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12.ゴブリンとの戦闘

 オレはあまりにも平和すぎて危険が蔓延る異世界であることを忘れていたようだ。

 のどかな街道を進んでいると、前方に小さな人影が見えた。

 全員濃い緑色のローブで統一しているようだ。


「ゴブリンだ。十匹は…ぱっと見、居なさそうだな」


 ムルヘさんのその言葉でようやく危険があることを思いだした。

 ローブでもなければ人ですらなかった。あれは魔物だ。


「いや違う、茂みにも何匹か潜んでいるようだな。十数匹ってところか。倒すか、突っ切るか。どうする?」


 そう言い改める彼は流石冒険者パーティのリーダーなだけはある。

 こののどかな景色でも警戒は怠っていなかったようだ。


「倒せるなら倒してしまおう。あの数では他の商人にはつらいかもしれん」


 筋肉ダルマは冷静に返事をした。

 ムルヘさんは、分かった、と答え御者台を挟んで反対側に居た冒険者にハンドサインで指示を出した。


 その冒険者は背負っていた弓を下ろす。

 そして矢をつがえゴブリン達に向かって放った。

 こちらを見ていたゴブリン達は当然気づくが、矢が街道から外れて落ちていくとこちらを挑発するかのように何やら踊っていた。


「お前相変わらず下手だなあ」


 ムルヘさんが軽口を叩く。

 冒険者は弓を肩に掛け直しながら悪態をついた。


「うるせえ。挑発すんのに放ったんだよ。当てる必要ねえだろうが」


 とはいえ口調は軽い。


「そもそも、俺のメインウエポンは短剣なんだよ」


 そして腰から短剣を片手に一本ずつ抜いて構えた。

 そう言えばオレはこの短剣使いの名前を覚えていない。


「それにしても襲ってこないな。奴らあそこで街道を封鎖してるつもりらしい」


 筋肉ダルマがそう言いながら幌馬車の中に向かって手を振る。

 中では筋肉奥さんが既に何かを準備していた。


「あいよ。ああそうそう、御姫ちゃんは危ないから中においで」


 呼ばれたのでオレは御者台の上に立ち上がり、幌馬車の中によじ登って入った。

 オレに颯爽と飛び込む筋力など無いのだ。

 入れ替わりに筋肉奥さんが大きな武器を筋肉ダルマに渡す。

 彼の身の丈ほどはある両刃の斧だ。筋肉ダルマ、本当に商人かよ。


 斧を受け取った筋肉ダルマは御者台から飛び降りて短剣使いの横に並んだ。

 代わりに筋肉奥さんが御者台に行き手綱を握る。




…そのまま武器を構えたオレ達はゆっくりとゴブリン達に近づいた。

 そして三百メートルほど手前で幌馬車を停めて正対した。


「俺が行く!」


 幌馬車の横から声が上がり、剣を構えた冒険者の若い男が駆けていく。

 その瞬間、筋肉ダルマが雄叫びを上げながらゴブリン達に突っ込んでいく。

 いや待て、だからあんた本当に商人かよ。


「あっ、待ってくれ!俺も!」


 少し遅れて短剣使いが駆けていった。

 そして彼の居た位置に幌馬車の横からやってきた冒険者が代わりに立って槍を構えた。

 この男とムルヘさんが幌馬車の護衛役のようだ。

 オレ?か弱いシスターは守られる後衛なのだ。


 前方左右の茂みからもゴブリンが飛び出し、駆け出した三人を囲む。

 だが数をものともせず三人は奮闘している。

 ゴブリン達は幌馬車に近づけないまま数を減らしていった。

 筋肉ダルマが斧を振るう度にゴブリンの首が舞う。本当に商人かよ。




…この戦闘はもう安心して良いようだ。オレが気を抜いたその時。

 幌馬車の後ろで物音がした。

 嫌な予感がしてオレは振り返る。


「ひっ」


 オレは思わず声を上げた。

 後ろから幌馬車に入ろうとよじ登るゴブリンと目が合った。ゴブリンがにやりとオレに嗤いかける。

 気持ち悪いと思った瞬間ゴブリンの胸に槍が生えた。


「くそっ。茂みにまだいやがったか!」


 槍で貫かれたゴブリンがそのまま後ろへと弧を描き宙を舞った。

 石突きを地面に突いた槍使いが悪態をついていた。

 どうやら後ろのゴブリンに気づいて助けに来てくれたらしい。

 オレはほっとして息を吐き出した。


 幌馬車の後ろにはゴブリンが四匹。

 先程槍が刺さったゴブリンは地面に伸びて動かないのであと三匹。

 槍使いはそのまま幌馬車を背に立ち槍を構え直した。

 ちなみに彼の名前もオレは覚えていない。ごめんなさい後で聞き直します。


「何匹だ!」


 ムルヘさんの問いかけが聞こえた。


「あと三匹だ!任せろ!」


 槍使いは返事をしながらゴブリンに突っ込んでいった。

 横薙ぎした槍を短剣で受けとめようとしたゴブリンが防ぎきれず吹き飛ぶ。

 一匹目。

 槍使いの後ろから棍棒を振り上げたゴブリンが石突きを胴に食らい吹き飛ぶ。

 二匹目。

 槍使いの前から駆けてきたゴブリンが突き出した槍を食らい串刺しにされる。

 三匹目。

 早い。そう思ったがまだ終わっていなかった。

 串刺しにされた三匹目が槍を掴んだ。その瞬間茂みから新たなゴブリンが飛び出してきた。

 思わずオレは息を呑んだ。

 ゴブリンの持つ剣が振り下ろされる。槍使いが半身を逸らした。

 避けたと思えた瞬間血しぶきが上がった。


 宙をゆっくりと槍使いの左腕が舞う。


 剣を振り抜いたままゴブリンは嗤った。

 断ち切られた籠手が槍使いの腕から抜け落ちた。

 槍使いは絶命した三匹目から槍を引き抜きそのまま片腕で横薙ぎする。

 槍の柄をまともに上腕へ食らいゴブリンが地面に転がった。


 ゴブリン達が動かなくなった瞬間。

 頭で考えるよりも早くオレは幌馬車から飛び降りていた…いや転がり落ちていた。身体を打って痛いが今はそれどころではない。

 オレは起き上がり傷口を押さえ膝を付く槍使いに駆け寄る。


「くそ…しくじった…」


 槍使いは苦しそうに呻いていた。

 オレは側に駆け寄ったものの立ち尽くす。


 どうした!と馬車の向こうから誰かの声が上がった。

 グワッと何かが鳴いた。

 オレは振り向いた。先程のゴブリンが立ち上がっていた。

 襲われるっとオレは思った。


 しかしゴブリンは動かない。

 剣はどこかに落としたらしい。片腕がだらりと垂れ下がっている。

 槍使いはもう動けない。


 オレは意を決してゴブリンに正対した。足が何かを踏んだ。

 剣だ。その片手剣の柄の長さはオレの手なら両手で持てそうだった。

 迷う事無くオレはそれを拾った。なんだこれ重い。

 オレは両手で構え…構えようとするも切っ先が上がらない。

 この剣は先程ゴブリンが軽々と振るっていたというのに。

 どうやら剣として重いのでは無くオレの筋力の問題らしい。


 剣を構えようとふらつくオレをゴブリンは見つめてきた。

 ゆっくりとゴブリンが近寄ってきた。わざとだ。オレを見て嗤っていた。


 オレは無理矢理全身に力を込めてなんとか剣を正眼に構えた。

 剣身が仄かに光を灯す。

 ゴブリンが一瞬目を剥いた。オレは剣を袈裟懸けに振り下ろした。

 肉を斬る感触が腕に伝わる。


 ゴブリンの左肩から腹へと斜めに切り裂いた剣は勢い余って地面を打った。

 真っ二つになったゴブリンが崩れ落ちていく。

 オレは息を吐いて剣を手放した。




…地面に転がった剣から光が消えていく。

 どうやら魔法剣だったらしい。

 どうりで槍使いの腕が籠手ごと切り落とされたわけだ。


 オレは無意識に強く発動していた増幅魔法を、解除した。

 途端に足がふらついたがなんとか踏みとどまった。


「おい!大丈夫か!」


 ムルヘさんが駆け寄ってきた。

 しかし槍使いの方には向かわず、辺りに転がっているゴブリン達に念押しとばかりに止めを刺し始めた。

 オレは改めて槍使いの正面に膝を付く。

 だがオレはやはり彼の傷口から血が流れ出るのを呆然と見つめるだけしか出来なかった。


 ようやくムルヘさんがオレの横にやって来た。

 そして腰のベルトを抜いて槍使いの肩口を締め上げる。流れ出る血の勢いが弱まった。

 それでもむせかえるような血の臭いにオレは気分が悪くなって俯く。

 そんな場合では無いのに。

 地面は赤く染まっていた。


「…一番近い治療師…町に戻るか…着くまで保つか…」


 ムルヘさんの呟きが聞こえる。

 何をしているオレ、しっかりしろ。

 オレは頭を起こした。


「ワタシが何とかします」


 オレの言葉にムルヘさんがこちらを見た。

 オレは彼を見つめ返して頷き、両掌を槍使いの傷口に構えた。

 まずは救治魔法で消毒だ。


「キュア!」


 両掌から光がこぼれる。まずは成功。次は切り落とされた腕もだ。

 腕を、と言うオレにムルヘさんが腕を拾ってきて渡してくれた。

 左掌で発動させた救治魔法により腕の汚れを払い落とせた。


「動かないようにお願いします。傷口をこちらに向けて」


 オレの指示にムルヘさんが槍使いを支え、彼の左腕を持ち上げて傷口をオレに向けてくれた。

 オレは注意深く傷口と切り落とされた腕の切り口を合わせる。

 そして副えていた左掌で合わせたところをしっかりと押さえる。


「ヒール!」


 まずは骨。次は血管、骨周りの肉。順にイメージしながら回復魔法を維持し続ける。接合されてきたので右掌も傷口に当てる。

 皮膚も接合出来たところで神経がしっかりと繋がるようにもう一度念押ししてイメージした。オレの額を汗が流れ落ちるが気にしない。


 切り落とされた腕は繋がった。

 うっすらと痕が残ってしまったが、今のオレにこれ以上綺麗に治す力は無かった。


「すげえ…まじかよ御姫ちゃん…」


 ムルヘさんの呟きがオレの耳に届く。

 オレは腰を下ろして呼吸を整えた。額の汗を拭う余力はもう無かった。


「痛みは…まだ…ありますか…?」


 オレが声を絞り出して聞くと槍使いは顔を上げた。

 血を失ったからか未だ蒼白だった。しかしその顔はもう歪んではいなかった。


「ああ、痛みは無い。…ちゃんと動く」


 恐る恐る指を動かしてから槍使いが微笑んだ。

 止血が出来なければ命が危なかった。

 そしてもし片腕を失っていれば冒険者生命に関わっただろう。


 繋がって本当によかった。

 そう思ったところで気が抜けたのだろうか。それとも魔力の使いすぎだろうか。

 オレの記憶はそこで途絶えてしまった。




…騒がしい声がする。

 オレは目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。

 辺りはもう暗く、ここは宿屋の一室のようだ。


「起きたかい?みんな下に居るよ」


 筋肉奥さんがベッド横の椅子に座っていた。

 オレはベッドから起き上がり、彼女と一緒に階下へと向かった。


「…治っていってよ。綺麗さっぱりくっついちまったってわけだ。ほら、傷痕を分かるように見せてやれ」

「なんだこりゃありえねえよ!」

「すげえ!腕利きの治療師も真っ青だ!」

「もう一度!もう一度!」


「よし!それでな、幌馬車が揺れたから何事かと後ろに向かったらな。御姫ちゃんがゴブリンを斬ってた。驚くなよ。真っ二つにだ」

「やるなあ、御姫ちゃん!」


 何か話している。


「…それで御姫ちゃんが顔を上げてな。凜とした顔つきで『私が何とかします』って言ってよ」


 あの、何か話しているのが聞こえるんですが。

 宿屋の一階は食堂だった。複数人が酒を呑んで盛り上がっていた。


「来たぞ!」

「ほんとに小っこいシスターだ!」

「御姫ちゃんが起きた!」

「主役のお出ましだ!」

「かわええなあ…おいでおいで」


 オレに気づいて歓声が上がった。

 というか知らない人達も酒盛りに混ざっているんですが。というか今身の危険を感じたんですが。


 荒くれの冒険者共が立ち上がりこちらに突進してくる。

 そこへオレを庇うように筋肉ダルマが現れて立ちふさがる。


「落ち着け。御姫ちゃんを吹き飛ばしちまうぞ」


 筋肉ダルマの言葉にその冒険者共は立ち止まら…なかったので、筋肉ダルマがそいつらを吹き飛ばす。だから本当に商人かよ。


「すまんな。あいつらすっかり出来上がっちまってよ。それで、気分はどうだ?」


 ムルヘさんがやってきてオレに話しかけた。


「あ、はい…大丈夫…いえ、少し…まだぼんやりします」


 オレは大丈夫と言いかけ即座に否定した。

 なにせ大丈夫と言ってしまい酒盛りに放り込まれたら間違いなくもみくちゃにされる。


「リーダー、もう一度頼む!」


 短剣使いの掛け声にムルヘさんは、おう!と答えるとオレに手を振り酒盛りに戻っていった。


「それでな、幌馬車が揺れたから…」


 そして話し始めた。

 あの、もしかして、もしかしなくても昼の話ですか?

 もう一度って何度目なんですか?


「宿屋に着いてからずっとあの調子さ。飽きないねえ」


 筋肉奥さんの言葉にオレは肩をがっくりと落とした。


「まあ、無事宿屋に着いたんだしな。盛り上がらせておけ」


 筋肉ダルマがお手上げとジェスチャーしている。

 いいや、まだぼんやりするし寝直そう。

 おやすみなさい、と言ってオレは部屋に逃げ帰ったのだった。

戦闘回です。

やはり異世界と言えば魔物。魔物と言えば戦闘。戦闘といえば魔法です。


ここから投稿は不定期になる予定です。ご了承願います。


2019年10月30日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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