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第287話 戦乱 4

「エルリック!ああ…血が…」


「う……」


 倒れるエルリックに母親のエヴァリーヌさんが駆け寄り、血で汚れるのも構わず抱き上げた。

反逆者になっても息子は息子。大切な事に変りはない、か。


「あなた!エルリックが…」


「…エルリックは大罪人だ。治療したところで待って居るのは処刑台だ。ならばこのまま…」


「そんな…あなたの息子ですよ!?」


「エルリック兄さん…」


「……」


 ユーグ陛下はこのままエルリックを死なせるつもりらしいが、ボクには死なせるつもりは無い。

人殺しはしたくないし、それに家族の眼の前で殺したら、罪に問われなくてもヴェルリア王家との間にしこりが残りそうだし。


「ユーグ陛下。エルリックを治癒します」


「…ジュン殿、気遣いは不要だ。エルリックはこのまま…」


「気遣いではありません。エルリックには聞きたい事あります。背後にいる者の存在を聞き出さないといけないでしょう?」


「…しかし…」


「ユーグ、ジュンちゃんの言う通りよ。エルリックちゃんには…エルリックには聞きたい事があるわ。ジュンちゃん、御願い。…ごめんね」


「気にしないでください。…エヴァリーヌ殿、離れていてください」


「…はい」


 反逆者になった息子とはいえ、重傷を負わせたボクに敵意があるのか、複雑な顔をしてからエヴァリーヌさんは離れた。

治癒魔法をかける前にエルリックの装備と道具を取り上げて、拘束しておく。

また暴れられたら、面倒だしな。


「終わりました。直ぐに目を覚ますでしょう」


「すまない、ジュン殿。貴殿には本当に…迷惑をかけて、助けられてばかりだな」


「…それよりもユーグ陛下。家臣の方々を急ぎ集め対応を協議してください。恐らくは今頃…」


「陛下!!ご無事で!?」


 やっとヴェルリアの騎士達がやって来た。

城内に侵入した敵の始末がようやく終わったか。


「うむ。城内に侵入した敵は始末したか?」


「はっ!今は残敵の捜索と消火を行っております」


「ならばお前達は各責任者を集めよ。急ぎ会議を開く。負傷者の救出も忘れるな」


「はっ!」


 負傷者…それならボクが…いや、ヴェルリアからの治癒魔法育成に来てた研修生は既に帰った。

ボクが出しゃばらなくても大丈夫だろう。


「う……」


「気が付いたか、エルリック」


「…そうか、俺は負けたのだな。フ…こんな初手で躓いて失敗するとはな。さっさと殺したらどうです?」


「…その前に幾つか聞きたい事がある。質問に答えよ」


「…なんです?」


「城内に侵入した賊…兵を用意したのはお前ではあるまい。誰が後ろに付いている」


「察しは付いているでしょう?」


「南の小国同盟…よね」


「そうですよ、アンナ母様。より正確に言うなら、ガリア魔王国のエスカロン・ガリア、になりますか」


 城内に侵入した賊はグリムモア魔道国で見た奴同じ、魔獣が融合・合体したような姿を持つ者達だった。予想はしてたけど、やはりエスカロン・ガリアと繋がっていたか。


「ならば、お前が知る限りの事を話せ。奴らはこの後どう動く」


「殆ど何も知りませんよ。俺が上手く城を占拠出来たら連絡をして奴らを招く事になっていただけです。連絡が無い場合は失敗したとみなすと言ってましたがね。失敗した場合はどう動くか、までは聞いてませんね。とはいえ侵略を開始するのは間違いないでしょうが」


「…アニエス、各領主に侵略に備えるように通達、戦争が始まると伝えさせろ」


「はい」


「急いだ方がいいですよ。もうあまり時間は無いでしょうから」


「お前は…!」


「エルリック兄さん…兄さんは何がしたかったんです?本当に王になりたくてこんな事を?こんな…」


「分の悪い賭けを、か?ふん…お前にはわからんだろうな、マークス」


「私も聞きたいな。それほど高い能力を持ち、何故?王になりたかったなら、能力を隠さず王子としての務めを果たせばよかったではないか」


「俺が本気で王になりたいなどと思ってると思うのか?やはり、お前にもわからんのだな、カタリナ」


「…私にも判らないわ。だから教えてよ、エルリック兄さん」


「…ぼ、僕も知りたいです、エルリック兄さん…」


「ふん…俺は王位に興味は無い。一時的に王になった後、欲しい奴にくれてやるつもりだった」


「欲しい奴に?じゃあ何の為に王になる気だったの?」


「自由になる為だ」


「…何?」


「俺は自由になって国を出て好きに生きたい。その為に俺は反逆者になった」


「そんな…そんな事の為に?こんな事をしたと?」


「やはり、お前には分からないみたいだな。いや自分が、不自由だということにすら気づいていないんだな、マークス。カタリナ、お前にも解らないんだろう?」


「……」


 不自由だから自由になりたい。不自由であると感じていなければ自由になりたいと望む事も無い。

それは解る。解るけど、その為に人殺しをしていいわけが無い。

そしてカタリナさんも…理解してるみたいだ。

エルリックの自由になりたいという気持ちを。


「マークス、お前は…ヴェルリアの東にある草原地帯に何があるか、知っているか?」


「東の草原地帯?あそこは無人地帯で、かつて誰かが暮らしてたという記録も無い。何も無い、ただの草原地帯の筈です。特別な物は何も…」


「特別な物は無いかもな。だが、あそこには草原地帯と言っても小さな森が点在している。その森には美味い果実が生る木があるそうだ。それと小さな花畑もな」


「…は?」


「城に籠っているだけじゃ知る事の出来ない情報だろ?俺も実際に行ったわけじゃなく、冒険者に聞いた話だがな」


「…何が言いたいのです?」


「まだ解らないか?なら…お前、王都の中央広場から南の入り組んだ場所にある菓子屋に行った事はあるか?」


「か、菓子屋?」


「知らないだろう?あそこにはお前が好きそうなフルーツを使った菓子もある。探して見るんだな」


 そこはもしかして…以前、セリアさんに案内してもらった店か。

誰かに教えて貰うのではなく自力で見つけるにはかなり歩き回らないと見つけられないって話の。


「お前は自分が暮らす王都ですら、自由に歩き回った事が無いだろう。…行きたい場所に行けない。やりたい仕事を選べない。自分で恋人も選べない。それが不自由で無くて何なのだ?」


「それは…確かにそうかもしれませんけど…でも、私達は王族です。多少の不自由は…」


「多少、か。だが俺はそれが堪らなく嫌だった。冒険者になって世界を歩いてみたかった。まだ誰も見た事が無い物を探しに行きたかった。だから行動した。…王になって、王位を捨てて自由になる為に」


「そんな…他にやりようが有った筈だ。兄さん程の才覚があればもっと上手く…」


「そうよ!何もこんな…こっそり出奔して行方をくらますとかあったでしょ?」


「確かに出来ただろうがな。だか、それでお前達は…国は俺を放っておく事が出来たか?俺を連れ戻す為に追手を放った筈だ。そいつらから逃げ隠れしながら旅をする?そんなモノは俺が求める自由ではない。それに…」


「それに?」


「……何でもない。さぁ、もういいだろう。殺すなりなんなり、好きにしろ」


 …それでも、こんな事態を引き起こすより、よっぽど簡単だったろうに。

何より失敗しても身の破滅まではいかないだろうし。

…もしかして…


「エルリック、あんたもしかして…家族全員を連れて旅をしたかったのか?家族全員を王族という身分から解き放って自由にしたかったのか?皆、不自由にしか見えなかったから?」


「なっ…」


「ふん…やはり、気が合うみたいだな、お前とは」


「残念だけど、ボクはそんな気はしないよ。…ユーグ陛下」


「…うむ。エルリック、貴様は地下牢に入っていろ。処罰は追手沙汰する」


「……はい」


 ヴェルリア王国第一王子エルリック・ヤン・ヴェルリア。

彼が引き起こしたヴェルリア城内の争乱は彼の敗北を持って終焉した。

しかし、これは戦いの始まりが終わっただけに過ぎなかった。

ヴェルリア王国とエスカロン・ガリア率いる小国同盟との戦争の始まりである。

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