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第128話 娘の為なら

ヴェルリア王国から戻った翌日。

今日の予定をアイシス達と相談する。


「じゃあ次の遺物の情報は貰えなかったんだ?」


「うん。まだ情報の絞り込みが出来てないんだってさ」


「じゃあ、暫くは遺物探索の旅は御休み?自由にしていいのかな」


「あ、ごめんね。遺物探索の旅は御休みだけど行く所はあるんだよ。一度ノーヴァ伯爵領にも行かないとダメなんだ」


「ノーヴァ伯爵領?アイシス達の実家か。ヴェルリア王国の南西にある領地だっけ」


「そう。メーティスを見つけた場所から西に行った所だよ」


「何しに行くの?」


「ノーヴァ家でも遺物の情報を集めてるの。もしかしたら新しい情報があるかも。それに、しばらく帰って無かったしね」


「じゃあ、次の目的地はノーヴァ伯爵領ね。何処から行くと近いの?」


「ん~王都から南下かなあ?メーティスが居たとこから西に行ってもいいけど、魔獣が出る森を突っ切る事になるから」


「そうだな。その方がいいだろう。わざわざ危険な道を行くこともない」


「ねぇ、アイシス。」


「何?セリア」


「ノーヴァ伯爵領に着く頃には、年末が近いんじゃない?」


「「「あ」」」


「王都からノーヴァ伯爵領までどのくらい?」


「君達の馬車で二週間くらいか…」


今は十一月末。着いた頃には十二月中旬か。

それにそれ以降は雪で移動が厳しくなる。


「年明けの成人の祝いにはボク達も出なきゃいけないし。アイシス達もあるんでしょ?」


「うん。僕とフランコがね」


「私は次」


セリアさんは14歳だったか。

小柄なせいかもう少し下に見える。


「うちではボクとシャクティ。それにリディアか」


「近しいとこではそのくらいじゃない?」


「リディア?また女の子?」


「またって何じゃい」


そう言えばリディアにはまだ会った事が無かったか、勇者パーティーは。


「親衛隊の騎士だよ。領主ダイラン家の娘で、最近メキメキ強くなってる。パワーだけならエルムバーンで最強かもしれないね」


「パワーだけならって…女の子が?」


「うん。女の子が」


「どんな大女?」


見た目は巨乳美少女なんだけど、それを言うと藪蛇になるだろうから言わない。


「エルムバーンにこうやって滞在するなら、その内会う事もあるよ。ところでヴェルリアでは成人の祝いはどんな事をするの?」


「エルムバーンと同じじゃない?領主の街なら領主が代表してありがた~いお言葉を述べてから、パーティーが始まるだけ」


「アイシスはノーヴァ伯爵領の成人の祝いに出るんだよね?」


「うん。もちろん」


「フランコ君は?父親が大臣をしてるなら王都に家があるんじゃないの?」


「私はいいんだ。もうずっと長い間家には帰っていない。理由は聞かないでもらいたい。成人の祝いにはアイシスと一緒にノーヴァ伯爵領で出る」


「そう、なんだ」


フランコ君と家族の間には大きな溝があるみたいだ。

アイシス達も何も言わない所を見ると、この件に関しては当人達に任せるつもりなのだろう。

少なくとも、彼から何か頼まれない限りは。


「えっと…じゃあノーヴァ伯爵領に着いたら、一旦解散。年が明けてしばらくは休もうか」


「そうだね、それがいいかも。でも僕はエルムバーンで過ごそうかな。年が明けて数日したら迎えに来てよ」


「いいの?家族と過ごさなくて」


「いいの、いいの。家に居てもお父さんとお兄ちゃんが五月蠅いから」


「私もそうさせてもらおうかな。よろしいですかな、ジュン殿」


「ええ、まぁ。構いませんけど。バルトハルトさんもいいんですか?」


「ええ。息子…アロイスは私にも五月蠅いので。酒の飲みすぎだの、少しは家に落ち着けだのと。全く、引退した爺の余生くらい好きに過ごさせろい」


「アロイスさんは家族想い」


「全くだ。いい家族じゃないか」


「あれは過保護って言うんだよ」


「うむ。ところでお前達はどうするのだ?」


「アイシスと一緒にいる」


「私も。構わないだろうか?ジュン殿」


「うん、いいよ」


そう言えばセリアさんの家族の話は聞いてないな。

小さな商家の出だとは聞いているけど。

今度聞いてみるか。


「ねぇねぇ、アイシス」


「何?アイ」


「エルムバーンにいる間に手合わせしてよ。バルトハルトさんも」


「うん、いいよ」「受けて立ちますぞ、アイ殿」


「あ、ボクもお願いしようかな。バルトハルトさんには親衛隊の稽古も少しでいいから見てもらえると助かります」


「ええ、承りましたぞ。私がみれるのは剣を使う者だけですが」


「充分です」


剣聖の指導はいい刺激になるだろう。


「それじゃ、王都からノーヴァ伯爵領に向かうって事で」


「「「は~い」」」


「あ、ごめん、ジュン。ノーヴァ伯爵領に着いたら、もう一ヵ所行きたい所があるの。そっちにも付いて来て」


「うん?いいけど、何処に?」


「リュバーンていうノーヴァ伯爵領にある街。僕の伯父さんが代官として赴任してる街なんだ」


「アイシスの伯父さん?という事は?」


「私のもう一人の息子です。テオ・ノーヴァ…まぁバカ息子です」


「お祖父ちゃんはこう言ってるけど、僕は伯父さんが大好きなんだ。面白いから。ジュンもきっと仲良くなれるよ。お祖父ちゃんも本当は伯父さんを自慢に思ってるんだよ」


「思っとらん思っとらん」


とは言ってるけど、満更間違ってもなさそうって感じだな。


「ま、とにかく行こうか」


王都に転移して、馬車でノーヴァ伯爵領に向かう。

日が暮れるまで進み、転移で城に戻り、昨日進んだ場所まで転移で戻り日が暮れるまで進む。

そんな日々を繰り返し、運よく雪も降らなかったので順調に行程をこなし、予定よりも一日早くアイシスの家があるノーヴァ伯爵領の街ノヴァアレクに到着する。


「ここが僕の家だよ」


「ふうん。王都の屋敷とは違う印象を受ける屋敷だね」


「そう?」


王都の屋敷は他の貴族屋敷をほぼ変わり無い印象だったけど。

流石歴代の聖騎士団団長を最も多く輩出してきた貴族の屋敷。

屋敷からも威厳を感じる。


「さ、皆さん、どうぞ」


「「「お帰りなさいませ」」」


王都の屋敷と同じように、ここでもノーヴァ家の使用人の方々からの出迎えを受ける。

連絡を受けてから屋敷に入るまで、そんなに時間も無かったのに。


「お父さんは?出掛けてたりしない?」


その言い方だと出掛けてて欲しいみたいだな。

過保護だとは言っていたけど、嫌いってわけでもなさそうだった。

確か現ノーヴァ伯爵家当主、アロイス・ノーヴァという名前だったか。


「アロイス様とミハイル様は御在宅ですよ。もう間もなく来られると…」


執事の男性が代表してアイシスの質問に答える。

そしてすぐに誰かが凄い勢いで駆けて来る音が聞こえる。


「「アァァァイィィィシィィィス!」」


「うっ、来た」


屋敷の2階から厳ついオッサンが走って来る。その後ろに十八歳くらいの青年も。

髭面のオッサンが涙ながらに走ってる姿は…こう…来るものがあるな。

この人がアイシスの父、アロイスさんなのだろう。

アイシスとは全然似てないな。


「アイシス!何処も怪我はないか!」


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、お父さん」


なるほど、愛されているな。

ちょっと引いてしまうほどに。

使用人の人達には見慣れた光景なのだろう、特に慌ててもいない。


「アイシス!無事なようで何よりだ!」


「うん。ただいま、お兄ちゃん」


彼がミハイル・ノーヴァ。アイシスのお兄さん。

一見、優男だが服の下は筋肉で引き締まってるのがわかる。

バルトハルトさんの孫で、アイシスの兄だけあって鍛えられているようだ。


「お前達、私もいるんだがな。それよりも客人の前だ。歓迎せんか」


「ああ、パパも無事で何よりだ。酒は飲み過ぎてないか?」


「お帰り、お祖父ちゃん」


「ああ、ただいま、ミハイル。アロイス、いい加減パパはやめろ。せめて人前ではな」


「小さい頃からの癖だ。簡単には直らん。で、客人とは、彼らか。ふ~ん…」


ようやく自己紹介の出来るようだ。

家族の久しぶりの再会を邪魔したく無かったから黙ってたけど、あのまま放置されないでよかった。


「初めまして、ボクは…うおおう!」


「チッ、避けたか」


挨拶しようとしたらいきなり殴り掛かられた。

あれ?なんかデジャブ。


「ちょっと!お父さん!」


「おい、こらバカ息子。何やっとるか」


「何って、パパ。どうせこいつもアイシスを狙って来たんだろう。今のうちに殺しとくに限る。なぁミハイル」


「そうだな。その方が安全だな」


「いやいやいや。とりあえず話を聞いてください!」


『マスターの家族、こっわいなぁ。わい、ちょっと不安になったわ』


ボクも不安になった。出会って数分で。

というか娘を持った父親は皆ああなるのだろうか。


「相変わらずだな、アロイスさんも、ミハイルさんも」


「相変わらずって…もしかしてフランコ君も?」


「私は避けられなかった」


ええ…そういうのは事前に教えて欲しかった。

しかし、娘さんと一緒に家に来ただけで殴るなんて、理不尽極まる。


「お前、ジュン殿が避けてくれて助かったな。もし殴ってたら国際問題…いや、その前に後ろの連中が黙ってないか…」


「国際問題?」「後ろの連中って…」


皆の殺気が凄い。特にハティがやばい。

ここで狼の姿に戻るのは勘弁してもらいたい。


「た、只ならぬ殺気…」「只者じゃないですね、父さん…」


アロイスさんとミハイルさんも気圧されている。

ボクも殺気を受ける側だったらと思うと怖い。

もし殴られていたら戦闘が始まっていたかもしれない。


「あ~…皆、大丈夫だから落ち着いてね。んんっ、初めまして、エルムバーンの魔王子ジュン・エルムバーンです。アイシスさんとは冒険者として依頼を受け、行動を共にする事になりました。よろしくお願いします」


「え…エルムバーンの魔王子?」「アイシスと行動を共に?」


「ああ。ジュン殿は正真正銘本物のエルムバーンの魔王子、ジュン・エルムバーン殿だ。まぁ座って話そう。案内しましょう」


「お願いします」


未だ殺気立つ皆をなだめつつ、バルトハルトさんの案内で部屋へ。

これまでの経緯を説明して、ようやくアロイスさんも納得出来たようだ。


「そうでしたか…。ジュン殿、先ほどは大変失礼しました。心よりお詫び申し上げます」


「本当にごめんね、ジュン。お父さんは昔からこうだったのに。事前に言っておくべきだったよ」


「全くバカ息子め…申し訳ありません、ジュン殿」


「本当に父さんときたら。相手を選びましょうよ」


「おいい!ミハイル!お前も同意しただろうが!」


「はて?記憶にありませんね」


「ハハハ…」


ミハイルさんは結構いい性格してるようだ。

あそこまで堂々とすっとぼけて父親に全ての責任を押し付けるとは…。

言っとくけどボクも覚えてますからね?


「あ~…ゴホン。ジュン殿、今日はうちに泊まってください。普段お世話になっておりますので、ここは盛大な宴を開かせてもらいますぞ。おい」


「畏まりました。お任せ下さい」


「アロイス、エマとフルールはどうした?」


「家臣の妻達とお茶会だ。もうすぐ帰って来るだろう」


「えっと…エマさんにフルールさん?」


「エマが僕のお祖母ちゃんで、フルールがお母さんだよ」


バルトハルトさんの奥さんと、アロイスさんの奥さんか。

お茶会ねぇ。

貴族らしいっちゃらしいかな?


「アロイス様、エマ様とフルール様が戻られました」


「そうか。ここへ呼んでくれ」


「はい。畏まりました」


少しの間、お茶を貰いながら話をしていると、二人の奥さんが戻って来たらしい。

二人は着替えもせずに直ぐにここに来る。


「ただいま戻りました」「ただいま、あなた」


「ああ。おかえりママ、フルール」


「人前でママはやめなさいって言ってるだろ、バカ息子」


「その厳つい顔でママは似合わないんだってば」


いきなり酷い言われようだな。

この家でも女性の方が強いのだろうか。

エマさんはバルトハルトさんと同年代の老婦人で、気品というより何だか威厳を感じるな。

フルールさんは三十代後半くらいの筈だが、それよりずいぶん若く見える。

アイシスと同じ金髪の美人だ。


「それで?そちらがお客様ね?」


「あら、中々のイケメンね。ようやくアイシスに恋人が出来たの?」


「「違う」」「違います」


アイシスに恋人が出来たという疑惑を、アロイスさんとミハイルさん、それにフランコ君が超速で否定する。実際違うからいいんだけどね。


「そうなの?なら私と付き合う?ウフフ」


「え」


「ちょっとお母さん!」「おい、フルール!」


「それはいい考えだね。私ともどうだい?坊や」


「え”」


「お祖母ちゃん!?」「おいおいエマ…」


ボクは年上が嫌いとは言わないけど、流石にエマさんはストライクゾーンから離れすぎてる。

それ以前にエマさんもフルールさんも人妻だし。


「フフフ、冗談だよ。冗談」


「アイシスは相変わらずわかりやすいわね。それで?お客様を紹介してくれないかしら」


「あ、うん…」


中々強烈な奥方達だ。

何となく、母エリザやアリーゼお姉ちゃんと仲良くなれそうだ。


アイシスがボク達全員の紹介をする。

最後にアロイスさんがボクに殴りかかった話をすると、アロイスさんはエマさんとフルールさんの二人に頭を殴られて悶絶している。


「ぐおおお…何をするんだ二人とも…」


「そりゃこっちのセリフだ、バカ息子」


「本当に殴ってたらノーヴァ家とはいえどうなってたか…わかってるの?」

 

まぁ普通なら国際問題だよね。

いや、それ以前に皆がアロイスさんを殺してたかも…。

そうなったら戦争かな…。


「本当に申し訳ありません、ジュン様」


「お許しください、ジュン様」


「いえ…実際には殴られてませんし、もう謝罪していただきましたから。問題にするつもりはありません。お気になさらず」


「全く…今度何かあったら陛下だってかばいきれないのはわかってるでしょうに」


「ん?以前にも何か?」


「ええ。以前エルリック殿下を殴ってるんです、アロイスは」


「「「え」」」


「アイシスを妻に寄越せと…強引に連れて行こうとするエルリック殿下を殴ってしまって…。陛下の恩情により事なきを得、エルリック殿下とアイシスの結婚は許可しないと言ってもらえたのです」


「ふん!エルリック殿下にはアイシスを幸せにする事はできん!当然だろう!」


おお…。

まさか自分の国の王子すら、娘の為に殴って見せるとは…。

そこまでいくと尊敬の域だな。

そしてこの間の様子からして、エルリック殿下はまだ諦めていないと。


「それは凄いですね…」


「まぁ…エルリック殿下にアイシスを渡せないのは皆同じ気持ちなのですが」


「そうですね。正直エルリック殿下を殴った時は惚れ直したわ」


「ワハハハ!そうだろう!」


「だからって今回の事は許されないんだよ、バカ息子」


「反省してるの?あなた」


「はい…すみません…」


いや、凄いと思うよ?

心底凄いと思う。

娘の為に王子すら殴るなんて、そうそう出来る事じゃないよね。


「ま、まぁ、今日は宴だ。楽しんでください」


「はい。ありがとうございます」


ノーヴァ家はいい家族だと思う。

使用人の人達も、そんなノーヴァ家に仕えてるだけあっていい人達揃いみたいだ。

実に楽しい宴だった。

次に行く街にいるアイシスの伯父さんに会うのが早くも楽しみだ。

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