第319話 戦乱 36
「ま、また馬車の旅だね、マークス兄さん」
「そうだね。またこうして旅が出来るなんてね…」
ミトラス王国内最後の盗賊討伐が一転、オーガ討伐になった日から数日後。
今はモラン王国に向けて馬車で移動中だ。
オーガを問題無く討伐した翌日。
またアンナさんに呼び出しを受けた。
「今度はモラン王国ですか」
「そう。その次はエーゼオン王国に向って欲しいの」
「またマークスさんに交渉させようと?」
「ええ。今度はミトラス王国との交渉程、決めなきゃいけない事は多くないから。そんなに長くならない筈よ」
ミトラス王国との交渉が数日掛かったのは理由がある。
アデルベルト様が提示した条件の他にも細々とした問題や取り決めがあった為だ。
本来ならそれらをヴェルリアの文官がマークスさんの補佐について決めていくのだが、今回はマークスさんとカタリナさん達がやっていたので、少々時間が掛かった。
「わかりました。それで、戦局はどうなんです?」
「此方が優勢よ。ミトラス王国が離反し、クアドラ魔王国が動けなくなったのが大きいわ。まーたジュンちゃんてば大きな功績あげちゃってー。何をあげたら皆が納得すると思う?」
「ああ。それについては少し考えたんですけどね」
「え?何々?遂に娘達と結婚する気になってくれた?」
「違います。皆とも話したんですけどね。ボクに任せるとの事なんで。孤児院を作ってもらえませんか?」
「え?孤児院?」
「はい。ボク達に渡す褒美の代わりに孤児院を作ってください。今回の戦争で多くの孤児が出た筈です。その子達の為に。出来るだけ沢山。周りを納得させる為に必要ならボクがそう希望したと発表しても構いません。…出来れば発表は無しでお願いしたいですけどね」
「……ジュンちゃんてば本当に…解ったわ。孤児院は必ず作るわ。あ、娘達もあげるわね」
「…そこは譲らないんですね」
「当然よ。それじゃ、詳細はこの手紙に書いてあるから、これを参考に交渉を纏めるようにマークスちゃんに伝えて。御願いね」
という会話があって、移動中という訳だ。
メンバーはミトラス王国に向かった時と同じ。
では無く。
「凄く快適な馬車ですね!流石師匠!」
「はいはい。翼が見えないように、気を付けてね」
盗賊討伐にも付いて来たから予想出来ていたが、やっぱりメリッサも付いて来た。
今回も小国同盟側にボク達がモラン王国に交渉に向かっている事がバレる訳には行かないので引き続き変装中。メリッサもバレるわけには行かないので帽子とマントを羽織って貰い、目立つ翼を隠している。
メリッサの事だから、どこかでボロを出す気がしてならないので不安だが。
「ねぇねぇ、ヘルティさんとマノンさんとは仲良くなれた?マークスさん、シルヴァン君」
「え?あ、はい、まぁ…それなりに」
「ぼ、僕もそれなりに…あ、モラン王国に向かう事になった、と伝えたらお守りをくれました。これです」
シルヴァン君が取り出したのは…木彫りの騎士像?
手のひらサイズの小さな物だが精巧な作りだと思う。
「これは?もしかしてマノンさんの手作り?」
「はい、そう言ってました。ミトラス王国の風習で旅に出る人に木彫りの像を贈るそうです。旅の安全を願って」
「へぇ~。ウチは素人だけど、いい出来だと思うな」
「ああ、私もそう思う。売り物になるんじゃないか?」
「う、売らないですよ。カタリナ姉さん」
「ああ、いや。これを売ろうって言ってるんじゃない。木彫りの像が旅人向けの商品になるんじゃないかとな」
「いいですね。土産物として人気が出るかも」
「しょ、商品ですか…」
「そうだ。シルヴァンは将来、ミトラス王国の国王になるんだから、今からミトラス王国の財政を立て直す為の何かを考えておいた方がいいぞ?」
「そうね。言っちゃ何だけどヴェルリア王国とは比べ物にならないわね。今までと同じ生活は出来ないでしょうね」
「う…」
確かに。ヴェルリア王国と比べたら雲泥の差。
王都ですら、ヴェルリア王国の田舎街程度でしかない。
これと言った産業も無いし。
「弟が婿入りして王位を継ぐ国だから、私も協力はするけれど…シルヴァンが引っ張って行かなくてはいけないからね。落ち着いたら政についても勉強しよう」
「…はい」
不安そうだなぁ。
無理もないけど。シルヴァン君は確かまだ十三歳。
十三歳で国の未来の為に何か考えておけって言われてもね。
ピンとこないだろうなぁ。
「そう心配そうな顔をするな。国王になるのはまだまだ先だろうし、私達兄妹にはいつだって相談すればいい」
「そうね。私は政にはあまり詳しくはないけれど相談くらい出来るわ」
「ジュンだって相談に乗ってくれるわよ。何てったって未来の義弟なんだし。ねぇ?」
「そんな予定は無いけど。まぁ相談にのるのは構わないよ、シルヴァン君」
「あ、ありがとうございます、ジュンさん」
政治について相談されても自信無いけどね。
だけど財政の立て直しについては、マノンさんの木彫りの像を見て思い付いた事がある。
以前、この世界には娯楽となる物が少ないのでチェスやら将棋やらを開発してしまおうかと考えた事があるけれど、また仕事が増えそうだからと断念したままだ。
そこでシルヴァン君の発案という事にしてチェスを作って貰うのはどうだろう。チェスの駒はマノンさんに試しに作って貰い、後は人を雇って大量生産すればいい。
この世界にはこういうボードゲームは無いから、多分大人気になると思う。
最初は王族や貴族、大商会の金持ち相手に高級な素材を使って高値で売って…しばらくしたら平民向けの安い物を売ればいい。
仕事の斡旋も増えていい経済効果が生まれるんじゃないだろうか。
「何か思い付いたの?お兄ちゃん」
「ん?ああ、まぁね。ユウとアイには後で相談するよ」
「ウチも?…ああ、うん、わかった」
「…何でユウとアイだけに相談するのよ。私だって相談に乗るくらい出来るわよ」
「そうだぞ。目の前でそう言われてはな。まるで私達は頼りにならないみたいじゃないか」
「あ…すいません。そういうわけでは無いんですが」
現代地球で存在したゲームを再現しようという相談だから、ユウとアイにしか出来ないだけだし。
あ、いや…今はレヴィアタンも居るか。
「じゃあ何なのよ。私達に言ってもいい事なら今言いなさいよ。隠し事なんてしてないで」
「レティシア、そんな言い方は…」
「構いませんよ、パメラさん。以前、ユウとアイとで考えたゲーム…玩具がありまして。それをシルヴァン君の発案という事にしてミトラス王国で生産、販売すればどうかと」
「ほう、なるほど。そういえば君は海でも画期的な遊びを用意していたな」
「ああ、アレね。ビーチバレーとバナナボートとか言ってたっけ」
「い、いいんですか、ジュンさん。エルムバーンで売り出さなくて」
「うん。ボクには、そうだなぁ…試作品でも貰えたら、それで」
「あ、ありがとうございます、ジュンさん」
「良かったね、シルヴァン。それで、どんな玩具なんですか?」
「ええと…先ずはこういうマス目を書いたボードを用意してですね…」
モラン王国までの道中に、チェスについての説明と相談は終わり。その良く出来た遊びに皆関心していた。
そして早い方が良いだろうという事で戦争が終わり次第、シルヴァン君が婿入りするよりも早く、ミトラス王国で生産、販売される事が決まった。
後にチェスは爆発的人気を博し、それを切っ掛けにミトラス王国は大きな成長を遂げる事になる。




