第321話 戦乱 38
「でさ、森に起きてる異常を調べるのはいいんだけどさ。モラン王国の国王との会見には間に合うの?」
「それは大丈夫。日程に余裕はある。それよりも、マークスさん達は村で待っててよかったんですよ?」
「気にしないでください。私もシルヴァンも、最低限の護身術くらいは身に付けています」
「ちょ、ちょっと冒険者っぽい事がしてみたかったんです。すみません、ジュンさん」
冒険者のような事をしてみたい、か。
その気持ちは解らなくもない。
このメンツなら、大概の事から守れるとは思うから大丈夫だと思うけど…
「私も自分の身くらいは。パメラ姉さんとレティシアは不安だな」
「私は…治癒魔法で頑張るわ」
「私はか弱い乙女だから護ってよね!」
自覚があるなら安全な場所に居て欲しいが…まぁ目の届く場所に居て貰った方が安心と考えるか。
「それに、私達よりもその子は大丈夫なの?元々はあの村で暮らしてた普通の子でしょ?」
「確かにな。狩をして暮らしてたそうだから、森を歩くのは慣れてるのだろうが」
「あ、私ですか?大丈夫ですよ。こう見えて、私は結構強いです!」
確かに、今のレヴィさんは強い。
神獣フェニックスの力はもう完璧に使いこなしているそうだし、魔法も上達した。
元狩人らしく弓も扱えるそうだ。
「レヴィさんは強いですよ。そうですね…ハティと同じくらい強いと思います」
「む!」
「その子が?神獣フェンリルと互角?冗談でしょ?」
「本当なのか?普通の女の子にしか見えないんだが…シルヴァンと同じくらいの歳だろう?少々髪が特徴的だが、それ以外は本当に普通だし…」
「人族の女の子ですよね?実は見た目と違って相当長く生きてるわけでもないですよね?」
確かに、見た目は普通の人族の女の子。
髪が毛染めに失敗して色が二色ある感じになってるけど。
「ご主人様!あたしの方がレヴィより強いよ!」
「むむ?それはどうかな、ハティちゃん。私も日々成長してるんだよ?」
「あたしの方が強いー!あたしは紋章だって持ってるもん!」
どういうわけかハティはレヴィさんに対抗心を持ってるらしい。
何だろう?今まで二人で何かを競うような事があっただろうか?
「(ほら、レヴィってハティの家族…フェンリル一家に鍛えられてたじゃない?)」
「(それで、レヴィが褒められてるのを見て嫉妬してるんだよ)」
なるほど、実に子供らしい。
親が自分以外の子供を褒めてるのを見て嫌だったのか。
ハティにもそんな一面があったんだな。
「フッフッフッ…甘い、甘いよ、ハティちゃん!私も遂に!紋章を獲得したのです!」
「むむ!?」
「へぇ、それは初耳。よければ教えてもらえます?」
「はい!是非聞いてください!私が獲得した紋章!それはぁ~!」
「盛り上がってる所悪いが、魔獣だ。備えてくれ」
「あう、セバストさん…いい所なのに…」
「オレが悪いわけじゃないだろう…来るぞ」
姿を見せた魔獣は…牛型の魔獣に熊型の魔獣。
あ、一角猪もいるな。
姿を見せた魔獣達はこちらの様子を窺う事も戸惑う事も無く、襲いかかって来た。
「ご主人様!あたしに任せて!」
レヴィさんの対抗心に燃えるハティが襲いかかってきた魔獣を一掃する。
この森には討伐難度Dまでの弱い魔獣しかいないらしい。
襲って来たのも難度Dの一角猪が最高だし、やる気を出したハティの敵じゃない。
凶暴にはなっていても、強さまでは変化していないようだ。
「で、確かに凶暴になってるみたいだね」
「そうですねー。このくらいの魔獣ならハティの気配に気付けば逃げ出す筈なのに」
「ふふん!向かって来てもあたしの敵じゃないんだよ!」
「うんうん。流石ハティちゃん!じゃあ次は私の番ね!」
「むむ!?」
「次?もう次が来てるの?」
「そうみたいだね、右の方」
ボクは探査魔法で分かってたけど…レヴィさんも気付いてたらしい。神獣フェニックスの力を得て、感覚も鋭くなってるんだろうか。
「今度は五匹か。手伝った方がいいんじゃないか?」
「私がやっちゃいましょうか、師匠!」
「だーいじょうぶでっす!」
襲って来た魔獣全て同時に、火柱が立った。
かなりの火力で魔獣達は一瞬で灰と化した。
「どーですか!これが私の獲得した『炎の紋章』の力です!」
なるほど。『フラワー』のダリアさんと同じ紋章か。
神獣フェニックスの力を持ったレヴィさんには丁度良い紋章かもしれないな。
いや、神獣フェニックスの力と被る部分も多いか?
「それはいいが…森の中で火を使って大丈夫か?」
「そうよ、延焼したらどうするのよ」
「だーいじょうぶでっす!地面をよく見て下さい!」
「ん?」
「地面が焦げてないわね。あれだけの火柱が上がったのに」
「はい!私は火を自在に操る事が出来ます!火を付ける対象も選ぶ事が可能です!」
それはボクの【アトロポス】と似たような能力か。
中々に便利な能力ではなかろうか。
「どう?ハティちゃん。私もなかなかでしょ?」
「むむむ…ふ~んだっ!」
レヴィさんは年下の子供の相手をしてるって感じで余裕があるが…ハティは結構本気で悔しがってるな。
おかしな事にならなきゃいいけど…いや、ハティなら大丈夫か?
「でも、これじゃ食べられないね。折角のお肉が…」
「アイシス…お前は…」
「うっ…それは確かに」
「だよね!あたしが倒したのは大丈夫だよ!」
「いや、残念だけどハティが倒した魔獣も食べない方が良い」
「えー!何で!」
「魔獣達が凶暴化した理由次第だけど。凶暴化した魔獣を食べる事で、食べた者も凶暴化するかもしれないし。というわけで、ハティ。爪と牙をよく洗っておくように」
「う~…は~い…」
ハティには悪いけど、納得してもらうしかない。
もしハティが凶暴化したらどうなるか。考えたくもない。
「で、でも凄いですね。エルムバーンのメイドは」
「あんな力を持ってるからわざわざ連れ帰ったんですね。ということは、もう一人のメイド…ハンナさんでしたか。彼女も強いんでしょうね」
「え…いや、レヴィさんは特殊なので…ハンナさんは普通のメイドですよ。メイド達が皆強いわけじゃないですよ」
「そうなんですか?でもノエラさんやリリーさん。シャクティさんも強いんですよね?」
「ジュン様を護る者として当然です」
「リリーは…弓以外は自信無いですぅ」
「私は許嫁でもありますから!」
この三人も特殊なのだが…もはや言うまい。
「でも、それを言ったらヴェルリアのメイドもですよね?メイド兼暗殺者なんでしょ?」
「それは一部のメイドだけですよ。暗殺者から身を護るには暗殺者に護衛してもらうのが一番だと、アンナお母様の考えで」
「それは確かにそうかもしれませんね。でも…」
「ジュン様、また何か来た」
またか。さっき魔獣を倒してから殆ど進んでないのに。
まるで侵入者を迎撃する為に何者かが魔獣を送り込んでるみたいだ。
「今度は狼の群れか。なら…ハティ」
「うん!任せて!…あれ?」
「どうしたの?ハティ」
「狼達があたしの言う事聞かないの!襲ってくるよ!」
「! カタリナさん達は中央で固まって下さい!」
この狼達は確か…魔獣じゃない、普通の狼達だ。
それがハティの『狼王の紋章』の支配能力を拒絶した?
ハティの母、マーナさんにも出来なかったのに?
「ちょっと数が多いね!」
「もうちょっとだ!踏ん張れ!」
数が多いと言っても三十匹くらいだ。
普通の狼相手に後れを取る事はない。
問題なく倒せたが…
「う~…どうして?」
「ハティは何を落ち込んでるんだ?ジュン達も予想外だったみたいだが」
「あ~…ハティは狼なら魔獣だろうと支配下に置く事が出来るんです。それが出来なかったのは今回が初めてですね」
「ほう。そんな能力を…流石は神獣フェンリルだな。だが、それなら尚更この森の魔獣達には何か異常な事が起きていると考えるべきじゃないか?」
「魔獣達が凶暴化したのとハティの支配能力が効かなかったのには、関連があると?」
「そう考えるのが自然だろう?」
「カタリナの言う通りだと思うよ、お兄ちゃん」
ユウも同じ意見か。
なら…どうするかな。




