第306話 戦乱 23
「という訳よ」
「何だ、そんな事で拗ねてるのか?」
「意外に子供っぽい所もあるじゃない」
「別に拗ねて無いよ。今一つ納得いかないだけで…」
ギカントフロッグを撃退後。
ドラゴンが住む山に向かったボク達は、ここでも面倒くさい事になるんだろうなと、覚悟して向かったのだが。
なーんにも無かった。
驚く程に何にも無かった。
良いことなんだけど…何も起こらなさそうな場所では魔獣に遭遇し、何か起きるだろうと覚悟した場所では何も起きない。
それが今一つ納得いかないだけ…
「まぁまぁ、ジュンさん。これでも食べて機嫌を直してください」
「アンナお母様からの差し入れです」
「あ、はい…有難う御座います」
ミトラス王国に入った後、予定通りマークスさん達と合流。馬車でミトラス王国の王都に向かっている。
ヴェルリア王家の面々は何だか楽しそうだ。
「きょ、兄妹揃って馬車の旅なんて初めてですね、マークス兄さん」
「そうだね、シルヴァン。仕事で行くとはいえ…楽しいよ、正直ね」
「二人とも、気を抜き過ぎないようにな。気持ちは分かるが」
「分かってますよ、カタリナ姉さん」
「でも…いつも馬車での移動は護衛に囲まれて窮屈ですから」
レティシアもサンドーラに向かう時に同じような事言ってたな。流石兄妹。考える事は同じか。
「…なーによ、ジュン。何か言いたい事でも?」
「いや、別に?仲の良い兄妹だなと思っただけで」
「何か含みを感じる…」
「そんな事ないよ。それでマークスさん。一週間後にミトラス王国の王都ラステアに着けばいいんですよね?」
「はい。アンナお母様が選定したルートに沿って行けば問題無いかと」
「一週間?何でそんなに時間掛けるの?」
「真っ直ぐ行けば二日掛からないでしょ?」
「途中にある街や村を避けて、尚且つ安全なルートを選ぶとかなり大周りになるんです」
「此処はミトラス王国内だが…他の小国同盟の兵がいないとも限らないし、ミトラス王国の兵でも末端までは我々が訪問した目的は知らない。見つかるわけには行かないんだ」
「加えて、ミトラス国王との会見は一週間後に予定してる。最短距離を進んで無事到着しても会えないんだよ」
「そっか…でも、それなら…」
「言いたい事は解るぞ、アイ。それなら我々は王都に着いてから来た方がいいのではないかと言いたいんだろう?」
「うん…一緒に旅を楽しみたい気持ちは解るけど…やっぱり危険だし」
「確かにそうですね。しかし、これは本来ヴェルリア王国が成し遂げなくてはならない事です。なのに全て皆さんに任せっきりで私達は最後に会見をしただけ、ではとても示しが付かないんです」
「これは次期国王に決まったマークスに箔を着けさせる為でもある。過程も重要だということさ」
「……正直面倒ね」
「ハハハ、全くな。だが、必要な事でもある理解してくれ」
エルリックが失脚…自滅した事により、エルリックを次期国王に推してたヴェルリア王国の貴族連中は黙るしかなくなった。
しかし、すぐさまマークスさんが国王になるわけじゃない。貴族連中が何かおかしな事を考えて王位継承問題を再燃されても困るので、マークスさんに手柄を立てさせ次期国王の座を盤石の物にしたいという事らしい。
「ミトラス国王はどうして小国同盟を離脱してヴェルリア王国側に付こうとしてるの?裏切ったらヴェルリアよりも先に滅ぼされちゃうんじゃない?」
「さてな…小国同盟内に居なければわからない事情があるのかもしれないが…ミトラス王国が離脱した場合は、ヴェルリアの軍を派遣して防衛する事になる。ヴェルリアとしては南の防衛線を大幅に前進させる事が可能になるし、小国同盟軍を西と東で圧迫する事も出来る。戦局は大きく変わるだろう。と、アンナお母様は考え、色々と動いているようだよ」
「ふ~ん…ねぇ、ミトラス王国との交渉が上手くいけば、マークスさんかシルヴァン君のどちらかが婚約するんでしょ?ミトラス王国にはどんなお姫様がいるのか知ってるの?」
「何言ってるの、アイ。私達は会った事があるじゃない」
「え?そうだっけ?」
「あれ?そうだっけ?」
「お兄ちゃんも覚えてないんだ…」
「三年ほど前に国王陛下自ら、二人の王女と共に訪問されてます。用件はカタリナ様と同じで治癒魔法使いの育成と学校建設の為の研修生の派遣です」
三年前…ダメだ、思い出せない。
少しくらいは会話したと思うんだけど…
「ユウは覚えてるんだよね?どんな人達だった?」
「ん?う~ん…何て言ったらいいのかな…取り立てて良くも無く悪くも無く?普通の人達だったかな。印象に残り難い人達ではあったかも」
「それはそれでどうなのだ?ユウ。もっと他に無いのか?」
「そう言われても…カタリナだって今までに会った王族全ての特徴とか説明出来ないでしょ?」
「う……まぁ、そうだな…」
グンタークやヤーマンの結婚式で会った王族や貴族だけでもかなりの数だし。
その結婚式で会った人達も全ては覚えてないのに今までにあった王族全てを思い出すのはボクも無理。
「ミトラス王家の人達とは私達は会ってるんですけどね」
「え?」
「あれ?そうだった?パメラ姉さん」
「ぼ、僕は覚えてないです…」
「シルヴァンは幼かったから、覚えてないのは無理もないわ。そうね、六年前くらいかしら」
「六年前…思い出せないな」
「よく覚えてるわね、パメラ姉さんは」
「私もアンナお母様から聞いて思い出したのよ。私とカタリナとでミトラスの王女二人の相手をするように言われて一緒に遊んだのよ。思い出せない?」
「あ、あ~思い出せた気がする。確かアイシスも一緒じゃなかったか?」
「え?僕も?」
「一緒だったわよ。歳も近いし、ヴェルリアの勇者と御話しがしたいってミトラスの王女…ヘルティさんが仰ってね」
「あれ?じゃあレティシアにも相手するように言われてそうなものですけど?」
「そうよね。でも私は覚えてないわよ?」
「レティシアはその時は王族の仕事なんてまるでしなかったじゃない」
「エルリックにい…エルリックの悪影響を受けて、真似していたね。反抗期なのもあったんだろうけど」
「う…そ、そんな時期もあったかもしれないわね」
六年前…アイシスと歳が近い、か。
じゃあボクとも歳が近いって事か。あ、ていうか娘と婚約しないかとか言われたような。
ああ~…思い出した。
少し気弱そうな国王の後ろで薄っすらと笑って控えていた王女二人がそうか。
確か名前は…ヘルティさんと…何だっけ。
「ボクも少し思い出しました。姉の方がヘルティさんですよね?ヘルティ・トゥウェー・ミトラス第一王女」
「はい。妹さんがマノン・ドゥリー・ミトラス第二王女。ヘルティさんが確か十八歳。マノンさんが十五歳です」
そうそう、確かマノンさんだ。
ヘルティさんとマノンさんとはどんな会話をしたのか殆ど思い出せないな。
「んん~…僕はちっとも思い出せないや」
「確か…何か変わったお願いをされて無かったか?」
「変わったお願い?」
「されてたわねぇ。髪の毛をくださいって。御守りにするからとか何とか」
なにそれ、ちょっと怖い。
髪の毛とか御守りになるの?勇者だから?
ミトラス王国の風習だろうか?
「あ、ああ~思い出したよ。確かそんな事言われた気がする」
「何か、変な王女ね。そんな変わった事言うくせに印象に残らないとか…」
「そうねぇ…ヘルティさんはまだ喋ってたけど、マノンさんの方は殆ど喋らなかったわ。ずっと薄っすら笑ってるだけで」
「「……」」
マークスさんとシルヴァン君が凄い不安そうだ。
解るよ、自分の奥さんになるかもしれない人だもんね。
変な人じゃ困るよね。
ボクも他人事とは思えないし。
「ま、まぁ、どんな人かは会ってみればはっきりするわよ。今度は印象に残らず忘れるなんて事もないだろうし」
「そう、ですね。何事も無ければ一週間後には会えるんですし。それまでは旅を楽しむとします」
「ぼ、僕もそうします。狩をして食糧を確保したりするんですよね?楽しみです」
「セバストの料理は美味しいですから、期待してていいよ」
ま、王女二人の事はそれでいいんだけど…ちょっと不安になっちゃったな。
何だか雲行きも怪しいし。先行きを不安にさせるなぁ。
「向こうの天気悪いね」
「そうですね~もう少ししたら嵐になるかもしれませんよ、ジュン様」
「あ、あの雲、積乱雲」
「雷がピカピカしてるよ、ご主人様」
…本当に不安にさせるなぁ。




