兄vs妹 9
「今日はヴェルリアですか」
「はい。今日は先ず、アンナ様から情報を頂きます」
「情報…ですか?」
「それでレティシア様が一緒なんだなー」
「珍しい組み合わせなの」
「ま、私はアンナお母様との繋ぎに来ただけよ。ジュンが一緒なら私が居なくても問題無かったでしょうけど」
ノエラさんの食材集め四日目。
今日はヴェルリアの王城へ。
ノエラさんとリリーさんは何度か来てるらしいけど、私は初めて来た。
エルムバーンのお城よりは少し小さいけど、やっぱり大きい…
「お待たせー。レティシアちゃん、元気してた?」
「うん。アンナお母様も変わり無いみたいね」
王城に入って案内された部屋で待ってると、直ぐにアンナ様は来た。
私はアンナ様とはそんなに会わないけど…いつ見ても王妃様には見えない。私より年下の子供にしか見えない。
「ノエラちゃん達も元気みたいね。それで今日はどうしたの?ジュンちゃん抜きで私に会いに来るなんて珍しい…というより初めてよね?」
「はい。今日はアンナ様に教えて頂きたい事がありまして」
「教えて欲しい事?何かしら?」
「『神の雫』について、です」
『神の雫』…?
って、何だろ?何か凄そうな名前だけど…
「『神の雫』…ね。何で知りたいの?」
「実は…」
ノエラさんはアンナ様にセバストさんと料理勝負をする事を説明。その為に『神の雫』が必要なんだとか。
「なるほどねぇ。つまりは『神の雫』を手に入れたいのね?」
「はい。何処にあるかアンナ様ならご存知かと」
「ねぇ、二人とも。『神の雫』が何なのか説明してよ。一緒に居る私達が蚊帳の外じゃない」
「レティシア様はご存知ないですか」
「『神の雫』っていうのはね…お酒よ」
それも超が付く高級酒。
いつぞやの『ユニコーンの涙』に並ぶ希少性の高いお酒で…かなりの美味らしい。
私はお酒は飲まないからお酒に興味が無くて、知らなかった。
ティナさん達も知らないみたい。
「どうして私に?」
「アンナ様は以前『ユニコーンの涙』をお持ちでしたから。何かご存知では、と。それにお父様に情報を集めてもらいましたが…エルムバーン国内には存在しないようですので」
お父様って…セバスンさん?
セバスンさんにも協力して貰ってたんだ。
「ふーん…まぁ的外れな考えじゃあないわね。むしろ大当たりね」
「という事はご存知なんですね?」
「ご存知も何も。有るわよ、この城に」
「え」
此処にあるなら、今回は楽に終わりそう…
「ア、アンナ様、では…」
「でも流石にタダじゃ譲れないわよ?ジュンちゃんが欲しいって言えばタダであげても良かったんだけど。幾らジュンちゃんの婚約者だからってタダであげられる程、安い品じゃないのよねぇ」
「う…」
あ、くれないんだ…なら、対価が要るってことだけど…何を要求されるんだろ?
「アンナお母様…高いと言ってもたかがお酒でしょ?良いじゃないタダであげても」
「んー…まぁノエラちゃんは知らない仲じゃないし?娘達と一緒にジュンちゃんに嫁ぐんだし親戚になるんだからあげても良いんだけど…私のじゃないからね」
「じゃあ誰のなのよ?」
「エヴァリーヌのよ」
「…よりによってエヴァリーヌお母様なの?」
エヴァリーヌ様…ヴェルリア王国第二王妃。
ヴェルリア王家の中で唯一、ジュン様達と疎遠な人。
憎まれてるとか、そういう事は無いって聞いてるけと…
「どうしてエヴァリーヌお母様がそんなお酒持ってるのよ?お酒、好きだった?」
「ええとね…エルリックちゃ…エルリックって婚約者が居たじゃない?一応。で、正式に婚姻が済んだ後、相手の家に贈る品を少しずつ用意してて。その中に『神の雫』があったはずよ」
ううん…それって…どうなんだろう?
不用になった物と言えなくてもないけど…今もなお持ってるという事は…
「エルリックを失って、何とか立ち直ったエヴァリーヌの関心は直孫のリアムちゃんの幸せよ。で、そのリアムちゃんの結婚の時の為にとってあるらしいわ」
やっぱり。交渉しても難しそう…
「そんなわけでエヴァリーヌが譲ってくれると可能性は低いけど…交渉してみる?」
「私の予想じゃ無理だけど…どうする?ノエラ」
「…そう、ですね。兎に角一度お窺いしてみたいと思います」
「そう。ならエヴァリーヌは今、私室に居ると思うわ。行きましょ」
「いきなりエヴァリーヌお母様の私室に行って大丈夫?」
「私の案内なら大丈夫よ。エヴァリーヌって身内のマナー違反には寛容だし」
「へ〜…意外」
「そうなんですか?」
「うん。だって私達に王族としてのマナーを教えてくれたのって、エヴァリーヌお母様だもの」
マナーを教えてくれた人が身内のマナー違反には寛容…身内には甘いって事かぁ。
「エヴァリーヌって執念深い所があるし、体面を気にする所があるから誤解されやすいけど、基本的には優しいのよ」
「優しい…エヴァリーヌお母様には無かったイメージだわ…」
「あら非道い。レティシアちゃんはアニエスが一番優しいとか思ってるんでしょうけど、エヴァリーヌもそれなりに優しいのよ?例えばレティシアちゃんが風邪をひいて寝込んだ時、一番看病してたのはエヴァリーヌよ?」
「え?そうだった?全然記憶にないけど…」
「小さい頃の話だしね。さ、着いたわ。エヴァリーヌ、ちょっといい?」
アンナ様がノックして、返事を待つ。
直ぐにメイドさんがドアを開けて通してくれる。
私達を見たエヴァリーヌ様は意外そうな表情をしてる。
「レティシアと…ジュン様の側近の方々ね。どういう事?アンナ」
「うん。説明するわね」
ノエラさんがアンナ様にした説明を、今度はアンナ様がエヴァリーヌ様に。果たして、エヴァリーヌ様の答えは…
「という訳よ。どうする?エヴァリーヌ」
「是非、お願いします。対価は可能な限り…」
「良いですよ。持っておいきなさい」
「「「「え」」」」
ず、随分あっさり…すげなく断わられるか、対価に何を要求されるかって心で構えてたのに。
「い、いいの?エヴァリーヌ」
「良いのよ。ジュン様には大きな借りがあるのだから。そのジュン様の側近の方からの頼みとあれば無下には出来ないわ」
「ほ、ほんとに良いの?エヴァリーヌお母様。ノエラは確かにジュンの側近だけど、ジュン自らの頼みってわけじゃないのに」
「良いのです。もし、タダで貰うのが憚られるというなら、貴女…ノエラさんがジュン様に嫁ぐ祝いの品という事でいかが?」
「…感謝致します、エヴァリーヌ様」
結婚祝いの品…そうするなら確かに貰い安いかも。
「ええ。…ああ、そうそう。これは機会があれば聞きたかったのだけど」
「はい。何なりとお聞きください」
「次の音楽会はいつかしら?とても楽しみにしているのだけど」
「あ、それは私も知りたい!出来ればヴェルリアでも開催してくれないかしら!」
「それは…」
「なあに?私やエヴァリーヌだけじゃなく、ユーグもアニエスも楽しみにしてるのよ?出来るならうちの音楽隊に楽譜を譲って欲しいくらい!」
アナスタシアさんに続いてヴェルリア王家もですかー…でも…
「それは…残念ながら予定はありません。ジュン様が音楽会の開催を嫌がっておいでで…」
「え?なんで?」
「理由は存知ません。どうしても嫌だそうで…」
「それはいけないわ。あんな素晴らしい曲を世に広めないのは罪といえるわ」
「そうよねぇ。レティシアちゃんの詩と違ってかあんなに才能を感じさせる曲なのに」
「うっさいわね!って、なんでアンナお母様が私の詩の内容を知ってるのよ!?」
「ふっ。私に娘の事で知らない事は無いわ」
「さては盗み見したわね!アンナお母様のバカー!」
「母娘喧嘩は後でしなさい。…ではノエラさん。ジュン様に音楽会開催の嘆願を手紙に認めます。しばしお時間をくださいな」
「あ、それ私も書くわ。ユーグとアニエスにも書かせましょ」
「は、はぁ…」
結局。音楽会開催の嘆願書はヴェルリア王家だけじゃなく。
前回の音楽会に参加してたヴェルリアの人達の殆どに書かせて…百を超える枚数が用意されてた。
「アウレリアちゃんにも言ってアレクサンドリス王家からもお願いしてもらいましょ」
「そうね。いっそ他の国の人達にも協力を要請しましょう」
「あの…私からもジュン様にお願いしますので…これ以上は…」
…これ以上広まって他国からの圧力が強くなったら…キッカケを作ったノエラさんはジュン様に怒られるかも…もしかしたら私達も?
「…」
「な、何ですか?レヴィ。何故私から距離をとるのです?」
「今回の件はノエラさんの独断という事でお願いしまーす」
「な…何を…」
「そうだな。あたいらはノエラさんに頼まれて付いて来ただけだしな!」
「そうなのーわたし達は今回の件とは無関係なのー」
「だね。私達は無関係という事で」
「手紙はノエラさんが渡してくださいね」
「あ、貴女達まで…」
『マスターとハティとミースも無関係を宣言した方がいいんじゃないかな?あ、勿論僕も無関係で』
「あ、アハハ…リリーは…何も聞かなかった事にするですぅ」
「わ、私も…何も聞きませんでした」
「あたしは…しーらない」
「う…」
この場にノエラさんの味方は居なかった。
今回の件だけじゃなく『結婚し隊』の人達や『ファイブレディ』の人達の件もあるし…料理勝負に勝ったとしてもノエラさんの未来は暗いかも…




