第289話 戦乱 6
「ニジェール王国とアルジェント公国が戦争…これはエスカロン・ガリアの手引きによるものですか?」
「間違いないわ。アルジェント公国の兵の中に、うちに攻め込んで来た奴等と同じようなのが混じってるそうよ」
となると…サンドーラの時と同じだろうか?
ニジェール王国を操ってヴェルリアの戦力を削ぐのが目的か?だとしたらアルジェント公国じゃなくヴェルリアに攻め込みそうなモノだけど…
「ニジェール王国の戦力は?」
「凡そ三万。五千程の魔獣兵が混じってるって、私の部下からの報告。残りはニジェール王国の正規軍だけど、ニジェール王国のほぼ全軍にあたるわ。やっぱり正気とは思えないわね」
やはり、サンドーラと同じように吸血鬼に操られてる?
それにしても妙だけど…
「それでボク達は何を?」
「ジュンちゃん達はここで待機してて」
「待機…ですか?」
「ええ。ジュンちゃん達にはもう十分助けて貰ってるもの。これ以上、率先してジュンちゃん達を矢面に立たせるわけには行かないわ。それにジュンちゃんの親衛隊の指揮権は私達には無いもの」
「…わかりました」
正直、ちょっとホッとしてしまう。
やはり、戦争に積極的に参加なんてしたくないし、大事な人達を参加させたくもない。
「でも、アンナさん。ニジェール王国が操られてるなら、攻め滅ぼすわけにはいかないんじゃない?」
「そうよね。先にそっちをどうにかしたほうがいいんじゃないですか?」
「勿論、暗殺者は既に送ってるわ。仮に吸血鬼の仕業じゃなくても、王を暗殺すれば兵は引き上げる筈よ」
やっぱり送ってたか暗殺者。
もしかして世界各国に暗殺者を潜ませているのだろうか。
「もしかしてエルムバーンにもアンナさんの部下の暗殺者が居ます?」
「…まっさか~。それじゃ私はお仕事があるから~今日はここに泊まってね。御部屋はすぐに用意させるから~じゃあね!」
「逃げた」「逃げたわね」「逃げましたね」
あの反応は居るな。やっぱり怖いな、アンナさん。
「ニジェール王国…じゃないか、アルジェント公国に軍が到着するのはどれくらいかな。カタリナさん、解ります?」
「そうだな…強行軍で進んだとして二日間くらいか」
「そんなに早く着きます?」
「隣国だし、先遣隊は西側の領地から軍を編成して向かうだろうからな」
二日間…その間何も無ければこのままここで待機か。
そして、二日間。ボク達が待機中は何にも無かったのだが…
「……」
「どしたの?お兄ちゃん」
「すんごい顔色悪いけど」
「非常に拙い事態が発生したかもしれない」
「え?特に何も起こってないみたいだけど…」
「ボクを探す声が聞こえる…」
「え?え?何それ」
「リリーには何にも聞こえないですぅ」
「空耳じゃないの?」
「いや…この声はあの蛇の声だ…」
「あの蛇って…」
「まさか…」
あれから偶にボクの夢に出るようになったあの蛇。
夢で聞いたあの蛇の声と同じ声が聞こえる…
「ジュンちゃん、居る!?」
「アンナさん…もしかしてあの蛇の事ですか?」
「え?そ、そうよ?何でわかったの?」
「ボクを探す声が聞こえるので。…あの蛇の封印が解かれたんですか?」
「そ、そうなのよ!突然、何者かが洞窟の近くに設置した砦を破壊!その後洞窟に入って蛇を解放したらしいの!」
「そうですか…それで蛇はこちらに向かってるんですね?」
「そう!!」
「うわぁ…それって…」
「途中にある国や街は全滅…」
「あ、いや…それが…その蛇は空を飛んでるらしいの。雲より上に登ってから進んでるから、直接的な被害は出ていないわ。パニックは起きてるでしょうけど…」
空を飛んで?蛇が空を飛べるのも驚きだけど、街や村を壊さないように空を飛んでるのか?
あの蛇の封印を解いたのが、勇者の杖を使ったあのマッド爺なら、当てが外れたな。
恐らくは、あの蛇にヴェルリアの軍を潰させる目的で解放したんだろうから。
…しかし、その後はどうするつもりだ?
蛇を倒すか封印する手段でも持っているのか?
「それで、アンナさん。ヴェルリアはどうするのです?」
「……全軍を挙げて迎え撃つわ。でもジュンちゃんにはカタリナちゃん達を連れて逃げて欲しいの」
「アンナお母様!」
「…逃げなさい。貴女達は逃げて、生きるの。いいわね?」
…死を覚悟して戦うつもり、か。
しかし、その覚悟は必要無い。
「アンナさん、あの蛇の狙いはボクです。ですから、ボクと一緒に逃げるのが最も危険です」
「ジュンちゃんが狙い?…で、でもジュンちゃんには転移魔法が…」
「ええ。ですから、ボクがあの蛇を何とか…」
「ダメです!」「ダメだ!」「ダメですぅ!」「絶対ダメですー!」
「ジュン様、その蛇が話に聞いた通りの存在ならばジュン様を行かせる訳には参りません。無理やりにでも止めさせて頂きます」
「カイエン隊長に同意します。縛り付けてでも止めさせて頂きます」
「絶対に行かせませんよ、ジュン様!」
「ご主人様…」
う~む…反対されるのは分かってたけど…有無を言わせない感じだな。
神様とのやり取りは説明出来ないし…転移で強行突破したら追いかけて来て敵と鉢合わせとかしそうだしな。
どう説得したものか…
「アイ、ユウ。円陣」
「あ、うん…」
「…皆はそこで待機ね。あ、リリーは耳を塞いでて」
「どんな言葉を並べようと、絶対に認めませんからね!」
あまり時間は無いけど、三人寄れば文殊の知恵。
何か打開案を出さねば。
「(と、皆さんは仰ってますけども。ボクが行かなきゃどうにもならないと思うんだ。どうにか説得出来ないかな)」
「(転移で強行突破しかないんじゃない?何言っても納得しそうにないよ?)」
「(今回は無事に帰って来るって約束して、破ったら何でも言う事聞く…は通用しそうにないね。あ、逆ならどう?)」
「(逆?)」
「(そう、逆)みーんなー!お兄ちゃんが行かせてくれたら何でも言う事聞いてくれるってさー!」
「おいいい!」
逆って、そういう事か!
「何でも…い、いえ!ダメです!」
「そうだぜ。その約束は必ず帰って来るって保証にはならない。むしろ前回を考えれば帰って来ないつもりなんじゃないか?」
「そ、そうですよ!ジュン様が何でも言う事を聞くって言って実現した事ないですもん!」
「あ」
ダメじゃん。仕方ないか…
「アイ、ユウ、後は頼んだ。アンナさんも皆を止めてくださいね」
「あ、うん。…ウチも本当は行かせたなくないんだからね?」
「私も。用意があるし、お兄ちゃんが行くしかないのは分かってるから止めないけど…ちゃんと帰って来てね?」
「え?ほ、本当にジュンちゃんが行くの?な、何で?ジュ、ジュンちゃん?」
「あの蛇の封印が解けた時の為の用意はしてあります。心配しないでください。だから皆、行かせてもらうよ。此処で待機するように。これは命令だよ」
「う…し、しかし、ジュン様!」
「大丈夫。必ず帰って来るから」
「ま、待ってくれ!せめてオレ達も一緒に!」
「…ダメだ。全員此処で待機。命令違反には厳罰を持って処する。…それじゃ、みんないい子で待ってるんだよ」
「ジュン様!」
死ぬつもりは無い。神様の言う通り、あの蛇が優しい性格なら、死ぬ事は無い筈だ。
神様からもらった指輪もあるし、何とかなる…筈。
ダメならさっさと逃げよう。
そう考えたら帰った時の方が怖いな。
皆怒ってるだろうからなぁ…




