14.メラロム都到着
丘の上に出ると町並みと城壁が見えた。そう、丘の上から町並みが見えた!
領都だ!ついに城塞都市を見た!テンション上がってきた!
とはいえ町は城壁より外側に造られている。
それに丘が低くて城壁の中は見えない。解せぬ。
もしかしてあれほど広い城壁なのに、その中は領主の城だけなのか?
城塞都市じゃないのか?
「領都はメリロハ川の氾濫を見越して川から離して造られているんですよ。真っ直ぐな川が見えますよね?あれは運河なんですよ」
荷馬車の商人が説明をしてくれる。
確かに丘から見える大きな川は遠い。
でも運河よりオレは今気になって仕方ないことがある。
「あの、あの城壁の中は?」
そう、城壁だ。はたして城塞都市なのかそうではないのか。
大事なポイントなのでここは外せない。
「ああ、貴族街ですか?領主様と貴族、一部の富裕層が住んでいますね」
つまりあれは貴族街の外壁で、中は城だけではないということだ。
ということは城塞都市ではあるらしい。
でも貴族街なんだよな。縁がなさそうである。
「御姫ちゃん、いくら首を伸ばしても城壁の中は分かんねえぞ。何せ中を見せないために昔この丘を削っちまったなんて話もあるくらいだ」
ムルヘさんがオレを見て微笑んでいる。昔の領主め!
折角の城塞都市の中を見たいのに…まあ防衛上隠す必要があったのだろう。仕方がない。
仕草が可愛い、とか周りから声が上がっていることにようやくオレは気づいて、恥ずかしくなったので筋肉ダルマの影に隠れた。
「じゃあ、城壁のまわりが…」
オレはこそこそと隠れながら気になることについて質問を続ける。
「平民街だ。運河もそこまでだから、船から貴族街に商品を運ぶ場合は荷馬車に積み替えるんだぞ」
筋肉ダルマがオレの頭をぽんぽんと叩きながら答えてくれた。
完全に子供扱いだがオレの見た目は完全に子供なのでもう諦めている。
「ちなみに城門を通る時は許可証が要るからな?俺達冒険者は門前払いされるぜ」
ムルヘさんから補足の説明が入る。
つまり城塞都市には入れないんだね!ちょっと残念だよ!
「御姫ちゃんが行く教会は貴族街にあるぞ?」
オレが残念がっているのが分かったのだろう。筋肉ダルマから説明が入った。
やったあ!城塞都市に入れるよ!
でも貴族街じゃ平民が居ないよ…それはそれで不安だらけじゃないか。
やっていけるのかオレ。
テンションが下がって落ち着いたオレは御者台に乗せられた。
丘から移動する間、オレは今後の生活についての不安に駆られていた。
貴族街生活か…どうりで礼儀作法の勉強があったわけだ。
食事のマナーも…あれ?まさか貴族と会食もするのか?
領主と食事とかファンタジーものでごく普通に描かれているが、そんな会食は元村娘のアレラの心臓が保つとは思えない。
死ぬ。間違いなく心労で死ぬ。
何としても貴族との会食を避けなければならない。オレはそう決意した。
「不安だろうが、少しでも悩んだら何でも聞くように、と司教様から言付けを預かっているからな。食事時は一緒になるだろうからいろいろ聞くといいぞ」
オレはものすごく不安そうな顔をしていたらしい。
筋肉ダルマから声が掛かったので彼を見上げた。
「何、司教様は貴族出身の御方だ。領主様とも御友人関係だし安心していい」
この瞬間、オレの心労による死亡フラグは確定した。
…平民街にある広場まで移動したところで、オレは幌馬車から降ろされた。
「メラロム都にようこそ、御姫ちゃん。無事着いて何よりだ」
ムルヘさんは、にかっと笑ってそう言いオレの頭に手を置いた。
オレの前にはこの旅の一行が全員並んでいる。どうやら何かを言ってくれということらしい。
オレがここで言うことは一つしかない。
「ありがとうございます」
オレはみんなにお辞儀をした。
決してカーテシーはしない。
このメンバーだと半狂乱になってしまうに違いない。
「…えと、皆さんのおかげで無事に着けました。本当にありがとうございました…」
せめてもう一言、と言葉を探したが結局月並みな言葉しか思いつかなかった。
「何、気にすんな。御姫ちゃんと一緒に居れて楽しかったぜ」
「しばらくここに居るからな。いつでも遊びに来てくれよ」
「おいおい、御姫ちゃんが冒険者ギルドに来るかよ」
「あー、お別れなんて寂しいわあ、お持ち帰り出来なくてお姉さん残念」
次の瞬間、冒険者のみんなに囲まれる。
襲われたりはしないが周りに人壁が出来た所為で少し怖い。
「それでは私達はここで失礼しますね。楽しい旅路をありがとうございました。また機会があれば是非ご一緒しましょう」
荷馬車の商人がお別れの言葉を述べ、荷馬車に戻っていった。
冒険者達も銘銘好き勝手に去っていた。
「ああそうだ。ちと御姫ちゃんを冒険者ギルドに連れて行きたいんだが、いいか?」
思い出したようにムルヘさんが筋肉ダルマに向き直った。
「ん?構わないが…ああそうか、魔法剣のことだな?」
筋肉ダルマは何の用件か気づいたらしい。
そういえば魔法剣は筋肉ダルマが預かって幌馬車に積んだままだった。
「そうだ。あれほどの業物、あれを使っていたのが冒険者なら、ゴブリンがそいつから奪ったとは考えにくい」
ムルヘさんが真剣な顔をしている。
オレは会話の成り行きを見つめているしか無い。
「そうだな、誰かの手引きがあったか…あるいは商人が襲われて商品を奪われたか」
筋肉ダルマが答えるが、誰かって誰だ。ゴブリンにあんな武器を渡す奴とか怖すぎる。
ゴブリンに渡すとか少し馬鹿な気もするが。
「そうだ。誰かの手引きは考えたく無いが、今は商品だった場合が問題だ。商品なら複数本あってもおかしくないだろ?」
ムルヘさんのその言葉にオレはぞっとした。
彼のパーティメンバーの槍使いだって簡単に籠手ごと腕を切り落とされたのだ。
そんな切れ味の武器を持った魔物が複数いるとか怖すぎる。
「ああ、魔物にあの剣を使われると厄介だ。確かに、警戒するよう冒険者ギルドへしっかり報告しないとならんな」
筋肉ダルマはそう言いつつ不安そうにするオレの頭をぽんぽんと叩いてくれた。
「御姫ちゃんには状況説明と…あと所有権についてはギルドから説明を受けてもらおうか。すまんが付き合ってくれ」
オレに向き直ってムルヘさんがそう言う。
オレは頷くわけだが、疑問も生じた。
「ワタシはいいですけど…所有権ってどういうことですか?」
何しろ魔法剣は戦った槍使いのものではないのか?
あと冒険者ギルドからの説明って何だろう。
「倒したのは御姫ちゃんだ。だから御姫ちゃんには魔法剣を所有する権利がある」
「ええ?でも」
確かにあのゴブリンに止めを刺したのはオレだが、それは槍使いがゴブリンに怪我を負わせたから出来たことだ。
「確かにあいつが戦っていたが、負けただろう?うちのパーティは所有権を放棄する」
パーティリーダーであるムルヘさんははっきりと所有権の放棄を宣言した。
そして彼は、にかっと笑った。
「それに命を助けてもらってるしな。腕まで繋げてもらったし。御姫ちゃんは俺達に治療費を請求することだって出来るんだぞ?」
そういえばあの時ムルヘさんは町まで彼の命が保たないと考えていた。
でもオレも旅の仲間だ。なので治療費の請求など考えられない。
「しません!…守ってもらっていたのはワタシの方です。それに、ワタシは使えないので持っていても…」
本当に、あの時に槍使いが助けてくれなかったらオレはどうなっていたか分からない。
そもそもオレはか弱いシスターなのだ。
あの時も限界まで増幅魔法が掛かっていたというのに、オレは剣に振り回されていた。
今後もし戦う機会があったとしても、剣を使うのはあまりにも無謀と言えるだろう。
「しょうがないな。ギルドで査定してもらって、俺達が買い取れる金額なら御姫ちゃんから買い取る。それでどうだ?」
ムルヘさんが苦笑して申し出てくれるが、やっぱり怪我までした槍使いが報われない気がした。
放棄は考え直して欲しいところだ。
「ワタシとしては所有権のことから考え直して欲しいんですけど」
せめて折半にしたらどうだろうか。
全額オレがもらってしまうのはちょっと気が引けた。
「御姫ちゃん、もらえるモノはもらっときな。どうせお小遣いなど何一つ持ってないんだろ?」
筋肉ダルマにオレは頭をぽんぽんと叩かれる。
確かにオレは自分自身の所持金がない。
何しろ清貧なシスターなのだ。清貧な…。
仕方が無いので、仕方が無いのでオレはムルヘさんへ素直にお礼を言うことにした。
素直になろう。やっぱりお金は欲しい。
「…分かりました。ありがとうございます」
オレのお礼にムルヘさんが嬉しそうに笑い、オレの頭をぽんぽんと叩いた。
…オレ達は冒険者ギルドに着いた。
「分かった。その辺り一帯は一度狩り尽くそう。ギルドクエストを発動して対処する」
説明を受けたギルドマスターが対処を宣言した。
「助かる。こちらも領地として協力を行うよう領主様に掛け合ってみる」
オレ達を代表して筋肉ダルマが全て説明してくれた。
つまりオレは一言もしゃべっていない。状況説明とは何だったのか。
あまりにもすんなりとギルドマスターの部屋に案内されたし、筋肉ダルマに対してギルドマスターは終始協力的という印象も受けた。
とんとん拍子に報告は終わった。
その後オレ達は冒険者ギルドの職員と共に別室に移動し、オレは彼女から拾得物の所有権に関する説明を受けた。
所有権については、敵からの戦利品も道ばたでの拾得物も遺品すらも同じ扱いとなるらしく、基本的には拾得者に所有権が発生するとのことだ。
ただし高額品と遺品についてはなるべく冒険者ギルドに届け出ることになっている。まあ、遺品については当然の話だと思う。
届け出た品については冒険者ギルドが調査を行ってくれる。
正当な拾得だったのか元の所有者が居ないのか遺族は居るのか等々を調べてくれるのだ。
元の所有者や遺族が見つかった場合でも拾得者には所有権が発生したままだ。
彼らへ返却する場合は謝礼を受け取る権利を、また彼らの所有権が認められても購入する権利が生まれるそうだ。
拾った場所と届け出る冒険者ギルドについては最寄りで無くても良い。
護衛任務など移動を優先する場合ありがたい話である。
今回も護衛任務なのでそのパターンだった。
冒険者ギルドは拾得物について査定金額に応じて調査期間を変えるが、大体二週間もあれば所有権が正式に拾得者へと移るという。
金額の査定さえ終われば、調査期間中に拾得者が持っていても冒険者ギルドに預けてしまっても構わないとのことだった。
そして一度届け出ておけば、あとで所有権に関する問題が発生しても冒険者ギルドが調停に入ってくれるそうだ。非常にありがたい話だ。
この面倒な仕組みは奪い合いや泥棒、果ては殺人等の犯罪を抑止するために生まれたそうだ。
そう言われると必要な仕組みと思える。
調査期間中のトラブル防止にと冒険者ギルドに預ける者は多いとのことだった。
ついでに売却依頼も可能だそうだ。
当然オレは冒険者ギルドに魔法剣を調査期間中もお願いするかたちで預けてきた。結果はあとでムルヘさんに聞こう。
冒険者ギルドの建物から出ると既に幌馬車は無かった。
筋肉ダルマが説明に時間が掛かるとみて筋肉奥さんに幌馬車を任せたのだ。
幌馬車護衛の任務が終わったとのことでムルヘさん達冒険者パーティとはここでお別れだ。
そしてオレは筋肉ダルマと一緒に歩いて教会へと向かう。
オレの荷物は筋肉奥さんが届けてくれるので今は手ぶらである。
「そう言えば凄かったです。ギルドマスターとあんなに簡単に話をまとめてしまって」
オレは感心して先程のことについて筋肉ダルマと話している。
今思い出したが、領主様に掛け合ってみる、とはどういうことなのだろうか。
聞いてみよう。
「ん?ああ、言ってなかったか。聖王教会と円滑に商売するためにと、爵位を押しつけられてな。これでも男爵なんだ」
わあ、凄く身近に貴族が、旅の間ずっと真横に貴族が居たよ。びっくりだよ。
筋肉はすべてを解決してくれる。そう、爵位さえも。
こんばんは。
領都に着きました。そして冒険者ギルドのギルドマスターです。名前はまだ無い。
尚、本作は決して筋肉ですべてを解決する小説ではありません。
2019年11月4日、追記
改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。