2.目覚め
目が覚めたとき、周りは真っ暗だった。
どうやら、ベッドに寝かされているらしい。
オレは身体を起こそうとしたが、余りにも身体が重くて動けなかった。
首を振るのも億劫で眼だけで辺りを見回す。
視界に入る限りでは身体を拘束しているモノは無さそう…というか真っ暗で何も見えない。
何が起きたのだろう。
オレは目が覚める前に何をしていたか思い起こす。
そう、確か校庭に居た。牧草が風になびいて、サッカー部のゴブリン達が走り回っていた。
誰かが危ない逃げろと叫んで、上を向いたら飛んできた野球のボールが棍棒で殴られた。
待て。
色々とツッコミどころのある記憶に比喩では無く頭を抱えたかったが、手は重く動かない。
落ち着け、混ざっている記憶を整理しよう。
オレの名前は、草凪・空太。
この春に入学したばかりの男子高校生、十五歳だ。
まだ一学期の今日、中学からの友人に誘われて運動部の見学に来ていたはずだ。
中学で入っていた剣道部のしごきに嫌気が差していたので、高校は文化部に入ろうと思っていた。
なので運動部には興味も無く、校庭の片隅からサッカー部が走り回っているのを見ていたはずだ。
そして視界の端では野球部がバッティング練習をしていた。
そうだ、野球部の方向から危ないと声を掛けられ、振り向いたら目の前に野球のボールが飛んできていて、そこから先の記憶が無い。
ということで目が覚めたわけだが、どうやら真っ暗な所に寝かされているらしい。
さて、問題は混ざってきた記憶の方だ。
彼女の名前は、アレラ。
ケラク賢王国にあるアリレハ村に住んでいる牛飼いの娘、十一歳。
今日の夕方に、いつも通りに放牧していた牛達をそろそろ呼び戻そうと村から出て牧草地に入っていて。
数頭集めたところで、村の方から銃声が響き、剣戟が聞こえてきて。
振り向く前に人の悲鳴が響いてきて。慌てて振り返ると柵の所で誰かが逃げろと叫んで。
柵を登ろうとしたその人にオークが殴り掛かっていて。
牛達が周りから逃げ去っていき、ゴブリン達が牛を追いかけていって。
恐怖で立ちすくんで居たら一匹のゴブリンが棍棒を振りかざしながら走ってきて。
そのまま棍棒を振り降ろされ、そこから先の記憶が無くて。
…誰だ、アレラって。
せめて身体を動かせれば、暗くても何かしら手で持ってヒントが得られるのだが。
何度か動こうと念じていると、何かが身体の中のあちこちでうごめく感触がした。
不快感は無い。そして腕がぴくりと動いた。腕の中にもうごめく感触がする。
もしかしてと腕に意識を集中すると、うごめく感触がはっきりと動く感触に変わり腕を持ち上げることが出来た。
うごめく感触という違和感は消えたが、力が入っている感覚が無いのに何故か腕が動く。
腕に押されて掛け布団がめくれあがり、冷気が布団の中に入ってきた。
両腕が動くのを確認して、腰にも意識を向ける。
腕で敷き布団を押し、上体を起こしてみた。肌寒い空気に晒されたものの、しかし意識は逆にはっきりとしなくなった。
上体を起こしただけなのに、疲労がどっと押し寄せてきたのだ。
周りが少し薄らと見えてきたがどうやらベッドの上らしい。
時計は無いが、夜らしい。
首をゆっくりと振ると、窓とおぼしき所から星明かりが差しこんでいた。
疲労感もあるし朝まで寝ようと掛け布団を被りなおし、オレはゆっくりと目を閉じた。
…そして。
目を開けると、煤けた木目の天井が見えた。
朝が来たのか、周りがはっきりと見える。とは言えまずは自分の状態から確認しよう。
オレは身体を起こそうとしたが、夜中と変わりなく余りにも身体が重くて動けなかった。
ならばと、夜中と同じようにうごめく感触を念じてみると腕が動かせるようになったので、同じようにして上体を起こした。
まずは手を見る。小さな手だ。空太の手ではない。どちらかというと、アレラの手だった。
その割に骨と皮しかない手と腕は、アレラの記憶と一致しなかった。
本当に何が起きたのだろう。
手で上体をさすると、骨張ってやせ衰えている事に気づく。
まさかアンデッドに化したのかと恐怖に駆られたが、お腹を押したら柔らかかった。胸に手をやれば、確かな鼓動を感じた。
どうやらアンデッドでは無いようで一安心だ。
でもアレラの記憶では確かな膨らみが在ったはずの胸は、骨張ってぺったんこだった。オレはショックで凹んだ。
いや、何故だ。
オレの身体じゃ無いのに、なんで慎ましい胸が減ったことで凹む。
待て。
今のはツッコミどころだ。
慎ましくない確かだとアレラから訴えられている気がするが、取りあえずその件は置いておく。
取りあえず色々触ってみたが、今動かしている身体は空太では無くアレラの身体で間違いない。
オレは、空太は何処に行ったんだ。
もしかして…生まれ変わったのか…アレラに。
そして何かが起きて…恐らくゴブリンに殴られた事で、オレの記憶が出てきてしまったのか。
何故だか納得出来る。そして今、空太とアレラという二つの記憶が混ざっているのだろう。
ということは…オレこと空太は、やはり死んだのか。
野球のボールで。
いくら何でもそれはないだろう、打ち所が悪すぎるにも程がある。
昨晩は動かなかった腕を今度こそは動かして、オレは頭を抱えた。
「あなた…まさか一人で、起きたの?」
女性の声が聞こえてきたので、オレはそちらの方を向いた。
オレの知っている言語ではなかったが、アレラが使っている言語なので問題無く理解出来た。
オレが彼女を見つめると、声を掛けてきた女性はビクッと身体を震わして持っていた水差しを取り落としかける。
そのいかにもシスターといった感じの黒っぽい服を着た若い成人女性は、部屋の入り口で立ちすくんでいた。
そして次の瞬間、踵を返して駆け出していってしまった。
「院長!院長!クローバーの子が!」
彼女の叫び声が遠ざかっていった。
程なく複数の声と足音が近づいてくる。
「どうしたんだい?ついにだめだったのかい?」
「違います!あの子、目を開けて!こっちを向いて!」
「そうかい、目があっちまったのかい、つらかったねえ」
先ほどの女性と話しながら近づいてくる人の発言は、オレことアレラを死んだ扱いにしていないか?
程なく三人の女性が部屋に入ってきた。そして上体を起こしたオレに気づいて、新たに来た二人はぎょっとしたように目を向いた。
オレに向かって老齢の女性が恐る恐る近づいてきた。
「あの…」
オレは口を開き、彼女に声を掛けた。しわがれた声が出たが、間違いなく女の子の声だった。
「目が、覚めた…のかい?」
彼女は腕を伸ばし、オレの頬に触れてきた。
「おはよう…ございます…」
誰だか分からないその女性にオレは挨拶した。
「ああ…聖王様に感謝を…」
彼女はオレを抱きしめ、涙を流しながら主神たる聖王様に祈りを捧げていた。
こんばんは。連続投稿です。
主人公登場。容姿については5話までお待ち願います。
2019年10月22日、追記
改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。