第296話 戦乱 13
「あ、ああ…ああああああああああ!!!」
「テ…テオォォォォォォォォォォォ!!!」
テオさんの首が…落ちた。
周りに居る住民達からも、悲鳴と泣き声が聞こえる。
なのに…アイシスとバルトハルトさんの声は誰よりもはっきりと聞こえた。
「ジュン様…」
「…アイシスとバルトハルトさんの援護を。住民の避難も忘れるな」
「はっ!ランスロット殿!」
「…うむ!総員!住民の保護を最優先とし、敵を殲滅しろ!リュバーン守備隊の諸君!君達にも協力を要請する!」
戦いが始まった。
リュバーンの住民に化けていた守備隊も即座に参戦。
奇襲を受けたガリア魔王国軍は即座に追い込まれて行った。
「セバストさん、ノエラさん。貴方方は此処でジュン様を守って頂きたい。アイ様も」
「了解だ」
「ご武運を、カイエン隊長」
「はい。クリステア、ルチーナ。二人もジュン様を守れ。リディアとユリア、お前達もだ」
「はい」
「必ずジュン様を御守りして見せますわ!」
「ウチは暴れたい気分だけど…アイシスとバルトハルトさんに全て譲るかな…」
ボクも…こんな気分は初めてだ。
でも、これは確かに、暴れたい気分と言える。
だけど…体はまだ重い。
魔力回復薬も飲んだし、クリステアとルチーナから貰った指輪も使用して、ある程度魔力は回復したけど、一度完全な魔力切れを起こすと魔力が回復しても、直ぐに万全な体調にはならないみたいだ。
「ジュン様、これを」
「私達の指輪も使って魔力を回復して下さい」
「ありがとう」
クリステアとルチーナ。二人の指輪も使って魔力を回復。
魔力は…三割くらい回復したか。だいぶ体調も戻ってきた。
「戦況はどう?」
「圧倒的に此方の優勢かと」
「シャクティの歌もあるし、アイシスとバルトハルトさんが…暴れてるからね」
アイシスとバルトハルトさんは…二人で敵の中央に突撃、戦っている。完全に囲まれる事なく戦えているのはセリアさんとメーティスのフォローとカイエンとランスロットさんの采配の御蔭だろう。
「悲しいね…」
「…そうだね…あの二人を見ていると…とても悲しくなる」
「あの二人…アイシスさんとバルトハルトさんですか」
「うん…」
あの二人はきっと…
悲しくて、哀しくて…泣き出しそうで。
辛くて、苦しくて…押し潰されそうで。
憎くて、狂おしくて…張り裂けそうで。
目の前の敵に、怒りをぶつける事しか出来ない。
そんな…とても哀しい姿だ。
「ジュン様、アレを」
「アレは…レッサードラゴンか」
どうやって操って…いや、あのマッド爺は魔獣を支配出来るんだったか。あのドラゴンに、『この者達に従え』とでも命令しておけばこの場に居なくても問題無いんだろう。
「アイシス達は気が付いて無い、か」
「ウチが行くよ。ウチに任せて」
「…頼んだ。気を付けて」
「うん、大丈夫。ドラゴンを倒したら直ぐ戻るし。…今日のウチはいつもより強いし」
「…そっか。そうだろうな。リリー、アイの援護をお願い。リリーならここからでも届くでしょ?」
「はいですぅ!今日はリリーも頑張るですぅ!」
リリーの援護射撃を受け、アイがレッサードラゴンを仕留めに行った。ドラゴンの周りにも敵兵は居るが…今のアイは止められ無い。
「はあぁぁぁぁ!」
敵兵は無視し、瞬時にドラゴンの懐に入り込み、渾身の一撃でドラゴンを仕留めた。ドラゴンがアッサリ死んだ事で敵兵に更に動揺が広がる。
「流石はアイ様ですね」
「うん。それにしても…」
「どうかされましたか?」
「魔獣兵がいないね」
「そう言えば…」
魔獣兵…あのマッド爺の研究成果、人族や魔族に魔獣の特徴を取り入れ、強化された兵士。
その魔獣兵が見当たら無い。
「街の外で陣取ってる連中に魔獣兵が集中してるんじゃないか?」
「そうなんだろうね。という事は外の軍と戦闘中のアロイスさんは苦戦してるかな?」
「数の上では有利な筈ですし、大丈夫だとは思いますが…」
「あたしが見て来ようか?ご主人様」
「いや…今、ハティが狼に戻ったら皆ビックリするだろし、止めておこう。…ハティも暴れたい気持ちなのは解るけど、今は堪えて」
「…うん」
どちらにせよ、街中の敵を排除しないとボク達は応援に行けないのだし。先ずは目の前の敵を排除する事に全力を注ごう。
それから一時間もしない内に、逃げ場も援軍も見込め無い敵兵は次々に降伏。街中の戦闘は終結した。
「ジュン様、敵兵の殲滅及び捕縛、完了しました」
「うん。…此方の被害は?」
「我々親衛隊とリュバーンの住民に死者はいません。しかし、ヴェルリアの騎士団とリュバーンの守備隊に合わせて二百名程の戦死者が…」
「そうか…」
戦死者約二百名…やはり死者は…犠牲は出てしまう。
住民に死者が出なかったのがせめてもの救いか。
「…アイシスとバルトハルトさんは?」
「…あちらです」
アイシスはテオさんの首を抱えて泣き崩れ…バルトハルトさんはアイシスの傍で茫然と立ち尽くし…セリアさんはそんな二人を眺めて涙を流していた。
「セリアさん…」
「ジュン様…どうして…私の紋章はこの事態を教えてくれなかったの?教えてくれてたら、きっと…」
「それは…ボクにも解らない。でも、セリアさんに責任は無い。それは解る。だからセリアさんが責任を感じる事は無いよ」
「うん…」
「バルトハルトさん…こんな時、何て言えばいいのか…ボクには解りません。でも今は…外で戦っている貴方のもう一人の息子を助けに行きましょう」
「…そう、ですな…アロイスまで、死なせるわけには…」
バルトハルトさんは…どこかでこうなる覚悟をしていたのかもしれない。もう顔を上げて、次の戦場に眼を向けた。
『ジュンはん…わい…こんな時に涙を流す事も出来ん体が…ほんま辛いわ…』
「そうか…ボクもメーティスと同じ体だったら、辛かっただろうな…」
『泣きたい時に泣ける体…欲しいなぁ…』
涙を流せなくても、メーティスが哀しんでいるのはよく解る。
ボクも、周りの人皆、同じ気持ちなのだから。
「アイシス…」
「ジュン…あっ…ジュンなら叔父さん治せるよね?叔父さんを助けて!」
「ごめん…ごめんね」
「な、何で謝るの?早く叔父さんを助けて!助けてよぉ!」
「アイシス…」
この世界に、死者を蘇させる魔法…手段は存在しない。
新しく作る事も…多分出来ない。もしも死者復活の手段があるのなら、とっくに誰かが確立しているだろう。
大事な人に生き返って欲しいと願う人は、いつだって存在するのだから。
「アイシス…まだ街の外で戦闘が続いてる。戦ってるのはアロイスさんだ。助けに行かなきゃいけない。だから…厳しい事を言わせてもらうよ。死んだのはテオさんだけじゃない。騎士団にも守備隊にも多数の死者が出た。今、外で戦っている人達にも死者が出てる筈。だから…今は哀しみに沈んで立ち止まっていい時じゃない。今は剣を取って、戦う時だ。テオさんが命がけで守ったリュバーンを守り抜く為に…」
「う…ぐっ…うぅ…」
ダメか…戦えないか。無理も無い。勇者とはいえ、まだ十六歳の女の子だ。ボクが言ってる事の方がよほど無理で、残酷だ。
「解った…行くよ。テオ叔父さんが守った街は絶対に守り抜く!」
「アイシス…」
立ち上がったか…強いなぁ、アイシスは。




