第131話 神獣 白猿
村長さんから、神獣白猿と勇者の遺物に関する言い伝えを聞いた翌日。
神獣白猿に会いに行くことになる。
「それで神獣白猿は何処にいるか、知ってるの?」
「いいや、知らない。でも問題無い」
「と、いいますと?」
「白猿は他の魔獣の気配に敏感でね。山に入ると直ぐに排除するんだってさ。以前会った時もハティの気配に気づいて向こうからやって来たんだ。そこで!フェンリル一家に御協力をお願いしました」
ハティを含む七頭のフェンリル達。
彼らが山に入れば直ぐに気づいてやってくるはず。
一家全員に来てもらったのは、もし戦闘になった場合を考えての事だ。
「聞いてはいましたが…七頭ものフェンリルですか…圧巻ですな」
狼の姿に戻ったフェンリル一家を見たバルトハルトさんが感想を述べる。
ボクは見慣れたけど、初めて見る人は皆同じような感想を持つね。
「よろしくお願いしますマーナさん、マルコさん」
一家の長であるハティの母マーナガルムをマーナさん。
父マルコシアスをマルコさんと呼ばせてもらっている。
少々長いからだ。
バルトハルトさんも『バルトさん』か『ハルトさん』て呼びたい。だってちょっと長いよね。
『ああ、任せるがいい。と言っても我らは何もする事はないだろうがな』
『うん。私達は山に入るだけだろうねぇ』
「白猿の事を知ってるんですか?」
『ああ。大昔に一度だけ会った事がある。話の分かる奴だし、勝てない戦いをする奴でもない。まぁ戦闘にはなるまいよ』
ボクも同意見だ。
あの神獣は話が分かるし、タマモさんに謝罪してた事からこちらを見下すような存在でもない。
問答無用で戦闘にはならないとは思う。
そして山に入り。
直ぐにやって来ると思ったのだが、一向にその気配がない。
山は雪が積もってるし、正直寒いので早く来て欲しいのだが。
「お兄ちゃん…寒い…」
「ウチも…」
「二人とも情けないなぁ。これくらいの寒さで」
ヴェルリアはエルムバーンに比べて冬の寒さが厳しい国だ。
だからアイシス達はこの寒さでも平気らしい。
「ハティ達も平気そうだね」
『全然平気!』
『私達はむしろ暑いのが苦手だしね~』
『ね~。これくらいの方が快適かも』
流石にそこは狼らしいか。
普段は人型で城で過ごしてる姿を見てると、狼らしさは余り感じられないのだが。
「ジュン様、寒さが辛い時は私に抱きついて下さい。私は体温が高いので」
「うん、クリステアが体温高いのは何となく分かるけど。鎧の上からじゃ余り意味ないでしょ」
いつも頭の中でピンク色な事考えてるクリステアの体温が高いのは納得だ。
同じ理由でノエラも体温高そうだなぁ。
「でも、その考えはいいかも。ジュン、腕貸して」
ピタッと。ボクの右腕にしがみついて来るアイ。
別にいいけど、それで寒さは凌げ無いだろう?
「じゃあ、私も」
左腕はユウがしがみついてくる。
左右にしがみつかれると歩きにくいな。
ところで…
「シャクティ、大丈夫?すっごい辛そうだけど」
「ダメです。南の島育ちの私にはこの環境は…早く帰って温泉に入りたいです」
だろうなぁ。
あの島は暖かいしね。
「ねぇ、ジュン。直ぐに来るって話だったけど、まだ進むの?」
「私達にはともかく、寒さに弱い連中には辛いだろう。予定にない山登りで、準備も不十分だしな」
「確かに」
前はもっと手前で来たんだけどな。
どうして来ないんだろう。
『恐らく、警戒しているのだろう。何せ我らフェンリル一家が総出だからな。戦いになれば勝てないと分かっているのだ』
「なるほど」
念のために、と一家で来て貰ったのが裏目に出たか。
どうしたらいいかな。
「どうしたらいいですかね?」
『そうだな…案外呼べば出て来るのではないか?我が呼んでみよう』
マーナさんが遠吠えをあげる。
その声はよく響き、雪に染みるようだ。
そして直ぐに、神獣白猿は現れてくれた。
『我に何用だ、フェンリルよ』
『久しいな、白猿。お前に用があるのは我らではない。後ろの者達だ』
「お久しぶりです、神獣白猿。私のことを覚えていますか?」
『覚えているぞ。以前人探しに来ていた者達であろう。今日は随分と大勢だな』
良かった、覚えてくれていた。
そして確かに前回より大勢だ。
シャクティにフェンリル一家。
そして勇者パーティー。
クリステアとルチーナも前回は居なかった。それ以後にクリステアが必ず着いてくるようになったのだが。
『それで我に何用だ?争いに来たわけではなさそうだが?』
「はい。お尋ねしたいのですが、貴方は昔、勇者から何か託されたのですか?」
『うむ。勇者に会って、我が気に入ったなら渡してくれとな。千年以上前になるか』
おお!言い伝えは真実だったらしい。
アイシスにとっては僥倖だな。
「あの!僕、勇者なんです。僕に戴けませんか?」
『ほう、お主が?奴とは全く違うな』
「奴?」
『我に頼み事をした勇者だ。筋骨隆々とした男で名前はランバという…』
「はい、ちょっとお待ちを」
『何だ?どうかしたか?』
「その勇者って、こんな剣を持ってませんでしたか?」
アイシスをクルッと回して背中に背負った【メーティス】を見せる。
『ん?どうであったか…。流石に奴が持ってた剣までは覚えておらぬ』
「メーティスは?何か覚えてないのか?」
『覚えてないんやのうて、全く知らんで。わいがあの神殿に安置されたんがランバの死後やし。多分、わいが造られる前の話なんちゃう?』
『ほう?知恵のある剣か。ランバの剣だったのか?我と一緒に戦った時はお主を持ってはいなかったぞ』
「戦った?何とです?」
『ドラゴンだ。何処からか正気を失ったドラゴンがやって来てな。偶々近くに来ていたランバと共闘し、倒したのだ』
千年以上前にそんな事があったのか。
父アスラッドも初耳みたいだ。
『その時の我はまだ子供だった。狂ったドラゴンを倒す力は無かったのだが、ランバのおかげで倒せた。その礼として奴の頼み事を聞いたのだ』
「貴方の家族は?子供だったなら居たのでは?」
『いいや。我は幼い頃から一人だった。親はどこでどうしてるのか、生きているのか死んでいるのかもわからん』
「そうですか…失礼しました」
『うん?何がだ?』
「立ち入った事を聞いてしまったかと」
『ふむ…よくわからんが気にする事はない。少なくとも我は何も気にしていないからな。それで、ランバから預かった物を譲って欲しい、だったか?』
「はい。お願いします!」
『ふむ…構わないのだが…そうだな、二つ条件がある。それを聞いてくれたなら譲っても良い』
「はい。その条件って?」
『一つは我と戦え。一対一でな。お主が勝ったらもう一つの条件を言おう』
神獣と一対一で?
それはいくらアイシスでも危険なのでは…。
『おい、白猿。お主が勇者と本気で戦えばこの辺りの地形が変わりかねんぞ。いいのか』
『なに、そこまで本気でやるつもりは無い。勇者を殺すつもりもない。そうだな…どちらが先に一撃を加える事が出来るか、で勝負といこう。それでどうだ?』
「あの…どうしてそんな事を?」
『簡単な事だ。ランバは強かった。そのランバから託された物を譲るなら強い者に。それだけだ』
「そうですか…分かりました。その勝負受けます」
『うむ。ならば着いて来い。広くは無いが少し開けた場所がある。そこで勝負といこう』
神獣白猿VS勇者アイシス、か。
熱い戦いになりそうだ。




