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17.新年祭初日

 待ちに待った新年祭が来た。今日から三日間のお祭りである。


 本当に待ちに待った。

 オレはようやくあそこから解放された。そう、執務室からだ。

 なにせ新年祭の準備期間中は司祭達に囲まれてずっと執務室に監禁されていたのだ。


 最初は増幅魔法を司祭達に掛け続けて大人しく座っていた。時々周りの仕事ぶりを見ていたが割と退屈していたのであった。


 オレが退屈していることに気づいた司教様が、時々仕事の手を止めてオレを構いだしたのがそもそもの始まりだった。

 司教様の話は勉強が苦手なオレの意識を奪い去ることが多々あった。

 そしてオレの隠れた能力が発覚したのである。


 それは、オレが放心していても増幅魔法が途切れないということだ。

 普通は集中力が切れた時点で魔法の発動は止まるらしい。


 そう、お漏らしを無くすための特訓によりオレは無意識下で魔法の発動を持続出来たのだ。

 やはりオレはチートキャラだったのだ。

 だがそのことが分かったのは悪夢の始まりとなってしまった。


 執務室に居る間のオレには教会中の本が与えられ始めた。

 漫画は好きだが読書はそこまで好きでは無いオレは半分上の空で読んでいたのだが、そこに追い打ちがかけられた。

 司祭達が休憩の度にオレに本の内容を質問をしてくるのである。

 本の内容は大抵聖典や神話の逸話なので、説法に必要だったのだ。


 勉強が好きでは無いオレは司祭達の教育とも言う勢いに時々放心してしまった。

 だが増幅魔法は途切れない。

 だから司祭達は教育を辞めない。

 してやられた。こんなところでチートにならなくていいよオレ。


 と言うことで執務室から解放される新年祭が楽しみになっていたのだ。


 新年祭でのオレの仕事は無い。

 シスター達のように賛美歌に参加しなくて良いし、ブラザー達のように裏方で走り回ることも無い。

 下手に参加させて公式の場で倒れられたら困ると言うのが理由だった。

 理由はともかくオレは参拝者に混じって式典を見ていた。


 国教なだけあって、午前中は領主も参列する。

 遠目に見る領主は金色の髪をなびかせる格好良いおじさまだった。


 祭壇の上に飾られたホイールキャップは絶好調に輝いていた。

 違うそうじゃない。

 新年祭のために用意された明かりに照らされ御神体である太陽紋章は聖王様の色たる淡い金色に輝いていた。


 式典は司教様が神事を行い領主が新年の挨拶をする流れとなっていた。

 ごめんなさい、内容は覚えていません。退屈でうとうとしてました。

 駄目なシスターで本当にごめんなさい。


 それもこれも神事の際に長い長い説法なんてする司教様が悪い。

 学校行事で学校長の話が睡魔を誘うのと同じことである。


 参拝者が帰ろうと立ち上がる音で目が覚めたオレはこっそりと廊下に引っ込む。

 すると廊下には無数の目が光っていた。

 目を爛々とさせる修道者達がオレを待ち受けていたのだ。


「ひっ」


 思わず声が漏れたオレの両肩を一人のシスターが掴んだ。

 真顔だ。怖い。


「アレラ様」

「ひゃい!」


 上擦った声を上げたオレを逃がすまいと修道者達が囲んでくる。

 寝てたのがバレた?もしや折檻される?


「お願いします…増幅魔法を掛けてください」


 ああそういうことか。

 修道者達は先程の式典で既にへとへとなのだろうが、彼らはこれから聖堂の掃除があるのだ。

 オレの増幅魔法にある体力が自然回復しやすくなる効果を期待しているのだ。

 しかし彼らの願いは叶わなかった。


「ひっ」


 次の瞬間思わず声が漏れた。

 オレが硬直して見ている方向に、ぎこちなく修道者達が振り返る。

 そこには司教様がいた。


 司教様は、いい笑顔だ。


 蜘蛛の子を散らすように修道者達が逃げ去った後、司教様は真面目な顔でオレの前に立った。


「シスター・アレラ。時間はあるかね?」

「ひゃい」


 叱られると思いびくびくするオレは司教様に付いていくしか無かった。




…オレはこの教会で一番格式が高い客間に通された。

 そこには金色の髪の格好良いおじさまが…領主が居た。

 茶色の瞳の鋭い眼光に射貫かれて、一瞬オレの顔は引きつったに違いない。


 わーい、領主と会談だ楽しいな…と一瞬現実逃避しかけたが踏みとどまる。

 挨拶を交わす。失礼が無いように、失礼が無いように。


「ハジメマシテ。アレラトモウシマス」


 オレはカーテシーをした。

 震えている。明らかに足が全身が緊張で震えている。大失態である。


「なるほど。話通りの可愛らしいシスターだな。まあ、楽にしなさい」


 オレの耳をくすぐるようなダンディなボイスだった。

 あっ…アレラの記憶によると、領主は彼女の好みに直撃している。


 今のオレなら問題無いと思ったが、十二年も女の子で生きてきているこの身体は歓喜に打ち震えているようだ。


「ハ、ハイ」


 カチコチになったオレを司教様が椅子に座らせてくれた。

 オレの前にはダンディな領主さま。果たして元村娘の心臓は保つのだろうか。


「さて、君をここに呼んだのは少し聞きたいことがあったからだ」


 ダンディなボイスがオレの心臓を鷲掴みにしてくる。

 アレラ、落ち着くんだ。ゴクリと生唾を飲み込む。いや、唾を飲み込む。


「君は…君はアリレハ村の出身と聞いている。それが本当か確かめたいのだ」


 領主さまは目を伏せる。やだこの人いちいち仕草が格好良いんですけど。

 偉い人に対する緊張と好みのおじさまに対する緊張で心臓が早鐘を打つ。


 アレラとしての嗜好を…では無い、思考を押さえ込んでオレは次の言葉を待った。これから交わす会話の内容は確実に重くなるに違いないのだ。

 司教様と領主さまが視線を交わしたかと思うと、司教様がオレの方を見てきた。


「シスター・アレラ。君は、アリレハ村の司祭の事を覚えているかね?」


 彼の言葉にアレラの記憶はすぐに答えを出す。


「メルムさまのことですか?」


 七三分けの茶色の髪にお洒落な口ひげ。

 柔らかな緑色の瞳に知性を湛え、少し細いながらもがっしりと鍛え上げられた体躯。

 子供達に優しく腕にぶら下げさせてもらい畑の手伝いで汗を流す様は美しく普段の語りはおもしろおかしいのに説法中は凜々しく。

 彼の好きな聖句はアリレハ村に居た時はうろ覚えだったが、シスターとして教育を受けた今なら諳んじられる。


「シスター・アレラ。もういい。その辺でいい」

「…はっ」


 オレは司教様の声で我に返った。

 知らないうちに怒濤のメルム司祭推しをして熱く語っていたらしい。


 恐る恐る司教様と領主さまの顔色を窺うと、司教様の顔は引きつっていて領主さまは…笑っていた。


「し、司教。アリレハ村の司祭で間違いないのだね?」


 領主さまの震えるダンディなボイスは明らかに笑いを含んでいた。


「間違い有りません。確かに私がアリレハ村に赴任させた司祭です」


 顔を引きつらせたまま司教様は頷いた。


 そう、メルム司祭はアレラの初恋の相手だったのだ。

 そしてアタックしたものの子供扱いで軽くあしらわれ初恋は見事に砕け散った。


 だが、そもそも彼の恋愛対象は女性では無かった。

 ぶっちゃけガチムチ大好き一直線野郎だった。

 アレラの初恋は実るわけが無かったのだ。


 どうせ男はみんなガチムチ大好き。


 アレラの恋愛観は彼のせいで少し歪んでしまった。

 おかげで未だにアレラには恋愛経験が無いのだった。


 それでも彼を見ているだけで、話すだけでもよかった。

 魔物の大襲撃の日も牧草地へ行く前、彼に会おうと教会に立ち寄っていた。

 でも彼は今、生死不明になっていて…恐らく、もう…。


「あ、あれ?」


 頬を涙が伝う感触がしてオレは疑問の声を上げる。

 視界がにじむ。手の甲で目を擦るが一度流れ出した涙は止まらない。


 既にオレの心は凪いでいるのに。

 領主さまの前でこれ以上の失態は晒すわけにはいかないのに。


 次の瞬間、自分の顔が歪んだのが分かった。

 もう駄目だった。

 オレの中でアレラの感情が記憶をまき散らして駆け巡っていく。


 心は一気に荒れた。嗚咽が出た。司教様がオレを抱き寄せた。

 アレラの記憶がオレの感情がもう止まらなかった。


「メルムさまもみんなも…おかあさん…。…。…おとうさん…むらの、メルムさま…もう…」


 オレは司教様の服を強く掴んだ。言葉にならない声が止まらなかった。

 司教様の胸で泣いていた。


「領主様。今日はここまでにしましょう」


 服を掴んでいるはずなのに司教様の声は少し遠くから聞こえているように感じた。


「ああ、済まなかったな」


 領主さまのダンディなボイスも遠くから聞こえているように感じた。

 新年祭初日のオレの記憶はここで曖昧になり、そして途絶えた。




…翌日の朝にオレは自室で目が覚めた。


 朝だと気づいたのはシスター達が廊下で交わす朝の挨拶の声からだ。

 同時にシスター達の声が聞こえることから自室に居ると分かった。


 そして昨日は昼食も夕食も食べ損ねたことに気づいた。

 その瞬間、猛烈にお腹が空いた。当然ながら決して食いしん坊ではない。


 しかしオレはベッドから起き上がれなかった。

 朝食に食堂へ行くと言うことはそう、司教様と顔を合わせるということである。


 はっきりいって合わせる顔が無い。

 確かに見た目は十歳以下…いや十二歳の少女のはずだ。

 しかし自意識は男子高校生なのだ…たぶん。


 つまり薔薇だ。何故薔薇なのか分からないが甘美な薔薇だ。

 決して絵面通りのおじさんに泣き付く少女ではない。

 なお絵面通りだとしても決して事案ではない。


 司教様の胸で泣いたということに対する恥ずかしさとお腹の空き具合によるひもじさがせめぎ合い、ベッドの中で悶々としていると扉が開いた。


「アレラ様、起きておられるのは分かっております。急がないと朝食に間に合わなくなりますよ」


 シスターが三人、入ってきた。

 三人も!?てか何故バレたし。


「な、なんで起きてるのが分かったんですかっ」


 オレは問いただしつつ、掛け布団を剥がされないよう押さえながら丸まる。


「私が風の聖霊様の加護を受けているのをお忘れですか?扉の向こうを探るなど造作も無いことです」


 そう言うシスターの髪は鮮やかな緑色だった。

 明らかに風の聖霊様の加護を受けている。

 しかし何という魔法の使い方をするのだ。プライバシーの侵害である。


「さあ、観念してお着替え下さい」


 大人三人にはどうあがいても勝てない。

 オレの最初にして最後の砦たる掛け布団はあっさりと剥がされた。


「さあアレラ様。お着替えしましょう」


 ひょいっとつまみ上げられたところでオレのお腹は、ぐうっと鳴いた。

 仕方がない、腹が減っては戦が出来ぬ。

 オレは着替えさせられるという羞恥プレイを避けるため、観念して自ら着替えることにした。


「そもそも、なんで様付けなんですか…」


 せめて司教様との顔合わせを考えないようにと話題を振るオレに対し、緑色の髪のシスターは当然という顔で答える。


「アレラ様は司祭候補なのです。元々、様付けでお呼びしなければならなかったのですが」


 その言葉は含みを持たせている気がした。

 というか勝手に髪を梳かないで下さい。


「それから、止ん事無き事情で教会へ入ってこられたのかと思っておりました」


 別のシスターが言葉を継ぎ、その言葉に緑色の髪のシスターが肯定するように頷く。

 というか止ん事無き事情って何だ。


「…止ん事無き事情って何ですか?」


 そのままオレは質問をぶつけた。


「キルガ男爵が御姫ちゃんってお呼びしておられたので。あとお目の色が」

「あー…あれは渾名です。ワタシ平民です」


 それ以上言われ無くても分かったのでオレは発言を被せて会話を打ち切った。

 聖王教会中に御姫ちゃん呼びを普及させる気は無いのだ。

 まあ、確かに淡い金色の瞳は高貴な身分に見えますよね。




…着替え終わったので、オレは三方を囲まれたまま食堂へ連行される。


「…そう言えば」


 渡り廊下を歩いていると三人の中で一番若いシスターが何かを思い出したらしい。

 彼女の焦げ茶色の髪は誰かを連想させた。


「愛らしい見た目から『アレラちゃんと呼ぼう』とかいう一派がおりますが、何とか他の者達で押さえこんでおります」


 『アレラちゃん』と呼ぶ青色の瞳の天使が脳裏をよぎる。

 嬉しそうな顔をした彼女に抱きしめられていた感触を思い出す。


 ヘレア、元気なのだろうか…。

こんばんは。

新年祭です。異世界と言えばチートです。不運にもチートでした。

そしてアレラの好みが発覚しました。が、どうしてこうなった。


2019年11月4日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。


2022年1月7日、追記

一人称誤記訂正のみ致しました。文法等その他の修正には手を付けておりません。

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