第299話 戦乱 16
「ジュン様、御休みの所すみません」
「ん…敵が来た?」
「はい。凡そ三万の大軍です。まだリュバーンに到着するまで時間がありますが」
敵本隊が来たか。
時刻は16時くらいか。
休んだのが13時過ぎくらいだから、まだ三時間程しかたってないか。
「皆は?」
「リビングでジュン様を待っておられます。カイエン隊長は代官官邸に呼ばれました。ジュン様も来て欲しいと、アンナ様からの御伝言が」
「作戦会議か。解った、行こう」
敵軍は三万。
こちらはボクの親衛隊を含めても約一万五千。
アンナさんの事だから増援は出させてるだろうけど、敵が来る方が早いだろう。
「あ、ジュン」
「お兄ちゃん、体調はどう?」
「体調は大丈夫。魔力はまだ全快してないけど」
「そっか。じゃ、代官官邸に行くんでしょ?」
「うん。それで…アイシスはまだ部屋?」
「僕なら此処だよ」
振り向くと、アイシスとセリアさんが一緒に居た。
二人共、眼も真っ赤で髪も乱れてる。涙の痕もまだ残ってる。
「もう大丈夫なの?」
「うん。もう涙も枯れちゃったし」
「アイシスはお腹が空いたから起きた」
「セリア酷い!」
「はは…」
一見、いつものやり取りだけど…空元気だ。
二人共、無理をしてるだけだ。ボク達を心配させないように。
でも、空元気も元気。今は必要な事だろう。
「な、何さ、ジュン」
「ん…悪くない」
思わず二人の頭を撫でてしまう。
頑張ってる子はやっぱり褒めてあげたくなる。
「さて。ボクは会議に行って来る。その間、皆に仕事を頼みたい」
「何ですか?何でもやりますよ!」
「リリーもやりますぅ!」
「あ、そう?じゃあシャクティとリリーにはスケスケドレスを着てもらおうかな」
「何でですか!?」
「ええ~…もう全部見られちゃいましたし、いいですけどぉ~…」
「冗談だよ。先ずアイとユウはリュバーンの周囲にゴーレムを出せるだけ出して警戒に当たらせて。ゴーレムを出せる親衛隊員も連れて行って。ああ、ガーゴイル型も数体出して空も警戒させて」
「あいさー」
「任せて、お兄ちゃん」
親衛隊のゴーレムを出せる者にも、ナイトゴーレムを出せるよう訓練してある。
タイプKを出せるようになった者も数名。
戦力の足しにはなる筈だ。
「次に、リリーとハティ。それからアイシスとセリアさんも。外壁の上で見張りをしてて」
「はいですぅ」
「はーい」
「ぼ、僕も?」
「うん。言ってなかったけど…レヴィアタンを解放したのは、あのマッド爺だったんだ。遺跡の傍の砦を破壊したのもあのマッド爺だと思う。…勇者の杖っぽい物も持ってたしね」
『なるほどなー。つまりはあの爺が奇襲をかけて来たら感知出来るわけやな、わいなら』
「うん。メーティスなら一早く接近に気が付くと思うし、何らかの手段で隠蔽してたとしてもリリーとハティが居れば気が付いてくれると思う。で、マッド爺が来たらアイシスに抑えて欲しいんだ」
「うん、わかったよ」
「ジュン様、私は?」
「セリアさんにはコレを」
「これ…特別製の?」
「うん。ステファニアさんとジドさんの合作。広範囲防御結界を張る事が出来るやつ。敵が来たらそれを使って」
「ん。了解」
これで奇襲にも対応出来る筈だ。
後は…長丁場になりそうだし…
「セバストとシャクティは皆の食事の用意を。外で手軽に食べれる物でお願い。親衛隊の分もね」
「了解だ」
「わかりましたー」
「クリステアとルチーナは親衛隊から何人か連れてアイシス達を護衛。ユウとアイにも何人か付けて」
「「はい」」
「ノエラはボクに付いて来て」
「畏まりました」
本当はセバストとシャクティだけで親衛隊の分も含めた料理を作るのは大変だろうから、そっちに付いてもらおうかと思ったんだけど…どうせボクに付いてこようとするだろうしな。
「じゃ、各自行動開始」
「「「はい」」」
さて、それじゃ代官官邸は…アレか。
街中は避難を始めた住民達で騒然としてる。
住民達の顔は皆、不安そうだ。無理も無い。
「……大丈夫ですよ」
「ジュン様?」
「何でもない。行こう」
「はい…」
官邸の会議室にはボク達以外の全員が集合済み。
ユーグ陛下にアンナさん。アロイスさんにバルトハルトさん。
ランスロットさんと…あの人はリュバーンの守備隊隊長だったかな。
見たことが無い人も数名。
代官補佐のマリーさん…だったか。
彼女の姿は見えない。
「お待たせしたようですね、すいません」
「いいえ、大丈夫よ。じゃ始めましょ、ユーグ」
「うむ。皆も既に聞いたと思うが、敵軍、凡そ三万が此処リュバーンに向かって進軍中だ。皆の意見を聞かせてくれ」
「援軍はこちらに向かっているのですか?」
「ええ。合計三万の軍が向かってるわ。ただ敵の方が早く到着するでしょうね」
「三万…という事は援軍の到着を待って反撃ですかな」
「それが無難でしょうな」
それはどうだろう?
此処に来るまでに聞いた話だが、住民の避難と捕虜の移送に、五千の兵を割いたそうだ。
つまりリュバーンには一万しか残っていない。
一万で三万の敵軍を抑える。
普通なら分が悪い。
「打って出るべきでしょう」
「バルトハルト殿!?」
「そんな…無謀ではありませんか?」
「いいえ、私も同意見よ」
「ボクも同意します。閉じ籠っていては、敵がまたドラゴンを連れていた場合、ドラゴンブレスを防ぐ手立てがありませんから」
「う……」
「そうでしたな…」
敵はまたドラゴンを連れていると仮定して、何匹連れてるかも分からないけど、最低でもドラゴンだけでも全滅させる必要がある。ドラゴン以外の魔獣も連れてる可能性があるが、それはどんな魔獣かによって対応を変えるしかない。
勿論倒せれば、それに越した事はないだろうけど。
「しかし…全軍で出撃したとしても此方は約一万。とても勝目があるとは…」
それも事実だ。
しかも敵兵は魔獣兵。普通の兵士よりずっと強い。
「それは正面からぶつかれば、でしょう。奇襲をならば…」
「残念だけど、敵の進路上に奇襲に適した地形は無いわ」
「ぬ…ううむ…」
奇襲もダメか。
となると有効そうな作戦は…
「援軍が来るまでの時間稼ぎ、が妥当なとこですか」
「そして援軍と共に総攻撃ですか。ふむ…」
「うむ…無難かもしれんが…どうやって時間を稼ぐ?」
「アンナさん、敵軍の現在地は?」
「此処よ。山脈を西回りに迂回してる。もっと早く対応出来ていればこの先の森に軍を潜ませ、奇襲を掛ける事も出来たんだけど…」
「なら…この河を確実に越える事になりますよね。そしてこの橋を渡るしかない」
「橋を落とすつもり?無理よ、とても間に合わないわ」
「普通なら、そうでしょうね。でもボクには間に合う手段があります」
「そうか、ジュン殿ならば転移魔法で即座に行けるではないか」
「待って。ジュンちゃんは一度行った場所にしか転移出来ないんでしょ?そこ、行った事あるの?」
「無いですね。でも他にも手段があります。任せて下さい」
「…敵も進路の安全を確認するための部隊くらい出してる筈。十分に気を付けてね」
「はい。それじゃ今から行って来ます。ノエラ」
「…はい」
会議室を出て、向かうはハティが居る外壁の上だ。
ハティに乗せてもらえば、敵軍より先に橋に着く筈だ。
「で?何が不満でそんな顔してるの?」
会議室を出てから、ずっとノエラが不機嫌だ。
ノエラはあまり不満を顔に出すタイプじゃない。
今のような、あからさまな不満顔は珍しい。
「…何故ジュン様がいつも危険な作戦を実施しなければならないのですか」
「…それは…」
「いくら同盟国とはいえ…ジュン様もジュン様です。率先して危険な任を引き受けるなんて…ジュン様はエルムバーンの魔王子なのですよ?なのに…」
確かに、普通は他国の問題に王族が率先して関わって解決するもんじゃないと思うけど…
「ノエラも見たよね?テオさんの首が落ちる瞬間を。アレを見て何も感じ無かった?」
「…」
「あんなのもう見たくないよね。ましてや、自分の国で自分の大切な誰かが死ぬ瞬間なんて。なら、今やれる事をやるべきだよね。…違う?」
「申し訳ありません。差し出がましい事を…」
「ううん。ノエラが心配してくれてるのはよく分かってる。ほら、早くハティのとこに行くよ」
「はい。…ハティに乗って橋まで行くおつもりですか?」
「うん。悪いけど、少しでも早く着きたいから、ボクとハティだけで行くから。ノエラ達はお留守番ね」
「…はい」
う~む…また機嫌が悪く…どうしたもんか。
帰ってからも機嫌が悪かったら、また考えるか。
アーミーアントの時みたいにお尻を触って機嫌を直すなんて、セクハラの正当化みたいな真似したくないし。
ハティは指示した通り、アイシス達と外壁の上に居た。
今の所は何も問題無いみたいだ。
「というわけで、ボクを乗せて連れて行って欲しいんだ」
「分かったー!頑張るよ!」
「ジュン、僕は?」
「アイシス達は引き続き見張りをお願い。ハティが抜けた分、監視が緩くなったから気を付けて」
「うん…分かった」
『わいに任せときぃ!』
「リリーも頑張るですぅ!」
「頼んだよ」
チラっと見ただけだが、アイとユウのゴーレム作成も問題無いみたいだ。親衛隊達も作ってるから、結構な数のゴーレムが待機してる。
何処にどれだけ配置するかは、ユウが上手くやってくれるだろう。
「じゃ、頼むよハティ」
『はーい!』
「ジュン様…お気を付けて」
ハティの背に乗って南西の橋へ。
やはりハティは速い。このスピードなら間に合う筈だ。
余裕が有れば嫌がらせ…じゃなくて、他にも時間稼ぎに罠でも仕掛けてやろうかな。




