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紅き龍棲の玉座  作者: Samidare Teru
ローヤン大戦乱
84/119

メイファ

 サイフォンとマンジュ族王子バティの連合軍は、二時間もしないうちにルード・シェン山に到着した。

 そしてルード・シェン山に総攻撃を開始し、山に(こも)るリューシス軍との間に戦いが始まった。


 しかしその結果は、約半年前にマクシム率いるアンラードのローヤン近衛軍との間に行われた一戦と同じであった。


 ウールン河を渡り、崖を登って行く連合軍に対し、リューシス軍は煮え(たぎ)った湯や岩石などを落とし、更に飛龍(フェーロン)隊による上空からの射撃を行う。

 攻城戦どころか、河に挟まれた断崖の山を攻撃する戦となると、マンジュ族自慢の騎馬軍団は何もできず、むしろサイフォン旗下(きか)のローヤン兵士より役に立たない。ただ損害を積み上げて行くだけであった。


 翌日もまた、サイフォンとバティはルード・シェン山に攻め寄せたが、結果は同じどころか、前日よりも犠牲者を増やしただけで、無駄な血を流して撤退するしかなかった。

 

 その夜、疲れ果てて野営地に戻ったサイフォンとバティ。

 残った兵士らに食を取らせ、自分たちも同じ幕舎の中で簡単な鍋料理を作って食べた。

 それぞれ、持って来た葡萄酒(プータージュ)馬乳酒(マールージュ)を飲み交わす。


「だから言ったでしょう。おわかりか。リューシス殿下の采配は尋常のものではない上、ルード・シェン山自体がそもそも攻略法が無い。籠られては手の出しようがないのですよ」


 サイフォンは、重くなりがちな雰囲気を飛ばすように笑いながら言った。


「うむ。よくわかりました。これではどうしようもない」


 バティは、溜息をついた。


「何とかして殿下を山から引き摺り下ろせれば勝ち目も出て来ようが、あの殿下はこと戦にかけてはよく頭が回る。そう簡単には出てくることはないだろうし」

「いや、出て来てくれても今は困る。我が軍はすでに半数を失ってしまった」


 バティは、その風貌に似合わず、弱り切ったように肩を落としていた。

 攻城戦のようなものである故、馬は残っているが、兵士らの半数ほどを失ってしまった。

 バティ自身にとっても珍しい大敗である。


 サイフォンは箸を起き、頭をかいた。


「まあなあ。俺達もたった一日半で、もう五千人近くの死傷者が出ちまってる。ここは撤退するか、やはりアンラードの近衛軍に動いてもらうしかないか」

「しかし、このまま撤退しては、ローヤンとの同盟の条件が達成できない」


 バティもまた、苦渋の顔で箸を置いた。どうにも食が進まないようである。


「だけどこのままではどうにもならんしなあ」

「うむ……いや……」


 バティは、しばし黙然と考えた後、サイフォンを見て言った。


「実は、我らも独自に研究して、攻城兵器を開発している。そしてカラドラスにはまだ一万人の兵士がいる。カラドラスにそれら攻城兵器と共に援軍を送ってもらうよう要請してみよう」

「更に兵を投入しても攻略法を見つけなければ無駄に兵を失うだけですぞ」


「しかし、その攻略法を見つけても、兵力がなければどうにもなるまい。カラドラスから援軍が来るのを待つ間に、何か策を見つけるのです」

「なるほどねえ。しかし、兵を送ってくれるのかな? カラドラスも、ナイラ族の侵攻に備えて兵力を温存しておかねばならぬでしょうに」


「それは心配ご無用。カラドラス以外にも、マンジュ領内に散っている全集団を集めれば五千騎の軍団ができあがる。しかも、我らは遊牧民。ハンウェイの者たちとは違い、すぐに軍事行動に移れる。いざとなれば、彼ら全員を招集すればナイラ族に備えることは可能だ」

「ほう」


「カラドラスの軍を動かすのが無理ならば、その他の五千騎をかき集めて寄越してくれれば良いし、とにかく急ぎカラドラスに早馬を出し、父上に援軍を求めてみよう」

「よし。では、我らもアンラードの丞相に戦況を伝え、指示を仰ぐ。それまでは、ここでリューシス殿下らの動向を見守りながら、他の策を練るとしましょう」


 こうして、早速バティは本国の首都カラドラスに援軍要請の使者を走らせたのだった。


 それから約十日間、サイフォンとバティの軍は野営地に籠ったまま動かなかった。




「敵はどうしたのかしら? 全く動く気配が無いけど」


 北端にある物見塔。最上階の窓から連合軍らの野営地を見ながら、白い法衣を着たエレーナが小首を傾げた。

 白銀の甲冑姿のリューシスは、干し葡萄の焼き菓子を齧りながら、同じように窓から野営地を見つめていた。


「アンラードに援軍を要請し、それを待っているのなら、俺たちにとっては好都合なんだがな」


 リューシスは言った。

 しかし、アンラード方向に放っている密偵からの報告では、アンラードの近衛軍はいつでも出陣できる体制を整えているようであるが、朝廷側に動く気配が見られないと言う。


「でも、これでもう十日間も動かずにじっとしているだけ。そろそろ何か仕掛けて来てもおかしくないんじゃない?」

「うん……」


 リューシスは、野営地をじっと見つめている。

 その眼光は鋭い。思案に耽っている目である。

 そんなリューシスの横顔をちらっと見た後、エレーナは不意に言った。


「ねえ。こんな時にこんなこと訊くのもあれなんだけど……」

「何だ?」


 リューシスは前方を見つめたまま答えた。

 エレーナは、少し躊躇い、無言になった。だがやがて意を決して切り出した。


「あの……メイファ……って誰?」


 瞬間、リューシスの焼き菓子を持つ手が止まり、顔の表情も固くなった。


「誰からその名前を聞いた?」


 リューシスは動きを止めたまま問い返した。


「えっと……その……あなたのお父様が去年ここに来た時……お父様が」


 夜の宴席で、酒に酔ったイジャスラフは、リューシスの部下一人一人を呼んで盃を取らせた。

 エレーナの番になった時、イジャスラフはこう言った。


「そう言えば……何と言ったかのう、タイプは違うが、お前が昔惚れ込んでいた、あのメイファと天精(ティエンジン)の感じがよく似ておるな」


 リューシスは、「ああ、そう言えば……」と、それを思い出した。


「言ってたなあ。父上は酔うとよくしゃべるからな」

「…………」


 エレーナは気まずそうな顔で前方を見ていた。


 リューシスは、そこで表情を緩め、苦笑しながら言った。


「メイファはな。俺の先生(ラオシー)だ」

先生(ラオシー)?」


 エレーナは少し驚いた顔でリューシスの横顔を見た。リューシスは再び焼き菓子を(かじ)り始めながら、


「ああ。俺の天法術(ティンファー)の師匠だ」

「へえ」

「今の俺が光の天法術(ティエンファー)を使えるのは、全部そのメイファ先生(ラオシー)が教えてくれたおかげなんだ」

「そうなの」


 エレーナはリューシスの横顔を見たまま納得したが、


「その名前って……ハンウェイ人の女性の名前よね?」

「ああ、そうだ。若かった。俺より六歳ぐらい上だったかな」


 リューシスは懐かしそうな目で空を見上げながら言った。

 エレーナは、「どんな関係だったの?」と訊こうとしたが、口から出る寸前、言い出せずに黙った。

 少し考えた後、別のことを訊いた。


「他の人から、そのメイファ先生のことを聞いたことが無いけど、今もアンラードにいるの?」

「いや、いないよ」

「え、じゃあ今はどこに?」

「俺も知らないんだ。ある日突然、誰にも何も理由も言わずにアンラードからいなくなってしまったんだ。今はどこで何しているんだろうなあ……」

「ふうん……」


 しばらく、リューシスは懐かしそうな目で昔を思い出していたようであったが、不意に気が付いて、にやにやしながらエレーナを見た。


「女だから気になるのか?」


 エレーナはびくっとして、


「べ、別に……そんなことないわよ! 勘違いしないで。その……ただ……そう、あの時にあなたのお父様が、天精(ティエンジン)の感覚が私に似ているって言ってたから、誰なのか気になっただけよ」


 と、横を向いて言ったが、その顔はやや赤くなっており、挙動も落ち着きが無い。


 その時、「リューシス殿下!」と言う大声と共に階段を駆け上がって来る音がして、二人は振り返った。

 取次役の兵士が現れ、二人の前に跪いて報告をした。


「申し上げます。敵軍が動かぬ理由がわかりました。どうやら、マンジュ族の将、バティが本国に更なる加勢を求め、その援軍の到着を待っている(よし)にございます」

「なるほど、マンジュの方が援軍をな」


 リューシスは無言で何か考えた後、「ご苦労さん。下がっていいぞ」と、兵士に言った。


「はっ」


 兵士はすぐに戻ろうとしたが、その背へリューシスが声をかけた。


「あ、ちょっと待て。美味い焼き菓子があるんだ。少なくて悪いんだが、折角だから持って行ってみんなで食べてくれ」


 と、リューシスは、側の小卓の上にある、干し葡萄の焼き菓子十個ほどが乗っている鉛の皿を指差した。

 兵士は、ぱっと顔を輝かせて、


「よろしいのですか?」

「ああ、葡萄が入っているからな。疲れが取れるぞ。仲間内で仲良く分けてくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 兵士は嬉しそうに歩み寄って来るとその皿を取り、大事そうに抱えながら階段を下りて行った。

 エレーナは、リューシスの隣でその様を微笑みながら見送った後、再び前方の野営地を見た。

 リューシスも、小卓の上にある緑茶の木碗を取り、冷めてしまった緑茶を飲みながら野営地を見る。


 彼方に見えるサイフォン、バティらの野営地では、豆粒ほどに見える兵士らが行き交う様子が見え、また白い炊煙が立ち上っていた。


 エレーナが言った。


「でも、マンジュの本国から援軍を呼び寄せても、この山の前では結局同じこと。損害を増やすだけじゃない?」

「そうだよなあ……」


 リューシスも同調して頷いた。


 だが、その瞬間、リューシスの脳裏に電撃的に閃いたものがあった。

 その衝撃に、リューシスは緑茶の木椀を落としてしまった。


「しまった……!」


 尋常ではないその様子に、エレーナは顔色を一変させた。


「どうしたの?」


 リューシスは青い顔で、連合軍野営地の彼方に見える山々を見た。


「もしかすると、奴らの狙いはこれか……!?」


 リューシスは、最悪の未来を思い浮かべていた。すぐにエレーナを振り返ると、切迫した表情で言った。


「エレーナ、使いみたいなことを頼んで悪いんだが、イェダーのところに行って伝えて来てくれないか? 内容は、マンジュの首都カラドラスに急ぎ密偵をを送ってくれ、だ」

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