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11.町から街道へ

 商人の馬車でオレは出荷され…違う、商人の幌馬車で出発したオレ達は今、町の端に来ていた。


 この国の王都からここメラロム侯爵領を貫く街道は、オレの居た孤児院があるこのレラロチ町の端を通っている。

 この町は街道の片側に発達していた。宿場街も街道の片側にしかない。

 オレ達は広場から伸びる大通りを通り抜け、街道を見下ろすところに来ていた。


 オレは思わず幌馬車の中から身を乗り出した。宿屋が建ち並ぶ街道の向かい側にはきらきらとした水面が広がっていたのだ。

 そう、街道は大きな川沿いを通っており結果的にこの町は川とは反対方向に発達したのである。

 もちろんオレはこの川を初めて見る。本当にオレの生活は孤児院だけで事足りていたのだ。


「御姫ちゃん、メリロハ川を見るのは初めてかい?」


 幌馬車に並んで歩く中年の冒険者、ムルヘさんが辺りを見回すオレに話しかける。


「こんなに大きな川を見るのは…初めてです」


 そう、アレラの記憶では初めてだ。

 空太の記憶でもなかなか見たことがない大きさだった。


「この川は王都まで繋がってるんだぞ」


 筋肉ダルマもとい商人の旦那さんが答えてくれる。

 そういえばあまりにも筋肉のインパクトが凄くて名前が頭に入っていなかった。


「そうなんですか…あれは?」


 オレは街道を歩く馬が目に入った。

 馬からはロープが伸びて、そして船に結び付けられていた。


「船を牽引してるだけだよ。ああ、メリロハ川を見るのは初めてなんだってねえ。ああやって重い物は船で運ぶんだよ」


 商人の奥さんが答えてくれた。

 そういえばこの人も名乗ってくれたはずなんだが覚えていない。全ては旦那さんの筋肉が悪い。


「あの…街道は、大雨でも大丈夫なんですか?」


 オレは船もだが、堤防の低さも気になって仕方がなかった。


「大丈夫だぞ。この川は滅多に増水しないし、溢れてもいいようにあの宿屋も一階は厩だけになってるんだ」


 筋肉ダルマもとい…もう筋肉ダルマでいいや。

 筋肉ダルマは宿屋を指さして答えてくれる。


「そして今居るここが第二街道さ。天気が悪い時にはここを通るんだよ」


 筋肉奥さんが答えてくれる。

 いや彼女はごく普通の容姿のおばさんだが、オレの中で渾名が決定してしまった。


「まあ、俺達はあっちの宿屋に用があるわけでもないし…。それに、第二街道を通るんだよな?」


 ムルヘさんの確認に筋肉ダルマは頷いた。

 そしてオレは筋肉ダルマに手招きされた。


「御者台に移りな。景色がよく見えた方が楽しいだろ」


 筋肉ダルマはオレを軽々と持ち上げ自身の隣に座らせてくれた。

 「片手で持てそうな軽さだな」と彼は呟いたが本当に出来そうだった。




…第二街道を進むと町並みが切れた少し先に土手が見えてきた。

 土手には小屋が張り付いていて、何人かが側に立っていた。


「お、門が見えてきたな」


 ムルヘさんがその方向を見て言った。

 だが何処にも門は見当たらなかった。

 オレ達の幌馬車が土手に近づくにつれて、小屋の側の人達が揃いの革の防具を着ていることにオレはようやく気づいた。


「門って…あれですか?」


 オレは土手を指さす。

 街道が土手を切通すかのように土手は割れていて、よく見るとなけなしの柱がその両脇に立っていた。


「おう。半年前までは全部柵だったんだぞ。今はまあ…まだあそこまでだがな」


 ムルヘさんが指さす方向を見ると、土手は向こうに少し行ったところでなくなっていた。

 あまりにも中途半端だ。その先は畑に沿って簡単な木の柵が境界を作っているだけだ。牛が体当たりしたら壊れそうな柵だった。


「えっと…」


 オレは苦笑した。

 それなりに大きな町だというのに城壁とかなかったのだ。

 レラロチ町はオレの思い描いていたファンタジー感溢れる城塞都市のような町ではなかったのだ。


「うん?半年前?」


 そこでオレの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。半年前は何かあったのか?

 オレが目覚めた時から二ヶ月ほど経っている。

 半年前では魔物の大襲撃から時期が少しずれている。


「春の終わりにあった魔物の大襲撃の後、砦が完成してから一旦は落ち着いたんだけどな」


 オレが首を傾げているとムルヘさんが話しかけてきた。


「ちらほらと領内で少数とはいえ魔物の混成行動が見られたんだ。それで領主様から全領地へ守りを固めよとお達しが出た」


 魔物の大襲撃とは時期がずれていると思ったが、放棄した地域を砦で封鎖しても魔物の脅威はまだまだ残っているということか。


「それを受けてこの土手…防壁を作り始めたわけだよ」


 あ、やっぱりムルヘさんも土手だと思っていたのか。オレだけではなくて安心した。


「だがこの町は平和すぎてな。造成…建築具合が遅いということさ」


 ムルヘさんの説明にオレは、なるほど、と頷いた。

 それもそうだ。必要に駆られていなければ急いで造ろうとは思わないだろう。

 小屋の外壁には掲示板があり、何枚か似顔絵を描いた書類が貼ってあった。

 犯罪者や怪しい者は呼び止めるということだろう。


 オレ達の幌馬車は門を通過する。

 門番らしき人達が片手を上げて挨拶してくれた。

 オレも手を振って挨拶する。

 彼らは破顔して手を振り返してくれた。何が嬉しいのだろうか。

 そうか、そう言えばオレは女の子だった。

 小さいシスターが手を振っているから微笑ましくて笑顔なのか。なるほど納得だ。




…結局、門はあまりにもあっけなく通過した。

 身分証の提示とか通行許可証の提示とか通行料の支払いとかそんなものは一切なかった。

 思い描いていたファンタジー的な検問がなくて拍子抜けしたものの、別にレラロチ町に限ったことではなさそうだ。


 思い返せばアリレハ村も似たような状態だったのだ。

 村を取り囲む防壁はなく、せいぜい牧草地を区切る柵だけだった。


 村人でもゴブリン単体なら一人で勝てるし、子供でも武器さえ有れば数人がかりで勝てる。そもそも少し成長したら全員武器を持ち歩く。

 オークは子供でも走って逃げきれる。大人なら数人がかりでオークには勝てる。

 つまり村人は決して最弱職業ではないのだ。


 とはいえアレラは強くないというか、魔物の大襲撃まで魔物らしい魔物と遭遇したことがなかったのだ。つまり平和だった。

 もちろん魔物自体は見たことがある。

 というよりは村の狩人達が巡回して狩ってくるのだ。だからよく魔物の肉が食卓に上っていた。

 そう言えばオーク肉は美味しかったなあ。


 それから…とオレが食いしん坊な妄想に浸っていると聞き慣れない単語が耳に入った。


「流星の日?」


 何気なくオレは聞き返していた。

 静かだったオレが喋ったことで周りの注目を集める。


「ああ、魔物の大襲撃の時期に一晩だけ、大量に流星が飛び交った日があったんだ」


 筋肉ダルマが返事をしてくれた。

 オレはあの時期から半年意識がなかったため知らなかったが、そんな日があったんだな。


「知らないのか?なんでも大襲撃で死んだ奴らの魂が飛んでいったんじゃないかって噂だったんだぜ?」


 ムルヘさんとは御者台を挟んで反対側に居る弓を背負った冒険者が話しかけてくる。筋肉ダルマに遮られて姿が見えないけど。


「そういえば、流星の日に商人が女の子を拾ったって噂があったなあ」


 馬車の横からも声が上がった。確か剣を持った冒険者だったはずだ。


「あったな。流星が近くに落ちたから見に行ったら女の子が倒れていたって奴だろ?」

「幽霊だったとか言われてたぞ?」


 馬車越しに冒険者パーティメンバー達の会話が飛び交う。


「ああ。確かその子は、意識が回復しないから治療院に預けたまま出発せざるを得なかった、って商人ギルドで聞いたぞ」


 筋肉ダルマが話に乗ってきた。どこかで聞いた話のような気がした。


「回復しなかったって…亡くなったんですか?」


 オレは気になったので筋肉ダルマに質問した。


「いや、死んだとは聞いてないが…そういえば治療院から孤児院へ預けられたとかって…ん?」


 筋肉ダルマはオレの質問に答えながら、何かが引っかかったのか首を傾げた。

 オレを見て首を傾げるものだから、オレも首を傾げる。筋肉ダルマが破顔した。どうしたんだ?


「あっ」


 オレはどこで聞いたか思い出した。思わず声を出してしまった。


「どうした御姫ちゃん、何か分かったのか?」


 ムルヘさんが問いかける。全員の視線がオレに集まったが、今から言うことを思うと少し気恥ずかしい。


「あの、もしかしたら…。それ、ワタシのことです…」


 全員オレを見たまま硬直している。視線に耐えられなくてオレは俯いた。


「ええ!?」


 一番早く硬直が解けたのは、今まで会話に参加していなかった筋肉奥さんだった。

 彼女が上げた声で全員が騒ぎ出した。


「どういうことだ?!」


 一人が疑問の声を上げたのを皮切りにして矢継ぎ早に質問が飛んできた。

 オレはアリレハ村の最後の記憶、発見された時のこと、半年意識がなかったことなどを説明していく。

 だが流星の落ちた場所に居たなどというのは初耳なので、そこは噂が一人歩きしたに違いない。


「ああ…確かに辻褄は合うな…」


 ムルヘさんが頭を掻いて呻いた。気まずい沈黙が漂う。




…オレは何でも良いから話題を変えることにした。


「そ、そう言えばワタシ、領都に行くことは噂で初めて知ったのですけど、どうして教会はワタシに隠れて動いていたんでしょう?」


 オレの質問にムルヘさんと筋肉ダルマが顔を見合わせる。


「メレイだな」

「メレイちゃんだな」


 二人同時に答えが返ってきた。


「本当はメレイちゃんに対して秘密にしていたそうよ。あの子に表立って反発されるのが分かっていたからね」


 筋肉奥さんが会話に加わってきた。


「俺も出発前にそう聞かされたな。メレイちゃんに反対される前に推薦状を送ってしまったってな」


 筋肉ダルマが彼女に頷きながらそう言った。


「まあ、結果として当の本人だけ知らない形になってたんだな。どのみち数日の差だったとは思うけどよ」


 ムルヘさんの言う通り、確かに数日後には教会から正式に話が来ていた。




…草原の緩やかな丘が続き、風が気持ちいい。

 林の向こうにある第一街道の様子は分からないが、この第二街道にはオレ達の他に人影はなかった。


「このまま進めば領都で、その先は王都なんですね」


 オレの発言に筋肉ダルマが大笑いした。


「御姫ちゃんや、王都は後ろだぞ」


 そう、領都を目指すオレ達は王都とは逆方向に進んでいたのだ。

 もちろんオレは猛勉強の際にヘレン院長から大まかに地理は教わっている。


 決してついうっかりここから領都を挟んで反対側にあるアリレハ村と現在位置を間違えたわけではない。決して。

 オレは自分の失態に真っ赤になった。筋肉ダルマがオレの頭をぽんぽんと叩いた。叩く強さは手加減を覚えてくれたようだ。


「御姫ちゃんは本当に何も知らなかったんだな。まあ、これから覚えていけば大丈夫さ」


 面と向かって馬鹿と言われた気がする。

 だが怒りより恥ずかしさが勝りオレは俯き続けるしかなかった。

 ふと気づいたがオレは筋肉ダルマにもすっかり御姫ちゃん呼ばわりされていた。

 ムルヘさんからの渾名が移っているようだ。


「あの、ムルヘさん。なんでワタシのこと、御姫ちゃんって呼ぶんですか?」


 俯いたままオレはムルヘさんに今更ながら渾名に対する疑問をぶつける。


「あー。そんな綺麗な目をしててよ、どっかの王族の隠し子なんじゃないかって思ってな」

「違います!」


 ムルヘさんの答えにオレは反射的に顔を上げて即座に否定した。


「そうか?それにしては天使ちゃんが随分と大事にしてたけどなあ」

「天使ちゃん!?」


 思わず叫んでしまうような新しい渾名が出てきた。

 予想は付いているが誰のことだ。


「あー、ヘレアちゃんだよ。教会のアイドルっていうかまじ天使だよなあの子」


 そうですよね、ヘレアサンですよね。

 彼女の病的もとい献身的なお世話ぶりはそう見えますよね。


「まあ、天使ちゃんのことはおいといてだな。あとはそうだな。雰囲気的に病気がちな深窓の令嬢って感じがするしな」


 そしてムルヘさんは、にかっと笑った。まだ何かあるんですか。


「それによ。ガキ共が姫、姫って呼ぶからよ。移っちまった」


 否定出来る要素はなかった。

 オレはもう御姫ちゃんでいいや。好きに呼んで…。

まだ町から出れていませんでした。

そして町の外はのどかです。平和です。これでいいのかファンタジー。


2019年10月27日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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