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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今日から学校と仕事、始まります。②莞

絶望の購入

作者: 孤独

この世にとって、絶望とはなんだろうか。

同じ家族の中に生まれて育ったはずであるのに、兄と弟で差が表れているのは才能の差か。努力の差か。周囲にいる友達の差か、成功の違いか、否か。


そんな環境を30年以上も続ければ


兄は世帯を持ち、家を持つ。

弟は家におり、部屋に篭る。


成功していく兄と、失敗し続けた弟の差は大きく。現実が決めつけるような格差が生まれていた。


「おんやぁ~。こりゃあ、どうも随分。酷いねぇ~」


ある日、引き籠る弟おじさんの部屋に現れた。1人の道化師は尋ねた。不法侵入と思われてもしょうがない。が、夢と思われるような時間帯に現れたそいつは。


「”人生を逆転したいか?”、例えば、今幸せな生活を送っている兄と、魂を入れ替えるみたいな事」


なんだそのあり得ない条件。だが、失うモノなど見えず。何をしても関係ないと思う事。

失ったものなど何もない。そして、これからも……。



「”1日、20万”で契約しようか。なぁーに、魂を入れ替えた兄の金で支払ってくれればいい」


道化師は伝える。


「私の名はエノハ・ヨミトク。夢や希望を”購入”できる能力を持つ者だよ」



◇       ◇



朝、起きると。これまでにない清々しい気持ちと、


「アナタ、おはよう」


今まで味わった事のない優しい声を届けてくれる者がいる事。魂はこの人物を憶えていないが、脳みそは憶えており、そいつが代わりに答えてくれた。いつもの返しだ


「おーう。飯はあるか」

「できてるよー」


自分の魂が、兄の体に入っている。そんな驚きを感じさせないほど、この脳は正常過ぎる働きをする。会話の仕方がなんとなく分かる。これからやらなきゃいけない仕事が分かる。予定も分かる。

なんだこの身体は!?自分の身体とまるで違うじゃないか!

そんな嫉妬が湧くが、もう一つの事。あの道化師が言っている事が本当ならば、自分の身体には兄の魂が入っている事になっている。

そう思っただけで、自分の中にあった劣等感を跳ね除け、天上に立った気持ちにすぐさま酔い知れてしまう。いつもいつも、自分よりできて、デキモノのように自分を見ていたクソ兄が。自分の身体に入って苦しんでいる様を、想像しただけで笑ってしまう。お前が今日から負け犬だ。



◇         ◇



ガララララ


「か、母さん!大変だ!」

「ど、どうしたのよ!?というか、あんた!自ら部屋から出るなんて……」

「弟と魂が入れ替わってるんだよ!!信じてくれ!」


引き籠りの弟が部屋から元気に出てくるだけでも、大事件である。そして、こんなバカげた事を言う。


「どこの妄想の世界に入っているんだい!?ここは異世界じゃないよ!」

「ほ、本当なんだ!なんかおかしい!弟の記憶と、俺の記憶が混同してるんだけど、間違いない!」


弟と魂を入れ替えても、脳への記憶の差がでているのは。人生の充実度合いの差だろう。弟の脳みそは残念なことにスカスカであり、兄の魂が色濃く記憶に反映されていた。とはいえ、肉体は弟の身体だ。


「うっ……なんだこの身体。だるさがヤバイな……虫歯もあるじゃないか……なんで、ほっとけるんだ」

「お菓子食いながらネットとかいう場所で、リアルの不満を叫んでいたじゃない」

「あー、そうだった。どうしよう……。そうだ、妻が心配だ」

「どーしようじゃないでしょ!なんだかんだ知らないけど!これで引き籠りを止められるのなら、働きなさい!」

「ええーーーっ!?いや、当然か……でも、妻の事が……」

「分かった!分かった!私の方からメールしてあげるから!妻が大切なら、働きなさい!というか、お母さん。信じてないからね!」


そんなこんなで弟の身体に入った兄は、すぐに働く必要になってしまった。突如、弟と肉体が入れ替わってしまったこの事件。履歴書を買い、証明写真を撮り、職歴を記入……。


「いや、職歴ねぇーじゃん!こいつ!!(つーか、今の俺)」


証明写真を撮ったはいいが、無精ひげ。ニキビ。ちゃんと洗顔をしているのか、歯磨きをして寝ているのか?口臭も酷い。そんなところからのスタート。

自信を削がれる絶望的なところであったが、こんなことで挫けては妻に会えない。いや、あの弟が何をするか分かったもんじゃない。


「や、やってやるぅぅっ!」


失った人間は失ったまま。そう思った人は、何も得た事がない人。

失敗を知っているという事だけでも、貴重な情報なのである。兄は身なりを整え、部屋の掃除を始める。わけの分からない弟の私物をアッサリと捨てる。

いつもの肉体ならば、疲れなんてこないのに。まぶたがもう重い。朝に起きれないだけでこんなに辛いなんて、分かっていたのに、辛すぎる。


「夜型人間だからか……」


だったら、夜の仕事を選んでみよう。

ともかく、金がいる。情報がいる。どうやって、妻に説明すりゃあいいか。それは家族や周りに信頼されてからだ!こんな姿じゃ俺は弟にしか見えない!兄だって事は、行動で示してやるんだ!

そんなこんなの兄の奮闘を他所に。

兄の肉体に入った弟は、何食わぬ顔で兄の妻と戯れていた。いつもと何か違った夫に少し興奮はしていた。

そして、それからの日々……。




「ありがとうございましたー!」


弟の身体に入った兄は、惨めに思えるかもしれないが、初めての職を手に入れた。深夜のコンビニバイトで銭を稼ぐ日々。


「お前等、働け!」


兄の身体に入った弟は、部下を何十人と持った大企業の課長さん。兄が持っていた能力で部下達を使って、周りから見れば楽に働いていた。

そんな日常、そんな時間。入れ替わってから数年と経てば、事実あれど、もう取り返しのつかないほど入れ替わった現実が広がる。



「なぁ、課長ってラクしすぎじゃね?大した能力あるわけじゃねぇーのに、責任も持とうとしねぇ」

「そうなんだよな。なんか3年前ぐらいはアグレッシブで、自分で会社を引っ張ろうってか」

「プロジェクト持ってたのに、最近じゃ俺達部下任せだよな。美味しいところだけで頂く、ゴマすり系上司になってる」

「課長には言えないけど、俺。課長の奥さんと浮気してる。この間、飲みにも行ったし」

「えーっ!?マジー?やばくない」

「なんか上手く言ってないんだって。金遣いも荒くてさ。離婚危機だって」


1日20万。

365日で、7300万。それを3年間としたら、2億1900万円!!

弟が積もりに積めた。入れ替わり費用!

そんな金額を平然と払えるとしたら、生まれ落ちた場所が決めているというものだろう。億万長者の家に生まれたような事だ。


「もう、別れましょ」

「なにーーー!?」

「結婚した時のあなたと、今のあなたは違う。信じたくない事だけど、信じられるものがあなたにはある」

「ふ、ふざけんな!お前がいなくなったら、どーするんだ!いや、俺がいなくてどーする気だ!」

「知らないわよ。家事くらい自分でやりなさい。私はあなたといるより、育児と仕事を1人でやる方がいいの。髭くらい、私に言われる前に剃りなさいよ」


最初にあんなメールをもらった時は、バカじゃないの?って思った。だけど、それが今では信じられるほど、この人は自分が求めた人じゃなかった。

本当にいた人は、コンビニで働いている。


「ありがとうございましたー、いらっしゃいま……あ」

「……弟くんがここで元気に働いているのを、お母さんから知ったわ」

「………分かるのか?俺の事が、お前!」

「信じてないわ。だって、あなた。3年も私に会いに来なかった。いえ、私も会えなかった」

「…………ごめん。……俺、……」

「……ううん。大丈夫、私。あなたを振ったの。離婚したわ。子供もできたの。今のあなたのように強く生きて、子供にもそうやって生きる事を学ばせたい」


風の噂ではあるが。


「彼女が、できたんでしょ。オメデトウ」

「……カタコトじゃん。いや、ありがとな」


人生は色々。魂が入れ替わっても、肉体は弟のもの。この残りカスみたいな弟の身体も、今は綺麗さっぱりしていて、別人である。どことなく、結婚した頃の兄に似ていると。奥様は思った。モテるな。


「弟がよ」

「ん?」

「いやな。昔、漫画を作ろうと思っていたらしい。よく分からないんだが、漫画を描きたいって欲求が身体に出て来たんだ。あ、俺の魂はまったく思ってねぇんだよ」

「ふんふん」

「ともかく、今の俺には時間もあるから、漫画を描き始めたんだ。そんで面白い感じになったから、半年前、出版社に持ってたら好評でさ。いや、弟って意外と面白い漫画を考えていたのかって。関心しちまったんだ。近々さ、雑誌に載るからさ。買ってくんねぇか?コンビニでも置かれる雑誌なんだ」

「そうなの。分かったわ。購読してみる」



その後、弟の身体に入った兄は、一時期ながら漫画家になった。なんとか単行本を数巻出すまでには至ったものの、それっきりで打ち切りになってしまった。現実はやっぱり厳しい。

しかし、それは肉体が感じていた無念、悔やみが消えた事だった。急に漫画を描く意欲が無くなって来たのも、漫画家を辞めた理由だ。辞めた後はデキた彼女と結婚し、2児の子供を育てるパパさんとなって頑張っている。


◇       ◇



「くそーー、くそーー!」


そして、兄の身体に入った弟。今の彼は3年前と重ねるように、家に引き篭っていた。

妻と別れ、会社を辞め、それでも払い続けるものがあるため、借金をし、土地と家を売る。なんとかなっても、結局は上手くいかないため。また膨らんでいく。

転がったものが止められない。


ドンドン


「っ、………」


毎日、借金取りに追われる日々。神経をすり減らす日常やショックな出来事が立て続けに起こり、魂が初めて痛感した。彼はあの時のように絶望し、妬み、劣等感を味わった。この窮地を乗り越えるという気持ちがまるでない。

そして、今。鏡で自分の顔を見ると


「なんだこの顔……」


まるで、3年前の俺じゃあないか。なんだよ、この顔。兄の肉体だろうがよ。なんでこんな顔になってんだよぉっ。ふざけんなよ。勝手にキャッシュカードから金は降ろされまくるし。俺の身体に入った兄は、コンビニ店員ごときで喜んでやがって……、彼女ができてんじゃねぇーよ!


「チクショーーー!」


そんな叫びに乗じてやってきたのは、あの道化師だった。


「ふふふ、思った通りだ」

「!!お、お前は!あの時の……!そ、そうだ!元に戻せ!契約を破棄だ!!クソみたいな契約を結びやがって!どーやったら戻るんだ!?」

「戻る?お前さんは戻る事などありはしない。お前の魂はそんなものだからだ」


エノハ・ヨミトクは答える。なぜ、こんなことをしたか。


「私は悪魔じゃあない。目的があって、お前と契約しただけだ」

「目的だと!?なんだそれは!」

「それはな……」


今、エノハ・ヨミトクを絶頂にさせるとき


「”絶望してる奴を、さらなる絶望の淵に落としてやることなんだよ”」

「な、……なんだと……」


そうその顔だ。不平不満を吐き出しても、その立派に進歩したゴミカスな表情で、泣き出す様がたまんねぇんだよ。絶望を知ったと勘違いした人間共を、より深い絶望に落として殺してやることこそ。俺でも買えない絶望である、俺を喜ばせる娯楽。


「クソの魂で吠えてんじゃねぇぞ!テメェは何をやってもダメな野郎だったんだよぉっ。分かったか?この3年間のテメェのクソさでよー」


金も、命も、希望も、奪い取り。


「絶望に死ね。こーやってな」


死んでいく。

心臓と脳が止まった、綺麗な死体がそこに転がった。

希望も絶望も”購入”するものではない。過程が購入を通したとしても、自分で選び、掴んで、使う。それが出てくるものが希望であり、絶望である。



どこかにエノハ・ヨミトクが現れても、希望を”購入”しない事を勧める。

いずれ、絶望を掴まされるから。



この短編で登場したエノハ・ヨミトクは、自分の作った過去作の敵キャラでした。

結構強くて不気味で、印象に残っているキャラの一体です。

ただ、その作品内で戦った相手が悪かったから、もう故人です。

こーいう短編でしか登場しないかな。

故人にすると、こーいう時に後悔しますね。


こんな事を書ける辺り、自分の心にこのキャラの不完全燃焼があるのかなーって思いました。



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