第281話 妖精女王 5
「さて…では皆は少し離れていてくれたまえ。…狼の君!私の方へそいつを連れて来たまえ!」
『え?ご主人様、いいのー?』
ダンテさんはどうやら一対一で戦うつもりらしい。
ハティの問に首肯で答える。
『じゃ、行っくよー!』
「うむ!」
ダンテさんの横をハティが通り過ぎ、マンドラゴラも一瞬で駆け抜けようとする。
そこで、ダンテさんは勇者の紋章の力を使用。
紋章の気をドーム状に展開。結界のような物を作り、マンドラゴラを閉じ込めてしまった。
『フォ!?』
「フッ。貴様はもう私から逃げられない。貴様はもう私の虜だ」
「「「……」」」
ダンテさん…言葉の使いどころが微妙に間違ってます…虜にしてどうすんですか。
「勇者の気で結界を張ったのか…アイシスもアレ出来る?」
「出来る…と、思うけど…かなり消耗する筈だから、長時間維持は出来ないと思う」
「となると、短期決戦ね。ダンテさんはあの速度で動く敵を捕らえる術があるのかな」
気の結界はダンテさんを中心に半径3m程。ダンテさんが動けば結界も動く。
それほど広い結界ではないが、あのマンドラゴラを捕らえるのは苦労するだろう。
いや、それよりも…
「あのマンドラゴラに触れられたら、寄生されちゃうんだよね」
『そうじゃ。神獣である儂だから、奴に寄生されても暫くは動けたが、人族が寄生されたら一瞬でミイラにされるぞ』
「それだとウチやハティが相手にするのは危険だね」
「いや、アイはいけるんじゃないか。ほら、あれ」
「ん~?」
ダンテさんは、勇者の気を全身に纏いガードしてる。
マンドラゴラの拳を手で受け止めたが寄生されずにいる。
『フォ!?』
「動きが止まった…な!」
マンドラゴラの拳を掴んで動きを止めたダンテさんはそのままマンドラゴラの脚を斬り飛ばした。
「やった!?これで…」
「いや…まだみたいだな」
斬り飛ばされた脚はマンドラゴラは直ぐに再生。
掴まれたままの拳も自ら切り離し、ダンテさんから距離をとった。
そう言えば再生能力も高いって話だったな。
「あぁ…おしい」
「でも、そっか。ウチも闘気でガードすれば防げるんだ」
「そうみたいだな。でも…勇者の気で結界を張り自身もガード。更に戦闘をこなすとなると、かなり消耗すると思うけど…アイシスならどれ位の時間保つ?」
「……精々、五分。ああまで連続使用し続けたらすぐバテちゃうよ」
「しかし…ダンテ様は平気そうな顔ですね。表情からは余裕を感じられます」
「確かに。笑みを浮かべる余裕すらありますね」
「恐らく…アイシスとは紋章の練度が違うのでしょうな。戦争で…実戦で使い続けた為に。嫌でも練度が増したのでしょう」
「戦争か…」
それは確かに、嫌でも紋章の練度が上がり、強くなる環境だっただろう。
ローズさん達に一人でも勝てると見込まれて連れて来られるだけある。
「何か、マンドラゴラの動きが鈍くなってきてない?」
「それにダンテ様の動きも…バテて鈍くなるどころか良くなってます」
アイの言う通り、マンドラゴラの動きは鈍くなり、ノエラの言う通り、ダンテさんの動きは良くなってる。これは…
「フフフ…この気の結界は貴様を閉じ込めるだけの物ではない。貴様の身体に少しずつ染み込み、動きを阻害する。私と同じように気で自身をガードしていない限り、防ぐ事は出来ん」
ダンテさんの自信の根拠はこれか。
どんなに素早くても結界に捕らえてさえしまえば、マンドラゴラには防ぐ手段が無く、いずれ倒せると。
「逆に私は戦い続ける程に力を増す。それがこの【アレス】の力だ」
なるほど、ダンテさんの動きが良くなったのはそれか。
【アレス】の力と気の結界。
この二つが合わさればどんな強敵も倒す事が可能。
自分より強い相手でもいずれは逆転する。
敵に回したくない人だな。
「しかし、再生能力が厄介だな…細切れにして燃やすとしようか」
『フォ…フオォォォォォォ!』
「最後の悪あがきか…無駄だがね!」
最後の力でマンドラゴラはダンテさん目掛けて突撃する。
しかし、辿り着く前にダンテさんの乱れ突きにより、マンドラゴラは弾ける。
「私は魔法は槍ほど得意では無いのだが…これなら簡単に燃やせそうだな」
細切れになったマンドラゴラはダンテさんの魔法で簡単に燃えた。
流石に灰になっては再生出来ないらしく、マンドラゴラの新種を倒す事に成功したようだ。
「お疲れ様です、ダンテ殿」
「ダンテ殿、では無く、ダンテさんで構わない。私もジュン君と呼ばせてもらうから」
「わかりました、ダンテさん。御見事でしたね」
「凄く参考になりました。とても御強いですね、ダンテ様」
「ありがとう。しかし、勇者の紋章を使うとやはり疲れるな。腹も減るし…何か食べる物があれば分けてくれないか?」
「あ、じゃあ…このリンゴをどうぞ。美味いですよ」
「(よろしいのですか、ジュン様。そのリンゴは例のリンゴでは?)」
「(構わない。【アレス】の力も見せてもらったしね)」
こちらは【フレイヤ】の力を隠したのにダンテさんは惜し気も無く見せてくれたんだ。
これくらい構わないだろう。
「ありがとう……これは美味い!エルムバーンの特産品かい?」
「エルムバーンの…というよりボクが作った物です。残念ながら、特産に出来る程の数を揃える事は出来ません」
「そうか。それは残念だ。…君は植物を操作する力を持っているのか?」
「!……何故です?」
「その力があったから、あの魔獣をドラゴンから引き剥がせたのだろう?遠目で見ていたが、特に何かしていたように見えなかったのにドラゴンが本来の姿を取り戻していったからな。そして君が作ったというリンゴ。君は農家では無いだろう。此処までヒントが揃えば察しが付くよ」
しまった…少々迂闊だったか。
ノエラが危惧した通りになってしまったか。
ダンテさんも…意外と言えば失礼だが、結構聡明な人のようだ。
「ま、君が隠したいと思う理由も、察しが付く。肯定も否定もしなくていいさ」
「…ありがとうございます」
ダンテさんと話を終えて、後ろで控えてるアネモネさん達の所へ。
そこにはドラゴンは居たが妖精女王の姿が見えなくなっている代わりに別の人の姿が。
いや、アレが光の玉から姿を現した妖精女王なのか?
「ジュン様、ダンテ様。ありがとうございました」
「皆さんの御蔭で、女王様とファフニール様は救われました。これで『メグ・メル』も救われます」
「でも、何だか寂しいままじゃない?此処」
「それは私の力が戻れば、以前のように妖精達の楽園になります。そうなったら皆さんも一度遊びに来てください。歓待させて頂きます」
アイの問に答えたのさっきまでは居なかった女性。やはりこの人が妖精女王らしい。
女王様の姿は…何と言うか、黄金の虫を擬人化した着ぐるみを着たデ…豊満な女性だ。
全体的に丸い。アネモネさん達に比べると、その…正直見劣りする。
でも、金色に光ってるのでかなり目立つ。
ダンテさんもずっと眼を奪われているようだ。
「あの…貴女がやはり、女王様で?」
「はい。私が妖精女王、タイタニアです。この度は大変御世話になりました」
「ああ…女王様…五十年振りのその御姿…変わらずお美しい…」
え?
「本当に…金色に輝くその御姿…まるで女神様ですわ」
ええ~?
「何か御礼をしなければなりませんね。何がいいかしら…」
『儂も何か礼をせんとのう」
「御願いしたのは私達ですから、私達からも何か御礼しなければ」
「そうですね。何か私達にして欲しい事はありますか?ダンテ様」
「けっ…」
「「「けっ?」」」
ずっと女王様を見て固まっていたダンテさんが女王様の手を取り膝をついて、口づけをした。
アレはボクがカタリナさんにやらかした、求婚の…
「結婚してください」
「「「え」」」
け、結婚?
アレと?あの金色の虫っぽい姿のデ…豊満な女性と?
嘘でしょ?
「ダ、ダンテさん?正気ですか?」
「勿論だとも!この美しさ!私が今までに出会った全ての女性に勝る!というか、聞くなら本気かどうかではないのかね?」
あ、思わず正気を疑ってしまった。
いや、しかし…
「で、ですが、ダンテ様。確かダンテ様はポーンド王国の王女を妻に迎える予定なのでは?」
「問題無い!我が国も一夫多妻が認められている!女王様が望むなら、あちらとの婚約は破棄して構わない!」
「ええ~…政治的な絡みもあるでしょう?そんな簡単に…」
「大丈夫だ!ポーンド王国の王女との縁談は向こうから持ち掛けて来た話だし、父上も嫌なら断っても良いと言っていた!何も問題は無い!」
どうやら、本気らしい。
いや、しかし…女王様は半分は虫のような姿。
子供とか作れるの?跡継ぎとか必要でしょ?
「ほ、本気なのですか?私と結婚?」
「はい。私の妻になってください」
「ですが…私は此処を離れるわけには…」
「では…ローズ君。礼と言うなら、私に仕えてくれないか?私が望む時に此処に連れて来てくれるなら、別に仕えてくれなくてもいい」
「え?ああ、はい。此処に連れて来る役目を私達が担うのは構いませんが…」
「うむ。女王様、私から此処に来ます。だから私の妻になってください」
「す、少し考えさせてください」
「はい。待ちましょう。ですが、私は一度フラれたくらいでは諦めませんよ」
「は、はぁ…」
何とまぁ。人の好みは千差万別。
とやかく言うつもりは無いけど…
「ああ…此処に来てよかった。女王様こそ、私の運命の人に違いない」
ほんとーにぃ?
だって…いや、もういいか。本人が望んでるんだし…
「帰ったら指輪を用意しなくては。式は…此処で開くしかないか。身内以外は呼べないな」
幸せそうだなぁ。
女王様も満更でも無いみたいだし。
どうか、末永く御幸せに…




