第382話 魔王子様に弟子入り 3
カミーユさん達は模擬戦を五分も戦い抜く事は出来ず。
三分経たずに全員体力が尽き、地に倒れ伏した。
「えー…はっきり言いましょう。Sランクはおろか冒険者を諦めた方がいいです。死にますよ、確実に」
「ぜひゅー…ぜひゅー…い、いえ、そんなわけには…!私はまだ…ひゅー…ひゅー…」
「ゼェッゼェッ…カミーユ様…根性だけは立派ですけど…」
「はぁーはぁー…膝が笑ってますよ…」
「ふぅ~ふぅ~…生まれたての子鹿っス…」
正しく生まれたての子鹿だな…あそこまで膝が笑ってる人、初めて見た…
「でもカミーユ様…ジュン様に吠え面かかせるってのは成功したっスよ」
「確かに。あまりのダメっぷりに驚愕しましたからね」
「ぜひゅーぜひゅー……ゴホッ……そ、そんな情けない吠え面のかかせかたがありますか!せめて、せめて一撃!」
カミーユさんはこちらに向けて魔法を放とうとするが…手がプルプル震えてまともに照準を合わせる事も出来ないでいる。
そしてようやく放った魔法は…
「わー…何あれ…蛍?」
「燃えながら飛んでる虫のようにも見えますね」
アイとクリステアの酷評…でも無いか。正しい評価の通りのファイアーボール…かな?
非常に弱々しいファイアーボールはフラフラと飛び…ボクまで到達する事無く地面に落ち消えた。
「む…無念です…」
その言葉を最後に。
バッタリと倒れてカミーユさんは気絶した。
模擬戦中の魔法はまだまともだったが…体力と精神力が尽き掛けている状態で放った魔法が止めとなったようだ。
「……え~と…ギルドマスター。彼女達に用意した部屋ってどこです?」
「王都の宿屋だがな。その宿が使えるのは今朝まで。引き続き利用しようと思えば代金を支払う必要があるんだが…払えるか、お前さん達」
「いえ…」
「お恥ずかしい話ですが…」
「此処に来るまでの旅費で路銀は全て使い果たしてしまったっス…」
そして最近碌に食べて無く。
宿での食事は有料だった為、朝食も抜きだったのだとか。
元々体力が無いだけでなく、空腹でもあった為に早々に力尽きたようだ。
だがそれを差し引いても彼女達の戦闘技術なんて素人に毛が生えた程度。
エルムバーンの一般兵にも大きく劣るモノでしか無い。
「兎に角、いつまでもここでこうしてられないし…仕方ない。城に行きましょう。食事と寝床くらいは面倒みます」
「やったっスー!」
「申し訳ありません…助かります」
「まともな食事…うぅ…」
食事が出来るだけでそんなに…つい最近のレベッカと同じような反応を…それだけで苦労してたのは十分窺えるな。
ギルドマスターとはそこで別れ。
彼女達を城へ連れて行った。
少し早いが昼食を摂る事にし、食事の用意をする間に彼女達にも着替えてもらった。
ドレスを着て来るかと思ったが旅人の服装だった。
長旅なので荷物は最小限に抑えた為、ドレスなど持って来ていないそうだ。
魔王女と従者の一行では無く、冒険者として来てるので当然か。
「有難う御座います…正直今日の宿はどうしようかと…」
「いえ。ただ此処に泊まるのは構いませんけど、他にも他国の王族の方が滞在されてます。ヴェルリアやクアドラの王族も。その人達と問題は起こさないでくださいね」
「……わかってます。ジュン様がヴェルリアの王女とクアドラの魔王女と婚約された事は聞いていますから。ヴェルリア王家の方に恨みは有りません。戦争を仕掛けたのは此方で敗北したのも此方ですから。もし此方が勝って居れば同じ事を…いえ、もっと酷い事をしていた筈。ですから、ヴェルリアの方に恨みはありません」
エスカロンはヴェルリアに勝っていたら、王族は全員処刑。
人族も全員追放か逆らえば処刑とかしてただろうしな。
確かにその点は間違いじゃない。
「ですが裏切り者のクアドラ魔王国の魔王女…『美魔女』のマリーダと『クアドラの戦姫』のメリッサ。あの二人は赦せそうにありません。此処にいる間は自重しますが」
裏切り者、か。
小国同盟側からすればそう見えるんだろうな。
だが、あの判断はバウデヴェイン様にとっても苦渋の決断。
結果を見れば正しい選択だったはず。
「あらあら、随分な言われようですね」
「久しぶりです!」
「マリーダ!メリッサ!」
噂をすれば影と言うべきか。
メリッサとマリーダさんの二人がやって来た。
メリッサはいつもは戦闘用の服を着ているのだが、珍しくドレスを着ていた。
「どうしたんです?二人共。メリッサは珍しくドレスなんて着て」
「カミーユが来たと聞きましたので。昔馴染みに挨拶をと」
「折角なので昼食も一緒させて下さい!」
「ふん!昔馴染みなんて言わないでくれる?貴女達とは袂を分かったのだから」
「それは国同士の話でしょう?わたくし達まで友達を止める必要は無い、そうでしょう?」
「そうですよ、カミーユ殿!」
昔馴染み…友達?
知り合いなのは解っていたけど、友人関係だったのか。
歳も近いし、当然か?
「三人は友人関係だったんですか?」
「…昔の話です。偶に国同士の決め事で互いの国を訪れた時にお茶を飲んだり…その程度の関係です」
「冷たい事を言いますね。…ところでどうして貴女が冒険者に?冒険者になるのならお姉さんのヒルダ様の方が説得力があったのではないですか?」
「お姉さん…ヴォルフス魔王国第一魔王女のヒルダ・ヴォルフスさんですか」
確か、今年十七歳。
以前ボクとの婚約を打診されて断った人だ。
「はい。ヒルダさんはカミーユさんと違って活発で訓練も精力的に続けてらしたので、それなりに御強かった筈です」
「…姉様は結婚が決まりました。ガノシーフ魔王国の魔王ガノン様の下に」
ガノシーフ魔王国…確かグンターク王国の東、アレクサンドリス王国の西にある国。
大きな国では無いがそこそこ裕福な国だったか。
「ガノシーフ魔王国のガノン様に?ですがあの方は…」
「…ええ。魔王としては珍しく大変な女好き。娶った女は側室や妾も含めれば五十人はくだらないとか。ですが裕福ではあります。はっきり言って政略結婚です」
資金援助をしてもらう代わりに魔王女を差し出すって事か。
確かに政略結婚以外の何物でも無いな。
しかし、それよりもだ。ボクより婚約者…妻や妾が多い魔王がいるって事実に少し安心してしまった。
ボクはまだ結婚はしてないが。
「ガノン様の下に嫁ぐ事が決まった事を告げるお父様の顔と姉様の悲し気な顔…一生忘れる事は出来ません。ですから!私はSランク冒険者となり、国を救わねばならないのです!」
「え?Sランク冒険者?貴女が?」
「冗談ですよね?そもそも冒険者になって師匠に教えを請うというのは建前の筈じゃ?」
「冗談ではありません!それに建前とは何の話です」
「えっと…だって貴女、運動音痴ですよね?」
「学問は得意でしたけど、大きな身体に似合わず運動は壊滅的でしたよね」
「う…そ、それでも!私はやらねばならないのです!」
「…冒険者になると考えたのは貴女?」
「いいえ?父様に言われてです。ジュン様にも同じ事を聞かれましたが、どうして?」
「御父上は貴女に冒険者になるよう言った時、ヒルダさんに結婚の話をした時と同じ顔してなかった?」
「何故解かるの?とっても悲しそうなお顔でした。Sランク冒険者になるには多くの苦難が待ち受けているはず。それを考えての事でしょう」
違うと思います。
もし本気でSランク冒険者を目指すように言ったなら、それはカミーユさんに死ねと言ったのと同義だと思います。
「(マリーダさんの眼で解かるんですよね?カミーユさんの言ってる事は?)」
「(本気です。少なくとも彼女は嘘をついてはいません)」
やっぱりなぁ。
ボクにもそう見える。
そして彼女達のつもりがどうであれ、御引取り頂くには彼女達をある程度の冒険者に育てなくてはならないわけで。
「あの…カミーユ殿?辞めた方がいいと思いますよ?」
「わたくしも昔馴染みとして忠告します。別の道を模索するべきだと思うわ」
「ふん!裏切り者の貴女達に心配される謂れは無いわ!私は必ず成し遂げてみせます!少なくとも三ヵ月以内に成果を出してみせます!」
「は?三ヵ月以内に?」
「はい!姉様がガノシーフ魔王国に行く迄、あと半年とちょっとなのです。それまでに私がなんらかの成果を出せば姉様が辛い思いをせずとも私が頑張れば何とかなる!父様にそう判断させる事が出来れば姉様の婚約を破棄出来るかもしれません」
「…半年先と言うなら、何故三ヵ月なのです?」
「出来るだけ早い方がいいでしょう?」
「いやぁ…そういう問題ではないのでは?」
「遅い早いの問題じゃないでしょう?。政略結婚なら…」
「ええ。ですがガノン様は姉様に思い入れがあるわけじゃない。断ったとしても問題にはならないでしょう。…どちらにせよ、貴女達には関係の無い話です」
カミーユさんが真剣なのと事情は分かった。
過分に空回りしてる感が否めないが…家族を助けたいという想いはわかった。
御父上やヒルダさんがどう考えているかはわからないが出来るだけやってみよう。
とはいえ、かなり絶望的。三カ月以内に成果を出すなんて目標まで出て来たし。
一体どうした物か…




