第181話 ヤーマンの王子とレンドの魔王子
「それじゃ、エルムバーンの者達の安全はお願いしますね。また迎えに来ます」
「はい。それは確実に」
クローディアさんとフランコ君が結婚すると発表した日。
ヤーマン王国に向けて出発する事に。
アイシス達はフランコ君の結婚の報告と許可を貰いに一度ヴェルリア王国へ戻る事に。
勿論、フランコ君も。
既に転移魔法で送ってある。
ヤーマン王国に一番近いのは侯爵の街からなのでそこへ転移し馬車で移動を開始する。
「はぁ…中々に怒涛の展開だったな…」
「本当…通り抜ける予定に過ぎなかった国で、まさかフランコ君が結婚する事になるなんてね」
「わからないもんねぇ…」
ヴェルリア王国からグンターク王国までは順調だったのにね。
ヤーマン王国まではグンターク王国を抜けたらレンド魔王国を横断か。
「次はレンド魔王国か。何事も無ければいいけど」
「ヤーマン王国とは仲が悪いんだよね。ダーバ王子のせいで」
「悪いのはレンドの魔王子ですって。それに国同士の仲が悪いのではなく、ヤーマン王家とレンド魔王家の仲が悪いだけですよ。国民同士はそうでもありません」
「そうなんですか。じゃあレンド魔王国ってどんな国です?」
「そうですね…基本的に穏やかな国です。隣のグンタークで内乱が起き、国境近くの街に難民が一部押し寄せて来ましたが…内乱が終わってからは落ち着いたはずです。大きな問題が起こったとも聞きませんし…問題無く通れるはずです」
とは、マルレーネさんの談。
実際、最初の数日は問題無く進む事ができた。
しかし、ヤーマンまであと一日という距離まで来た時…
「ジュン様、何か兵士が居るぞ。騎士もいるようだが…」
「うん?何かあったかな?」
御者台のセバストが前方に居る兵士や騎士を見つける。
何だろう?そこそこの人数だが…
「あの紋章はレンド魔王国のですね。この辺りには強い魔獣もいないのに、騎士が出張って来るなんて…山賊退治にでも来たんでしょうか」
「それにしては~…まるで私達を待ち構えているように見えるんだけど~」
カトリーヌさんの言うように、まるでボク達の通行を邪魔するような布陣だ。
何だろう?心当たりがあるとすれば…
「まさかとは思いますけど、ダーバ王子がこの馬車に乗っていると知って待ち構えてたんですかね?」
「まさかぁ。そこまで暇じゃないでしょう」
「そこまで暇じゃないけど、そこまで恨んでるんじゃないですか?」
「う~ん…それも無いと思いますよ?大体、ここで私を襲ったりしたら、間違いなく戦争ですし…」
「それは確かに。でも、まさかボク達に用事ってわけでもないでしょうし。何だろ」
目的が読めないので逃げるのも先制攻撃も出来ず。
取り合えず近くまで行く事に。
「そこで止まれ!」
「これは一体何だ?検問か?」
「その馬車にヤーマン王国の王子は乗っているか!?」
やっぱりダーバ王子が目的なのか。
まぁ道中の街や村で目撃されてるだろうし。
隣国なら顔も知られてるだろうから、待ち伏せするのは簡単だっただろうけど…
「私に何か用か!」
レンドの兵士達の目的が自分達だと分かるとダーバ王子達一行は馬車から降りて行った。
ボク達も念の為馬車から降りておく。
「イーノ様!ダーバ様です!」
「うむ…」
兵士達の奥から呼ばれて来た人物は…中々の美青年ではある。
でも…な~んか違和感が。
「何か…ちょっとジュンに似てるね」
「うん。私もそんな気が…」
「え?そう?どこが?」
「う~ん…何となく…こう空気というか…」
「雰囲気というか…」
そうだろうか?
自分では全く似てないと思うが…
「久しぶりだな、ダーバ」
「やっぱり、あんたか…わざわざこんな所で待ってたのか?何の用だ?」
「挨拶もまともに出来んのか、貴様は」
「おっと、これは失礼を。お久しぶりでございますな、イーノ殿下」
「ふん!相変わらずだな、貴様は」
「そっちもな」
どうも知り合いみたいだけど。
察するにあの人が…
「あの人がこの国の魔王子でダーバ王子に鼻を折られた人ですね?」
「え?いえ、違います」
「鼻を折られたのはあの人の弟でぇ、第一魔王子のオーグ様ですねぇ」
「え?弟が第一魔王子?じゃあ、あの人は誰です?」
「あの人はこの国の―――」
「ん?おお!、こ、これは美しい!」
「え?」
何か…イーノさん?がこっちに近づいて来る。
「そこの美しい君!御名前を聞いても?」
「は?あ、はい。初めまして、ジュン・エルムバーンです」
「ジュン・エルムバーン?もしかしてエルムバーン魔王国の魔王子?」
「はい。そうです。こっちは妹のユウ。こっちはダルムダットの魔王女アイ・ダルムダットです」
「おお!これは御二人共お美しい!おっと、申し遅れました、イーノ・レンドと申します。レンド魔王国の魔王子です」
「あんた、まだそんな事言ってるのか?あんたは―――」
「余計な事は言うなよ!ダーバ!」
「やれやれ…」
うん?この人も魔王子?
あれ?でも弟が第一魔王子なんだよね?
「エルムバーン魔王国の魔王子であるジュン殿とは一度お会いしたいと思っていたのです。こんな所で出会えるとは…しかし、何故ダーバと同行しているのです?あいつは碌な奴ではりませんよ?」
「あんたに言われたくない!」
「ああ、それは知ってます」
「ちょっとぉ!?ジュン殿!?親友でしょう!?」
親友になった覚えはないが…まぁ友人レベルにはなったかもしれない。
何だかんだでここまで旅をして来たわけだし。
最初の印象がマイナススタートだったのがねー。
「ヤーマン王国に、ちょっと用事がありまして。ダーバ王子には案内をしてもらうんです」
「なるほど…出来るだけ早く別れた方がよろしい。あいつの影響でジュン殿におかしな癖がついてはいけない」
「おおおい!言いたい放題だな!そんな事を言いに来たわけじゃないだろう!何の用だ!」
「フン…お前、戻って来たという事は剣を手に入れたんだな?」
「ん?そうだが…」
「渡してもらおう」
「は?いきなり何を…」
「お前が剣を持ち帰ればオリビアと結婚する事は知っている。だがそれを認めるわけにはいかん。渡してもらおう」
「断る。あんたに認めてもらう必要はないからな」
「貴様は!妹と結婚などと!正気なのか!」
「正気も正気。大体お互い愛し合ってるし、父も母も認めている。他人のあんたにとやかく言われる筋合いはないぞ」
「ある!私はオリビアを愛している!」
「「「え」」」
つまりはイーノさんもオリビアさんが好きだから、ダーバ王子との結婚を邪魔しよう、と。
でも、ヤーマン王家とレンド魔王家は仲が悪いんじゃ?
「あんた、まだそんな事…オリビアはちゃんと断っただろう。あんたと結婚は出来ません、と。そもそもヤーマンとレンドはお互いに―――」
「五月蠅い!オリビアは貴様に誑かされているだけだ!目を覚ませば、きっと!」
「いや…仮にそうだとしても、だ。あんたとは結婚出来ないだろ。あんたは―――」
「黙れ!黙って剣を渡せ!」
「…はぁ…断る。渡す理由も無い。オリビアとの結婚が掛かっている以上、相手が誰であろうと渡す気はない。それにこの剣はジュン殿から譲り受けた物だ。ジュン殿との友好の印でもある。渡せんな」
友好の印って…またそんな勝手に。
それは依頼の報酬として渡した物でしょうが。
「何!?ジュン殿、一体何故!剣を持ち帰ればオリビアとあいつは結婚してしまうのですよ!?」
「ああ、はい…存じてます。ですが、あれは依頼の報酬として差し上げたので…それに…まぁ妹のユウの後押しもありましたし、当事者が問題無いのであれば口出しする必要も無いかと。なんかご両親も既に諦めてるそうですし」
「いけません!兄妹で愛し合うなどと!いえ、愛するのは構わない、ですが結婚はダメでしょう!親友なら正常な道へ戻してやるべきでは!?」
「それはそうかもしれませんが…自分の考えを押し付けるのも違うでしょう?」
「うっ!しかし…」
「そうだぞー考えの押し付けは良くないぞー」
「五月蠅い!…やはり力尽くで奪うしかないか…」
「はぁ?力尽く?私から?この場にいる全員で掛かって来ても不可能だぞ。それにこの場にはジュン殿達、エルムバーンの者もいるんだぞ。彼らに怪我でもさせたらどうなるか…わかるだろ?」
「わかっている!私もジュン殿とは親しい仲になりたいと思っている。いや…それ以上の深い仲に!怪我などさせるものか!」
「「「え」」」
え?この人…え?
この人もそっち系?
あ、でもダーバ王子の妹のオリビアさんを愛してるって…もしかして両方イケる人?
あの豚侯爵やツオーレ三兄弟と同類!?
「うわぁ…」
「何です、ジュン殿。その眼は…誤解しないでくださいね。私は美しい者が好きなだけです。それが男でも女でも!」
「いや、それ全く何の釈明にもなってませんから」
言ってる事が豚侯爵やツオーレ三兄弟と同じだ。
豚侯爵よりはまともな人物であって欲しい者だが…
「兎に角だ!兵士達を戦わせる気はない。何時ものように私とお前。一対一の勝負だ!」
「いや…それこそ無謀だろ。あんた、私に勝てた試しがないじゃないか」
「黙れ!今日は勝つ!勝たねばならんのだ!」
何時ものようにって…。
何回も勝負してるの?
「何時もどんな勝負してるんです?あの二人」
「そうですねぇ…短距離走とか大食い対決とか?」
「腕相撲とか釣り対決とかもあったわねぇ」
「…木登りとか遠泳もあった…」
「飲み比べ対決もあったのう」
それ、ボクらとやった時のとほぼ同じじゃ…
なるほど、だからあんな勝負を思いついたのか。
「剣とか魔法で戦うんじゃないんだ…」
「剣で戦うのはありましたよ。でも魔法で戦うのは王子が圧倒的に不利ですから」
「イーノ様は魔王の紋章持ちですもんねぇ」
剣の勝負はダーバ王子に有利だと思うんだけど…それはいいのか?
紋章を使わなければ条件は五分といえるのかな?
「他には~隠れんぼもあったわねぇ」
「…鬼ごっこもあった…」
「それ、実はあの二人、仲が良いって事なんじゃ?」
「そんな事ないと思いますよぉ?イーノ様が愛してるのはオリビアちゃんだけですしぃ」
「レンドの魔王家でヤーマンとの友好を望んでいるのはオーグ様だけですし」
「あれ?鼻を折られた本人が友好を望んでるんですか?」
「オーグ様は『原因は自分にあるから』と言ってまして。ですがオーグ様は御家族からとても愛されているので…周りが許していないって事ですね。オーグ様がレンド魔王国を継いでくれればヤーマンと友好関係になれるでしょう」
う~む…我が子可愛さに隣国の王家とケンカしてるのか。
しかも。十年以上。
本人が許してるなら、もういいだろうに。
「で?今日は何の勝負をするんだ?」
「模擬戦だ!紋章の使用も魔法もアリでな!」
「おいおい、正気か?あんたに勝ち目は無いと思うが…」
「フン!今までの私だと思うなよ!私が勝ったら剣を渡してもらおう!」
「じゃあ私が勝ったら…そうだな…」
「ん?何です?」
ダーバ王子がボクをジッと見てる。
何だろう?何かイヤな予感が…
「よし。私が勝ったらあんた、ジュン殿に抱かれて来い。敗者の責務を全うするまで次の勝負は受けないからな」
「な、何!?」
「おいおいおいおいおい!ちょっとそこのバカ王子!何言ってんだ!」
「まぁまぁ。御世話になってるジュン殿への、ちょっとしたプレゼントですよ」
「はぁ!?それでボクが喜ぶと思ってんの!?」
「まぁまぁ。ジュン殿、ちょっと御耳を」
「何なんですか、一体…」
「(いい加減、イーノと遊ぶのも飽きて来ましたので、これで終わりにしたいんですよ)」
「(それでどうして、ボクに抱かれるなんて条件になるんです!)」
「(ジュン殿がそんな事でイーノを抱くなんて思ってませんし、それにレンドからエルムバーンは遠い。簡単に追いかけてもいけませんから。敗者の責務を全う出来ず、私に絡んで来る事も出来なくなるわけです)」
「(なるほど…考えはわかりましたけど、もっと他に無かったんですか!?)」
「(まぁまぁ。本当に抱いたって構いませんから)」
「(構うわ!ていうか、ボクにそんな趣味は―――)」
「い、いいだろう!勝てばよいのだからな!」
「お、そうか。じゃあ始めよう」
「ちょっとぉぉぉぉ!」
何で了承してんの、あの人!
そんなに勝てる自信あるの?
今まで全敗してるんでしょ?
「ふっ!見せてやる必勝の策を!見ろ!ダイアゴーレム!」
「あれは…また御金のかかるモノを出したなぁ」
ダイアゴーレムとはダイアモンドを核として形成されるゴーレム。
その硬度はダイアモンドを核としてるだけあってかなりのモノ。
「さらに!ロックゴーレムにアイアンゴーレムだ!」
魔王の紋章を持ってるだけはある。
ゴーレムを合計で五体呼び出した。
ダイアゴーレムが一体。ロックとアイアンが二体ずつ。
でも、これが必勝の策?
「まだまだ!これだけじゃないぞ!出でよ、スライム!」
スライムか。
スライムをわざわざ召喚契約する人は珍しい。
だって弱いんだよな。
武器や防具、服なんかを溶かすという厄介な点はあるけれど…魔法に弱いし、動きも遅い。
ダーバ王子なら問題無く瞬殺出来るだろう。
「ふふふ…どうだ!」
「え?いや…何が?」
「これが私の策だ!お前が勇者の紋章の力を全力で使えないのは知っている!使えば剣が持たないからな!だがこのゴーレム達は紋章の力を使わねばどうしようもあるまい!何体かは倒されるだろうが…その前に剣は壊れる!更にスライムが居れば剣を溶かす事が出来る!ますます早く壊れるだろう!どうだ!恐れ入ったか!」
「「「……………」」」
いや、そりゃ以前のダーバ王子の剣なら予想通りになったかもしれないけど、今は…
「あの、もしかしてあの人…」
「(はい。レンド魔王国でも有名なお馬鹿さんです)」
一応、悪口なので小声で答えてくれるマルレーネさん。
だよね。ダーバ王子が新しい剣を手に入れたの知った上で此処に来てるのに。
そんな作戦で挑むとは…
「あー…始めていいのか?ルールは何時も通り?」
「ふん!その余裕が何時まで持つかな!ルールは何時も通りに相手に敗北を認めさせる迄だ!」
「じゃあ、行くぞー」
「ふん!来い!」
模擬戦が始まった。
イーノさんの戦闘スタイルは魔法が主体のようだ。
武器は一応持ってるが細剣…レイピアとか呼ばれる代物だ。
魔王子が持ってるだけあって中々の一品のようだが…あんな細い剣ではダーバ王子の斬撃は受けきれないだろう。
「どうした!勇者ともあろう者が逃げるだけか!」
「いや…本当に用意した作戦はそれだけなんだな。念の為、様子をみていたんだが」
どうやら、本当にそうらしい。
自分の手の内を最初に全て晒すとは…
「ふん!素直に手も足も出ないと言ったらどうだ!」
「いやいや、そんなわけないだろう。じゃ、そろそろ」
「え?」
王子がヒュっと剣を一閃。
ダイアゴーレムを真っ二つにする。
「ば、バカな!ダイアゴーレムを一撃だと!」
「ほらほら、余所見してると、残りも壊しちゃうぞ」
イーノさんがうろたえてる内に残りのゴーレムも破壊。
残りはスライムとイーノさんのみ。
「な、何故だ!そこまで紋章の力を使えばもうとっくに剣が壊れているはずだろう!」
「いやいや…イーノ、あんた私が勇者の紋章の力に耐えれる剣を探して旅に出たのは知ってたんだろう?それで剣を手に入れて帰って来たとこを狙って来たなら、今までの剣と同じで考えたらダメだろう」
「あ」
今、ようやく気が付いたらしい。
本当にお馬鹿さんなんだな…
「さて…どうする?負けを認めるか?」
「ま、まだだ!行けスライム!」
「スライムか。折角の剣を早速溶かされたくないし…ここは新技で」
「な!何だ、それは!」
ダーバ王子が使った新技とはオーラフラッシュの事だ。
ボクやアイシスとの模擬戦で習得していた。
やはり勇者とは成長速度も速いらしく、僅かな間に使いこなしていた。
スライムはあっさりと弾け飛んだ。
「う…うぅ…」
「さ、負けを認めたらどうだ?」
「く、くそ!」
「やれやれ…」
ダーバ王子は一瞬でイーノ王子の懐に飛び込むと、剣の柄でイーノさんの腹部を殴打。
イーノさんの動きが止まった所に…
「ぐっ…はっ…」
「勝負あり、だ」
首筋に剣を当て、勝利を宣言するダーバ王子。
流石に敗北を認めたようで、イーノさんはガックリとうなだれてしまった。
やはり、勇者は強い。
魔王の紋章を持ってるだけでは勝てないだろう。
「く…私は勝たねばならぬのに…」
「さ、約束は覚えてるよな、イーノ」
「う、うぅ…わ、わかっている!」
イーノさんが顔を真っ赤にしてこっちに近づいて来る…え?何、まさか本気で本気なの?
「ちょっちょっと?イーノさん?」
「ジュ、ジュン殿…その…私は初めてなので優しくして欲しい…」
「いやいやいや!落ち着きましょう!あんな約束守る必要無いですって!」
「いや!そうは行かないのだ!ダーバとオリビアが結婚式を挙げるまでにもう一度勝負を挑まなくては!ジュン殿に抱いてもらわないと勝負が出来ない!だから頼む!」
「ボクを巻き込まないでください!大体、ボクにそっちの趣味は無い!」
「ん?あ、ああ。そっか。まだ気が付いて無いんですね」
「な、何がです?」
「ん~…ちょっとお手を」
「?」
「何を…あっ」
ダーバ王子が手を取ってイーノさんの胸に…
え?
このフニッとした柔らかいモノは…
「き、貴様!何をする!」
「これなら一発で信じるかと思って。わかって頂けました?ジュン殿」
「…イーノさんて…女性だったんですね…」
「「「えー!」」」
男装の麗人だったんですね…最初の違和感はこれだったのか。
なるほど、弟が第一魔王子なわけだ。
彼女は魔王女だったわけですね。
「言ってませんでしたっけ」
「そう言えば、何だかんだで言いそびれてたわねぇ」
「もっと早く言って欲しかったです。いや、まぁ知ってたからって何をどうしたとかはありませんけども」
しかし、女性だと思って見ると…中々の美人だ。
長身でスタイルもいい。
「イーノは小さいコルセットでぎゅうぎゅうに締め付けてますからね。胸が無いように見えるでしょう?」
「余計な事は言うな!貴様のそういう所が嫌いなんだ!」
なるほど。
見た目より胸があるって事ですね。
安心…いやいや、何にも関係ないけどね?
「ジュン?」
「お兄ちゃん?何かイヤらしい事、考えてる?」
「考えてません。どうして男装してるのかなーと思っただけだよ」
「それは…私は両親が長年、子宝に恵まれず、ようやく生まれた子だったのですが、残念ながら女でした。それで最初は男として…いえ、男より強くなるよう育てられたのです」
「でも、弟が二人生まれて、女として生きるように言われたんだろう?さっさと女に戻ればいいだろうに」
「今まで男として生きて来たんだ。そう簡単に変われるモノか」
「ま、それも今日までだ。ジュン殿に抱かれればイヤでも女らしくなるだろ。いや、抱かれる為に女らしくならないとダメかな?ねぇジュン殿?」
ダーバ王子…あなた、それも目的の一つか。
イーノさんを女らしくさせようと…
「ならボクじゃなくて、別の男でもよかったでしょうが!」
「いやいや。イーノにも好みがあるでしょうし。一目見てジュン殿を気に入った様子でしたから。ジュン殿ならイーノの抵抗も少ないでしょう。ささ、どうぞ」
「ジュ…ジュン殿…その…」
いかん、これはいかん。
折角、クローディアさんの求婚は逃れたというのに…
「わ、わかりました。ちょおっと準備をしてきますので…あっちの岩陰で眼を瞑って耳を塞いでお待ちください」
「準備?眼を瞑って耳まで塞ぐ必要があるんですか?」
「男にも色々準備があるもんなんです。見られたり聞かれたりしたら恥ずかしいじゃないですか。ささ、行ってください」
「あ、はい。わかりました」
イーノさんが岩陰に入ったのを確認してから、皆にジェスチャーで指示を出す。
内容は…『黙って静かに馬車に乗れ』だ。
「(よし、セバスト。全速力)」
「(い、いいのか、ジュン様。問題にならないか?)」
「(いいから!出して!)」
「(りょ、了解!)」
全員馬車に乗ったのを確認して全速力で急発進。
レンドの兵が道を塞いでいたが…今は空気を読んでか道を開けてくれている。
それどころか感謝の眼差しを向けて敬礼している。
ああ、お馬鹿さんだけど、部下には慕われてるんですね。
「え?あれ?ちょっと!ジュン殿!?」
「さよーならー!御達者でー!色々と諦めて幸せになってくださいねー!」
「ちょっとおおおおお!」
少なくともボクに抱かれるのは諦めて欲しい。
美人だけど、一度抱いただけじゃ絶対に済まないから。
しばらく走ったけど、追いかけて来る様子は無い。
取り合えず一安心のようだ。
「いやいや、やはりこうなりましたか」
「あんた、本当に一回殴っていいですか」
「そう怒らないでください。これをきっかけにあいつが少しでも女らしくなれば、と思っての事なんです。あいつの両親も悩んでいましたから。それを考えれば、人助けのようなものでしょう?」
「…本音は?」
「これでやっと鬱陶しい奴から解放される!」
「王子…あんた…」
「…恩を仇で返す…」
「まさにダバちゃんの事ねぇ」
「いやいや、人助けも本心だから」
この人、結構抜け目ないというか…頭の回転も速いみたいだし。
なんだかんだで他人を利用するのが上手い気かする。
「惜しかったね~ジュン」
「残念だったね~お兄ちゃん。美人のハーレムメンバーが増えなくて」
「そんな物作った覚えはない。それよりも二人に聞きたい事がある」
「ん?何?」
「最初、イーノさんを見た時、ボクに似てると言ってたけど。改めてどこらへんが似てるんだ?」
「あ~」
「イーノさんを最初は男だと思ってたから。女だとわかって、ようやく…あ」
「そうそう、女だとわかって、ようやく…あ」
「ハハハ、そうかそうか。…お仕置き確定!一時間耐久!悶絶くすぐり地獄の刑に処す!」
「「あー!」」
イーノさんが男みたいな女で、ボクが女みたいな男だから似てるって思ったんだろう?
全く失礼な!
大分男らしくなったというのに。
髭はまだ生えないが…




