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16.新年祭の準備

「アレラ様。こちらへお願いします」


 梯子を持った男性修道者、いわゆるブラザーがオレに声を掛けてきた。


「はい」


 オレは答えて彼に近くなるように少し移動して長椅子に腰掛ける。


「アレラ様。次はこちらに来て頂けますか?」


 彼が作業を終え梯子から降りると、別のブラザーがオレに声を掛けてきた。


「はい。あの、ワタシ本当に作業を手伝わなくてもいいのですか?」


 これを聞くのは何度目だろうか。

 するとオレの側に居たシスターがにっこりと笑った。


「アレラ様は十分手伝ってくださっています。むしろ非常に助かります。そのままおかけになってください」


 教会は今、新年祭の準備に追われていた。

 教会内の人達は全員慌ただしく動き回っていた。


 一方オレはと言うと、椅子に座るのが仕事である。




…いや、最初は決してこうでは無かったのだ。オレだって手伝っていたのだ。


 雑巾で机を拭こうとするも雑巾が絞りきれず、すぐに雑巾を取り上げられてしまった。

 高いところに手を届かせるために踏み台を持ち歩くも、よろめいて転んだ。

 ホウキを抱えて廊下を掃くも、あまりの廊下の長さにへとへとになり半分ほどでへたばった。


 手伝っていたのだ。手伝って…ごめんなさい、役立たずがここにいます。


 その日、ついに動けなくなったオレは他のシスターに回収され、自室に連れ戻された。

 背負われたオレはせめて彼女の負担にならないようにと、彼女に増幅魔法を掛けたわけだ。




…状況はそこから一変した。

 今オレは椅子に座っているわけだが、周りのブラザーとシスター、つまり修道者全員に増幅魔法を掛けていた。


 新年祭の準備で一番大変なのは聖堂の天井の清掃だ。

 長い梯子に登る危険な作業は体力を消耗し、神経をすり減らす。

 だが、増幅魔法で身体強化されていれば体力の消耗は抑えられる。

 休憩が減らせる分、作業が進むわけだ。


 それだけではなく、万一梯子から落ちても身体強化によりほとんど怪我をしなくなっていた。

 だから安心して作業が出来るようになった。

 もし怪我をしてもオレが回復魔法を掛ければ良いだけの話だ。


 結果として彼らは多少無茶ともいえる勢いで作業を進めていた。

 おかげでいつもより数倍も早く、またいつもより綺麗に清掃出来ているそうだ。


 オレの増幅魔法の魔法効果範囲は半径三十メートルほどの球形だ。

 この聖堂の天井の高さは元の世界での体育館ほどなため、余裕で天井までは範囲内だった。

 だからオレは修道者達が作業する場所に合わせて魔法効果範囲を動かすべく、時々座る場所を変えていた。


 とはいえ…周りが忙しく動き回っているのにオレだけが座っているのは非常に申し訳ない。

 申し訳ないのだが、オレが下手にうろついてへたばると全員の作業が遅れる。

 そもそも体力を消耗しなければ魔力は自然回復しやすい。つまり魔力の消耗を押さえるには動かないことが一番なのだ。


 だからオレの仕事は、椅子に座ることだった。

 修道者全員に名前を様付けで呼ばれているが、決してオレは偉ぶって座っているわけではないのだ。




…長椅子に座っていると、横から声を掛けられた。


「シスター・アレラ。体調はどうかな?」


 振り向くと司教様が立っていた。


「あ、司教様。お疲れ様です。体調は…大丈夫です」


 司祭達は新年祭が近づき増えている事務作業に追われていた。

 司教様も例に漏れず、目の下に隈が出来ていた。


「君の近くに居ると疲れが取れるようだ。少し横に居させてもらってもいいかな?」


 司教様はそう言ってオレの横に腰掛けた。


「はい、構いません」


 オレは返事をする。

 しばらくの間、司教様は何を話すでも無く目を閉じて休み始めた。


 周りの修道者達によると、オレの増幅魔法は体力が自然回復しやすくなるらしい。つまり疲れが取れるというのは言葉通り本当だったりする。

 椅子に座っているだけでは申し訳なかったオレは、それを聞いて魔法効果範囲内に入ってくる人達にもこっそり増幅魔法を掛けていた。


 こっそり掛けたい時は、誰でも無詠唱で発動出来るこの世界の魔法は便利である。

 もっとも、増幅魔法は一定時間内なら対象者が魔法効果範囲から外れても問題無いのだが、この一定時間というのがオレにはよく分からなかった。


 なので今は目に付く人に手当たり次第増幅魔法を掛け直している状態だ。

 オレは今もこっそり司教様に増幅魔法を掛け直していた。


「凄いね。君にがんばっているところを見せたいのか、今年はみんな随分と働いてくれている」


 目を開けた司教様は修道者達の作業スピードに感心していた。

 ブラザーもシスターも全員きびきびと動き回っている。


「ソウ、デスネ」


 オレがここに居る修道者全員に増幅魔法を掛けていることは、司教様には伝えていない。


 魔力は自然回復するとはいえ生命力の一部だ。

 脆弱なオレが魔力を大量消費していることについて知られれば間違いなく叱られる。

 当然ながら魔法効果範囲内に来る人達全員に手当たり次第増幅魔法を掛けていることも、司教様には秘密にしている。


「あっ」


 誰かの声が上がったその時、ブラザーが一人梯子の上から落下した。

 だが彼は猫のようにくるりと回り綺麗に着地する。


「…彼はあんなに運動神経がよかったかな?」


 司教様はお見通しのようだ。オレを見る目が笑っていない。


「…きっと、ワタシにがんばっているところを見せたいんです」


 オレは司教様から目を逸らし、先程の彼の言葉をなぞった。


「そういうことにしておこうか。シスター・アレラ、君も無理をしないように適度に休みなさい」


 では私はこれで、と言いながら司教様は去って行った。




…次の日、オレは聖堂へ手伝いに行くことを禁止された。

 修道者達からの不満の声は司教様からの「修練にならない」との一言でばっさり切り捨てられたのだった。


 そしてオレはと言うと。


「いやあ、仕事が捗って助かるよ」


 そう言って微笑む司教様の真横に座っていた。


 ここは司教様の執務室だ。

 新年祭の準備で司祭達が慌ただしく出入りしていた。

 臨時の事務机まで置かれ、何人かの司祭が必死に書類を捌いていた。


「…修練にならない、のでは無かったのですか?」

「はっはっは。それは修道者の話だからね」


 睨め回して質問するオレに対し笑う司教様を見て「大人って汚い」とオレはこっそり呟く。


「それにあの人数よりは君への負担が少ない」

「まあ、そうですけど」


 司教様の真っ当な意見にオレは返事をしながら、執務室へ出入りする人達にもこっそり増幅魔法を掛けていた。


「そういえば教えたことがなかったね」


 その言葉に司教様の方を向くと彼は去って行くシスターを見送った後、オレの方を見た。

 うん、こっそり掛けているのがバレてるね。


「自分に向けられる魔力の流れは分かるものだよ。コツを掴めば他人のもね」


 オレは開いた口が塞がらなかった。

 そう言えばメレイさんから魔法を習った時は、手を重ねた彼女から魔力の流れを読み取っていたのだった。

 すっかり忘れていたオレのおつむはやはりぽんこつに違いない。


 司教様にも増幅魔法は掛けていたし、どうりでお見通しな訳だ。むしろバレバレと言うしか無い。


「ところで、君は”魔法の区切り”という言葉を知っているかね?」

「いえ」


 語感から何となく意味の予想は付くが聞いたことは無い言葉だ。

 なので、司教様のその質問にオレは首を振った。


「そうだな。例えば君が今まわりの皆に掛けている増幅魔法。これは増幅魔法のようであってそうでは無いとも言える」

「えっ」


 オレはその言葉に驚く。

 何しろオレはみんなに増幅魔法を掛けているのだ。

 掛けているのは増幅魔法のはずなのだ。


「まず最初に言っておくが、決して悪いことではない」

「そうなんですか?」


 どうやらオレの増幅魔法はおかしいらしい。

 でも悪いことでは無いのか。


「ああ。独学で魔法を覚えた者に多い傾向なのだが、君の増幅魔法は他の魔法の効果も少し含んでいるのだよ」


 オレの魔法の使い方は全てメレイさんから教わったはずと考えて気づいた。

 メレイさんは増幅魔法が使えなかったので、増幅魔法に関しては練習方法のみを教わっていた。

 つまりオレの増幅魔法は半分独学といえるのだ。


「それってどうなんですか?」


 やはりオレの増幅魔法はおかしいと言われている気がする。

 今すぐ解除すべきか?だが話は続くようだ。今はそのままでいよう。


「魔法の発動もその効果もイメージ次第で決まる。魔法の分類も、呪文も発動のキーワードも学問、ひいては他者への教育のためだ。それは知っているね」

「はい」


 司教様は完全に授業モードだ。

 オレは彼へ向き直るようにちゃんと座り直した。


「その分類に縛られる者は多い。魔法学校出身者にありがちなのだが、一つの呪文で一つの効果しか得られない者は多くいる」

「はい」


 分類は確か大別があって…あと魔法を名前分けしていることだ。

 魔法名毎に呪文と発動のキーワードが用意されていたはずだ。

 そういえば属性系魔法は分類が多くなりすぎて発動のキーワード自体を魔法名にしている魔法が多いという話を聞いたような気がする。


「勿論これも悪いことではない。漠然としたイメージでの魔法の発動は得られる効果の割には魔力を無駄に使う。君も経験があるだろう」

「あ、はい」


 いけない。

 さっそく頭が追いつかなくなりそうで相槌ばかり打つところだった。


「逆に言えばイメージさえ固まっていれば分類に無い魔法の効果も持たせられる。これを魔法の応用と言う」

「はい」

「そして魔法の応用で別の魔法の効果を混ぜる場合これは魔法の複合と言うわけだが厳密には魔法の応用との違いが無い」

「はい」


「…効果毎に分類しても魔力が流れるパターンでは分類出来ない魔法がある。そこで魔法の区切りという考えが出てくるわけだが…」

「はい」

「…だが呪文は不要かというとイメージの強化のみならず祈りを捧げる事により聖霊様の力を借り自己の限界を超え…」

「はい」


「…。…魔法でご飯が作れるならバナナはおやつだと思うかね?」

「はい。…はい?」


 今なんて言われた?

 途中から完全に理解が追いつかなくなって相槌だけになっていたようだ。


「どうやら君には難しかったようだね、すまない」


 最後のは鎌を掛けられたらしい。

 そりゃそうだ、魔法でご飯が作れたら…って問題はそこではない。


「…いえ、その。ごめんなさい」


 本当に馬鹿でごめんなさい。あとで補習お願いします。


「仕事に戻ろうか」

「あ、あの」

「何かね?疑問があるなら何でも言うと良い」


 仕事に戻りかけた司教様を反射的に呼び止めた。

 叱られるわけでは無かったのでそのまま質問をする。


「あ、いえ…結局ワタシの増幅魔法ってどう違うんですか?おかしいですか?」


 そう、ここだけははっきりと押さえておきたい。

 間違った増幅魔法なら習い直さないといけない。


「ああ大丈夫だ。魔法に正解は無い。ただ、君の増幅魔法には回復魔法と保護魔法の効果が少し含まれている」


 司教様からはっきりと大丈夫と言われて、オレは安心したと同時に新たな疑問が生まれてしまった。


「えっ…。ワタシ保護魔法使えないんですけど」


 そう、オレは保護魔法を教わっていない。だから使えないはずなのだ。

 実際、プロテクト、と何度唱えても発動しなかったのは記憶に新しい。


「魔法を覚えるには魔力が流れるパターンを知らなければならない。そこで誰かが教師役をしなければならないわけだ」

「はい」


 しまった。

 司教様の授業モードが再開してしまった。今度こそ追いついていかねば。


「そして…そうだね。増幅魔法と保護魔法に魔法の区切りが無いと言えばどう思うかね」

「えっ。違いますよね?」


 先程の授業で何となく分かった魔法の区切りという言葉、区切りが無ければ同じ魔法ではないのか?でも分類は違うよね?


「この二つの魔法の魔力が流れるパターンは僅かしか違いが無い。だから片方だけを教えると知らずにもう片方も使える者が出てくる」

「…そういうことなのですね」


 そうか、魔法同士に明確な区切りの線引きがないという意味か。

 ようやく理解してきた。


「ああ。ちなみに、回復魔法と救治魔法も魔法の区切りは無い」

「はい?」


 ちょっとまた理解が追いつかなくなってきた。

 オレは明確に二つを区別して使っているはずなのだが。


「あとは…そうだね。仕事へ戻る前に面白いものを見せてあげよう」


 司教様はそう言って手拭いを取り出し、インクを垂らした。


「あっ、あ。洗濯が大変ですよ」


 もう何が何だか分からない。

 オレの頭の中は真っ白だ。司教様の手拭いは真っ黒だ。


「まあ見てなさい。キュア!」


 手拭いに染み込んだインクが浮き上がり、床に流れ落ちた。

 今の手拭いは驚きの白さだ。


「え。えええええ!?」


 オレは思わず驚きで声を上げる。

 救治魔法で洗濯できるの!?ていうかそれもう救治魔法じゃないよね!?


「救治魔法の汚れを落とすというイメージの応用だよ。切り落とされた体の一部とただの布に対しては、違いが無いということだ」


 そう言われるとそうだ。

 確かに切り落とされてしまえば体の一部はもうただの物体と言っても良いかもしれない。


「ワタシにも出来ますか?」


 オレにも出来るのだろうか。

 いやそう言えば槍使いの切り落とされた腕を繋いだ時、必死で救治魔法を発動したらまるで消毒液を掛けたかのように泥も払い落とせたではないか。


「やってごらん」


 司教様は再び手拭いにインクを垂らし、オレの前に差し出してきた。

 オレは成功を期待してインクが落ちるようにイメージする。


「キュア!あっ」


 オレの救治魔法でインクは手拭いから綺麗に流れ落ちた。


「やはりね。切り落とされた体を繋げられない者には何度見せても出来なかったのだけどね」


 司教様はオレの頭をぽんぽんと叩いて、机に向き直った。

 魔法って…いい加減だ…。

こんばんは。

主人公は増幅魔法で凄いことをしている自覚がありません。

そして洗濯機要らずの世界でした。驚きの白さ。


2019年11月4日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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