第343話 戦乱 60
アイシス視点です
「私の相手は貴方方ですか…助かりました。ジュン殿とは戦いたくありませんし、同朋たる魔族の者は極力傷つけたくありませんので」
「…余裕だね、勇者パーティーを相手にするのに」
「それに魔族には随分と優しいではないか。戦争を仕掛けておいて」
「当然です。全ての魔王家は元を辿れば一つ。全ての魔王家は遠い親戚です。その魔王家が治める国の民を傷つける事も本来はしたくありませんでした。ヴェルリアとの戦争が終われば、エルムバーンには充分な補償をするつもりでした」
「元は一つ…?」
どういう事だろう…?
ジュンとこいつが遠い親戚?
冗談でしょ?
「…人族は随分嫌っているようだが?」
「ええ。大嫌いですね。いつか必ずこの地上から消し去ってやります。醜い種族、人族を」
「人族が醜い…?」
「そうです。人族だけですよ?同じ種族の者と争い、殺し合い、迫害する。なんて醜い…」
「魔族は違うとでも?魔族とて盗賊や大罪人はいるだろう」
「…それは認めましょう。ですが国はどうです?魔王国が魔王国を攻める事は世界の歴史でも極稀。それも止むにやむを得ず、他にどうしようもない事情があってこそ。ですが人族の国は?大した理由も無く、同じ人族の国を攻め、殺し、奪い、滅ぼす。くだらない謀略の為に村を焼き、魔族相手なら更に悪質になる。その人族の醜悪さを前面に出した、最低の国がありますよね?」
「…聖エルミネア教国」
「分かってるなら何故滅ぼさないのです?あんな醜悪な国…反吐しか出ない教義を掲げる宗教の国など、滅ぼすに限ります。他に幾らでもまともな宗教があるでしょう」
「…ヴェルリアはそんな理由で戦争をする事は無い。戦争が終わって三百年以上。戦争の悲惨さを語り継いできた。そして、今回の戦争で再び語り継ぐべき事が増えた。ヴェルリア王国は今後も平和への道を進もうとするだろう」
「…そうですか。無駄話が過ぎましたね。では戦うとしましょう」
「お祖父ちゃん、セリア」
「…油断するなよ、アイシス、セリア。相手は魔王だ」
「ん」
エスカロンの武器は…何だろう?リング状の…刃物?
「アレはチャクラムだな。戦輪とも呼ばれる、投擲武器だ」
「投擲…つまり投げてく、る!?」
思ったよりも速い!
でも避けれない速さじゃ…
『マスター!後ろや!戻って来るで!』
「え!?」
なんで!?一度投げた武器が戻って来るなんて!
「大丈夫?アイシス」
「大丈夫だよ。防具を掠めただけ…」
いつの間にか、エスカロンの周りにチャクラム…だっけ。
チャクラムが複数浮いてる。
どういう事?チャクラム自体に何か仕掛けが?
ジュンと戦った『フラワー』のアネモネさんも同じような事してたけど、アレとはまた違う気がする。
お祖父ちゃんも解らないのかな…警戒して近づかないでいるし。
「不思議そうですね。仕掛けて来ないのですか?」
「…未知の現象や能力を視ると、慎重にもなる」
「そうですか。ですが私は遠慮なく」
さっきは腕を振ってチャクラムを飛ばして来たけど、今度は周りに浮かんでるチャクラムが勝手に飛んで来た!
それにただ飛んでるんじゃなくて…物凄い速さで回転してる?
なんか変な音するし!
「チャクラムだけに集中してると、危険ですよ。こんな風に」
「くっ!」
チャクラムでの攻撃と魔法攻撃!圧倒的な手数による中距離戦がエスカロンの戦闘スタイル!
僕とお祖父ちゃんは何とか躱せてるけど…セリアは躱しきれるモノじゃない!
「なら、チャクラムを減らす!」
「ふむ。どうぞ。やれるモノならば」
「バカにすんな!って、ええ!?」
僕の剣が弾かれた!?
というか、あのチャクラム、どんだけ鋭利なの!?
壁に当たっても簡単に斬って戻って来てる!
「紋章の力を使った剣戟を弾く…ならあのチャクラムは紋章の力で強化されてる?」
「そうだろうな…少なくとも中位以上の紋章だろう」
「ふむ。不正解とは言いませんが、その解答は不十分ですね。ほらほら、攻撃は続いていますよ」
セリアは避けるので精一杯。
やっぱり僕が!
「今度は全力で斬る!」
「待て、アイシス。それなら私の方が適任だ、任せろ!」
「お祖父ちゃん?」
そっか、お祖父ちゃんの『剣聖の紋章』の能力なら…
「ぬぅん!」
お祖父ちゃんの剣がチャクラムを捉えた。
チャクラムは…動きを停めて床に落ち、綺麗に割れた。
「…ほう。やりますね」
「私の『剣聖の紋章』の能力はどんな物も斬れる物に変える事が出来る。本来、斬る事が出来ないゴースト系も斬れるし風や魔法も斬る事が出来る。今のはこのチャクラムを操る力を斬ったのだ」
ジュンの剣の能力と少し似てる。
チャクラムを操る力を斬ったなら、あのチャクラムはただのチャクラム。
オリハルコン製でも無い限りお祖父ちゃんに斬れないはずが無い。
「私は種明かしをしたぞ。そちらはしてくれないのか?」
「…そちらが勝手にしたんでしょうに。まぁ良いでしょう。私が持つ紋章は『円の紋章』。円形状の物なら自在に操る事が出来る紋章ですよ」
聞いた事も無い紋章だけど…チャクラムが自在に飛び回ってたのはそれか。
でも、それだけじゃない。
それだけじゃ僕の剣を弾けるとは思えない。
「更にサービスで御教えしましょう。私のチャクラムは刃の部分が微細に振動出来るように細工してあります。紋章の力で高速回転と高速振動させる事で大理石の壁すら斬り刻む事が出来る切れ味を再現しています」
「高速回転と高速振動?」
それで切れ味が増すモノなの?
ジュンとユウなら解かるかな?
「…それだけではあるまい。それだけでアイシスの剣戟を弾けるとは思えん」
「…仕方ありませんねぇ。大サービスですよ?私の『魔王の紋章』の能力の一つです。私の魔力を込められた道具は、その性能が強化される。鎧なら防御力が。魔法道具なら込められた魔法が。私のチャクラムの場合は切れ味が。理解出来ましたか?」
つまり…あのチャクラムは紋章の力で二重に強化されてたのかぁ。
それなら僕の剣が弾かれたのも…理解は出来る。
「でも…やられっぱなしは性に合わないから!次は僕も斬る!」
「そう簡単にいきますかねぇ!」
エスカロンはチャクラム更に増やして投擲してきた。
チャクラムは全部で…十五くらい?
そして魔法攻撃…かなり厄介だね。
小国でも魔王なだけある。
でも!
「僕は勇者だ!セリアは回避に専念してて!メーティスはエスカロンの魔法を防いで!」
「ん!」
『任せてや!』
「お祖父ちゃん!」
「うむ!やるぞ!」
一つ、二つ…うん、これくらいの強さで斬ればいける!
「アイシス!そこは『落ちろ!カトンボ!』とか言わないと!」
「いや、意味わかんないから!気がそれるから止めて!」
「木星帰りの男っぽい声で!」
「だから意味わかんないってば!」
アイはサリアさん、だっけ?セリアと名前が似てる人の相手をしてた筈…あ、ブラドの方はもう終わったんだ?
ジュン達の方は…まだ戦ってるか。というか、もしかして苦戦してる?
でもアイが合流したし、ジュンならきっと大丈夫。
僕達はエスカロンを倒す!
「これで…終わり!」
「ぐっ…」
チャクラムは全て斬った!
後は接近戦で仕留めるだけ!
「ふっ…やはり勇者と剣聖を相手に私一人では分が悪いですか」
「待て。私もいる」
セリア…気持ちは解るけど、今はそこで怒らないで。
「仕方ありませんねぇ。次の蜂起までとっておきたかったのですが…私は今ここで死ぬわけにはいきません。切り札を切らせて頂きます!」
「あれはさっきの宝玉…」
メーティス曰く、確かに神様が作った何か。
宝玉という事は武器じゃないとは思うけど…『開眼の宝珠』みたいに特定の能力を使用者に与える物かな?
「フフフ…これは『進化の宝玉』。使用者を別の存在へ進化させる神から賜りし物」
「進化…別の存在?」
『魔獣の中に変異種やら新種やらおるやろ?例えばゴブリンならホブゴブリンとかゴブリンキングとか。ただのゴブリンがアレを使えばホブゴブリンになるんちゃうか?知らんけど』
「それって…ヤバそう」
エスカロンは…悪魔族だよね?
悪魔族が進化したらどうなるの?
ううん、この場合はエスカロンが進化したら、かな。
「今まで使わなかったのは別の存在へ至ると国を治める上で影響が出るかもしれませんでしたから。これでも一国の王なので。それにホセがコレの存在を知れば煩さいでしょうからね」
そっか。別の存在への進化ってある意味あいつの理想なのか。
「しかし、もはや躊躇う必要はありません!神よ!私に力を!」
「飲んだ?」
「水も無しによく飲める」
セリア…その感想はどうなの?
…同意見だけど。
「ガァアアアアア!グゥ…ウゴォォォアアアア」
「なんか気持ち悪い!」
「大きくなってる」
「これは…魔族ですらなく…魔獣の類では…」
エスカロンはもう魔族と呼べる姿では無く…正しく化け物になった。
何せ、下半身は蛇のそれ。
蛇の下半身に人の上半身が付いた、気持ち悪い姿になった。
アレが進化…?
『クフフフ…素晴らしい!力が溢れる!まるで神になったかのような気分ですよ!』
「神…」
こんな気持ち悪い神、やだ。
でも…
「何か…この濃密で圧倒的な力を秘めたような気配…フェンリルや白猿に似てる気がする」
「確かに。つまり奴は…」
「神獣に進化した?」
そうだとしたら…ヤバいかも。
多分、紋章は持ったままだろうし…『魔王の紋章』を持った神獣って…一体どんな強さを…
「お待たせしましたね。さぁ続きをしましょうか!」
これ、マズいかも。勝てるかな…




