に対しオレは赤面しつつもトイレ行きを要求、事なきを得たのであった。
どうやらこの教会に来て新生活で気が張っていたオレは、増幅魔法を常時と言うくらい無意識に発動していたらしい。
そのためにただでさえ無い筋力が低下してしまっていたようだ。
なので散歩をしている。もちろん子供達に見つからないよう教会の建屋内だ。
しかし毎日変化の無い建屋内をただ歩いているのは退屈であった。
そんな中、ニレバ司祭が偶然を装いオレの散歩中にしょっちゅう現れた。
オレは彼女から見てカワイイモノ、なのだ。猫好きが猫を見つけたかのように近づいて構ってくれるのだ。
だが、退屈しているオレとしては構ってもらえるのは嬉しいことであった。
「ということを言われまして…」
「ふむ。儂も奴から予め相談を受けてはいたが…奴め、決意したか」
オレは最近の日課である散歩の途中でニレバ司祭を見つけたので、司教様の提案について相談をしていた。
「何を決意したのでしょう?」
オレの疑問にこの老齢の女性司祭は珍しく真面目な目をしてオレを見つめてきた。
「アレラを教会から出すために聖王教会での後ろ盾に、いやむしろ聖王教会から守るために矢面に立つことじゃ」
「えっ。そんなに大事なんですか?」
彼女の発言はスケールが大きすぎた。
後ろ盾は何となく分かるのだが、矢面とはどういうことだろうか。
「そうじゃ。司祭候補を司祭候補のまま外に出すなど前例がないことだからの。アレラはもう少し自分というものの価値を見つめ直した方がよいぞ」
価値とは何か?やはりオレはチートキャラなのか?
いや、魔法は回復魔法と増幅魔法が人より少し効果が高いくらいだし。
身体能力は皆無だし。
今も価値の意味をすぐに出せないくらいおつむはぽんこつだし。
じゃあ庇護欲をかき立てる容姿か?いやそれはない。
「あれ?司祭候補のまま?」
オレはそこで疑問に行き当たったので聞いてみた。
「そうじゃ。教会から出すと言っても放り出すわけではないからの。支援系魔法の使い手でも素行が悪ければ司祭候補を取りやめて放り出すところじゃが、アレラは司祭となるに値すると儂も思っておる。他の者もそう思っておるじゃろう。すでに聖王教会はアレラを外に出すことをよしとしとらん。そこで一計を案じるわけじゃよ」
どうやらオレは聖王教会そのものに目を付けられているらしい。
やはりチートキャラなのか?いやそんなことより。
「一計?」
「秘密じゃ」
秘密と即答されてしまったので自分で謎解きをしようと思いオレがうんうんと唸っていると、彼女はオレの頭を優しく撫でてくれた。
オレはもう周りから子供扱いされることに慣れてしまっていた。
だから撫でられても手ぐしで髪を整え直すだけだ。
でも髪がかなりぐちゃぐちゃになっているのでもう少しお手柔らかにお願いします。
「それでは、もう少し歩いてきます」
答えが出ないなら悩んでいても仕方がない。身体を動かそう。
「また倒れるまで歩く気かの?」
オレは彼女の質問に対して曖昧に笑って誤魔化した。
この老司祭の鍛え上げられた体躯ならオレを軽々と運べるので、オレは倒れるまで特訓と言う名の散歩に励めるのだ。
「アレラや。少し儂に付き合わんか?教えたいことがあるでの」
大抵はオレの後ろをゆっくりと付いてくる彼女が、そんなことを言うのは珍しい。
退屈な日常に変化を求めて、オレは即座に頷いたのであった。
…そこは、教会の裏庭と言える場所だった。
建屋内から見て死角になっている建屋の角の辺りに、それらはあった。
縄を巻き付かせた何かを括り付けている丸太が林立していた。
あれ知ってる、巻き藁って言う奴だ。武術の訓練に使う奴だ。
教会の裏庭は、ニレバ司祭の訓練場と化していたのだ。
「アレラに防御魔法を教えておこうと思ってのう」
彼女は何て言った?防御魔法?魔法!
「ほんとですか!」
オレは嬉しくて思わず声を張っていた。目も輝いているに違いない。
新しい魔法を覚えられるのである。ファンタジーである。
プリーストとして勇者パーティに入る夢が近づくのである。
「そうかそうか、覚えたいか。では教えるとするかの」
そう言ってニレバ司祭はオレの前で拳を握った。
オレは彼女の魔力が流れるパターンを見逃すまいと拳を凝視する。
「ぬん!」
何が起きたのか。
一瞬彼女の腕の筋肉が膨らんだと思ったら、彼女の拳の前に直径十センチメートルほどの淡い金色に輝く円盤が現れていた。
ぽかんと口を開けたオレが彼女の顔を見上げると、彼女の両肩付近にも同じ大きさの円盤が浮いていた。反対の拳の前にもある。
つまり円盤は四枚あった。
「これが儂の防御魔法。拳の盾じゃ!」
ニレバ司祭…防御魔法を何に使う気ですか?
「みておれ。シールドパンチ!」
ニレバ司祭の防御魔法であるはずの円盤がすっ飛んでいき、その面で体当たりするように巻き藁を打つ。打つ打つ打つ打つ。
四枚あるので四連撃だ。
防御魔法である。これは、防御魔法のはずである。
なんで、なんで攻撃魔法になっているんですか。
「シールド!ぬぐぐぐぐぐ…」
オレは今日も教会の裏庭で防御魔法の練習をしていた。
教わった防御魔法は物理と魔法のどちらも防げる優秀なものだった。
ただし、こちらからも防御魔法を透過した攻撃は出来ない。
オレが防御魔法を展開する方法は、完成形状に薄膜を張ってから徐々に厚く固くしていくイメージになる。
初めに教わった方法は小さく張ってから大きさを拡大していくイメージだったが、オレには合わなかったのか魔力の消耗が激しい上に成功率が低かった。
そのため現状は膜を強化していくイメージとなるこの方法を採っていた。
シールドという発動のキーワードからオレはゲームの勇者が持つ盾の大きさをイメージしてしまうようだ。
大体直径五十センチメートルを超える円盤でなければ、オレの防御魔法の成功率は著しく下がってしまうのだった。
なのでオレは防御魔法の出来上がりを直径一メートルくらいの円盤とした。
防御魔法として使うには背丈を覆うくらいの大きさにしたかったのだが、現状で成功率が下がらない最大径はこの大きさだった。
うっすらと淡い金色に光るその円盤は何時見ても綺麗だと思う。決して自画自賛ではない。
問題は展開速度だ。
オレの防御魔法は薄膜が視認出来てから十分な効果を発揮する状態になるまで、数秒は掛かってしまっていた。
はっきり言って遅い。
オレに防御魔法を教えてくれたニレバ司祭の展開速度は一瞬である。
もっとも彼女の防御魔法は直径十センチメートルほどの小さな円盤なのだが。
とはいえ彼女は同時に四枚も展開出来る上、自由に動かすことが出来るのだ。
オレはと言うと、ゆっくりとなら動かせないことは無かったが、少し速く動かそうとすると円盤は端から崩れてしまっていた。
また、成功率が下がらない最小径にしても展開速度や移動速度は変わらないので円盤の大きさを直径一メートルから変えるつもりは今のところなかった。
とにかく、まだまだ練習が必要だった。
「アレラや。精が出るのお」
ニレバ司祭は仕事の合間に裏庭へ顔を出してはオレの練習相手になってくれていた。
「ほれ、シールドパンチ」
ぺちん、とオレの防御魔法で展開した円盤に、ニレバ司祭の防御魔法である拳の盾がゆっくりと当たる。
ぱりん、とオレの防御魔法がガラスの様に割れ、割れた部分から霧散していった。
「もう少し精進せねばの」
「はい…」
オレは防御魔法を最大出力で張っているがまだまだニレバ司祭の拳の盾による攻撃を防げなかった。
彼女の拳の盾は強力な物理攻撃であり凶悪な魔法攻撃でもあるのだ。
なお、彼女自身のパンチは防げるので、オレの防御魔法は物理攻撃に対してはそこそこ役立つらしい。
だが展開速度が遅い。精進しなくては。
…訓練で汗をかいたのでオレ達は裏庭に近い部屋を借りて、服を脱いで救治魔法の応用を掛けていた。
「キュア!」
司教様に教わった救治魔法の応用で、オレは服だけでなく身体の汚れも落とすことが出来るようになっていた。
余りにも本来の効果からかけ離れた魔法の応用なので、せめてキュアとは違う発動のキーワードを唱えたかったものの、結局キュアと唱えなければ発動が出来なかった。
クリーン!とか唱えてみたかったです、残念。
さてこの救治魔法の応用は、不用意に全身へ掛けると髪が綺麗になりすぎるほどの効果があった。
空太の記憶にあるシャンプーの宣伝からイメージをしてしまうのか、キューティクルがつやつやになって髪に天使の輪までも出来てしまうのだ。
これほど綺麗な髪は貴族が多いここの参拝者の中でも数人しか見かけた事が無かった。
初めて全身に掛けた時は、オレを見かけたシスターのお姉さん達に一瞬で囲まれてしまったほどだ。
髪の艶に対する彼女達の激しい追求からシスター全員に掛けたところ、当然のごとく司教様にバレて叱られてしまった。
仕方がないのでオレは今、洗浄効果で髪が綺麗になりすぎないよう意識してこの救治魔法の応用を掛けていた。
もっとも、救治魔法自体元々効果の内容を細かい症状毎にイメージして掛ける魔法である。部分的な制御は容易であった。
まったく。司教様も乙女心を分かって欲しいものである。
あれ?オレ自意識男の子だよね?いや、これはきっとアレラから訴えられているだけだ。そうなのだ。
一方ニレバ司祭はというと、自力でこの救治魔法の応用を掛けている。
さすが聖王教会内でも屈指の治療師である。目の前でオレが掛けたのを見た瞬間に彼女は会得してしまった。
これで好きな時にいくらでも鍛錬が出来るわい、なんて初めて使った時に喜んでいたが彼女は治療師である。
喜びからか勢い余って丸太を折っていたが彼女は治療師である。たぶん。
…魔法と言えばオレの増幅魔法に効果が含まれることから、保護魔法も少しだけ練習をしている。
「プロテクト!」
発動のキーワードと共に淡い金色をした薄膜が身体を包むが、十秒も経たずに霧散してしまう。
オレの保護魔法は発動時間もそうだが、増幅魔法から分離するというイメージを持ってしまう所為か、もの凄く打たれ弱かった。
どれくらい打たれ弱いかというと、発動直後を狙って自分に振り下ろした金槌で左腕の骨をぽっきりと折ってしまうくらいに打たれ弱かった。
平気で自傷する神経を疑われそうだがこれは回復魔法の特訓による弊害であり、決して自傷癖があるわけでもドMなわけでもない。
ちなみに骨折くらいは自分の回復魔法で治せるので問題は無い。
取りあえず保護魔法については機会があれば習い直したい。
もっとも先生役が居ないので当分は死にスキルになるだろう。
…オレは近頃、このまま司祭になってもいいかな、と思うようになっていた。
あまりにも体力が無いために冒険者となることを諦めかけていたのである。
そんな矢先に司教様の提案があったわけだ。
オレの中で再び夢がむくむくと膨らんできた。
はっきり言って子供達に追い回される程度で倒れるようでは冒険者なんて夢のまた夢である。
だがやはり冒険者になりたい。
プリーストとして勇者パーティに入りたい。
プリーストでも、いやシスターでも、パーティメンバーと協力して魔王を倒せばこの世界では勇者と呼ばれるのだから。
やはり夢は勇者、である。
オレというシスターは勇者になりたいのである。
こんばんは。
やっとタイトルの一部を回収しました。
そして新しい魔法を覚えた主人公はついに教会から飛び出すことに…たぶん。
2019年11月10日、追記
改行位置を変更致しました。誤記修正以外に本文の変更はございません。