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第96話 そうだ、海へ行こう

「海へ行こう!」


今は七月中旬。

本格的な夏が始まった頃。

アイの突然の提案だった。


「また、突然だなあ」


前回、湖にピクニックに行ったばかりじゃないか。


「今は夏!夏と言えば?」


「スイカ」「かき氷」「アイスクリーム」「冷やし中華始めました」「流し素麺」


「食べ物ばっかりね…。違うでしょ!夏と言えば海!という訳で海へ行こう!」


アイもユウも普段は我が儘は言わない。

偶に言ってもこんな感じのものだ。

可愛い我が儘だし、聞いてあげる事にする。


「いいけど、どこの海に行くんだ?泳ぐなら魔獣がいないとこじゃないと泳げないぞ」


「そんな場所あるの?」


「ふふふ、心配いらないよ!お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに教えてもらったから!ここです!」


アイが地図を取り出して指差した場所はエルムバーン魔王国の最南。日本で言えば沖縄にあたる場所だ。


「そこ、行った事無いから転移で行けないぞ」


「それも大丈夫!ここはエルムバーン魔王家の私有地で転移魔方陣で繋がっているらしいの!館を管理、維持する使用人しか暮らしてないって話だから、私達で海を独占出来るよ!」


詳しく聞くと沖縄全土が私有地で街は一つも無いらしい。

そんな所があるのに一度も連れてってもらってない。


「という訳で!海へ行くぞ!おー!」


「「おー」」


そんな感じで急遽決まった海への旅行。

出発は三日後に決まり、ダルムダット一行とフレムリーラ一行も参加が決定した。


そして旅行出発当日。

転移魔方陣の間で準備が整うまでの間、話をする。


「シャンゼ様、フラフラですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫~大丈夫よ~」


そうは言うがフラフラだし、化粧で隠しているが目に隈がある。

かなり疲れているように見える。


「シャンゼ様は今日の為に三日間徹夜で仕事でした」


「それは…やはり急でしたか」


一国の主を旅行に誘うのに三日前はやはり無理があるか。


「お気になさらず。シャンゼ様が一週間分の仕事を溜めてしまっていたのが原因ですので」


「う…」


ラーラさんの厳しい言葉に大人しくなるシャンゼ様。

最初の内は大人しくしてそうだな、シャンゼ様は。


フレムリーラからの参加者はシャンゼ様にメイドのラーラさん。

コルネリアさんにユーファさん。護衛の騎士五名。合計九名。


「ガウル様は大丈夫でしたか?急な誘いでしたが」


「おう。むしろ誘わなかったら怒ってるぞ」


「ガウルはこう見えて、仕事はマメにこなしてる。問題はない」


ダルムダットからの参加者は、ガウル様にアリーゼお姉ちゃん。

アイの弟のジーク君。メイド三名に護衛の騎士三名。合計九名。

エルムバーンに来る時はいつも同行していたクオンさんが、今回は不参加だ。


「ああ、あいつか。あいつばかり連れて行くってのはな。不満が出るだろう」


「どうしても会いたければ、お前が転移で攫ってくるといい。罪には問わないでおいてやる」


「やりませんよ…」


クオンさんの水着姿を見れないのは残念だが。


「準備出来たぞ~」


「皆、揃ってる~?」


「「「は~い」」」


エルムバーンからの参加者は一番多い。

まずボク、ユウ、アイ。

父アスラッドに母エリザ。

お祖父ちゃんとお祖母ちゃん。

それからセバスン、セバスト、ノエラ。

マリアにリリー。

チビッ子メイドのティナ、ニィナ、ルー、クー。

フェンリル一家。

現地の人手が足りないかも知れないのでノエラ達にも手伝って貰うけど、更に助っ人として家妖精のメリールゥ。

そして護衛としてボクの親衛隊から五名。

師匠、クリステア、ルチーナ、リディア、ユリア。

師匠には奥さんと娘さんを連れて来てもいいと、許可を出している。合計三十一名。

護衛の五名は師匠は確定で他の四名を選んだのはボクではなく、親衛隊で行われたバトルロイヤルの結果だ。

クリステアとルチーナはともかく、リディアは意外だった。

お祖父ちゃん曰く、この短期間でかなり強くなっているらしい。


三ヶ国合わせて四十九名。

かなりの団体旅行だ。

館の部屋数は十分にあるらしいが。


「じゃあ出発!」


転移魔方陣が起動し、風景が変わる。

館の地下のようだ。

転移した先では、館の管理をしている使用人達だろうと思われる人達が出向けてくれる。


「ようこそ、おいで下さいました」


「久しぶりだな。ホフマン」


館の使用人を代表してホフマンという男性が挨拶してくる。


「はい、本当に…十五年前になりますか、前にいらしたのは。お久しぶりです、魔王様、先代様」


「もうそんなになるか。すまんな。長く来なくて」


「いいえ、こうして来ていただけたので…。ところで随分大勢で…通信で誰が来るかはお聞きしてますが、魔王様の御子息のジュン様は?」


「あ、はい。ボクです」


「おお…あっと、これは失礼を。この館の管理を任せて頂いている一族の長、ホフマンです。以後お見知り置きを」


「あ、はい。よろしくお願いします」


そうか、ここが魔王家の私有地ならボクが魔王になったら、ここはボクの館になるのか。

それで魔王子が誰か気になったのだろう。

そう思ったのだが。


「噂通り、美しい方で安心しました。これならきっと他の噂も真実なのでしょうな」


「噂?どんな噂ですか?」


というか、こんな本土から離れた島にまでボクの噂が届いてるの? 


「はい。私は時折買い出しで一番近い街、ヌーリアまで行くのですが…」


ヌーリアとは日本で言えば鹿児島にある港街だ。


「買い出しに行く度にジュン様の噂を聞いて周りました。まず修得の難しい治癒魔法を短期間で修得。無償で民を癒し、女神の如き微笑みを向ける、と」


女神の如きって。

この人もボクを女だと勘違いしてるんじゃないだろうな。

いや、御子息とか言ってたし、それはないか。


「次に冒険者として数々の武勲を上げ、魔法だけでなく剣の腕も超一流だと。性格も温和で慈悲深い、とても素晴らしい方だと」


「まあ、大体合ってるね」「うん。間違いなくお兄ちゃんの事だね」


褒め殺しはやめて下さい。

死んでしまいます。


「噂通りでよかった。これで安心して孫娘を嫁に出せます」


「はい?嫁?」


何だか一気に話が予想外の方向へ。


「はい。シャクティおいで」


ホフマンさんが出迎えに並んでいた一人の女の子を呼ぶ。

青髪で小柄な美少女で年は同い年くらいだろうか?

魔族は見た目で判断出来ないけども。


「ジュン様、私の孫娘、シャクティです」


「許嫁のシャクティです。末長く、よろしくお願いします」


「「「はい?」」」


旅行に来た先で待ってたのは、許嫁でした。

聞いてないよ?

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