ケモノの国の勇者様!
オレの母はオーストラリア人。
父親は日本人。
ハーフだが、生まれも育ちも日本だ。
そして、高校に入ると母の血がますます濃く現れてオレはクラスでも浮いた存在になっていく。
女子からはキャーキャー言われ、男たちには声もかけてもらえない。
唯一の友は中学から一緒の田中一だけ。
「ゆうたん、ゆうたん! ヤバたんでござるやばたんでござる!」
「どうしたでござるはじめどん、そんなに慌てては贅肉が引きちぎれるでありますぞ!」
「心配無用! それよりもこれを見て欲しいでござる!」
「こ、これは! これはまさか! 『CROWN』の岡山リント様が出演するイベント申し込み券ーーー⁉︎」
「昨日発売された乙女ゲー、『覚醒楽園エルドラ』予約特典IDを入力したら当選したでござる!」
「お、おめでとうはじめどんーー!」
「ありがとうーーー!」
がしっ!
ひしっ!
往来の真ん中でオレたちは抱き合った。
身長180を超えたオレと、未だ155センチから成長してないプニプニプヨプヨのはじめどんが抱き合うと、はじめどんの足がぷらぷらになるがそれはさしたる問題ではない。
同じ学校の同級生たちは「通学路でなにやってんだ」とばかりの冷たい眼差しを送ってくるし、同じく通学中の女子たちはキャーキャー悲鳴をあげてオレたちを避け、走り抜けていく。
失礼するぜ、まったく。
オレもはじめどんもお風呂には毎日入ってるぜ!
髪切りに行ってないだけで。
「しかし、当選発表が今朝ということはオレは外れたんだな……」
「くっ、すまぬゆうたん!」
「気にするなはじめどん! オレの分までリント様を応援してきて欲しい! レポお待ちしてるでござる!」
「任せるでござる!」
親指を立て合い、学校へ向けて歩き出す。
イベントの為に買った乙女ゲームであるが、あれはリント様が初の声当てをした記念すべき作品!
せっかく購入したのだし、いい加減開封して遊んでみるのもよいかもしれ…………。
「きゃー! ミルクちゃん!」
「「?」」
前方に妙齢のご婦人。
その先にはリードのついた白い小型犬チワワ! かわいい!
ではなく!
いかん!
チワワ、ミルクちゃんの行く先には車道が!
数日前から自転車優先道路のための拡張工事中の立て札が!
「危ない!」
「キャン!」
てし。
リードを踏んだ。
割と可哀想な声出たけど安全には替えられぬ、許せかわいい白チワワミルクちゃん。
抱き上げようとするとスゲェ威嚇して吠えてくるけだ、いや、あの、だから君の安全のためにだね……。
「ありがとう! ミルクちゃん、吠えちゃダメよ」
「無事でなによりです」
飼い主さんが抱き上げる。
まだ「ウー」と言われてしまったが、吠える元気があるのは良いことだ。
「おーい、ゆうた〜ん」
「はじめどん」
しまった、置いてきてしまった。
通学路からも逸れてしまったので、元来た道を戻る。
時間に余裕はあるが、コンビニで昼食をーーー。
「ん?」
「ゆうたんーーー!」
キラキラと
降り注ぐ謎のラメ
オレは一体
どうなっちゃうの〜。
というわけのわからん俳句っぽいものが頭に浮かんだのを最後に、頭から降り注ぐ光は強くなり、気がつけば視界は真っ白。
オレの名を呼ぶはじめどんの声も聴こえなくなる。
ハッと目を開けると、そこには白い柴犬が!
おお! も、もちもち、ふわふわ、もっふもっふ!
『よくぞ召喚に応じた! 勇者よ!』
「しゃ、喋った⁉︎」
『我こそは聖犬、アプロ! ここはそなたのいた世界とは異なる世界……つまり!』
「ま、まさか! 異世界召喚⁉︎」
『さすが日本人、話が早い! …………。………日本人だよね?』
「に、日本人でござる! あ、いや、国籍は日本人だけど母さんはオーストラリア人で……」
『あ、そーなの? 珍しい毛色のやつ来たと思って……』
おお!
なんかわからんけど漫画やゲームでお馴染みの異世界召喚ー!
まさか実体験する日が来ようとは!
はっ!
それならばまず確認せねば!
「あの、アプロ殿とやら……オレは元の世界に帰れるのでござろうか?」
『帰れるが、条件がある! 『異界石』という異界とつながる力を持つ石を用意せねばならぬ。異界石は一回きりの使い切り! そして、それなりの大きさが必要だ! それさえあれば元の世界には帰れるだろう!』
「おお、良かった! ありがとうございます! それで、オレを呼び出した理由は⁉︎」
『さすが日本人! 話が早い!』
ちらり、と辺りを見回す。
森に囲まれた白い柱が四本、四方に建つ。
床は石畳が敷き詰められていてくれ……まるで神殿のような場所だ。
アプロ殿の真後ろには道があるので、きっとあの先に人が住んでいるのだろう。
それにしてもまさかオレが異世界に召喚されるなんて。
ワクワクする反面、怖くなってきたでござる〜!
オレはなんの取り柄もないただのドルオタでござるぞ。
大丈夫なのだろうか⁉︎
よほど不思議な力がもらえなければ、なんにもできないんじゃ……。
そ、そういえば最近のアニメだとなんか力もなく召喚されて、周りに意地悪されまくって後々すげー力を手に入れ復讐するやつとか、成り上がるやつとか流行ってるけど……オレはそういうの無理だな〜。
努力とか苦手だし、力とか戦うとか……。
どうか元の世界の知識を役立てて、みんなに感謝されるほのぼのスローライフ系でありますように〜!
『この世界は今、巨人に襲われている』
「⁉︎」
進◯系⁉︎
無理無理無理無理一番無理ゲーなやつーー⁉︎
『このままではこの世界はやつらに支配されてしまうだろう……」
「ま、まさか……巨人と戦えっていうのか⁉︎ 無理でござる無理でござる!」
『は? いや、落ち着け。巨人と戦うなんて貴様のサイズでは無理だろう』
「っ! で、ではなにをすればいいのでござるか?」
『架け橋になって欲しいのだ』
「…………。架け橋?」
真剣な眼差し。
架け橋?
オレが、巨人とこの世界の人間と?
そ、そんなことがオレにできるのか?
というか、それならほのぼのスローライフ系かな?
オレでもできるかも?
『巨人どもは我ら獣族を自分たちの世界へ連れ帰る! だが我らは獣! 獣には獣の矜持があり、生活があり、家族がある! 我らがもふもふで可愛いからといって、好きにしていい権利などない!』
「う、うん?」
『……やつらに連れ去られた者たちは、二度と帰ってこない。そなたが帰るために必要となる異界石も、やつらがこの世界で同胞を連れ去るために使われている。このような暴挙が、十年も続いているのだ……』
「……………………」
それは……。
最初は「なーんだ」と軽い気持ちで聞いてたけど、でも、それは、酷いな。
家族と引き離されて、連れ去られる。
引き離されたら、もう会えない……。
そんなの、悲しすぎる。
なんとか、してやりたいな。
『我らの言葉はやつらに通じないのだ。しかし、異界から来たものには異界石の力で『通訳』の効果があると聞く。勇者よ、そなたならば我らの悲痛な叫びを巨人どもに届けさせることができるかもしれぬ!』
「え? 巨人も異界石を使ってこの世界を行き来してるなら、言葉通じるんじゃないの?」
『通じぬからそなたを呼んだのだ! 我らも最初はやめて欲しいと散々訴えた! しかし奴らの言葉はさっぱりわからぬ! 言葉が通じぬ以上、家族を守るために戦う道を選んだ時期もあった。しかし、巨人の力は圧倒的だ。……我らはもう、我らの言葉を理解し、やつらと対話できる能力を持つ者を探し頼るしか道はない』
「…………。あ、あの、オレが巨人の言葉をわからなかったらどうするんだ?」
異界石に翻訳機能みたいな効果があるなら、巨人たちもアプロ殿たちの言葉がわかるはずでは?
でも、十年間対話できてないとするのなら、異界石の翻訳機能は巨人には発揮されてない?
でもオレが巨人と話せなかったら召喚された意味がないんじゃ……。
『重要なのはそなたの容姿。人の姿だ。やつらは通訳の効果のことを知らぬ。そなたのように我の言葉に『聞く耳』を持たぬからだ』
「…………つまり、そもそも巨人たちはアプロ殿たちの言葉を“聞こうとしていない”……?」
「そうだ。我らと言葉が通じないのは当たり前だと思っているのだろう。だがそなたは、召喚されてすぐに我の言葉を聞こうとした。それが決定的な『差』なのだ! そなたの言葉ならやつらも耳を貸すかもしれぬ!』
「な、なるほど……」
それなら、確かに……。
巨人というと◯撃のイメージが強いけど、七◯の◯罪とかマ◯ロス系ってことも考えられるよな?
話が通じて、アプロ殿たちの家族が帰ってくるのならそれでめでたしめでたし。
ふむ、なんか楽勝そう!
戦いとかもなさそうだし、オレでもできそうだ!
「わかったでござる! 巨人と話をしてみるでござるよ!」
『! そうか! そなたならばそう言ってくれると信じていたぞ! それでこそ勇者召喚で召喚されし勇者だ!』
「い、いやぁ……」
えへえへ、と頭をかく。
なんか照れるでござる〜。
『巨人たちとの対話には聖犬である我も同行しよう。だが、まずはそなたを我らが郷で歓迎する。郷の者たちの話を色々聞き、巨人との対話に役立てて欲しい』
「わ、わかったでござる!」
ぷりん!
と立ち上がるアプロの尻尾がくるんと巻き、お尻に載る。
ふ、ふむ、素晴らしき巻き尻尾!
これがネット界隈のしばしり愛好家たちを阿鼻叫喚地獄に落とし入れる、魅惑のしばしり!
からの振り向きざまのドヤ顔!
頰から首にかけた毛でちょっと口元がはみ肉みたいになっている。
これはしば犬愛好家が悶絶するのもわかるでござる。
なんという愛らしさか!
『む⁉︎』
「どうしたでござる、アプロ殿」
石畳のあるところから、森への道に歩いていく。
その途中、アプロ殿が振り返る。
オレが召喚された場所に、大きな影とズシン、という音が響いた。
ま、まさか?
まさかでござろう?
今宙に浮いてたでござるぞ!
いや、しかし、あの白くピッチピチのライダースーツっぽい服。
背中には噴射器のようなもの。
SFっぽいヘルメットや手袋とブーツ!
ファンタジーからのSF⁉︎
いや、でもこれはーーー!
『巨人!』
「やっぱり⁉︎」
「見つけたわ。それも新種まで! ツいてるゥ〜!」
!
言葉がわかる!
それにこの声は……いや、あのライダースーツっぽいのでわかってた。
ものすごいボンキュッボン!
はち切れんばかりのおっぱい!
見事な安産型のお尻!
むちむちの太もも!
最強クラスのくびれ!
ヘルメットで顔はわからないが間違いなく女!
でも、でかい!
冗談抜きで、本当に本物の巨人じゃないか〜〜〜⁉︎
「さあ、こっちに来るのよ! 言うこと聞かないなら強制的に捕まえるんだから!」
「ま、待ってくれ!」
「おいでー、痛いことしないから〜。よーしよーし大丈夫よ〜」
「あの、オレの話を聞いて欲しいでござるよ!」
「このケージに入ってね〜」
き、聞いてなーい!
「ほ、本当に言葉が通じないでござる……」
『くっ、勇者の言葉でもダメなのかっ』
……これが『聞く耳を持たない』状況。
「………………………………」
思い出す。
母さんがオーストラリア人だから、オレは髪の色がとても明るい。
瞳は茶色くて、先生に怒られた。
校則では黒にしないといけない。
染髪禁止!
でも、これはオレの地毛だし、眼はどうしようもない。
染めるのも地毛のままなのも禁止って言われても、これがオレの色なのに。
あの時の感覚に、似てる。
いくら言っても、届かない、あの感じにーーー。
「あ、あ……」
言葉が届かないのは…………そうだ、こんなにも……悲しいんだ。
はじめどん。
中学で、転校して、知り合いも誰もいなくて、ぼっちだったオレに声をかけてくれたはじめどん。
はじめどんが教えてくれたんだ。
『き、君の髪! リント様と同じ金髪なんだなー! 地毛? 地毛?』
『そ、そうだけど……リ、リント様?』
『お、俺の推しアイドルだよ! ……あ、えーと、興味、ある? ……っていうか、日本語ペラペラだね?』
『いや、オレ、日本生まれで日本育ちだから、むしろ英語とか話せないし……』
『そうなの⁉︎』
声をかけてくれた。
聞こうとしてくれた。
ああ、そうだ。
「っ、…………〜〜♪」
『⁉︎』
「⁉︎」
同じ言葉でも届かないことがあるんだ。
でも、歌なら届くんじゃないか?
リント様の歌なら……『CROWN』の歌なら!
イントロは鼻歌で。
足でリズムを取り、マイクは拳で作る!
「聴いてください! 『CROWN』で『ギフト』!」
『⁉︎』
「⁉︎」
ちゃんちゃらちゃんちゃら〜。
ちゃっちゃらん、ちゃらちゃらんん〜。
「〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
『……………………』
「……………………う、歌? 原始の動物が? ど、どういうこと……?」
これはオレが巨人女子たちともふもふのケモノたちに包まれる、ハーレム物語。