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15.メラロム都聖王教会

 オレはお姫様抱っこされて貴族街へ入門した。

 お姫様抱っこはきっとオレが目覚める前のアレラなら歓喜に打ち震えるほどな乙女の夢だろう。

 でも相手が筋肉ダルマなのはどうなんだろうか。


 あと、ごめんなさい、本当は縦抱っこです。

 むしろ腕に座らされています。幼児並みのお子様扱いです。

 これでも十二歳の少女です。もうちょっと乙女らしい絵面をお願いします。


 何故こんなことになっているかというと、ちょっと休憩するつもりで立ち止まって屈んだら筋肉ダルマに掬い上げられたのだ。

 ちょっと休めば大丈夫です、と抵抗したが彼は聞く耳を持たなかった。

 そしてそのまま城門に着いてしまったわけだ。


 オレの体力を心配してくれるのは良いが、こんな姿で門番の兵士達に注目されているのは凄く恥ずかしい。

 恥ずかしくて俯いたわけだが、背が高い筋肉ダルマの上に居るオレは見下ろすかたちで一人の兵士と視線が見事に合ってしまった。


 彼はにっこりと微笑んでくれたので、オレも愛想笑いで答えた。

 せめて顔が引きつっていなければいいのだが。

 どうやら筋肉ダルマは顔パスで城門を通れるらしい。じゃあオレは?


「出来ましたら、何かお持ちではないですか?」


 微笑んでくれた兵士がオレに話しかけてきた。

 だがオレは通行許可証も身分証明書も持ち歩いていない。


「御姫ちゃん、招待状を見せてやってくれ」


 そう言えばと、筋肉ダルマの言葉にオレは招待状を何処に仕舞ったか思い出す。

 確か持ち歩いていたら無くしそうだったから…。


「あ!…鞄の中です…」


 鞄は幌馬車に載せっぱなしだった。

 今頃オレより先に教会へ届けられているに違いない。


「まあいいか。問題ないだろ?」

「はい、問題ありません」


 筋肉ダルマの問いかけにすぐ兵士が返答した。

 本当にそんなので入門のチェックはいいのだろうか。


「俺が居るから問題無いってのもあるがな。そもそも御姫ちゃんはシスターだから問題無く通れるんだよ」


 オレが首を傾げていると筋肉ダルマが疑問に答えてくれた。


「そんな。誰かが変装したら簡単に通れちゃうじゃないですか」


 オレの心配を彼は笑い飛ばした。


「身分の詐称は犯罪だからな?特に貴族と聖王教会関係の詐称は重罪だ。太陽紋章の偽造なんてしようものなら死罪だぞ」


 あー、この首飾りが身分証明書代わりなのか。

 絶対無くせないな。気を付けよう。とはいえ。


「でも死罪が怖くない暗殺者とかどうするんですか。入られちゃいますよ」


 さらにオレは心配したが、今度は周りの兵士が笑い飛ばした。


「お嬢ちゃん、俺達だってちゃんと怪しい奴は止めるぞ」


 確かに門番ですもんね。それくらい見分けられますよね。

 オレは申し訳なくて「ごめんなさい」と謝った。


「それに男爵がお帰りの際には幼いシスターを連れてこられるって話も聞いてるしな」


 その兵士の言葉に、ちゃんとオレのことについても伝わっているのが分かった。

 ってオレって幼いのか…うん、シスターとして見たら幼いな。

 決してオレの外見が幼いわけでは無い、決して。


 そもそも聖王教会では成人しないと修道者になれない。

 修道者に公式な見習い制度は無いので未成年は自称修道者見習いになるのだ。

 つまりオレは十二歳だから本来シスターになれないし、シスター服も着れないはずなのだ。


 そんなわけでシスターなのもどうかと思うが、そもそも司祭になりに来たわけで例外中の例外と言ってもいいだろう。


 やはりオレはチートキャラなのだ。

 だから馬車に乗せてもらっても何も問題は無いはずだ。


 縦抱っこ羞恥プレイはもう勘弁して欲しいというオレの願いも空しく、兵士からの馬車の手配を断り筋肉ダルマがそのまま歩き始めた。

 貴族街というし、もっと静かなところだと思っていたが街は意外と活気に満ちあふれていた。

 流石に呼び込みをする商人などは居ないが様々なお店が有り、多くの執事服やメイド服の人達が歩いていた。


 そしてオレに視線が集中した。

 決して自意識過剰ではなく誰もが振り返ってオレを見てきた。

 縦抱っこされるシスターが珍しいらしい。


 オレだってそんな子が居れば注目する。だが注目される側だと凄く恥ずかしい。

 オレは筋肉ダルマに何度も、降ろして、と言った。

 だがオレの抗議も空しく縦抱っこ羞恥プレイは続行され続け、結局オレはそのまま教会に連れ込まれた。




…教会に着くとすぐに部屋に通された。


「これはこれはキルガ男爵。無事に連れてきてくれて感謝する」


 そこには司祭服を着た男性が居た。

 白髪交じりの麦藁色の短髪をした彼は金色の優しげな瞳をしていた。誰だろう。


 というか筋肉ダルマの名前を改めて知った。

 キルガさんか。今度は忘れないようにしないと。


「いえ司教様。この程度、大したことではありません」


 筋肉ダルマの返答を聞いてこの男性が司教様だと分かった。

 筋肉ダルマが敬語を使っているので司教様は男爵より身分が上のようだ。


「さて、シスター・アレラ、だったかね。ようこそメラロム都聖王教会へ。私がここの司教のセラエだ」


 優しげな瞳を細めてにっこりと微笑み、彼はオレを見上げてきた。


「あ、はい。あ…降ろしてください」


 未だに縦抱っこされていたオレはぺこりと頭を下げた。

 しかしこのまま見下ろして挨拶を済ませてしまうのはどうかと思った。


 筋肉ダルマから降ろしてもらったオレは深呼吸を一つする。

 司教様は貴族だから…失礼がない挨拶をしないと。


「アレラと申します司教様。よろしくお願いします」


 そしてカーテシーをした。

 大丈夫か?ふらついてないか?あ、意識したら震えてきた。


「これはこれは随分と可愛らしい。ご丁寧な挨拶、痛み入ります」


 司教様はオレに深々と一礼をする。

 一淑女として扱ってもらえるのは…うん、凄く恥ずかしい。

 落ち着けオレ。男子ならば堂々としろ。おかしいな女の子だよなオレ。

 いやレディへのジョブチェンジはまだ早いと言うことか。


 椅子に座らされたことにも気づかず顔から火が出ながら混乱しているオレを尻目に、司教様と筋肉ダルマは談笑をしている。


「腕を繋いだ?それは本当かね」

「ええ、そうです。この歳でそこまでの力があるとは驚きましたよ」


 我に返って聞き耳を立てるとどうやら旅の途中にあったことを話しているらしい。そして筋肉ダルマはオレを褒めちぎり始めた。


 要約するとオレは凄く魔法の才能を秘めた清く素直でお淑やかな可愛らしい女の子らしい。誰だそれ、一体何処の聖女だ。

 そして今度は注意事項みたいなのが始まった。非常に体力が無いので目を離さないようにということだ。一体何処の聖女だ。

 流石に突飛な行動をするとか目を離すと勝手に倒れて死にかけているとかいう注意事項はなかった。そこまで酷くないよ。そこまでは。


 その一方で人の名前を覚えるのがとても苦手な上に人見知りなので、優しく解きほぐすように接して欲しいとのことだった。

 その注意事項はとてもありがたい。

 というか、オレが旅の同行者の名前を全く覚えていないこと、バレバレだったんですね…。




…筋肉ダルマは帰って行った。

 まずい。

 なんだかんだ言ってオレは筋肉ダルマのインパクトに安心していたらしい。

 いや違う、旅の間という短い期間だったが安心していられるくらいには知り合いになっていたらしい。


 オレは今がちがちに固まって立っていた。

 そう、完全にアウェイである。

 いきなり脱臼させられたりはしないだろうが、知らない大人だらけである。


 もちろん通行人なら気にならない。

 だがオレは今日からこの人達と生活するのだ。上手く付き合わなければならないのだ。

 目を見るには、会話するには、仲良くするには、嫌われないようにするには。

 オレの頭は緊張で回っているのかいないのか。


 そんなわけで自己紹介が繰り広げられているのだが、途中から挨拶していたかも覚えていなかった。


「…司教様」

「…ああ、そうだね」


 オレの頭の上で会話が飛んでいたと思ったら、頭をぽんぽんと叩かれた。

 見上げると司教様が優しく微笑んでいた。


「夕食までまだ少し時間がある。休んでくるといい」


 オレは一番近くに居た若いシスターに自室となる部屋へと案内された。

 案内されたのはいいのだが。


「夕食にはまたお呼びしますね。それでは…あら?」


 オレは反射的にそのシスターの袖を引っ張った。

 歩いていたら気づいたのだ。


「あ、あの…トイレはどちらに…」

「ああ!ごめんなさい。案内しますね」


 消え入りそうなオレの声にシスターは声を被せ、オレを引っ張って歩き始めた。


「まっ!あっ!」


 オレの言葉にならない声にシスターは立ち止まった。

 オレは何とか耐えた。誰か褒めて欲しい。


「こっちよ。歩ける速さで付いてきてね」


 彼女はオレの手を離してにっこりと笑った。

 子供扱いされたみたいだが、今はそれどころでは無い。

 廊下の角まで早足で移動する彼女を見て、オレは注意深く股間に増幅魔法を掛け直しゆっくりと追いかけた。


 もちろんトイレは間に合った。

 漏らし姫の称号を聖王教会中に広めるつもりは無いのだ。




…部屋で少し休んでいるとすぐに夕食へ呼ばれた。

 そう言えばトイレに入った時に気づいたが知らない間に外套は脱がされていたし、知らない間にその外套は自室に掛かっていた。


 まあ、細かいことはどうでもいい。

 全てはご飯の前には些細なことなのだ!決して食いしん坊ではない。


「あの、どこへ…食堂は…」


 おかしい。

 先程他のシスター達が入っていった扉の向こうは確かに食堂だったはずだ。

 だがオレは今、年嵩のシスターに連れられこの建屋から外に連れ出されようとしている。


「アレラちゃんは…。…アレラ様を司祭様方の食堂へご案内するようにと言われておりますので」


 彼女が何かを言い直したがそれどころでは無い。

 オレ、そんなお堅い大人の空間で食べるの?

 オレ、シスター達のきゃっきゃうふふなアットホーム空間で食べるわけじゃ無いの?何で?


 ふと脳裏に筋肉ダルマの言葉が思い浮かぶ。

 食事時は司教様と一緒になるって言っていた。

 マズい。元村娘の心臓保ってくれ。


「シスター・アレラをお連れしました」


 目の前の扉をノックしてシスターが入っていく。

 オレは深呼吸する間も無く手を引っ張られて扉の中に連れ込まれた。


 幸い室内に居る司祭達は十人も居なかった。

 女性司祭も居た。女性が居ることで少し安心した。

 オレを案内してくれたシスターが一礼して去って行った。

 さあ、司祭達との会食という戦いの始まりだ。


 そう言えば目の前の司祭達はさっき自己紹介したよね。名前、何だったっけ。

 そしてオレは恐ろしい事に気づいてしまった。


 司教様の名前、何だったっけ。

こんばんは。

主人公はまたしても人の名前を覚えられませんでした。新生活は不安だらけです。

尚、本作は決して手荷物系ヒロイン小説ではありません。


2019年11月4日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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