13.野宿と新月
それからの旅は順調に進んだ。
ゴブリンと初戦闘があった日に宿屋で一緒に酒盛りした冒険者パーティが、目的地は領都だからと言い同行してくれているのだ。
さらには第一街道側から来て宿屋に泊まっていた商人達も一緒に同行してくれていた。おかげで今はちょっとした商隊だ。
第一街道はひたすらメリロハ川に沿っているため、領都に向かうには回り道になる区間があるそうだ。
道を急ぐなら第二街道の方が領都に近いそうだが、第二街道は第一街道に比べ魔物が出やすい区間が多いそうだ。
「とはいえ第一街道も魔物が出るんですけどね。でもどちらの街道も商隊を組めば苦戦する程じゃないんですよ」
新たに同行者となった荷馬車の商人が歩きながらオレに話しかける。
そうなんですか、とオレも歩きながら相づちを打つ。
あの宿屋に泊まった翌日の朝、一度に増えた同行者達の名前を紹介されたものの、オレは寝ぼけていたのか全く覚えていなかった。
ごめんオルカ。此処に居ない少年に頭の中で謝った。
名前を覚えられない馬鹿な少年だと思っていたけれどオレも同レベルだったよ。
どうやら猛勉強の内容を頭に叩き込めたことで天才だと錯覚していたようだ。
やはりオレのおつむはぽんこつだったようだ。
商隊を組んで既に三日目である。
オレは人見知りが災いして自分から話しかけるのはハードルが高く、まだ誰の名前も聞けていなかった。
周りの同行者達もオレになかなか話しかけてくれない。遠巻きにオレを見つめていることが多い。
話しかけてくれない原因は分かっている。
オレが名前を聞こうと近づきかけては尻込みして逃げるのを繰り返したせいだ。
怯えられてる、なんて嘆いている声が時々聞こえてくる。
誤解です、と言うことも出来ず今日も商隊は進んでいる。
一方この商人はやはり商人と言うだけはあって、オレによく話しかけてくれた。
だが名前はまだ聞けてませんごめんなさい。
せめて他の人からも話しかけられやすくしようと、オレは移動中に時々幌馬車から降りて歩いていた。
新たに同行者となった商人の荷馬車は幌馬車より少し遅く、商隊はオレの歩く速度で十分追いつけた。そういうことにしてほしい。
「おっと」
そう口に出して、ムルヘさんがふらついたオレを支えてくれた。
「ありがとうございます」
何度目か分からないお礼をオレが言うとこの中年の冒険者は、にかっと笑った。
「何、いいって事よ。さて、お散歩は終わりだな御姫ちゃん。馬車に戻りな」
歩いている時のオレの体調を見るのはムルヘさんの仕事になってしまっていた。
オレが疲れてくると休むように勧めてくるのだ。
荷馬車の商人にお辞儀をして、オレは幌馬車へと近寄る。
オレと話すためにと歩いてくれていた彼も自分の馬車に戻っていった。
ムルヘさんがオレを抱え上げ、筋肉ダルマが片手でオレを受け取って御者台へと座らせる。片手でとか本当に商人かよ。
オレが御者台に座ると少し商隊の移動速度が上がった。
はい、知っていました。オレが歩くとみんな合わせてゆっくり移動してくれるんです。
さて、今回の旅程は余裕を持って組まれているらしい。
本来オレ達は敢えて危険が多い第二街道を通る理由は無いはずだった。
だがちゃんと理由はある。
御者台に座るオレに筋肉奥さんが毛布を被せてくれた。
そう、寒いのだ。雪が降らない地方とはいえ今の季節は真冬である。
第一街道はメリロハ川という大きな川沿いなだけに冬場は寒い。
森林を突っ切ることが多い第二街道よりも格段に寒いそうだ。
オレの体調と危険を秤に掛けた結果、領都に向かう人達がオレの体調を優先したらしい。同行することで危険は払うから、と。
実際何度か魔物に遭遇している。
ゴブリンにウルフにオークと出てきたがみんな協力して危なげなく倒していた。
たまに怪我をした人にはオレが回復魔法を掛けている。
その度に周りのみんなが掛けられている人をうらやましそうに見ていた。
でもわざと怪我をするような子供じみた人は居ない。
魔法の使いすぎでオレに倒れられたら困るというのが理由だそうだが。
どうにも見事な過保護商隊が結成されたようだ。
ちやほやされると言うよりは微笑ましく見守られているといった感じであるが。
そんなことより先程倒したオークが荷馬車に積まれているのだ。
今夜は野宿ということなので夕食は新鮮なオーク肉の料理なのだ。
…料理に思いを馳せているとあっという間に夜になった。
草原の丘の上に野営し、複数の焚き火をしてオレ達は銘銘自由に座っていた。
辺りは美味しそうな肉が焼ける匂いに満ち、同時にオレ達のお腹も満たされていった。
何故寒い風が吹きすさぶ丘の上で野宿なのかというと、見通しがいいからだ。
馬を休ませていれば馬車はすぐには動けない。
迎え撃つにも逃げるにも魔物の発見は早いほどいいのである。
魔物からもよく見えるという危険は考慮しているのかというと、そんなことはなかった。
むしろ考慮するだけ無駄だった。
大抵の魔物は匂いでこちらの位置を察知しているのだ。
夕食で盛大に匂いをまき散らすような商隊は隠れる意味が無いのだ。
オレの体調はというともちろん考慮されている。
オレの寝る場所は幌馬車の中だ。中は快適な生活空間が作られているのだ。
しかしまだ寝るに早い。
というより今は肉だ、肉である。決して食いしん坊ではない。
育ち盛りなので食べないといけないのだ。
「御姫ちゃんこっちに来て一杯呑もうぜ!」
「がはははは、お酒は駄目だろお酒は!ここにジュースがあるからおいで!」
「お前それ果実酒だぞ!あひゃひゃひゃひゃ」
知ってた。
昼間は娘か妹かのように見守ってくれるが、一度酔っ払ってしまえば彼らにとってオレは恰好のおもちゃなのだ。
「ああー可愛いわあ、こんな子うちに欲しいー」
「ねーねー、今夜はお姉さんと一緒に寝ましょ?いいでしょ?」
「駄目だよ、馬車の中じゃないと風邪引いちまうよ」
知ってた。
今一緒に焚き火を囲んでいる冒険者の女性陣も、オレのことはおもちゃにしか見えていないのを。
オレは逃げ場が無いかと周りを見回した。
とはいえ魔物が出るような野外で自衛出来ないオレが一人になるのは御法度だ。
今は全員が一所に集まって酒盛りをしているわけではない。
交代で見張りは立てているし、焚き火から離れて座っている人も当然いる。
見知った人を探すと、ちょうど離れたところでムルヘさんが座っているのが目に入った。
彼の側には荷馬車の商人が居て、二人で雑談しているようだ。
オレは彼のところに逃げることにした。
…オレは二人のそばに立った。
「御姫ちゃんどうした?ああ、逃げてきたのか」
ムルヘさんはオレを見上げるが、二人のところに来た理由をすぐに察した。
「確かに、逃げたくもなりますよね、あの集まりは」
荷馬車の商人も察してくれたので、オレは頷いた。
夜風は昼よりも一段と冷たい。あまり焚き火から離れてはいられないだろう。
辺りを見回すと空は晴れ渡り、星がよく見えていた。
今日は新月なのだろうか、こんなに晴れ渡っているのに月がない。いや、この旅に出てから一度も月を見たことが無い。
「あれ?あの…」
疑問に思ったので俺は二人に聞こうと口を開いた。
「ん?」
商人がオレの問いかけに声を上げる。オレは二人に月について聞こうとして気づいた。
アレラの記憶からは月という単語が思い浮かばない。
見た目がまぶたを開いたり閉じたりする時の瞳のように周期的に形が変わる夜空に光る大きな星?
単語にならない言葉が組み上がる。
まさか…そのままアレラの記憶を辿る。
そして理解した。この世界に月は無い。
三日月など月を元にした単語が使えるから月はあるのだと思っていた。
メートルやグラムなどの量の単位みたいに空太の記憶とアレラの記憶から似た形状の単語同士を言語変換した認識だったのか。
「なんでしょう?」
商人がオレに話を促すが、元々存在しないモノについて質問を出来ないというか、自分の中で答えが出てしまっている。
「あ、いえ…その。あはは。意外と暗くないですよね。ほら、あそこの森の入り口にゴブリンが居るのも見えますから」
オレは誤魔化そうと話のネタを探して慌てて辺りを見回し、たまたま目に入ったものについて言う。
「ほうほう。あんなに離れた森のところまで見えるとは、夜目が効く上に視力もいいんですなあ」
商人が驚いたように言ったことで、オレは気づかされた。
無意識に増幅魔法を目に対して発動していた。
普段はよほど強く発動していないと気づけない。
解除も無意識なので便利なようだが、魔力の無駄遣いにもなるから困る場合もある。
お漏らし対策で増幅魔法が自動制御に至ったことによる弊害だった。
「ん?御姫ちゃん今ゴブリンって言わなかったか?」
ムルヘさんが今の会話から何かに気づいた。
彼は即座に立ち上がり警戒するように辺りを見回し始める。
「はい…あっ」
オレはようやく自分の発言内容に気づいた。うっかりもいいところだ。
魔物を見つけたのだから警戒しなければならなかったのだ。
「まずいな。こっちが風上だぞ」
ムルヘさんはそう言うと強く指笛を吹いた。
それを合図に焚き火の周りに居た冒険者達が立ち上がり、何人かはこちらに走ってきた。
「…向かってきます」
目の増幅魔法の出力を意識的に増したオレはゴブリンの動きを報告する。
今この場で一番ゴブリンの位置が分かっているのはオレだ。
「何匹だ?」
「五匹です」
ムルヘさんの質問に即答する。
彼は後ろに来た冒険者に状況を伝えた。
「ファイア!」
冒険者の一人が火魔法を空に打ち上げて固定する。
辺りが照らされて、夜目が利く魔物相手にも後れを取らずに戦える場が整った。
「こっちからも何か来るぞ!気を付けろ!」
向こうの見張りからも声が上がる。
「そっちはウルフです!えっと…十匹ほど!」
オレはそちらにも目を向け即座に数えて声を上げる。
数を聞いてさらに何人かがウルフの来る側に集まった。
「まったく、明かりに釣られるなんて羽虫じゃないんだから!」
そこでは先程オレと添い寝を所望した自称お姉さんが悪態をついていた。
「まあこいつら、こっそり襲うはずがこっちに気づかれたって思ったんだろうよ」
自称お姉さんの所属する冒険者パーティがウルフをあしらいながら会話をしていた。
ここ数日の戦闘を見るからに、あちらは任せて大丈夫だ。
みんな直前まで酒盛りをしていたはずなのに、さすが冒険者であった。
酔いつぶれるほど呑む人は誰一人居なかったようだ。
むしろ酔うと言うほども呑んではいなかったようだ。
この場に居る全員が足取りもしっかりして各自の持ち場に立っていた。
「さて、ゴブリンは今どこかな?」
オレの横にローブ姿の男が並んだ。
確か荷馬車の商人が護衛として雇っている冒険者パーティの魔法使いだったはずだ。
ゴブリンはウルフより足が遅いし見つけた位置も遠い。まだ十分な距離があった。
あちらです、とオレの指さす先を彼は杖を構えて睨み付ける。
魔法効果範囲に入った瞬間に攻撃するつもりのようだ。
火魔法に照らされた範囲より少し遠くで、光を反射したのかゴブリンの目が一瞬きらりと光った。
「ウインドカッター!」
その瞬間魔法使いが風魔法を唱えた。
三日月の形をした緑色の光が数筋飛んでいきゴブリン達を切り刻んだ。
「命中!三匹倒れました!二匹来ます!」
オレはゴブリン達の動きを報告する。魔法使いは分かっているかもしれないが、一応だ。
というかオレは誰かが魔法で遠距離攻撃するところを初めて見た。
彼の魔法効果範囲、百メートル超えているんじゃないか?
一方オレの増幅魔法の効果範囲は三十メートルくらいなのだ。
もしかして狭い?凄く狭い?オレはその事実に愕然とした。
その間に彼は残りの二匹も難なく倒し、戦闘は終了した。
倒れたゴブリン達には剣を持った冒険者がしっかりと止めの一撃を入れていた。
向こうも無事にウルフを倒しきったようだ。
見張りを除いたみんなが、再び酒盛りをしに焚き火へと戻っていった。
「御姫ちゃん、お手柄だったな。だがもう遅い。寝たほうがいいぞ」
ムルヘさんがオレの頭をぽんぽんと叩いてそう言った。
オレは素直に従うことにした。
幌馬車に筋肉奥さんと一緒に入った。
幌馬車の中には自称お姉さんが待ち構えていた。
「狭いんだよ」
自称お姉さんは筋肉奥さんにより幌馬車から叩き出された。
おやすみなさい。
こんばんは。
月は出ているか?と言うと、ありませんでした。
月の無い世界の海がどうなっているのか全く想像が出来ません。
2019年10月30日、追記
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