第159話 エルダーリッチ
ドラゴンゴーレムが守っていた階段の下は一本道で罠も無く、この地下墳墓の最も奥にあると思われる部屋の前までたどり着いた。
この部屋にエルダーリッチが居るはずだ。
「皆、準備と覚悟はいいか!?」
「「「お、おー」」」
「敵はきっと強敵だぞ!本当にいいのか!」
「…覚悟出来てないの、お兄ちゃんだけだよ」
「いいから開けようよ、ジュン」
「本当にいいんだな!?開けちゃうぞ!」
「「「いいから開けろ」」」
「はい…」
ああ、遂にこの時が…
何だってわざわざ自分が苦手にしてる存在が居るってわかってる場所に踏み入らなきゃならんのか。
「ジュン殿、覚悟を決めて気をしっかりと持ちなされ。さもなければエルダーリッチの『恐怖』であっさりと死んでしまいかねませんぞ。いくら護心の護符があるとはいえ」
そうだった。
いくら何でもそれは不味い。
軽く両頬を叩いて気合いを入れる。
「よっし!開けます!」
「何でノックしてるの…」
「いや、何となく…」
覚悟を決めて扉を開ける。
部屋のは思いの他広く、奥の祭壇?でいいのだろうか。
祭壇の前に棺がポツンと一つあるだけだ。
その前に魔法使いが着るようなローブを纏ったエルダーリッチが一体。
見える部分は完全に骨だけとなったエルダーリッチが居る。
「墓荒ラシノクセニ、ノックシテ入ッテ来ルトハナ。オカシナ連中ダ」
「早速言われてるよ、お兄ちゃん…」
「ふっ!出鼻を挫いてやったぜ!」
「何て斬新な言い訳…」
ユウとアイが今回、厳しいな…
まぁそれは置いといて、だ。
アレがエルダーリッチか。
今の所、何とか平静を保ててる。ギリギリ。ギリギリのラインで!
「あ~、お前がこの地下墳墓の主か」
「主?違ウ。我ハ墓守ダ」
「墓守?」
「ココハ偉大ナル神ノ神聖ナル墓地。我ハコノ墓地ノ墓守、最後ノ一人。コノ墓地ヲ未来永劫ニ守リ抜ク。ソノ為ニ我ハ、アンデットニナッタノダ」
「神の墓?そんな…」
いや、以前神様が言ってた神族の墓か?
この世界の人にとって神族は神と言ってもいい存在だと言ってたし。
「墓守と言うなら何故、この墳墓で眠る者をアンデットに変えた?地下一階に有った空っぽの棺。あれはお前がアンデットに変えたんだろう?」
「アレハ我ト同ジ墓守達ノ棺。コノ墓地ニ入ル事ヲ許サレタ者達。コノ墓地ヲ守リ抜ク為、再ビ彼ラノ力ヲ借リル必要ガアッタ」
「つまりお前の同胞か。何故アンデットに変えてまで力を借りる必要があった?」
「言ッタダロウ。コノ墓地ヲ守リ抜ク為ダト。コノ地ニ偉大ナル神ガ眠ルト知ッタ者共ガ盗掘ニ来タ。大勢ナ。時ニハ軍ヲ率イテ来タ。我ダケデハ守リ抜クノハ困難ダッタノダ」
「お前と同じようにリッチになった者はいなかったのか?」
「居タ。ダガ墓ヲ荒ラシニ来タ奴ラニ滅ボサレテシマッタ。ダカラ我ハコノ地ヲ封印シタノダ」
ここを封印したのはこいつを危険視した人達じゃなく、こいつ自身だったのか。
「なら地下二階で眠っている者達は?彼らは何故アンデットに変えていない?」
「アノ方達ハ偉大ナル神ノ一族。アンデットニ変エルナド、許サレヨウ筈ガナイ」
成程、あの棺は貴族ではなく神族達の者か。
あれ?ならあの棺の中には?
「なら、その棺は?神様か?」
「ソウダ。偉大ナル我ラガ神。イシュタル様ダ」
イシュタル…確かこの神様も現代地球の神話で出て来る神様だな。
愛の女神様だったか?
「女神イシュタル…慈愛と恋、そして花の女神だったか?」
「確か、そう。結婚式を挙げる教会や花屋なんかで女神イシュタルの象が飾られたりする」
フランコ君とセリアさんが知ってたらしい。
この世界ではそういう神様なのか。
何となく愛の女神と通じる物があるな。
という事は本当に神様の遺体が?
いや、確か依り代に宿ってそのままその世界で暮らす変わり者の神様もいると言っていた。
恐らくは、その依り代があの棺に入っているのだろう。
「この墓地を守るのが目的なら。何故外に居た者達を襲ってアンデットに変えた?」
「何ノ話ダ?」
「最近、この墓地の出口付近に居た冒険者や魔獣、動物をアンデットに変えただろう。そして彼らを使い外に居たボク達を襲わせたはずだ。彼らはこの墓地に入る事を許された者達ではないだろう」
「アア、アノ者達カ。無論、コノ墓地ヲ守ル為ダ。カツテノ戦イデ我以外ノ者ハ全テ浄化サレテシマッタ。封印ガ解カレタ以上、戦力ヲ整エテオク必要ガアッタ」
「つまり誰でもよかったと?」
「ソウダ。アッサリ貴様ラニ浄化サレタヨウダガナ。何ノ役ニモ立タナカッタナ」
「てめぇ…」
セバストが怒りのまま突進しそうになったので止める。
シンシアさんの事で怒っているんだな。
それにしても、こいつ随分素直に質問に答えるな。
「次の質問だ。女神メーティスを知っているか」
「女神メーティス?知ラヌナ」
『こんの野郎…』
数千年以上前もあまり知られていない神様なのか、女神メーティス。
アイシス達も知らなかったしな…。
「ジュン、どうしてそんな質問を?」
「まぁ待って。なら女神フレイヤと女神アトロポスは知っているか」
「無論ダ。イシュタル様ノ御友人、農業ト慈愛ノ女神フレイヤ様ト、選択ノ女神アトロポス様ダロウ」
女神イシュタルは女神フレイヤと女神アトロポスの友人だったのか。
神様だし、不思議ではないか?好都合だ。
「知っているか。ならこの二本の剣の名前はわかるか」
「ソノ剣ガ何ダト言ウノダ」
「この剣の名前は【フレイヤ】と【アトロポス】。女神に愛され、祝福された剣だ」
「何ダト?」
「「「え」」」
エルダーリッチよりもアイシス達が驚いてしまった。
そう言えばまだ秘密にしてたっけ。
「フレイヤ様ト、アトロポス様ニ…貴様ハ何者ダ」
食いついたな。
女神の墓を守る為にアンデットになり、数千年以上もの間、墓地を守り続けるような奴なら食いつくと思った。
「それを教えてやる前に最後の質問だ。地下二階にあった棺に入ってる者達は神の一族だと言ったな?それは天使の事だな?」
「ソウダ。偉大ナル女神ニ仕エタ、偉大ナル方々ダ」
「なら、ボク達に危害を加える事は禁止する。大人しく浄化され、仲間達の下へ行くがいい」
「何ダト?ソレハドウイウ――」
エルダーリッチが質問を言い切るよりも先に、堕天使の翼を出す。
すっごい久しぶりに出した気がするな…
ついでに光属性の魔法を使って天使の輪を頭上に出す。
なんちゃって天使の完成だ。
「オォ…オォ…貴方様ハ…」
「ボクは女神フレイヤ様と女神アトロポス様によりこの地に遣わされた者。この地を長きに渡り守ってくれた事、主である女神に代わり礼を言う。ご苦労だった。これから、この地はボクが守ろう。安心して逝くがいい」
「オォ…感謝シマス…アァ…皆…今行クヨ…」
「さらばだ」
神聖魔法を使い、エルダーリッチを浄化する。
本人が受け入れただけあって、すんなりと浄化出来た。
数千年以上もの間、アンデットとして存在したのに理性的な奴で助かった。
シンシアさん達を躊躇なくアンデットに変える辺り、邪悪な人格に変わってはいたようだが。
「ふい~。上手くいったな」
「随分簡単に信じてくれたね」
「まぁ、彼にとって神族は信仰対象だったのさ。自らをアンデットに変えてまでこの地を守りたいと思う程の。そして数千年ぶりに現れた天使が自分を褒めてくれたんだ。感極まったんだろうな。それに数千年もの間、この地下墳墓に引きこもってたんだ。この辺りが魔族の国になってるとか知らないだろうから、ボクが魔族だとは思わなかったんだろうな」
ボクは天使じゃなく堕天使だし、女神に遣わされたわけでもないのだが、まるっきりの嘘というわけでもないので勘弁して欲しい。
彼も罪のないシンシアさん達を手に掛けたのだ。
それを考えれば苦痛なく浄化しただけ、温情判決だろう。
セバストにとっては不満かもしれないが。
「とにかく、これで終わりだ。さ、帰ろうか」
「いやいや!ちょっと待って!その剣、神に祝福された剣だったの!?」
「そだよ。言ってなかったっけー」
「聞いてない!てゆうかメーティス!神に祝福された武具の存在なら分かるって言ってたじゃない!何で教えてくれなかったの!」
『勿論気がついとったけど…なんや黙ってて欲しそうやったし。大体、身内やったら言わんでも知ってると思うやろ?』
「む、むむぅ…」
「ごめんね、アイシス。この剣の能力は知られると、ちょっと不味い事になりかねないからさ。極力秘密にする必要があったんだよ」
「ん、んんん…僕ってそんなに信用出来ない?」
「アイシス。お前が以前、正体を隠して武闘会に出たようにジュン殿にも隠す理由があるのだ。聞き分けの無い事を言うな」
「それに、アイシスは迂闊なとこがあると私達が言ってしまっているからな。尚更言えなかったんだろう」
「秘密は秘密にしないと守れない」
「ぐぬぬぬ…」
アイシス以外は納得してくれたようだ。
アイシスは秘密にしてた事を怒ってるのではなく、信用してもらえなかった事が悲しいのだろう。
「帰ったら教えるから、機嫌直してアイシス」
「うん…」
「ジュン殿、アイシスに気を使わなくていいのですぞ?秘密にしておきたいのでしょう?」
「いえ、大丈夫です。でも他の人には話さないでね?勿論ヴェルリア王国にも」
「あ…うん、勿論!」
「じゃ、帰ろうか」
「お待ちください、ジュン様。ここに何か危険な物が無いか調べておくべきです」
「そうだな。ここが女神の…神族の墓地だと言うなら、世に出ると不味い物があるかもしれない」
「え。そんなのあるの?」
「かもしれない、だ。何にせよ調べないと始まらん」
「わかったよ…」
でも、これじゃ本当に墓荒らしだな…。
調査の結果、セバストが言うような危険な物は無かった。
ただ、美術品や財宝と呼べる物は多数発見。
「金ー!」「銀ー!」「「お宝発見!」」
アイとユウ、アイシスにセリアさんがもの凄くテンションあげて喜んでた。
君達、意外にそういうの好きだよね。




