18.新年祭の街
この世界の一年は約四百二十日である。
占星術により秋の収穫祭の時期に翌年のうるう日が決められ、翌年の年始の初月及び初週にその日付の増減と曜日の調整が組み込まれる。
オレ…空太とアレラの言語変換は占星術という単語を導き出したがそれが具体的に何を意味しているかはさっぱりだった。
そして占星術でうるう日を決めるのは聖王教会だ。
下手に司祭の誰かに聞いても勉強が苦手なオレはよく分からなくて放心するだけだろう。
尚、月の数は十二で、一週間は七日である。
初月を除くひと月の日数が三十五日かつ常に五週間なので、実に分かりやすい。
しかしこの世界の年始は春だった。
つまり元の世界の四月がこの世界の初月だった。
だがこの世界の月は通し番号が付いていない。
春夏秋冬三ヶ月ずつあり、暦の読み方は、季節の何ヶ月目の何週目の何曜日、となる。
一週間は七日なので、オレは元の世界の何曜日かで考えれば良い。
例えば、春の二月目の四週目の火曜日、とかである。
おかげで暦については認識も言語変換上もまるで困らなかった。
オレは春に新年祭をすると覚えれば良いだけなのだ。
…などと考えながらオレは今、朝食を食べていた。
今日は新年祭の二日目。
幸い朝食の席で誰も昨日のことを言及しなかった。
司教様もただ何も言わずオレの頭をぽんぽんと叩いただけである。
ちなみに他の司祭達も何も言わずオレの頭をぽんぽんと叩いていた。
いつもより多めに叩かれたので確実に背が低くなったに違いない。
今日のオレはチビアレラだ。そうなのだ。
食後のお茶を飲んでいると真横から頭をぽんぽんと叩かれた。
オレは隣に居る老司祭を見上げる。
彼…いや彼女は偉丈夫…いや鍛え上げられた体躯を持つこの教会内で最高齢の司祭だ。
おまけに聖王教会内でも屈指の治療師である。
彼女はいつも茶目っ気溢れる青色の瞳をして長い白髪をなびかせている。
そして今も彼女は何かを企む子供のような目をしていた。
「何でしょう?ニレバ司祭」
オレの疑問に対し、彼女はオレを挟んだ反対側に座る司教様へと目配せをした。
「シスター・アレラ。今日は街に行くといい」
「はい?」
司教様の唐突な発言にオレは首を傾げる。
昨日の醜態から今日はさっさと引きこもりたいのだ。
いきなり何だと言うのだろう。
「迎えを呼んでいる。迎えが来るまでは執務室に来なさい」
「は…い」
どうやら決定事項らしい。
オレは司教様に連行されていくしかなかった。
…執務室はすっきりとしていた。
新年祭の準備にと運び込まれた臨時の事務机とか大量の書類とかは姿を消していた。
今は司祭達も出入りせず静かなものである。
「そこに座りなさい」
「はい」
執務机を挟んで司教様と正対した。
「今はもう、落ち着いたかね?」
司教様の優しげな顔は、昨日オレが泣き付いた時に見上げた顔そのものであった。
「…顔から火が出そうです」
「よろしい」
よろしくない!と思うが司教様は話を続ける。
「君は、銃という武器を知っているかね?」
「あ、はい」
唐突な質問である。
銃についてはアリレハ村の村長が見せびらかしていたというアレラの記憶がある。
アレラは村長が自慢をするためだけの狩りに連れて行かれ、実際に使っているところを見たことがあった。
「銃は危険な魔法具だが、何故だか分かるかね」
「はい。魔法の射程…魔法効果範囲よりも遠くへ攻撃が出来ます」
司教様の問いかけにオレは回答した。
「その通り。付け加えるならば左程訓練しなくても弓より遠くへと攻撃出来てしまう」
魔法は魔法効果範囲という射程の限界がある。
そして弓は遠くを射るには熟練が必要な武器だ。
一方銃は射程距離が使用者によるものの、風魔法さえ使えれば弓と魔法より遙かに遠くまで攻撃が出来てしまう。
この世界の銃は極めて危険な武器なのである。
アリレハ村の村長が自慢げに教えてくれた。
先込め式だが銃身が極端に短いので火薬と弾を指で押し込めば物理的な準備は終わってしまう。
あとは風魔法で銃身を作り魔力を込めて引き金を引けば、内蔵する魔石により火魔法が発動し弾が発射されるのだ。
さらに銃自身に風魔法の銃身を作るための補助魔法が組み込まれている。
風魔法による銃身をどれだけ長く作れるか、また風魔法で弾に加速などの効果を付加出来るかで威力や射程距離が変わる。
だが逆に言えば風魔法が使えなければ銃はまともに扱えない。
戦争や内乱に使われれば戦局を左右してしまえることから、銃は国が許可証を発行して厳重に管理しているらしい。
そして魔石を内蔵することから銃は魔法具に分類されていた。
また、高価な魔石を使う魔法具なため銃の製造数は少ないらしい。
ところで村長は一村娘に銃について教えすぎだと思う。
風魔法が無いと撃てないすげー、くらいでいいはずだ。
ここまで知っているのは隠さないと。もちろん司教様に言えるわけが無い。
「これは機密情報だが君は関係者だから教えておこう。もちろん他言無用だがね」
貴族の機密情報とか聞きたくないところだが、司教様に他言無用と言われてオレはコクコクと頷くことしか出来ない。
「放棄した国土にあった銃はアリレハ村の一挺のみだが、その銃が見つかっていない。ご丁寧に火薬と弾も持ち去られていた」
それはとても恐ろしい事である。
あの魔物の大襲撃で人族の生存者は数えるほどしか居ない。
魔物に銃を扱う知能があるとは思えない。
銃がどんな魔法具か知っていて持ち去ったとなると、考えられる相手は。
「…まさか魔族が?」
魔族は邪王を信奉する、人族とは隔絶した種族だ。
奴らは魔王に仕える故に、人族とは敵対していた。
「ああ、そうだとすれば由々しき事態だ」
司教様とオレはその想定に沈黙してしまう。
「…せめて壊れていることを期待するしか無いが…」
司教様の呟きにオレはアレラの記憶にあった出来事を答えることしか出来ない。
「…少なくとも、村へ魔物が押し寄せてきた時、銃声を何度か聞いています」
「そうか。ありがとう、貴重な情報が聞けたよ」
再び司教様とオレは沈黙してしまった。
誰かこの沈黙を何とかして欲しいと思った時、扉を叩くノックの音が鳴り響いた。
「失礼します。おっ、御姫ちゃんここに居たのか」
キルガ男爵とニレバ司祭が入ってきた。
筋肉と筋肉の二人である。
「おお、キルガ男爵。頼んでいた物は持ってきてくれたかね?」
沈黙が解かれたことが嬉しいのか、それとも別の何か嬉しいことがあるのか、司教様は満面の笑みで立ち上がった。
「勿論です。仕立ての良い品をいくつか見繕って参りました」
キルガ男爵がにやりと笑って応じる。
「そうか。シスター・アレラ、少し席を外してくれないかね」
そしてオレは執務室から追い払われた。
…どうも、キルガ男爵こと筋肉ダルマにさらわれたアレラです。
今のオレの恰好はフリフリである。
大事な事なのでもう一度。フリフリである。
フリルを裾にあしらった薄ピンク色のロングのエプロンドレスから、ペティコートの裾に付いたレースのフリルがちらりと覗く。
もちろん白色のハイソックスにミドルブーツなので素足は見えない見せない。
上はというと白色でフリルたっぷりのブラウスである。
リボンタイはしない。その代わりというわけでもないが教会所属を示す太陽紋章の首飾りはしっかりと着けている。
さらに薄茶色の可愛らしいポンチョを羽織り、最後に淡黄色のキャスケット帽を被り、ピンク色のお嬢様が完成した。
帽子の形状が違っていたら小学生だった、危ない。
いや、アレラは年齢で言うと小学六年生から中学一年生のはずだからセーフなのか。
「こんな恰好だと数歳は下に見られてしまいそうで…」
「ん?五歳くらいか?可愛いじゃないか」
筋肉ダルマに縦抱っこ羞恥プレイをさせられているオレは幼女に見えると指摘されて抗議すべく頬を膨らませた。
「大体誰ですか、ワタシにこんな恰好させたの」
オレは更に抗議を続ける。オレを着せ替え人形にした犯人は誰だ。
決してオレを着替えさせたシスターの仕業ではないだろう。
「出る時に見送って下さったお二人だ」
「え?ニレバ司祭と…司教様も!?」
「ああ、ノリノリで選んでおられたぞ」
カワイイモノに目が無いニレバ司祭は容易に想像出来る。
間違いなくオレを着せ替え人形にした主犯だろう。
だが、司教様がノリノリで女の子の服を選ぶとかそのシーンちょっと見てみたかった。
そう言えば着替え終わった後、ニレバ司祭に執務室の鏡の前で何回転かするように言われたが、オレは恥ずかしさからか司教様の表情を覚えていない。
ノリノリだったと言うのなら顔をよく見ておけばよかった。
ちなみにオレのシスター服を採寸した情報から服の大きさを選んだそうだ。
何故そんな情報が、というと替えのシスター服を作るためだった。
人の情報を何てことに使っているんですか。
気を取り直して。
この領都はアレラの記憶からは大都会である。
特に、広くて綺麗で清潔な貴族街は何もかもが珍しかった。
なのだが、空太の記憶からはレンガの街は確かに珍しいがそこまで感動することでもなかった。
むしろ新年祭と言う割には飾り付けも少なく感じてしまっていた。
そもそも、領都に来てからオレはほとんど教会の外に出たことが無かったため、祭りと普段の違いが分からなかった。
そうか。
ずっと教会内に居たから気分転換に連れ出されたということでもあるのか。
オレはようやく司教様達の意図に気づいた。
だがオレが何故ずっと教会内に居たかというと決して監禁されていたわけではない。
教会への出入りは自由だし、街を散歩するくらいの時間は割とあった。
オレが引きこもっていたのだ。
まだ街を歩き回るほどの体力は無いと考えていたのだ。
第一、この貴族街唯一の公園は教会の敷地内にある。
つまりオレは教会内だけでも十分広くて満足していたのだ。
改めて貴族街の細部を見ていくと、レラロチ町に比べ気軽に腰掛けて休憩出来そうな場所が少なすぎた。
貴族は馬車で移動するだろうし、お使いに出る執事達やメイド達は仕事で行き来するだけだからだろう。
広場でさえも腰掛けられる場所は無い。
オープンテラスの喫茶店めいた食事処が近くにあることから、そのお店で休憩や待ち合わせをするのだろう。
もちろん清貧なシスターであるオレはお店に入ることなどしない。
うん、だってお金ないし。
やはりこの街を歩き回らなくて良かった。行き倒れてしまうところだった。
…筋肉ダルマは見せたい催しがあるのだという。
それは貴族街の一番奥で行われていた。
大きな屋敷の門をすんなりと通された先には人垣があった。
前庭には舞台が用意されており、その前には沢山の円卓が並び人々が優雅に座っていた。
そこを執事やメイドが行き交い給仕をしている。
どうやら円卓は特等席のようだ。
円卓から少し離れて弧を描くように椅子が並んでいる。恐らく一般席だろう。
さらにそこから離れて張られたロープの向こうで筋肉ダルマは立ち止まった。
沢山の人がそこから立って舞台の方を見ていた。
つまりオレ達は立ち見席と言うわけだ。
舞台の奥に掲げられたホイールキャップもとい太陽紋章は、太陽の光を浴びてそれ自身が太陽であるかのようにさんさんと輝いていた。
催しはすでに始まっていたようで、舞台の上では何やら手品が披露されていた。
その人が一礼をしたところで拍手が巻き起こる。
「急だったものでな。席を予約出来なくてすまなかった」
筋肉ダルマがオレにそう謝ってきた。
「あ、いえ、お気遣い無く。それに…。それに、この方が舞台が見やすいです」
縦抱っこ羞恥プレイが恥ずかしくて言いよどんでしまったが、筋肉ダルマの腕の上にいると見やすいのは事実だ。
そう、オレの背丈だと座っていては前の人達で見えにくい。
彼らの頭の隙間から舞台を見上げる形になってしまう。
一方、筋肉ダルマの腕の上なら立ち見の人達の頭よりも視点が高くなるのでよく見える。
距離に関しては、目に増幅魔法を掛けているので全く問題が無かった。
…演目が進む。
手品を披露する人、芸を披露する人、魔法を使って芸を披露する人、歌を披露する人、演奏を披露する人。
貴族とはやはり優雅なようだ。
決してオレを抱え上げている筋肉ダルマのように筋肉一筋ではないようだ。
円卓の人達はティーカップを手にゆったりしているし、椅子の人達も立ち見の人達も演目をしている人達も上品である。
貴族がオレのイメージ通りで安心した。
ドレスを着た女性達の踊りが終わったところで、一人の執事が舞台に上がってきた。
「それでは最後の演目となります。我が領が誇る騎士達の奉納演武をご覧頂きましょう」
舞台の中央に着飾った数人の剣士が現れた。
騎士というからてっきり常に甲冑を着ているのかと思っていたが違うようだ。
ちなみに騎士は爵位持ちか貴族の子だ。
平民が手っ取り早く貴族になるには騎士爵になることだ。
つまり彼らは貴族である。
片手剣を持った彼らは陣形を組んで剣舞を始めた。
奉納と言うだけあって実に美しい剣舞である。騎士とはかく言うものらしい。
演奏に合わせてひらりと舞う度に剣が煌めく。
鋭く激しく美しく。
今のオレの身体ではあの剣でさえ重くて持てないだろう。
オレはその光景に憧憬というよりは羨望を抱いていた。
今はもう叶わないが、もし空太の身体のままならあそこに並び立てられたのだろうか。
いや、考えるのは止そう。
曲調が激しくなり彼らの動きも激しくなる。
中央で舞う騎士が舞いながら上着に手を掛けた。
上着の下からちらりと胸板が見える。まさか下にシャツを着ていないのか?
他の騎士達も上着に手を掛けている。
嫌な予感がする。
そして曲が終わると同時に全員が一斉に上着を脱ぎ捨てた。
彼らはぴたりと止まりポーズを決めた。
拍手と大歓声が巻き起こった。
貴族は筋肉だった。
こんばんは。
とんでも科学回です。一応この星は地球の0.8倍の大きさとか恒星は太陽系の太陽よりちょっと明るくてハビタブルゾーンがーとか。
細かいところはいいんです。なにせ暦から先に考えたのですから。銃だって魔法との融合が格好良いのです。
だから貴族は筋肉だったのです。
つまりかわいいは正義。
2019年11月4日、追記
改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。




