第268話 戦いに向けて
~ジュン~
「エルムバーンの各地で同じ事が?」
「はい。いずれもゴブリンのような下位の弱い魔獣ばかりですが。ですが、中には五匹まとめて現れた場所も。一番の大物でマウンテンバッファローが現れた街では建物の倒壊等、大きな被害が出たようです」
クリステアとルチーナからの報告にあった、ゴブリンが突然、街中に現れたという事件。
その追加報告をカイエンから聞いた所、エルムバーンの殆どの各領地で同様の事件が起こっているらしい。
「事件の直前、或いは直後に不審な人物や物を見たとか、そういう報告は?」
「有りません。ですが奇妙な報告が一つ。街中に現れた魔獣で一番多いのはゴブリンだったのですが、王都に現れた者を含め、武器を所持していなかったそうです」
「それは確かに奇妙だね」
ゴブリンは確かに、魔獣としては弱い。
だけど学習能力はあって、魔獣の中では数少ない、武器や道具を使う種だ。
数で補い、武器を持つ事で、自分達よりも強い魔獣がいる世界で絶滅せずに生き残って来たのがゴブリン。故にゴブリンは大概武器を持ってるし、ある程度の群れで行動する。
単独で行動しているのもおかしいが、武器を持っていないのは更におかしい。
「それから、これはゴブリンに限らず突然現れた魔獣全てに共通して、なのですが」
「うん」
「街中に現れた魔獣は全て、混乱している様子だったと。自分がどこに居るのか、分かってない様子だったという報告が」
「つまり…魔獣達は自分の意思で街に入った訳じゃなく、誰かに無理やり送り込まれたって事?」
「恐らくは。それならゴブリンが武器を持っていなかった事や、弱い魔獣ばかりだった事の説明が付きます」
捕らえた魔獣を送り込んだのなら、武器は取り上げるだろうし、強い魔獣は捕らえるのが難しいし、使い捨てにするのも勿体ないってとこか。
「魔獣を送り込んだ奴の目的は何だと思う?」
「申し訳ありません。そこまでは…」
「実験を兼ねた警告ってとこじゃないかな」
「ユウ?」
一緒にカイエンの報告を聞いていたユウは何者かの目的に思い至ったらしい。
「実験?」
「うん。魔獣だけを街中に送り込む方法なんて聞いた事もないし、賢者の紋章でも調べられない。多分、全く新しい技術なんじゃないかな」
「じゃあ警告って?」
「いつでも魔獣を送り込めるから、大人しく自分の国だけ守っていろって言いたいんじゃないかな」
「サンドーラの件に関わった事を言ってるのか?」
「グリムモアで人攫いを阻止した事も、私達だって知られてるかもね。どっちも調べたらわかりそうなもんだし」
つまりユウは、今回の一件はガリア魔王国の仕業だと。そう考えている訳だ。
「他にいないしね、こんなことやりそうなの」
「対策は思い付く?」
「う~ん…街中の警備や巡回を強化するくらいじゃない?多分、転移魔法の応用だから、例の『キャンセラー』を使えば防げるかもしれないけど…」
「それだとジュンの転移魔法も使えなくなるもんね」
「そっか…カイエン、しばらく王都と周辺の村や街の巡回を強化。警戒するように」
「はっ!」
さて…敵の目的ははっきりとは分からないけど、ユウの推測通りなら…戦争が近いのかもしれない。エルムバーンではなく、ヴェルリアを狙った戦争が。とはいえ無関係では居られないし、出来るだけの準備をした方がいいかもしれない。
戦争の用意なんて、やりたくは無いのだけど…
~エスカロン~
「ホセ」
「お主か…何の用じゃ。わしは忙しいんじゃが」
「密偵から連絡がありました。実験は成功です。もう魔獣を送り込まなくて結構ですよ」
「そうか。なら、わしは自分の研究に戻らせてもらうぞ」
「待ちなさい。魔獣兵の方はどうなっています」
「問題ないの。後はわしがおらんでもどうとでもなるわい」
「なら構わないでしょう。本番まで自由にして下さい」
「そうさせてもらうぞ」
全く…何度来てもこの部屋はウンザリします。
悪趣味極まりない。用済みになればこの男諸共消し去ってやりましょう。
「そういえば、あの男の計画はどうなった?」
「ブラドの立てた計画ですか?失敗に終わりました」
「なんじゃい。あれだけ自信満々に大口を叩いておきながら、失敗しよったのか。情けないのぅ」
「黙れ。私が失敗した訳では無い」
「おや。居たのですか、ブラド」
吸血鬼ブラド。同族以外の全てを見下して生きる男。
この男も用済みになれば殺してやりましょう。
「貴様を探していたのだ、エスカロン。そろそろ次の手を考えろ。この所、魔獣を送り込むくらいしかしておらんではないか」
「それも今日で終わりました。次の仕込みも終わってます。貴方は大人しく待っていて下さい。知ってますよ?貴方がまた何処からか女を攫って殺した事を。余計な敵を呼び込みかねないので、止めて欲しいんですがねぇ」
「フン!しかし、あんな下等な魔獣を送り込んで何になる?もっとマシな魔獣を送り込めんのか?」
「可能ですよ。ですが強い魔獣は本番までとって置きます。ですが…ホセ。貴方は魔獣を支配する能力があるのでしょう?何故ゴブリンを支配しなかったのです?」
「ふん…何事にも例外はある。わしの支配能力は知恵のある魔獣には効きにくい。それにわしとの距離が離れ過ぎると支配出来なくなる。全ての魔獣を完全に支配出来るのなら、フェニックスを逃がしたりせんし、お主らと手を組んだりせんわ」
こちらとしても貴方のようなゲスと手を組むなど、本当ならしたくはなかったのですがね。
「なら、尚更魔獣を送り込んで足止めなど考えずに、あの国も潰してしまえば良いではないか。大した数も送れんのだろう?」
「そうじゃな。わしが開発した転送魔法は…一度行った場所にしか送れないし、余り沢山の魔獣は送れん。勇者の杖を使い魔方陣の補助があっても、ここからエルムバーンに送れるのはせいぜい一日十匹程度じゃ。やらんで済むなら、わしは楽でいいがのう」
「それで十分です。あの国にはヴェルリアを潰す間、動かないでいてくれればいい。それに前にも言ったでしょう?同朋たる魔族の国は潰したりしません」
そう…私の目的。
世界を魔族が統一する。
その新たな国の魔王には、あの魔王子が相応しい。
「またそれか。…あの国もあの魔王子も、潰した方が良いと思うがのう。わしの研究も散々邪魔してくれたしのう」
「貴様に同意するのは癪だが、私もそう思う。サンドーラを操ってヴェルリアと争わせる計画を邪魔したのもそいつらしいではないか」
「我々のしている事は他人から見れば邪悪で外道ですからね。邪魔が入るのは仕方ないでしょう。善人な彼なら尚更邪魔するでしょう。しかし、だからこそいい。新たな国には彼のような者が王になるべきなのです」
「わしには理解出来そうにないな。では研究に戻る。出て行け」
「私の国が出来るなら、構わないがな。行くぞ、サリア」
「はい」
「まぁ貴方方には理解出来ないでしょうね」
他人を道具かモルモットにしか見てないようなゲスと、プライドだけが高くて、女一人モノにするのに操り人形にしなければ何も出来ないような男には。
全て終われば、必ず殺してやりましょう。
「もうすぐ…もうすぐです」
もうすぐ私の理想の国を創るための聖戦が始まる。
もう少しの辛抱です。
「ああ…楽しみですねぇ…」
本当に。楽しみですねぇ…




