第259話 家出王女 13
エルムバーンで時間を潰してからサンドーラに戻る。
「それでは行って参ります」
「朝までに帰って来なければ失敗した物と考えてください」
「えっと…お気を付けて」
今から暗殺に行く人を見送るというのは何とも妙な気分だけど…不安な気持ちが消えない。
「行っちゃったか。うう~ん…やっぱり付いて行こうかな」
「ダメです」「ダメだな」「ダメですね」
やっぱり止められたか。でもなぁ…
「ほら、侯爵の屋敷に潜入した時みたいに不可視化の魔法を使って行くから」
「ダメです。仮にジュン様がバレなくても彼女達がバレたらジュン様の身も危険になりますから」
「まぁ、その場合はジュン様なら転移で逃げれば済むが…逆にジュン様が見つかって彼女達を危険にさらす方が辛い思いをするんじゃないか?」
「王城の警備ともなれば透視眼や千里眼を持った者が居てもおかしくありません。専門家に任せた方が確実でしょう」
三人の言う事は確かに正論で…反論は出来ない。
「じゃあ、インビジブルバードを使って上空から様子を見るくらいならいいでしょ?」
「はい。それくらいなら」
「大丈夫だと思うけどね」
「あれ?最初と違うじゃん。考えが変わったの?アイ」
「うん。あの人達、確かに強いよ。暗殺者としての技術も確かなんじゃないかな」
そんな事が解る要素があっただろうか。
ボクにはノホホンとした雰囲気のメイドさんにしか見えなかったけど。
「あの人達、足音がまるでしなかった。ドアを開ける時も閉める時も、殆ど音をたてなかった。そういう動きが自然に出来るほど体に染みついてる。かなり鍛えられた暗殺者だと思うな」
それが本当なら、何もせず待つ方がよさそうだけど…しかし、あんな美人のメイドさんが暗殺者とか。
そんな部下を持つアンナさんも怖いな。
いや、メイドさんにそんな技術を持たせるヴェルリアが怖いのか。
「ノエラとセバストも同じ事出来るんでしょ?」
「ん?まぁな」
「ティナ達はまだまだですが」
「リリーは出来ないですぅ…」
「私も…」
ヴェルリアだけじゃなく、エルムバーンもなのか…メイドさんに暗殺者としての技術を持たせるのは、この世界では普通なんだろうか。無粋…と思わなくもないけど、今更か。
そして、待機する事二時間。
「ご主人様、帰って来たみたいだよ」
「え。早いな。人数は?」
「うんと…多分五人全員」
もう仕事を済ませて帰って来たのか?
それとも何かトラブルがあって中断して戻って来たか。
インビジブルバードで見てた限りだと、何も変わった様子は無かったけど…
「只今戻りました」
「無事任務完了です」
「報告がありますので、ヴェルリアまで送っていただけますか」
「え」
無事任務完了?それはつまり、ナジールの暗殺に成功したと?
「ナジールを暗殺したんですか?」
「はい」
「朝になれば魅了で支配された人達は元に戻ってると思います」
「となると、やはり背後関係は聞き出せませんでしたか」
「はい。ですが奴が持っていた通信用魔法道具は拝借してきました」
「他の私物も調べれば何か分かるかもしれません。それは目を覚ましたサンドーラの人達に任せましょう」
本当に暗殺に成功したらしい。
凄いな。僅か二時間足らずで…
「凄いですね。こんな短時間で」
「先行して我々が侵入経路や見廻りの時間などは調べていた」
「更に今回はベルナデッタ様方が書いた城の見取り図もありましたから」
「楽な仕事でしたね」
「そうですか…」
怖いな、本当に。
この人達のボスのアンナさんの方が、ボクよりよっぽど怖い人だと思うな。
「ではヴェルリアに戻りますけど…こんな時間に戻って大丈夫なんですか?」
「はい。この件に関しては終わり次第報告するように言われてますので」
「ジュン様達は一眠りしてから城までお越しください」
「結果をお話し出来ると思います」
「…わかりました」
「我々はこのままサンドーラに残る」
「引き続き監視をする」
先行して潜入してた冒険者風の二人を残して、メイド風暗殺者の三人をヴェルリアに送った後、エルムバーンに戻った。
サンドーラ王国とヴェルリア王国を戦争状態にさせようとした男の末路としては、随分呆気ない終わり方だったな…
それから一眠りした後、ベルナデッタさんとルシールさんも連れてヴェルリアの王城へ。
勿論パメラさんも一緒だ。
「お待たせ、皆。早速本題に入るわね。ナジールの暗殺は成功。サンドーラの人達の支配は無事に解かれて、さっき連絡が付いたわ。もう大丈夫よ、ベルナデッタちゃん、ルシールちゃん」
「…よかった…」
「本当によかった…」
「よかったわね、二人とも。私も安心したわ…」
「それで、アンナさん。ナジールについて何か解った事は?」
「ナジールの私物から解った事は何も無いそうよ。引き続き、サンドーラでも調査はするそうだけど、期待はしない方がいいわね。恐らくは最初からそんな物持ってないでしょうし。唯一の手掛かりは…これね」
アンナさんが取り出したのは…通信用魔法道具。
あのメイド兼暗殺者の三人が持ち帰ったナジールが持ってた物だろう。
「それ、使ってみました?」
「ううん。下手なタイミングで使ったら警戒して出ないかもしれないし。まずは向こうからの連絡待ち。バカなら痺れを切らして直ぐ連絡してくるんじゃないかしら」
「そうだといいんですけど…あ」
どうやらバカだったらしい。
丁度いいタイミングで連絡が来たようだ。
「潜入した工作員に自分から連絡をとるなんて…バカねぇ。私が話すからジュンちゃん達は喋っちゃダメよ。ベルナデッタちゃんとルシールちゃんもね」
「はい」
こういう事はアンナさんに任せた方がよさそうだ。
少なくとも、この場にエルムバーンの魔王子が居ると知られない方がいいだろう。
『ナジールか。定時連絡の時間は過ぎているぞ。ヴェルリアへの攻撃はどうなった。次はいつ動くのだ』
「ナジールなら死んだわよ、誰かさん」
『…そのようだな。誰だ、貴様は』
「ヴェルリア王国の第三王妃アンナよ。貴方は?」
『名乗られたからにはこちらも名乗らねばな。我はブラド。新たな吸血鬼の王となる者である』
ブラド…ナジールが吸血鬼だと解った時から予想はしてたけど。
「ブラドさんね。初めまして。今回色々やってくれたみたいで。是非直接会って礼がしたいのだけど、何処にお住まいなのかしら。教えてくれたらこちらから行くわよ」
『それには及ばない。いずれ会うことになるだろうからな。その時は我も同胞を奪われた礼をさせてもらおう。では失礼』
通信が切れたようだ。
後でディノスさんに情報を送らないと。
「ふん。いけ好かない感じの奴ね。きっと服装は紳士ぶった見栄えに拘る見かけだけの奴よ」
「それよりも、アンナさん」
「ええ。ブラド…吸血鬼の村から勇者の遺物を奪った男よね」
そして国を手に入れる為に力を貸せと言っていた人物。
その男が背後に居たという事は、ブラドとその協力者の狙いはヴェルリア王国にあると見るべきだろう。
「近い将来、戦争になるかもね…で、ジュンちゃん。悪いんだけど明日にでもサンドーラに送ってくれないかしら?」
「お母様、あまりジュンさんを便利屋のように扱うのは…」
「ごめんねえ。分かってるんだけど、まだ話し合わなきゃいけない事があるし。ベルナデッタちゃん達の件もあるでしょ?」
「まだ何かあるんですか?」
「魔獣の異常発生の原因。やっぱりダンジョンだったの。でもサンドーラにはダンジョンをどうにかする戦力は無いからその話し合いに行かなきゃいけないの」
そうだった、まだダンジョンがあった。
サンドーラの精鋭、天馬騎士団はダンジョンの中では活躍出来ない。となると通常の騎士団の出番だけど、それはダンジョンから溢れる魔獣の対処で精一杯ってところか。
「ベルナデッタさんはどうします?今すぐ帰りたいなら送りますけど」
「帰らない。パメラお姉ちゃんと一緒にいる」
「ベル…それは…」
流石に難しいだろう。
まだ十一歳の子供を他所の国で暮らすのを親が認めるとも思えない。まして王族なんだし。
「うーん…でもベルナデッタちゃんとルシールちゃんの功績って大きいのよね。二人が頑張った御蔭で戦争は回避出来たわけだし。パメラちゃんと一緒に居たいって言うなら、ヴェルリアとしてもあまり無碍には出来ないわね」
それは…確かにそうかもしれないけど…何でだろう。
こっちにとばっちりが来る気がする。
「でもね、ベルナデッタちゃん。一度は帰って御家族を安心させてあげなきゃ。パメラちゃんと一緒に居るにしたってちゃんと許可を貰ってからじゃないと」
「…わかった。でも、絶対にパメラお姉ちゃんと一緒にいる。許してもらえなかったら家出する」
「ベルナデッタ様、それは…」
家出か。本当にパメラさんが好きなんだなぁ。
「家出する。エルムバーンに」
「「「え」」」
「べ、ベル?何故エルムバーンに?確かに私はエルムバーンでお世話になってるけど、いつまでも居られるわけじゃないのよ?」
「友達出来たから。イーノお姉ちゃんも大好き」
友達って…ティナ達やリタ達か?
いつの間にかイーノさんとも仲良くなってたのか…
「ベル…只でさえエルムバーンには…いえ、ジュンさん達には迷惑をかけてしまってるのだから、これ以上は…」
「でもエリザ様はいいよって」
「え?エリザ様って…エルムバーンの?」
「うん。パメラお姉ちゃんやティナ達と一緒に居たいってお願いしたら『じゃあ好きなだけここに居ていいわよ~』って」
ママ上ー!またそんな勝手な…
「ルシールも一緒」
「は、はあ…」
「いいんですか、ルシールさん。故郷を出る事になって…」
「私はベルナデッタ様の侍女ですから」
「ルシールもパメラお姉ちゃんが大好き」
「あ、べ、ベルナデッタ様!」
あー…それはつまり…メーティスの論が当たってるという事か。
「ち、違いますよ?パメラ様を女性として尊敬はしていますが、愛してるだとか恋人になりたいとか、そういう事は…」
「弁明するほどに、墓穴を掘ってる気がしますよ、ルシールさん」
「はう…」
「ルシール…」
ベルナデッタさんの家出は…確定…かな?
またうちに王女が増えるのか…




