第117話 勇者の依頼
「勇者の遺物…」
初めて聞く言葉だけど、その言葉から連想出来る物はある。
やはり、あの場所の事だろう。
アイにユウ。それからシャクティも同じのようだ。
「勇者の遺物はこの近くにもあるらしいの。そこを見つけるのに協力して貰えって預言だと思う」
「ん?この近くにも?」
「うん。それがどうかした?」
「勇者の遺物って複数有るの?」
「うん。僕達が今までの旅で見つけたのは一つだけ。この腕輪だよ」
アイシスの左腕の腕輪。
アレが勇者の遺物?
「どんな力が有るの?」
「体力の増強。魔法耐性向上。それから…オープン」
アイシスの『オープン』の言葉で空中に黒い孔が開く。その中に手を入れて出した時には手に何時ぞやの仮面を持っていた。
「こうやって物を出し入れ出来る空間を作れるの。それで…クローズ」
仮面をまた入れてから『クローズ』と唱えると、黒い孔は消えた。
なるほど、魔法のアイテム収納庫か。
「凄いでしょ。これのおかげで重い荷物を持ち歩かなくてよくなったから、旅が随分楽になったんだぁ」
う~ん。
確かに凄い便利なアイテムなんだろう。
だけどボク達には魔法の袋があるからなぁ。
今更感があって素直に驚けない。
「な~んか、驚いてないね。凄い便利なんだよ、これ」
「ああ、いや。実はね、ボク達も似たような道具を持ってるから。そうじゃなかったら驚いてたんだけど」
「似たような道具?」
「これだよ。魔法の袋」
「魔法の袋?」
「これはね、袋の中の空間が拡張されてて、ほら」
袋の中から予備の剣を取り出す。
明らかに袋に入らない筈のそれを見て、逆にアイシス達が驚く事になった。
「何それ凄い!何処で手に入れたの?」
「それは半分はお兄ちゃんの自作なのよ」
「王都の鍛冶屋との合作なの。だからウチらは全員持ってるよ」
「えええ…何か勇者の遺物がしょぼくなっちゃった」
「なんか…ごめんね?」
別に悪い事をしたわけでは無いのだが。
「その袋、欲しい」
「ごめんね。この袋は他国の人には売っちゃ駄目って決まりがあるんだ。国内の人でも他国と取引しないよう制限をかけてるし」
「むぅ。残念」
「仕方あるまい。敵国に渡ったら厄介な事になるからな」
「そういう事です」
少し話が逸れたな。
戻すとしよう。
勇者の遺物が複数有って、遺物の一人は既に入手済み。
ということは、あの扉のように三つの紋章は必要なかったのか。
「それで?この近くにも遺物があるって分かったから取りに来た、と。それを手伝って欲しいという事でいいのかな」
「うん、そういう事」
「そんな危険な場所なの?」
「わかんないけど、セリアの紋章がそう預言したの。それが無かったら街に寄らずに向かってたと思うよ」
「ふむ…」
さてどうするか。
以前の約束もあるし、ボクは協力しても構わないのだけど。
「皆はどう思う?ボクは協力してもいいと思ってるんだけど」
「ウチは構わないよ。どんな遺物か興味あるし」
「私もいいよ、お兄ちゃん」
「ジュン様がそう仰るなら私達に異存はありません」
「ああ。だがなジュン様。アイシス殿達には冒険者ギルドに依頼を出して貰って、それを受けたって形にしてもらった方がいいと思うぞ」
「え?何で?」
「エルムバーンの魔王子がヴェルリアの勇者に無償で協力したって広まるとな。変に勘ぐって騒ぎ立てる連中が出て来るかも知れん。うちはまだしも、ヴェルリア王国では何て言われるか」
「ああ、その方がいいだろう」
皆に殺気を向けられてから静かにしてたフランコ君も同意のようだ。
「勇者を輩出したノーヴァ伯爵家を妬んでる貴族もいる。奴らに余計な餌を与える必要も無い。依頼を出した所で建前に過ぎないがな」
「そっか。わかったよ。じゃあ今から依頼を出しに行こう。出発は明日朝早くね」
「了解」
「ジュン達は今日の宿はもう決まってるの?」
「いや、まだだよ」
「なら、この宿にしなよ!その方が長くお喋り出来るし!」
「う~む。偶にはいいか。皆もいい?」
「ウチはいいよ」「私も」
アイとユウに続いて皆の同意も得られたので、今日はこの宿に泊まるとしよう。
「ねぇ、今偶にはって言ってたけど、普段はどうしてるの?」
「ああ、ボクはほら、転移魔法が使えるから。その日の内に依頼が達成できたなら日帰りするし、目的地で野営する必要が無ければ一旦戻って、また同じ場所に転移するかな」
実は野営に便利な魔法道具もあるので、野営でも全然構わないのだが。
やっぱり自分の家の方が落ち着くし。
「何それ、ずっこい」
「いや、ずっこいって言われても」
無理に野営する必要も宿に泊まる理由もないし…。
「じゃあ何、普段野営しないの?」
「全くした事がないわけではないけども。あんまりしないね」
「Aランク冒険者なのに?」
「うん。殆どがその日の内に依頼達成出来たからねえ。転移が使える以上、目的地までの道程でも現地で野営する必要性がないし」
「じゃあどんな時ならするの?」
「目的の魔獣が現れるのを待つ時とか?」
「それくらい?」
「それくらい」
「よっし!わかった!明日からの旅では転移で帰るの禁止ね!少しは普通の旅ってものを感じて苦労しなさい!」
「「「えー」」」
「えーじゃない!ていうかセリアにフランコまでそっち!?」
「ベッドで寝たい」
「まあ、無理に野営する必要は確かにないからな」
「むむむぅぅぅ」
どうもアイシスは納得がいかないらしい。
結構子供っぽいとこあるな。
いや、十五歳ってそんなものか。
「と・に・か・く!冒険者ギルドに行くよ!」
「「「は~い…」」」
「元気がな~い!」
「「「はい!」」」
「よろしい!」
出会ったばかりなのに、アイシスはもう皆と打ち解けてるというか馴染んでるでるというか。
そうなる不思議な魅力が彼女にはあるんだろうな。
アイシスを先頭に冒険者ギルドへ向かう。
依頼の発注と受注のみなので、全員で向かう必要もないのだけど。
ギルドではアイシスが指名依頼の手続き中だ。
後ろで待ってると、さっき話し掛けて来たグレイグさんがまた話し掛けて来た。
「よぉ。あんた達、勇者様御一行と知り合いなのか?」
「ええ、以前縁がありまして」
「へえ…一緒に何か仕事するのかい?」
「ちょっと一緒に行くとこがありまして」
「ほへ~勇者様御一行と旅か。あんた達随分若いパーティーに見えるが意外と凄腕なのかい?」
「いやいや、そんな。まだ冒険者になって三年ですよ、ボクは。あ、依頼を受けて来ますので失礼します」
「ああ、頑張ってな」
アイシスが手招きするので受付に行く。
依頼の手続きが終わったのだろう。
「ジュン様」
「うん。わかってる」
セバストも気づいたらしい。
あのグレイグって男。
最初に会った時と少し感じが違った。
こちらを値踏みするような、測るような。そんな視線だった。
ボクが誰かはまだバレてない様子だったけど。
「ジュン、今のは知り合い?」
「いや、ここに来て向こうから話しかけて来たから、ちょっと話しただけの人だよ」
「ふ~ん…多分もう関わらない方がいいよ。大した事ないけど、あまりいい人じゃないよ、きっと」
「勘?」
「勘」
アイシスの勘にも引っ掛かる物があったらしい。
敵だったとしてもグレイグ自身はそんな大した相手ではなさそうだ。
特別警戒する必要もないとは思うけど、注意はしておこう。




