第391話 暴風の谷へ 3
「はいーというわけで到着しました。ヴォルフス魔王国の王都ヴォルフデルクです。ヴォルフス魔王国は鉱山が無く、国民の大半は農民。王都の中にも周辺にも畑があるのが特徴と言えるでしょうか。農民が大半な故か国民性は穏やかな人が多いと言えるでしょう」
「ここでも出た」
「お兄ちゃん、それ好きだね」
お約束だからね。お約束、大事。
「で、ここがヴォルフス魔王国の王都…」
「はい。王都ヴォルフデルクです」
旧ガリア魔王国から出発して四日。
ボク達はヴォルフス魔王国の王都ヴォルフデルクに到着した。
王都ヴォルフデルクの様子は事前の予想とは違っていて…
「活気があるね」
「うん。てっきり以前のミトラス王国の王都みたいな感じかと思ってたけど」
「ヴォルフス魔王国は決して豊かな国ではありませんが…心は豊かに保とうと、今は苦しくても皆で立ち向かい、自分達で国を立て直し盛り上げていこうという気持ちでいます。国民も、魔王家も」
「そんな国ですから、魔王シブリアン様も自ら畑仕事をして働いておられます」
「え?魔王が畑仕事?」
「はい」
畑仕事をする魔王…新しいな。
「でもさ、貴女達には…」
「分かっています。私達はジュン様を…皆様を頼った。いくら父様に言われたからとはいえ…こうしてそのお力に頼ってしまった。自分の至らなさを情けなく、不甲斐なく思うばかりです」
「…アイ」
「ごめん。もう言わない」
カミーユさんはまだ子供なのに…本当に言葉通りに、自分の力の無さを嘆いているようだ。
そして話を聞く限りでは、カミーユさんの父親、ヴォルフス魔王国の魔王シブリアン様も娘達を政略結婚の道具にする事を憂いている。
「さ、城はこっちです」
カミーユさんの案内で城に向かう。
カミーユさんは国民に慕われていたのか、顔を知らない人はいないらしい。
皆カミーユさんに声を掛けていた。
「あんれま、カミーユ様?エルムバーンに嫁に行ったんじゃなかったっけ?」
「違うわ。冒険者になって鍛えてもらいに行ったのよ。今日は一時的に帰って来ただけ。また旅立つ事になると思うわ」
「え~?カミーユ様が冒険者ぁ?」
「冗談でしょ?あたしより力が弱かったでしょ?」
「う…い、今は違うわ!エルムバーンで二ヶ月間鍛えて、うんと強くなったんだから!」
「本当かぁ?」
「色っぽくなった気はすっけど…なーにを鍛えて来たんだい?」
「う…もう!もう行きます!」
「うん。またね~カミーユ様」
ずいぶんとフレンドリーな関係みたいだ。
まるで中学生と近所のおばちゃんの会話みたいだった。
「さっきの方はお知り合いで?」
「え?ええまぁ。王都の住民は大体顔見知りだと思います」
「…皆?」
「はい。皆」
王都としては小さく、住民の数は少ない方だと思うが…それでも一万人くらいは居るはず。
その全てと顔見知り…何て事あるんだろうか?
「止まれ!って、カミーユ様!?いつお戻りに?そちらの方々は?」
考え事しながら進んでいると、いつの間にか城に着いていたらしい。
皆、馬車から降りていた。
「ついさっきよ。こちらの方々はエルムバーンからのお客様。失礼の無いようにね」
「エルムバーンからの…?ああ!そういう事ですか!おめでとうございます、カミーユ様!」
「え?…あ、ありがとう?」
門番をしてる兵士さんは勘違いしていると思います。
多分、ボクと婚約が決まって挨拶に来たエルムバーンからの使者か何かだと思ってるに違いない。
メーテルさん達が兵士さんにこっそり耳打ちしてるし。
「あの…カミーユさん?もしかしてボク達が来る事を連絡してないんですか?」
「はい。お忍びで行きたいのであまり派手な歓迎などは避けてほしいとのご要望でしたので。父様に知らせると確実に大事になりますから」
「なりますね」
「あまり国賓とか来ませんしね」
「ジュン様やその婚約者が来たってなれば国中大騒ぎになるっス。ヴォルフス魔王国の歴史上最も大物の国賓の来訪っスっから」
そんなもん…なのかなぁ?
いや、しかしこの国にも他国の王族が来た事くらい…
「確かにありますけど、数年に一度あるかないか。来ても小国同盟内の国からですから」
「同盟内の国の王族が集まるには不便な位置にありますからね。ヴォルフス魔王国は」
つまりは何か国同士での話し合いが必要な時は来て貰うのでは無く、自分達から向かったと。
「自慢出来る物もありませんしね…ここです」
「魔王様を呼んで参りますので、少しお待ち下さい」
ここは…応接室かな。
メーテルさんが魔王様を呼びに行き、カミーユさん達は残っている。冒険者の服装のままで。
「あ…すみません。お茶もお出しせずに。貴女、お願い」
「…は?あ、はい…あのカミーユ様?何をお出しすれば…」
若干混乱気味の女性はカミーユさんが途中で捕まえたメイドさんだ。ボク達が誰かを聞いて、かなり慌てていた。
「何ってお茶よ。普通の紅茶」
「エ、エルムバーンの魔王子様に普通の紅茶で宜しいのでしょうか?」
「……出来るだけ良い紅茶でお願い」
「か、畏まりました」
普通でいいんですよ、普通で。
というか、ボクを何だと思ってるんだろう?
そんな高級品しか嗜まない人に見えるんだろうか?
着替えなくてもいいと言われたから、ボク達も冒険者の…旅装のままなんだが。
「お!お待たせしましたぁ!ヴォルフス魔王国の魔王シブリアン・ヴォルフスです!」
「つ!妻のレアンティーヌ・ヴォルフスです!」
「だ、第一魔王女のヒルダ・ヴォルフスです!」
少しの間、頂いたお茶を飲んでまっていると凄く慌てた様子で三人の男女がやって来た。
兎に角急いで来たのか、服装も乱れてるし、髪も乱れてる。
呼吸もだ。
シブリアン様は畑仕事の為か日によく焼けている。
白髪混じりの黒髪に黒ひげ。
今は正装をしている為、ちょっと品のいい田舎の老紳士といった感じか。
レアンティーヌさんは美人だがなんだが魔王の妻というよりは…街で噂の美人妻といった感じの…どことなく庶民派な空気を感じさせる。
ヒルダさんもレアンティーヌさんと同じだ。
美人なんだがどことなく庶民派。
シブリアン様の畑仕事を手伝っていたのか?少し日に焼けている。
「初めまして。ジュン・エルムバーンです。こっちは---」
ボクに続いて皆を紹介する。
アイシス達を紹介する時には少し複雑そうな顔をしていたが、この場でとやかく言うつもりは無いみたいだ。
「は、初めまして。…えっと…それで本日はどのような御用件で?」
「やはり婚約の挨拶でしょうか?」
「…婚約?誰と誰のです?母様」
「貴女とジュン様の婚約に決まってるじゃない。…違うの?」
「…な!そんなわけないじゃない!私は冒険者になりにエルムバーンに行ったのよ?もう!」
カミーユさんの言葉にシブリアン様達は眼を見開き、メーテルさん達に視線が行くが三人は処置無しとばかりに首を振った。
それを見てガックリとうな垂れるシブリアン様達。
そこまで落ち込まれると悪い事した気分になるのでやめて欲しい。
「それでは一体何の御用で?」
「それはですね…」
『暴風の谷』を解放する事を検討している事を正直に伝える。
すると、さっきカミーユさんに向けた眼より驚きで染まった顔をされた。
「ほ、本気ですか?」
「危険です。いくら何でも…」
「まだ挑戦すると決めた訳ではないですよ?それで谷について記された文献があるとか?出来れば書庫に入る許可が欲しいのですが」
「そ、それは勿論構いませんが…仮に解放出来たとして、対価に何をお支払いすれば…」
「そうですね。谷で発見した物と討伐した魔獣の素材。鉱脈の開発が始まったらエルムバーンに優先取引権を下さい。こんな所ですかね」
「ほ、本当に?本当にそんな物で宜しいのですか?」
「あそこを解放出来たなら我が国は莫大な利益を得る事が出来ます。周辺の土地も開発可能になりますし…本当に?」
「ええ。ですが先ずは文献を調べてからです」
「は、はい!書庫はこちらです!」
魔王様にしては腰の低い人だな…傲慢な態度の人よりは好感が持てるけど。
さてさて…文献に良い情報があるといいんだけど。




